第192話・理想と現実。
「占領するけど、何もしない……?」
「王子が間違ってたの?」「騙されてるんじゃ……」
「でも洪水を止めたのは、彼女の魔法よ……!!」
村人達は動揺に包まれていた。
ブリアンの演説を前にして、悲劇ありきの体制にヒビは入りつつある。
村人の中から一人、手を上げる者がいた、
「じゃあ俺たちは、村に戻って良いのか?」
ブリアンは振り向いた。
「もちろんです。ただ、その……」
ブリアンは言い淀んだ。
その条件付き前提の前振りに、村民たちは耳を傾けていた。
「私達、家ないので……どなたか、泊めていただけませんか……」
日は沈み、護岸工事を終わらせた川辺の空は、夕日の色に群青が被さり始めるトワイライト。
鈴虫だけがリリリと静寂を埋めていた。
クロス君が車椅子を引いてブリアンへと振り返った。
「うちに来てよ! ブリアンお姉ちゃん……! うちは孤児院だから、布団も余ってるし……!!」
すると村の入口にいた花摘の少女、ミナハちゃんが出てきて、目を輝かせた。
「お姫様、うちに来るの!?」
王子の死の報告の際、王子の死にこの子は泣いていた。
その幼い涙が、ブリアンを覚悟の道へと歩ませた。
小さい彼女にとっては、国や悲劇なんてものはハッキリと見えてはいないんだろう。
「水の魔法がね、凄かったの!!」
興奮する彼女の頭を、大きな手がそっと撫でた。
牧師の男性だった。
「改めまして、牧師のミナミヅキと申します。孤児院の管理をドラキール王国から任されておりました。あなたがたさえ良ろしければ、歓迎致します」
ブリアンの眉が、ピクリと動いた。
ドラキール王国に直接の繋がりがある者。
それはブリアンの中では、大まかな分類上で敵だからだ。
しかしブリアンはすぐに頭を下げた。
「よろしいのであれば、よろしくお願いします」
牧師のミナミヅキは焦った様子だった。
「そんな、頭を下げて頂かなくても結構です。救われたのはむしろ、我々の方なのですから……」
ブリアンは言われるままに顔を上げ、ミナミヅキに対峙した。
ミナミヅキはそれを見て、ホッと頬を緩ませた。
「ただ明日、村にドラキール軍が来る予定なのですが、どういたしましょうか……」
それを聞いた瞬間、ブリアンは硬直した。
「え、どうして……」
ブリアンはドラキールの石碑を破壊し、建国まで宣言した。
宣戦布告のようなものだ。
そして、翌日にはドラキール軍が来る。
気が気じゃないのが当然だろう。
ネオさんはそれを聞いて、前に出てブリアンに並んだ。
「ブリアンが来たから、呼んだのか?」
「いいえ、違います。元々来る予定でした。我々はドラキール王国の保護区として、月に二回、一人につき米二キロの配給を受けております。明日がその予定日なのです」
それにキリハラが加わって補足した。
「俺たちの村は自給自足だけじゃ賄えていない。特に米は作るような場所も、保管場所も無いからな……」
ネオさんはブリアンの肩に手を置いて、返答した。
「だったら配給は受けたら良い。私達は元々、泊まる場所を求めてこの村に来た。泊めてくれれば、後は今まで通りにしてくれていたら良い」
キリハラは村人達を見通した。
村人達の顔には、微笑んでいるものもいれば、不安がるものもいる。
「ドラキール軍が来て、誰もブリアンの存在を報告しない保証は無いぞ」
ブリアンは目を閉じて頭を下げた。
「その時は、私は大人しく捕まります……この村で戦いを起こすのは、悲劇を起こすのと同じですから……」
ネオさんはブリアンの肩を肘置きにしながら、不遜な態度で話し始めた。
「とまあ、理想論者さんは仰っていますが、私達がこの村に来たのには、泊まるのともうひとつ、大きな理由があるんだ」
ミナミヅキはアゴに手を当てた。
「理由、ですか……」
ネオさんは山の向こう側を指さした。
「私達は今朝、近くのドラキール保護区の村が、村民全員82名、虐殺されて並べられているのを見てきた」
村人達は騒然とし、ガヤガヤとつぶやき始めた。
メイアさんが、クロス君の車椅子の元から立ち上がり、村人達の方へと振り向いた。
「みんな、聞いて! 彼女の言ってる事は本当よ。私もその光景をこの目で見てきたの!」
村人達は身内のメイアの声に静かに耳を傾けた。
「虐殺は大人子供構わず全員で……叔母さんも多分巻き込まれた。私、怖くなって、この村を守って欲しいって、彼女達をこの村に呼んで来たのよ!!」
キリハラがメイアへと歩み寄った。
「そんなこと、どうして黙ってた!!」
「だって……!!帰ってきたら、いきなりブリアンさん捕まるし、エクリプス出てくるし……!」
「保護区の村の虐殺なんて、それこそドラキール軍に報告するべきじゃないのか……!」
「その虐殺をやったのが……ドラキールの独立部隊って話なのよ……!!」
メイアの強い宣告に、村人は恐怖と疑いの中にあった。
「どうして、そんなこと……」
「この村にも来るって事なの……?」
そこにデフィーナが前に出てきた。
「虐殺の目的は不明よ。でも部隊名はキング狩猟団。隊長は火轡 重。知ってる人はいないの? 私が今、一番殺さないといけない男なんだけど」
ミナミヅキ牧師は鼻に指を当てて深く考えた。
「聞いた事ないですね……部隊名も……」
ネオさんはブリアンの胸をパチンと叩き、デフィーナの髪をクシャリと掴んだ。
「でまあ、この女神様は見ての通り魔法が使えて強い。このチビも強い」
「なにっ!?」 「触んないでよ」
それにブリアンとデフィーナは反射するように、ネオさんの手を払った。
ネオさんは一人後ろで棒立ちする僕を指さした。
「で、あいつも、山のエクリプスを一撃で粉砕する程の魔法みたいなのがある」
僕は後頭部に手を当てて、ペコペコとお辞儀した。
ネオさんはブリアンの前に立った。
「そしてこの私は、皆と共に戦ったな。見てもらった通りだが、私は戦いを分かっている」
軽くブリアンへと振り向いた。
「この姫はマジで悲劇が嫌なだけで、なんも考えてないんだが……」
「ちょ、ちょっと……!?」
ブリアンが身を乗り出す前で、ネオさんはホルスターから拳銃を素早く取り出し、手の中でクルクルと回してポーズを取った。
「現実的な交渉条件は……お前たちを虐殺部隊から守ってやる。だから匿ってくれって、そんな所だな」
村人達は互いの顔を見合せていた。
恐怖、不信、希望……様々な顔が、近くの人の顔を見ては隣合っていき、不安の顔に収束していく。
そこにネオさんは更に追加した。
「とは言え、配給は受けてくれ。虐殺部隊は調査中でいつ来るとも分からない」
日が沈む山の方を見て、語りかけるように言った。
「明日は村に用水路を引こうか、川に水を取りに行く必要も無くなるし、水田を作れるようになる」
ブリアンの肩へと右手を置いて完成した溜め池へと左手を伸ばした。
「この女神様を使って、みんなで協力すれば、ちょちょいと終わるさ」
ネオさんが民衆に笑顔を向けると、村人達の顔は少しだけ落ち着いた、柔らかい表情へと変わっていった。
その後は解散、ネオさんはサザナさんの元へ戻ると言った。
サザナさんは車を水没させない為に移動させていて、サザナ、ネオ、スレイ、ストームの4人くらいなら車中泊で十分と言っていた。
何かあれば、僕が通信機で報告を入れる手筈だ。
僕とブリアンとデフィーナ、元々孤児院住みのクロス君とメイアさんは、牧師ミナミヅキさんの家へと足を運んだ。
孤児院と言っても、少し広めの和風民家で、畳八畳の部屋をひとつ借りる事になった。
ミナミヅキさんとメイアさんが夕食を用意した。
味噌汁と、川魚の塩焼きと、ナスの漬物と、ご飯だけの質素な食事だった。
ミナミヅキさんは語った。
「完全に水没したので食料は諦めていたのですが、ここまでしっかりと残っているとは……」
ブリアンは少し居心地悪そうにしていたが、話は普通にしていた。
「水を集める時に、水だけを集めるって思えば、泥に浸った食料もすぐに取り出せるわ」
メイアさんが感心していた。
「本当に、すごいわよね、その力……村を豊かにしてくれる力に間違いないわ、魔法少女ってすごいのね」
僕は頭の後ろに手を当てた。
「原作では、こういう使い方はしないで、敵を倒したり人命救助専門なんすけどね……思ってたより便利ですよね、水を動かせるのって……」
ミナハちゃんは座ったブリアンの回りをトテトテと歩き回って眺めていた。
「可愛いお洋服、いいなぁ、いいなぁ……!!」
クロス君がご飯を食べながら、質問した。
「そういえば、いつまで変身してるの? それってスゴミお兄ちゃんの能力なんだよね……?」
ブリアンはドレスの衣装をスっと摘んだ。
「コレになる時、私の着てた服が内側から破けとんだみたいで、これ以外の服持ってないのよね。私はこの格好でも構わないんだけど……」
僕は丁度飲んでいた味噌汁が気管に入ってむせ返った。
「ゲホッ……カホッ! カホッ! いや、あの……服は、すみませんっす! 咄嗟で……!!」
ブリアンはそんな僕を見て顔を赤くして目を細めた。
「体の隅々まで完全に私の形なのよね、この衣装……共感覚を使ったら、あなた何時でも女神像使えるんじゃない?」
その一言を受けて、背中に置いていたドグマが、ビタビタと暴れ始めた。
僕はブリアンの衣装は下着の色まで分かっている。
直接見てはいないが、部屋にあるネプチューンハートのフィギュアの下着が水色にリボン付きなので、そうなっているだろう。
共感覚なんて使ったら、一発でアウトだ。
彼女の裸体にピッタリとまとわりついたドグマの衣装に、僕の皮膚感覚が重なってしまい、ワンモーションで妄想が爆発してしまうだろう。
「村で発動したら……滅びますから……」
僕は落ち着かせるように、お椀で顔を隠して味噌汁をすすった。
デフィーナが白米のみを口に運びながら、口を開いた。
「なんか、それ見てると思うんだけど、ネプチューンハートと比べると、アサシンハートって弱くない?」
僕は唖然としてデフィーナを見つめた。
「アサシンハートは原作だと、セイントハートとどっちが一番強いかって考察されるほど、最強なんすけどね……」
「ふーん……そうなのね」
ブリアンはナスの漬物を唇につけながら、デフィーナを軽く見流した。
「あら嫉妬? あなたもまた、マジカルエンジェルになりたいのかしら?」
「なりたくないわよ、気持ち悪い。ただ事実として、性能差の話をしただけでしょ」
デフィーナはそう言って、自分の皿からナスをつまみ、僕のお茶碗に投げ込んできた。
そして味噌汁を僕の残りの味噌汁に流し込むと、魚をクロス君の茶碗に投げ込み、米を口にかきこんで、食器をまとめ、立ち去って行った。
夜もフケて、部屋に戻るが電気がない。
ロウソクの燭台が照らす薄暗い和室で、デフィーナは布団を敷くなり速攻で眠りついた。
ブリアンは服を借りて着替えてから入ってきた。
「どう? 変じゃない?」
ブリアンは、メイアの服では胸が収まらないとかで、牧師さんのワイシャツだけを着ており、萌え袖の裸ワイシャツのような状態だった。
目のやりどころに困り、チラチラ見ながら枕を見ていた。
「えっ、いや。その……に、似合ってると思うっすよ……!」
ブリアンは腰に手を当てて頬を膨らました。
「ドグマで一日中繋がってたのに、今更恥ずかしがる事ってある……?」
「い、いやぁ……慣れないもんで……」
「ふふっ、それでこそあなたって感じもするけどね……明日も一緒に、頑張りましょう」
「は、はい……っ! 補給は任せてくださいっすよ……!!」
「うん、じゃあね、おやすみ……」
ブリアンは暗い天井を見つめた後、静かに布団へと潜り込んだ。
僕は燭台の火をそっと消し、真っ暗になった部屋の中、布団へと入った。
一日の疲れが、一気にまぶたを重くした。
意識が溶けていく瞬間、静かな暗闇の中でデフィーナがポツリと呟いた。
「スゴミ、明日エクリプスは出ないわ。ヒグツワ シゲルは……必ず殺すわよ」
僕が一言返そうと思う間もなく、僕の意識は夢へと落ちていった。
怖い。
獅子神 七楽を殺したという男。
ナイトウルフやジャスティスの上に立つ、ドラキール王国の闇そのものの存在……
夢の入口の暗闇で、心の奥が呟いた。
「会いたく、無いっすね……」
ああ……天使さん。もう、帰っていいっすか……




