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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第6章・宿命編

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第189話・女神の矜持。4

 初めて会った時は、わがまま姫だった。


 世間知らずで威張っていて、見栄っ張りのお嬢様。

 良くいる王国物語の嫌われ役の令嬢。


 それが最初の印象だった。


 しかし実際の彼女は、国を本気で思っていて、強い王に憧れて、無理していただけだった。

 共に逃げ込んだホテルで感じた、彼女の体温、震え、涙の瞳を覚えている。

 彼女は結婚に憧れ、暗殺に怯える、普通の少女だった。


 ブリディエット公国王女、ブリアン・ブリディエット。

 それが彼女の名前だ。


 彼女が、僕のせいで死ぬ。


 たった今、王子が作った悲劇を壊すと、自分の運命に宣戦布告をした。

 そして身を呈して僕を守り、敵まみれの水中に引きずり込まれた。


 一瞬で駆け巡る記憶の中で、彼女の痕跡を追っていた。


 正面には水没した村、淀んで何も見えない濁流。

 サメ型のエクリプスが黒い装甲をみせては潜り、ビレを旋回させ、不規則に不気味な水面を描き出している。

 その枯葉色の地獄へと伸びる、デフィーナが使う一本のドグマ紐。

 それだけが頼りだった。


 僕はデフィーナの肩に手を置き、彼女のトランクから伸びる一本の触手、シスターズネイルを掴んでいた。


 デフィーナは身体こそ抵抗しなかったが、顔を引きつらせていた。

「ロストしてるわ! もう探せないわよ!!」


 デフィーナは効率的だ。

 ブリアンは可能なら助けるけど、無理には追わない。

 その判断が即座に出来ている。


「ブリアンに戦えって言ったの、僕でした……」


「はぁ!? それがなに? 次が来るわよ!!」


 デフィーナは声を裏返した。


 エクリプス数体のヒレが、屋根際の僕を目掛けて一斉に突撃を開始した。


 僕はエクリプスより先の水面に集中していた。

 思考の邪魔だ。気にかけてる場合じゃない。

 ただ一点、ブリアンを想起するのに全てを賭けていた。


 ブリアンは、国の為の政略結婚に、身を捧げていた。

 王子を四年間信じ、心の支えにし、結婚に臨んだ。

 そして裏切られ、震えるその手で王子を射殺した。

 ブリアンは指名手配になった。

 国を奪われ、家族を奪われ、未来を奪われた。


 自害しようとしたり、自暴自棄になっていた彼女に、『生きろ』と言ったのは僕だ。

 全てを捨てようとしていた彼女の為に、僕は帝国と戦うと宣言した。

 ブリアンが生きる為の責任を負ったつもりだった。

 だけどそれは、ブリアンも帝国と戦うという事だ。


 ブリアンは、名誉も尊厳も無視して、逃げ続ける道を選ぼうとしていた。

 僕と駆け落ちして静かに暮らす道だ。

 乗ることは出来たし、乗りかけた。


 でも僕は、それを妥協と断った。


 彼女を戦わせるのが怖い?


 言い訳だ。


 偽善だ。



 この村に彼女を連れてきてしまったのは、僕だ。

 彼女を戦場に連れて来たのが、この僕だったんだ。


 全て、僕の選択が、僕をここへ連れてきた。


 シグマは言っていた。

 ドグマの記憶が重なれば、記憶の定点に連れて行ってくれると。


 僕の首筋に、ブリアンの小さく早い鼓動が重なる。

 彼女の傷ついた首すじ、頸動脈の振動音だ。

 首に張り付いた、寂しがりウサギのネックレスが。そこにいる。


 そのシンボルが、正面の冷たい水中で、引っ張られるルアーのように揺れている。


「女神さん、あなたを本物の女神にしてやるっすよっ!!」


 シスターズネイルの先端が、ブリアンの身体に触れたの感じた。


 同時にデフィーナが反応する。

「嘘っ!? 捉えたわ……!!」


 デフィーナは肩に乗る僕の手を跳ね除け、身体を深く落とし、引っ張る体勢へと入った。

「巻き付けた! でも、一本じゃ引き合いに勝てない……!!」

 デフィーナは必死に引いているが、苦しい顔だった。

 足が屋根の上を滑り、だんだんと水面へと前進している。


 向かって来ていたエクリプス五体が、水面に黒い背中を表した。


 僕は触手を引いて胸に当て、唱えた。


「僕が信じた、真の女神はここにいる」


 触手を両手で掴み、水面に向けて叫んだ。


「答えてください……!! マジカルエンジェル、ネプチューンハート!!」


 それを唱えた瞬間、シスターズネイルの触手がちぎれた。


「ああっ!!」 デフィーナから高い感嘆が零れた。


 エクリプスは水面から飛び出し、五本の水柱が、僕たちへと向けて放物線をえがいた。


「ダメ……ッ!!」


 デフィーナは目を閉じて頭だけを伏せた。


 しかし攻撃は届かなかった。


 飛びかかったエクリプスは、空中で大口を開いたまま、停止していた。

 エクリプスから繋がる水柱も、アクリル素材のように固まって動かない。


 水が停止している。


 目を開けたデフィーナは、周囲を見渡し始める。

「なにをしたの……!? これは……!!」


 ミミズの巣のようにうねっていた水面が、時間を止めたようにピタリと静止していた。


 葉が風にざわめき、僕の髪も揺れる中、水だけが凍ったように動かない。


 泳いでいたエクリプスの内、水面に体を出していた者は、そのヒレをビクビクと動かすのみで、完全に身動きが取れなくなっていた。


 ネオさんもボートを動かせず、慌てだした。

「なんだこれ……動かない……!!」


 誰もが息を飲んだ、静寂の刹那。


 広場の中央から、枯葉色の泥水だった水面が、南国のビーチのような澄んだブルーへと変色して一気に広がった。


 透明度が増したことで、広場の地面までがくっきりと見え、絵画のように止まった水中に、エクリプスがさらに無数にいたことが暴かれた。


 サメサイズの鯉の群れのように流れを作っており、ゾッとする光景だった。


 広場だけで五十体はおり、奥の林からも次々と増援向かって来ているのが見える。


 デフィーナが唇を震わせていた。

「これ防衛戦してたら……死んでたわね……」


 僕は青く輝く広場の中央を見つめていた。

「ええ。でもこれで、女神さんのご注文通りの、完全勝利ってやつっすよ」


 僕の視界の中心に、天使の姿があった。


 胸を大きく出した純白のドレスに、ラメ入りの青いリボンが、渦潮のように線をえがく。

 ハートのクリスタルを散りばめて、槍のような黄金のティアラがキラキラと光を反射する。


 ブリアンは白鳥のような四枚の羽根を広げた。


「清純のことわりに導かれ、ネプチューンハート、ただ今降臨。黒く淀んだその穢れ、浄化させて頂きます」


 ブリアンの細い指先から、水流が螺旋をえがき、長槍をイメージさせる魔法のステッキが握られた。


 それを見た僕は、一瞬で興奮が沸騰して、拳を握って突き出していた。

「キター! ネプチューンハートの変身バンクのセリフ再現……!! ネプチューンハートは水着回において無敗なんすよ!!」


 ブリアンの解かれた長髪がアッシュ色に淡く光り、うねる波のように揺れていた。


 ブリアンは槍のステッキを高く掲げた。

「必殺ハート、ピュア・アクア・アプリューション!!」


 湖面が光り、風が止んだ。


 ブリアンが掲げるステッキの先で、洪水状態だった水が一気に集まり始めた。

 大量の水は渦を描いて、エクリプスを巻き込んだまま、巨大な水球へと成長していく。


 そこに、圧縮が始まった。


 水の玉が、ギュン、ギュンと小さくなっていき、中にいたエクリプス達の装甲はへし折られ、すり潰されるように赤黒い液体を吐いていった。

 その液体も、水に溶けると同時に、即座に透明になっていく。


 硬質な甲殻がバキバキに破壊されているのに、小川のせせらぎのような流水音以外は何も聞こえてこない。

 神聖さを感じさせる、美しい殲滅だった。


 ものの十数秒で、広場と森の奥にまで広がるエクリプスの隊列を、圧縮水球の中で捻り潰していき制圧は完了。

 水球は最後にビー玉程のサイズまで圧縮されたのち、ハートの形に弾けて霧となり、小さな虹をえがいてみせた。


 ブリアンは自慢気な顔でステッキを下ろし、両手で掴んだ。

「女神って言われんのも、悪くないわね!!」


 その発言はキャラクターものではなく、ブリアン本人の声だった。



 クロス君は身を乗り出して興奮していた。

「なにこれすごい、凄すぎるよ! 本物の英雄だよ!!」


 ネオさんはゴムボートに乗ったまま、広場の地面に着地して、呆然としていた。

「マジか……どういう現象だよ……」


 風が吹き、乾いた砂埃を巻き上げた。


 僕の足元、屋根の下から、飛び込んだ老婆の声が聞こえてくる。

「ありゃ、夢でも見てたのかね、やだねぇ……」


 僕の後ろにいた老人は手を合わせて頭を下げていた。

「いやぁ、天神様の奇跡じゃあ……」


 僕は笑って駆け出し、部屋の屋根を飛び降りた。

「奇跡を起こす女神が居るんすから、これは必然っすよ……!!」


 宙に浮いていたブリアンは、目を閉じてフワリと地面へと降りて、へたりこんだ。

「ああ、使い切った感がすごいわね……デフィーナが補給求めるのって、これだったのね……」


 僕はそこへと駆けつけた。

「大丈夫っすか……女神さん」


「大丈夫よ。驚いたけど、お陰様で生まれ変わったような、晴れ晴れとした気分だわ……」


 僕はブリアンへと手を差し伸べた。

「立てます……?」


 ブリアンは僕の手を強く握った。

 彼女の衣装となったドグマが、意志を使い切った状態なのが分かった。

 この握手で僕の意志が彼女に流れ込んでいく。


 ブリアンは疲れきった姿から、スっと立ち上がって、凛々しい笑顔を向けた。


「当然よ。マジカルエンジェルは何度でも立ち上がる」


 僕は、その言葉に目を潤ませていた。


「第二十四話、とんでもドカ食い大作戦。のセリフっすね……!!」



 そこにネオさんが駆けてくる。

「おいおい、すげぇ装備だな。デフィーナの装備が露出度ヤバかったから、マジカルエンジェルって他のもヤバいもんだと思ってたよ」


「誰がヤバいですって? アサシンハートはもう着ないんだから、やめてもらえる?」

 デフィーナが怒りながら歩いてきた。


 ブリアンは自分の衣装を見ながら、口を広げて笑顔でくるりと回って見せた。

「私、この衣装好きよっ! 可愛いし、まるで生まれた時から身体の一部だったみたいだもの……! 似合ってると思わない?」


 僕はそれを見て体温が上がっていた。  

 後頭部に手を当てて、ニヤケながら答えた。


「いやぁ、めちゃくちゃ似合ってるっすよ……」


 ネオさんが腕を組んで僕の事を見つめた。

「この魔法少女っての、私でも成れんのか?」 


 僕はネオさんの身体に目を移した。

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