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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第6章・宿命編

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第195話・開幕。

「見ちゃダメ!!」


 メイアさんは手を繋いでいたミナハちゃんを、抱き込むようにしてしゃがんだ。

 僕たちの目の前に落ちて来た、目も当てられないほどに無惨な、キリハラの遺体。

 落ちてくるまでに、どれだけ高く飛ばされたのだろうか。考えたくもない。


 クロス君が車椅子で近寄ろうとする。

「キ、キリハラお兄ちゃん……!?」


 正体を明かしたヒグツワ・シゲル。

 三メートルの筋肉の塊と化した巨漢を中心にして、村人たちは悲鳴をあげ、四方八方に散って逃げ出そうとする。


 そこに雷のような怒号が落ちた。


「喚くな!! 電気柵で死ぬぞ!!」


 そのあまりに大きな声に、皮膚が痺れて身が竦んだ。

 声を出したのは、ヒグツワの横に立つ、褐色で大柄な軍服の男だった。


 村人たちも硬直して一瞬にして静まり返り、足を止めて電気柵を見つめた。

 その静寂に、不快なデスメタルが音を取り戻した。


『暴力!! ボゥ!! ボゥ!! キンキン、キング……』


 そしてヒグツワはネオさんが撃った銃弾を、巨大化した指でコロコロといじった。

「この銃を撃った奥の姉ちゃん、俺はお前みたいな気の強い女が大好きだ。お前を二人目の採用とする」

 そう言って銃弾を指で空中へと弾き飛ばした。


 ネオさんは歯をかんでいた。

「バケモンかよ……!!」


 次に動き出したのはデフィーナだった。

 トランクから八本のメス付きの触手を伸ばし、触手を地面に突き刺して前進していた。


「ヒグツワ!! 貴様は、殺す……!!」


 デフィーナは既に怒りの頂点にあり、冷静さは無くなっていた。

 真っすぐに一直線、殺意だけの行動に迷いも足踏みも一切なかった。


 ヒグツワは膨張していた身体を、一瞬で元のヒョロヒョロの小柄な体型に戻した。

「心核能力か? 真似行動は減点だぞ」


 デフィーナはヒグツワの手前で触手を四本に減らして高く跳びはねた。

 空中で回転しながら、触手をまとめて一本の巨大ナイフへと変形させる。


「ドグマ開放───ブライダルナイフ!!」


 デフィーナはナイフと化した触手を、高所から振り下ろした。

 素早い斬撃が、ヒグツワの脳天に叩きこまれたかと思った瞬間。

 金属音が響き渡り、ヒグツワのいた場所に電車一両分のサイズの柱が立っていた。

 その柱は肌色で、よく見れば筋肉や拳がついており、ヒグツワの腕だとすぐに分かった。

 激しい砂埃が広場に広がっていき、デフィーナの姿は見えなくなっていた。


 村人の一人が空を指さした。

「飛ばされてるぞ……!!」


 その反応に引かれて空を見上げる。

 何メートル飛んでるのかも分からないが、デフィーナは遥か上空に吹き飛ばされている。

 指人形程度の大きさにしか見えず、生きているのか死んでいるのかすら分からない。


「デフィーナさん……!!」

「マジかよ、アイツ……!!」


 僕は叫ぶことしか出来ず、ネオさんも次の動きに出る事は出来なかった。


 ヒグツワは肥大化した腕を戻しながら、何事も無かったかのように拡声器で話を始めた。

「このように、減点行動は失格とします。ではあと一名の採用方法を説明します」


 逃げ場の無い村人たちは泣き叫んでしゃがみ込む者、ヒグツワから目を離さない者、それぞれの行動の中で混沌としている。


 ヒグツワは拳銃を一つ取り出して、掲げた。

「さっきの問題で前に来てた人と、今逃げてない人は、少しだけ有利ですよ」


 ヒグツワの壇上の横に、新たに人が登ってきた。

 先程、車から出て来たSMボンテージの女性、クイーンと呼ばれた軍人だ。


 クイーンは背中のカスボンベ状の白いカプセルを、剣を抜くように片手で軽く引き抜いて、自身の横へと立たせた。

 重い金属音が鳴り響き、カプセルが金庫のように扉を開いた。

 開くと同時にカプセルから黄色の液体がチョロチョロと零れ落ちる。


 カプセルの中には人間が居た。


 ドラキールの軍服を着た女性が、目隠しと猿ぐつわをされて固定されており、失禁しながらもがいていた。


 ヒグツワは目を細めて、不機嫌そうに告げた。

「ドラキールの訓示に、隣人の為に引き金を引くものは英雄である。と言う言葉がありますね。この女は先日、我々を裏切った反逆者であり、処刑しなくてはなりません」

 拳銃を足元へと放り投げた。

「私の隣人となる為に引き金を引いた一人を採用とし、──残りは全員、殺します」


 その一言が、開戦の合図だった。


 村民のうちの二割ほどが、一斉に前に駆け出した。


 その二割を見て追って、駆けだそうとする者。

 何を言われたのか分からず、立ちすくむ者。

 泣き叫んでいて、話を聞いていなかった者。


 そして、流れに逆らおうとする者。


 ネオさんが叫んだ。

「バカ!! 撃つな……!!」


 僕も同時にドグマを秘密の食卓に変形しながら、駆け出して叫んだ。

「撃ったら、ダメっすから……!!」


 元々一番後ろにいた僕達が、何かできる空気では無かった。

 ネオさんと僕の声など、この流れの中では完全に無力だった。


 直後、民衆の向こうで、重い銃声が響いた。

 誰が撃ったのかは、僕たちの場所からでは見えない。


 ただ、カプセルに詰め込まれた女性の胸から血が噴き出していた。

 それと同時に、女性の口から猿ぐつわがほどけ、女性は叫んだ。


「全員殺されます!! 一人でも良いから!! 逃げて!!」


 ネオさんがそれに対して叫んだ。

「おい、道を開けろ……!!」


 ネオさんはワンピースの腰のあたりを押し込んだ。

 ワンピースの構造が、一気に腰の巨大ベルトに格納され、普段のホットパンツスタイルに姿を変えた。


 ブリアンもローブを脱ぎ捨て、手に水流の槍のステッキを生成して、翼を生やして空へと上がった。


「やめなさい……!! マジカルハート、クリアリング・スプラッシュ・レイ!!」


 ステッキを振り下ろし、ステッキの先から岩をも切断する高圧水流ビームを発射した。

 ビームは一直線にヒグツワの脳天を狙って空気を裂いた。

 だがヒグツワは軽く首を曲げ、最低限の動きでビームをかわした。


 後ろにあったBBの部屋のコンクリートの壁に、水による穿孔が掘られる。


 ヒグツワは、攻撃してきたブリアンの事を見てすらいなかった。

 民衆の一番前にいた一人を指をさし、愉悦に浸った顔で告げた。


「判断が早いねえ、眼鏡君。君は正式に採用……!!」


 その一言に、ハナミちゃんを抱き込んでいたメイアさんと、クロス君は正面へと振り返った。

 民衆の最前列で、ヒグツワが投げた拳銃を拾い、処刑対象の女性へと発砲していた人物の周囲から、人間がジリジリと避けていく。


 その背中のローブ姿に、目を疑った。

 撃ったのは、牧師のミナミヅキだった。

 肩を小刻みに揺らしながら拳銃を正面へと構え、銃口から硝煙が立ち上っている。


 ミナミヅキはその場で膝から崩れ落ちて、頭をガクリと落とした。

 そこへ、村人の中年女性が一人駆けていく。


「なんであんたが採用なのよ!! 取り消させてやる!!」


 女性はうなだれたミナミヅキから、拳銃を取り上げようとその腕を掴んだ。

 その瞬間だった。


 ヒグツワの姿が台座の上から消え、ミナミヅキの正面へと現れた。

 そして身長の二倍ほどに肥大化した片腕で、中年女性の頭を掴んで持ち上げた。


「採用の変更は無しだ。殺し合いは禁止、今からは俺が殺す事だけが許可される」


 ヒグツワはそのまま女性の首を折って、手放した。

 女性は力なくその場に落下した。


 その非道に、村人たちが一斉に数歩引いた。

 僕の視界に人々が脇に避けて出来た、射線が開いた。

 膝を落とすミナミヅキと、肥大化した腕を戻そうとするヒョロヒョロなヒグツワの全身が映った。


 僕はゴーグルを降ろして、秘密の食卓のちゃぶ台を構えた。

「ドグマ開放───秘密の食卓、ファルコンストライク……!!」


 ちゃぶ台が熱と空気のエンジン音を放って、砂煙をあげ始めた。

 その瞬間、ヒグツワの視線が僕を捉えた。目が合った。

 切れ長に釣り上がった、鋭い目つき。

 獲物を見つけた爬虫類のような、細い瞳孔に、歯抜けの口がニヤケて歪んだ。


「……素人だな」


 その小さな呟きが、僕の耳の奥へと確かに届いた。

 僕の本能に刺さってきて、この男が嫌いだと言う、拒絶信号が胸の奥から湧きあがって来た。


 身が震えた。


 その背中を、ノリコの声が押した。

「コイツやべぇぞ!! 一発でぶっ飛ばせ……!!」


「当たれよ……!! バースト!!」


 秘密の食卓はロケット加速でぶっ飛んだ。

 僕の背中へと砂埃の爆風が突き抜け、音を切ってちゃぶ台はヒグツワへの砲弾と化した。


 ヒグツワは片腕を再び電車のように巨大化させた。

「なんか今日、能力持ち多いな」


 奴にとってはちゃぶ台が突っ込んで来るのも、大した驚きではないようだった。

 しかし、振りかぶった腕で、ちゃぶ台に攻撃を合わそうとしている。

 いくらコイツの攻撃力が高かろうが、僕のドグマは絶対慣性、ぶつかれば必ず勝てる。

 僕はその結果に目を見張っていた。


 しかし、ヒグツワの姿は再び消えた。

 それと同時に、僕の正面の左半分側に立っていた村人たちが、一斉に血を噴きだして空を舞った。

 反応出来た者など誰も居ない。曲がり角で新幹線が飛び出して来た程の衝撃だった。


 一つの挙動で二十名近くを殺害しながら、ヒグツワはその巨大な腕を僕に向けて振り上げていた。


「当たれば勝てるのにって、顔に書いてあんだよ、雑魚が」


「なっ……!!」


 胃が潰れそうだった。

 ドグマはたった今ぶっとばしてしまい、手元にはない。

 ドグマが無い僕は一般人以下だ。死を覚悟した。


 その瞬間、僕の全身を水が包んだ。

 一瞬、呼吸を忘れていた。


 上空からブリアンがステッキを振り下ろしながら降りて来た。

「マジカルハート、セイクリッド・クリスタル!!」


 ブリアンが生み出した水が真球を形どって、僕の全身を包んでいた。

 ヒグツワの拳が水球を叩いた。

 水球は形を保ったまま叩きつけられ、僕の身長程の深さで地面へとめり込んだ。

 僕の身体に水圧が加わり、肺の空気を全て吐き出させながら、僕の身体は水球の中で暴れた。


 しかしダメージは無い。

 セイクリッド・クリスタルはその瞬間割れて、僕を穴の底へと残して水溜まりとなった。


「スゴミ……!!」


 ブリアンが空中から僕の名前を叫んだ。

 僕は穴の底で泥を拳に掴んで震えていた。


 穴の上、ヒグツワは細い目を更に細めてブリアンを見上げた。

「なんだぁ? 動きはまともなのに、中身が一般人だな」


 ヒグツワが弾き飛ばした人々が地面へと雨のように落ちて来た。

 ブリアンはそれを見て叫びをあげた。


「悲劇は起こさせないって、言ったのに……!! あんた、絶対に許さないわよ!!」


 ヒグツワはニヤケて身体を細くして揺らした。

「英雄様が強ければ強いほど、俺は伝説になる。名前くらい残せると良いなあ?」

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