第194話・試験。
村人達は、取り憑かれたように湧いていた。
「ドラキール本国って、すごい綺麗だって噂……」
「登用試験って何?」「行ってみたい……本国」
ハリネズミ頭の小柄な軍人男性は、拡声器を使ってガヤガヤと騒ぐ村人に対し、話を進めようとしていた。
「静粛に、静粛に。軍への登用は三名までです」
男は片手をあげて指を立てた。
「試験では、行動力と柔軟性を評価します」
男は広場の中央である石碑前、百人近くの村人が群がり、僕たちはその後ろの外れにいた。
その流れを見て、ネオさんがスカートをはたき、舌打ちしながら呟いた。
「チッ、試験なんて配給の後でやれよな……水路作る時間が無くなっちまうだろうが」
キリハラがネオさんの顔を見て唇を結び、息を飲んで手を挙げた。
「すみません。軍人さん……! 試験なら配給の後、受けたい者が残れば良くないですか!!」
背の低い軍人の男は、拡声器を降ろして背伸びした。
さらに昨日ブリアンによって切断された石碑の上に登り、高所からキリハラを眺めた。
すかさず拡声器を口につける。
「背の高いキミー!! その先陣切っての行動力、良いねぇ!! 前来といてー!」
その大声に、マイクの音がキィーンと割れた。
「あーっと、ちなみに、選ばれた人の真似して点数稼ごうとるのは、減点です」
軍人の男の注意に、村人達の意気込みは、ざわつきに変わっていた。
クロス君は車椅子の肘置きに身体を乗せて、キリハラを見上げた。
「キリハラお兄ちゃん、採用されたのかな!! 流石だよ……!!」
「え、ああ……でも、水路作らないとだし……」
キリハラは顔をしかめながらも、ネオさんの方を見ていた。
ネオさんは普段のホットパンツに親指をつっこむ動作を取ろうとして、すっぽ抜けた。
「……行って来いよ」
「近くで話してみるわっ!」
キリハラはネオさんに向かって歯を見せて親指を立て、村民の集まりを回り込み、前に向かった。
ネオさんは目を細めてデフィーナを見た。
「おい、この軍、なんか怪しいから構えとけ」
「……ずっと構えてるわよ」
デフィーナは両手を前に揃えて、トランクを握っていた。
僕は肝が冷えて、ドグマを掴んでデフィーナに一歩近寄った。
「な、なんか始まるんすか……?」
「さぁな、外周の軍人がチラリとも広場を見やがらねぇ。空気が気持ち悪い」
ネオさんはスカートにイラつきながら、広場の外周へと視線を送った。
広場の外周を囲む軍人達は、たしかに広場に背を向け、外を見たままビッチリと規律姿勢を保っている。
ちゃんと守ってると言えば、そのように見えるが、まるでロイヤルガードのようにビシッとして動かない。
石碑の上の男は話を続けた。
「それでは採用試験を始めます。まずは問題を出します。分かった方は手をあげて回答してください」
男は平手を作って空に向かって突き伸ばした。
どこかで見たような、敬礼のポーズだ。
「我々が貧しいのは、第二次世界大戦が始まり、80年間終息しなかったのが原因です。この戦争は1939年にドイツのある男が始めました。その男は人類を優良、劣等に分け、狂気の大虐殺を行いました。その男の名前は……?」
村人たちは少し静かになって、顔を見合わせた。
それに対して、牧師のミナミヅキが軽く手を上げた。
「アドルフ・ヒトラーですか……?」
軍人男は背伸びして、僕らの後ろでミナハちゃんの手を取るミナミヅキさんを指さした。
「はいっ! そこの眼鏡君、前来といてー!」
村人達の間でブツブツと声が出始めた。
「え、ヒトラーだと思ったのに……」 「やっぱりそうだったんだ……」
「そういう感じね」「次は答えてやる……」
僕はポカンとしていた。
学校に行ってない僕でも、知ってる名前だった。
と言うか、日本っぽい異世界だとは思っていたが、ヒトラーまで出てくると思わなかった。
ミナミヅキさんは、ミナハちゃんの手をメイアさんに預けた。
「すみません、私は軍役に行くつもりはありませんが、事を荒らげたくありません。少し、行ってきます……」
そう言って民衆の外を周り、石碑へと歩いて行った。
軍人の男は再び拡声器を取った。
「では問題を続けます。侵略国家となった恐るべき『ナチス・ドイツ』に対して、イギリスは戦争停止の為の宣戦布告を行いました」
男は平手を顔の高さに置いて、宣誓のポーズをとった。
「果敢ですね、英雄的ですね。では宣戦布告を行った栄誉あるイギリスの首相の名前は……?」
村人は勢いで手を挙げようとしていたが、軍人はそこに一言を追加した。
「ちなみに、誤答したら失格です」
誰もが硬直した。
手をあげなかった。
僕は周囲をキョロキョロと見ていた。
勿論僕には答えが分からなかったからだ。
なんなら僕は、日本の首相の名前すら知らない。
結局誰も答えないまま数秒が立ち、軍人の男は拡声器を構えた。
「時間切れです。答えはネヴィル・チェンバレン。ドイツを止めようと決断をした英雄なのですが、誰も知らないとは残念な事です」
手前に立っていた男性は地団駄を踏んでいた。
「ちくしょう……やっぱそうだよな、誤答失格とか言うから……!!」
「世界史とか、難民の俺たちに出題されてもな……」
その近くに立つ男性も諦めムードを出していた。
軍人の顔は愉悦に歪み始めていた。
「少し難しかったですね。次は簡単にします」
男は胸ポケットからバタフライナイフを取りだして開き、手の中で回して見せた。
「1888年、ロンドンのホワイトチャペル付近で、猟奇的な婦女殺害事件が発生しました……」
その問題が言いきられる途中で、村民の一人が手を上げて身を乗り出した。
「切り裂きジャック……!! それ切り裂きジャックの事件じゃないですか!?」
軍人は笑いながら、ナイフで男を指し示した。
「……正解!! 前へ」
嬉しさが溢れるような、ニヤケ声だった。
構えていた村人は一斉に脱力した。
「これで三名揃ったか……」 「ドラキール本国、いいなあ……」
終了ムード、配給の列に並ぶ空気に戻りそうな中、軍人は続けた。
「……では、次の問題です」
村人達は一斉に男に振り向いた。
まるで餌を吊るされた家畜のように、その動きは一帯と化していた。
「切り裂きジャックの事件の捜査を取り仕切っていた、警部の名前は?」
村人達は、再び静まり返った。
手をあげようとする者も居たが、解答者はいなかった。
次の解答の制限時間は極端に短かった。
手を挙げる者が居ない空気、それを察してすぐに回答に移る。
「残念です。答えはフレデリック警部。数千件もの聞き込みを行い、事件解決の為に尽力した英雄です」
ネオさんは顔が険しくなっていた。
「なんだこの試験……なにがしたいんだ、あいつ……」
僕も違和感を感じていた。
簡単な問題と難しい問題の差が激しすぎると思ったからだった。
村人たちも同じで、ざわめきは困惑の色を示していた。
軍人はよろめいて、肩を脱力しながら拡声器を片手に持っていた。
「では次が最後の問題です。世界的悪党であるヒトラーや、切り裂き魔は回答者が出ましたが、それらを対処しようとした英雄達は、何故、誰も知らなかったのでしょうか?」
「……は?」 僕は思わず声が出ていた。
「なんか、怖いわ……」 ブリアンが僕に一歩寄ってきた。
「悪趣味だな」
ネオさんは片手でスカートを掴んで軽く前後に揺らしていた。
村人達は質問の意味が汲み取れないのか、しばらく黙っていた。
しかし、女性一人が手を上げた。
「書籍化されてるからですか!!」
軍人は目を細めた。
アゴに手を置いて一拍考える。
「うーん、微妙な所ですが、まあいいでしょう。前へ」
「やった、やった……!!」
手を挙げた女性は、人をかき分けて前へと向かった。
それと同時に、軍人は拡声器を両手で持って告げた。
「この問題は、何人答えても構いません。誤答もオッケー! ただし、被りは禁止です!!」
その一言が皮切りだった。
村人達は我先にと回答をし始める。
「歴史の人物だから!」
「不正解、知名度の差が生まれる原因を答えてください」
「人を殺している!」
「正解。前へ」
「大量殺人者!」
「正解。前へ」
「怖い人……だから?」
「正解。前へ」
軍人の目は、段々と細く、冷たくなっていった。
ブリアンが僕の腕をつかんだ。
「ねえ、これ、何をしてるの……? 試験って言ったわよね……」
「やばい空気しかしないっすけど、でも……」
選民されたくて前に出るもの、空気に恐怖を感じるもので、動きに波が出来ていた。
自然と前に向かう者と、後ろに下がる者が振り分けられていく。
僕たちは指名手配側なので動く事は出来ないが、メイアさんは手を胸元まで上げて、上げるか下がるか、ネオさんの顔色を見ているようだった。
そして回答ラッシュの流れの中で初めて、正解でも不正解でも無いものが現れた。
僕達が村に来た日、最初にブリアンに野菜を投げつけた少年の解答だった。
少年は大人たちの間で高く手をあげ、一言、短く答えた。
「伝説……!!」
その瞬間、軍人の目がギラリと光り、歯抜けの歯を咬み合わせて、大きく笑った。
「いいねキミ……! キミは採用!!」
ついに初の採用者がでた。
しかしそれは十歳程度の子供だ。
村人の視線が一斉に少年に集まり、困惑が深まる。
「やったぁ!! ねぇ、お母さんも一緒に本国行って良いんですか!?」
「ダメです」
「え……」
軍人は即答して、少年から興味を失ったかのように視線を反らした。
拡声器を再び手にした。
「さて採用者が一人出たので、あと二人までは採用します。集中力を切らさないように、求める人材は行動力と柔軟性です」
軍人は軍用車両へと振り返り、怒鳴り声を上げた。
「おいクイーン、持ってこい……!!」
軍用車両から背中にガスボンベのようなものを背負った、SMプレイのボンテージを身につけた短髪の女性が降りてきた。
他の軍服の兵士とは明らかに違う、鋭い目付きがギラギラと光り、只者では無い雰囲気を放っている。
ネオさんはワンピースのスカートの裾を、正面から見えない角度で大きく上げて、太もものホルスターの拳銃に手をかけていた。
「クイーン……? ナイトウルフ……」
緊張が走り、思考をつぶやいている。
軍人の男は拡声器の音量を最大まであげた。
「さて、なぜ悪人は記憶されて、英雄は記憶されないのか。その理由は少年が示した、伝説であるか否かにかかっている」
口調も今までの丁寧気味な口調から、高圧的な口調に変わっていた。
「伝説になる否かはどこで決まるのか、ヒトラーは直接手を下さないし、切り裂きジャックは五人しか殺していない。沢山殺せば良い訳でも無いし、猟奇的であれば良い訳でもない」
軍人は拳を掲げた。
「伝説に重要なのは、恐怖の純度である」
その軍人の語りに、キリハラが口を挟んだ。
「な、なんの話をしているんだ、あんたは……」
「良いね、その目……俺が大好きな、英雄の目だ。壇上へ上がれ」
渋々壇上へとあがるキリハラの横で、男は腕を降ろした。
そしてゆっくりと、優しく声を緩めた。
「皆さん、良く聞いてください。今から、絶対に逃げないでください。この広場は既に、電気柵で包囲されており、触ると死んでしまいます。絶対に死ないでください」
村人が動揺の渦に入った。
軍人の説明に熱が入っている間に、周囲を囲む兵士達が全員内側を向いており、その前に鉄柱が立てられていた。
鉄柱からはワイヤーが無数に伸びており、バチバチと弾ける音をだしている。
全員が周囲の柵に注目する中、激しい炸裂音が軍人の側で響いた。
軍人の真横で、血の爆弾が弾け飛んでいた。
そこにいたはずの、キリハラの姿が消えている。
その瞬間を、だれもが見ていなかった。
ネオさんの反応が一番早かった。
既に拳銃を抜いて、軍人目掛けて発砲していた。
乾いた銃声と共に、ネオさんが叫んだ。
「離れろ!! こいつら、キング狩猟団だ……!!」
同時に、陳腐で不快なデスメタルの音楽が大音量で流れ始める。
『キン、キン、キンキン、キング!!
撲殺、ボゥ!! ボゥ!! 虐殺、GO!! GO!!』
小柄だった軍人の男のいた場所に、三メートルの石碑に並ぶ程の物体が発生していた。
それは軍人の男だった。
ハリネズミ頭はそのままに、上半身の筋肉が軍服を破き、巻いた布団のような厚みに膨張している。
「今死んだのは、記憶に残らない英雄の男だ」
男の顔の前に、大木のような腕があり、ネオさんが発砲した銃弾を摘まんでいた。
「俺の名前は火轡 重。俺は撲殺人数で世界を恐怖に包み、歴史に伝説を刻む」
僕たちのいる民衆奥の足元に、キリハラの遺体が落ちて来た。
広場の音は一瞬にして、爆音のデスメタルさえ聞こえないほどの、悲鳴一色に染まった。




