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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第6章・宿命編

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第188話・女神の矜持。3

 濁った水面に、赤色が滲んでいた。


 音も気配も無く現れた、サメのような装甲の敵、水棲型エクリプス。

 連れ去られた病弱そうな女性の血液の飛沫に、しゃがみ込んでいた老人たちは腰を引いていた。


「キリノさん!!」「なんて事じゃ、始まってしまった……!!」


 女性が引きずり込まれてから、追いかけたブリアンの判断には迷いが無かった。

 僕も即座にドグマを回収し、ブリアンを追って飛び込もうとして前に出た。

 しかし、デフィーナが僕の胸の前に背中を当てて押し止めた。


 会話をする間も無かった。

 走りだそうとした僕は無策だった。

 デフィーナはそれを止めたんだと分かったが、既にブリアンが飛び込んでいる。

 僕は躊躇せず、デフィーナの横をすり抜けようと、身体を右へとずらした。


「どいてくださいよ……!!」


 その瞬間だった。

 正面の水面から、エクリプスの装甲が頭を出した。

 水中へと斜めに続く、黒い影。

 その一瞬をデフィーナが見逃さなかった。


「シスターズネイル!!」


 デフィーナのトランクから八本の触手が伸びて、水中のエクリプスへと一直線に走って行った。

 触手はエクリプスを絡めとり、空中へと持ち上げた。


 激しい水しぶきと共に、風と生臭さが周囲を包んだ。

 そのエクリプスの装甲に挟まれるように、病弱女性キリノさんがいた。


「うぁぁあああ!! 痛っ、ゲホッ、ゲホッ!!」


 装甲がめり込んだ胸部、古着の表面に血が赤く滲んでいる。

 その脇で、エクリプスにしがみついて、装甲の隙間に宝刀を突き刺しているブリアンが居た。


「離せ!! 離しなさいよ……!! この……!!」


 宝剣をグリグリと押し込んでいるが、エクリプスは動じていなかった。

 デフィーナが触手を動かし、僕の方へと持って来る。


「殺しなさい」


 しゃがんでいた老人たちは、立ち上がり、すぐに身を引いた。

 僕はすぐにドグマをエクリプスへと向けた。


「ドグマ開放───追悼の花!!」


 球体状だったドグマから、白いカーネーションが生えてきて、僕はそれを掴んでエクリプスへと投げつけた。

 花が当たると、エクリプスは停止した。

 噛みつく力はスッと緩み、ぐったりとしたキリノさんの身体が、部屋の屋根へと滑り落ちてくる。

 ブリアンが宝剣を手放し、それを受け止めた。


「大丈夫ですか!! 大丈夫ですか!?」


 デフィーナはそれを確認すると、エクリプスの残骸を水没の広場へと投げ捨てた。


 クロス君が車椅子を引いて、屋根の中心へと寄って来た。

「みんな、中央に集まったほうが良いです!! まだ来ますよ!!」


 そう言って広場を指さした。

 広い水面に、イルカ程のサイズのエクリプスの背びれが三匹分、うねりながら近寄ってきているのが見えた。


 デフィーナはポツリとつぶやいた。

「防衛するなら、盾じゃなくて、剣で吹き飛ばしなさい。連続で来た時に対処遅れるわよ」


「はいっす……アトラスの剣……!!」


 ドグマは手元で玩具の剣へと変形。

 僕は中心に集まる老人とクロス君を背にして構え、近寄る背ビレに注目していた。


 背中からは悶えて泣き叫ぶキリノさんの声と、老人達の励ます声が聞こえてくる。

「うぁあ、痛い……痛い」

「しっかり、傷を押さえるんじゃ……」


  別の老婆がボソッと呟いた。

「わしら老いぼれん為に、若いもんの足、引っ張ったらならん……」

 老婆は僕の横に出てきた。

 白髪を大きくまとめた長髪で、腰がかなり曲がっている。

「そんための足切りだけん、助けが来たら、若いのだけで行きなさいて……」


 僕は息を飲んだ。

 何も言い返せない。


 エクリプスは広場まで入ったが、三匹とも背ビレを水面から出して旋回するだけで、近寄ってこない。


 ブリアンが立ち上がり、僕の背中へと触れた。

「スゴミ……お願いがあるの……」


 僕は剣を構えたまま、頭だけ軽く振り向いた。

「なんすか、お願いって……」


「私を、マジカルエンジェルにしてちょうだい」


「えっ!? 女神さんが、マジカルエンジェルに……!?」


 その一言に、別方向を警戒していたデフィーナも振り向いた。

 ブリアンは僕の横に出てきて、アトラスの剣を握る僕の拳に手を重ねた。


「そうよ、私、アレってデフィーナが支持者アルハだから出来るんだと思ってたけど、ノリコもなってたんでしょ?」


 確かにノリコはマジカルエンジェルのヒーローハートになった。

 マジカルエンジェル化は、理屈的には僕がアニメキャラの妄想を女の子に重ねてるだけなので、ブリアンに重なる妄想が出来れば、出来るとは思う。


 しかし……


「危ないっすよ……!!」


「どうして? 私にはちゃんと、戦う覚悟があるわ」


「デフィーナさんや、ノリコちゃんは、元々僕より戦える人ってイメージで頼ってますけど、エクリプスと戦うの、危ないんですから……!!」


「私、ナイフをエクリプスに刺したけど、ダメだったわ。マジカルエンジェルがあれば、戦える。今は丸腰ですもの、武器があった方が安全でしょ?」


「それでも……」


 息が詰まった。


 ブリアンの言ってる事はもっともだが……


 怖かった。


 デフィーナは支持者アルハ、物語側の人間だ。

 ノリコは頼れるのもあるが、既に死んでいる。

 でもブリアンは違う。普通の女の子だ。


「戻れなく……なっちゃう気がして……」


 一度ブリアンを戦えるようにしたら、戦力として頼る計算に、入れつづけてしまう気がする。


 僕はそれが怖かった。


 ブリアンは首を傾げた。

「戻れないって、何? 私は……」


 ブリアンが言いかけた途中、広場の奥から細く高いエンジン音が聞こえてきた。


 僕とブリアンは同時にその音に気を取られる。


 遠く揺れる水面に、白いゴムボートが進んでくるのが見えた。

 上には一人の人影があった。

 荒れた緑のポニーテールをなびかせて近づく、ネオさんの姿だった。


「ネオだわ! 迎えに来たのね……!!」


 右でブリアンの声が高くなる。


 一方で、左の老婆は低く呟いた。

「乗れて四人、かねぇ」


 その言葉も胸に重くのしかかった。

 屋根の上には八人いる。

 往復で運んでも、とても水位上昇に間に合わない。


 だがそれより先に、危険がある。

 僕は声を張った。

「ネオさん! 水にエクリプスがいます!! 気をつけて……!!」


 ネオさんのゴムボートは速かった。

 音が聞こえ始めたのも束の間、みるみる接近して、エクリプス三匹が渦を巻いているエリアにまっすぐ突っ込んで行く。


「スレイ、D1型貫通弾!」


 ネオさんはヘッドギアを押さえて、スレイちゃんに指示を出しながら直進した。


 三匹の背ビレは一斉に列を作り、ネオさんのボートへと向かっていった。


 ネオさんはすぐに卵型のガジェットを目の前の水中へと投げ込んだ。


「プロミネンスフラワー!!」


 その名前は、ネオさんの爆弾ガジェットの起動号令だ。

 すぐさま、水にくぐもった爆発音と共に、大きな水柱が立った。


 直後、二体のサメ型エクリプスが、水面へと力なく浮いてくる。

 しかし残り一体は既にネオさんのボートの後ろへと回っていた。


 その体が水面から飛び出し、装甲を割って口が開いた。


「ネオさん……!!」


 僕は身を乗り出していた。

 彼女の元に向かうために、水上を移動するために、足元に秘密の食卓を生成していた。


 ネオさんはボートの上で立ち上がる。

 その手には可変銃火器、キメラフォームが握られていた。

 迷わずボートの両端に足を食い込ませるように広げてバランスを取ると、キメラフォームをエクリプスに向かって構えた。


「ハイドラショット」


 起動号令に合わせて、重い発砲音と共に、散弾銃の二連射が行われた。

 エクリプスは口の中の肉の部分に無数の傷を受け、体液を撒き散らして空中でノックバックして硬直。


 そこに横から叩き落とすような弾丸が走った。

 ネオさんが指示していた、スレイちゃんの狙撃だとすぐに分かった。

 弾はエクリプスの装甲を貫通し、細く開いた構造が虫の脚のように弾け飛んで、水面へと散らばっていった。


 僕は秘密の食卓に一歩踏み込みながらも、向かう必要性の無さを感じていた。


「すごいっすよ……!! さすがネオさんだ……!!」


 僕がそう言って後ろを振り向いた瞬間、デフィーナの目の色が変わっていた。

「アホなの!? 剣にしとけって言ったわよね……!!」


 同時、ボートのネオさんからも声が飛んだ。

「おいバカ!! 油断するな……!!」


「え……っ?」


 僕が気後れした瞬間だった。


 ネオさんのボートがある周囲、水没した広場を埋め尽くすような水棲型エクリプスが飛び出した。

 まるで魚群。三十はいるだろうか、飛び跳ねた一瞬では数え切れなかった。


 三匹が旋回してる間に水中に集まったのか、その三匹が呼び寄せていたのか、そんな事は定かではないが、僕の心には重く、『全員守るのは無理』の選択肢がハッキリと浮かんだ。


 その時、背中で水音が跳ねた。


 僕達が乗る屋根の裏、林がある側で、エクリプスが水中から飛び出してきていた。

 正面の大量のエクリプスに気を取られた間で、全く反応できなかった。


「こいつら狙って……」


「シスターズネイル……!!」


 デフィーナの動きが早かった。

 トランクからの触手八本が、エクリプスを一瞬で貫く。

 僕の目に映っていた光景はそれだけだ。


 デフィーナは鋭く叫んだ。

「三匹しか居ないと思い込ませたのよ!! 知性型だわ、来るわよ!!」


 間髪入れない展開の中、デフィーナの叫びの途中で、広場側から柔らかな衝撃が僕の身体を押した。


 ブリアンの身体だった。


「危ない!!」


 ブリアンが短い一言と共に僕の腰に抱きつき、叫びながら僕を屋根の上へと弾き飛ばしていた。


 僕は老人男性の背中にぶつかりながら倒れ込む。

 目を開いた時、目の前の光景に戦慄した。

 ブリアンの足に、水中からイカの触手のような吸盤つきの装甲が這い出ており、静かに掴んでいた。


「みんなをお願い、あなたなら、出来……!!」


 ブリアンは泣き入りそうな笑顔をしながら、セリフも途中のまま、濁った水中へと引きずり込まれていった。


「ブリアンッ!!」


 僕は叫んで手を伸ばしたが、ドグマは足元で秘密の食卓と化している。拾わない限り次に移れない。


 その足の脇、僕の左隣に立っていた老婆が、両手を自身の肩につけて、水面へと倒れ込んだ。

「ワシらの未練が、判断を誤らせた……悲劇を、力にな……」


 またひとつ、水柱が上がった。


 背中では僕の体重を受けた男性が咳き込み、噛まれたキリノさんのうめき声も増していった。

「僕……僕は、何も……」


 心がぐちゃぐちゃに砕けそうだった。


 そんな中、デフィーナが僕の右に出て、強い目で水面を見つめていた。


 トランクから触手を一本長く伸ばして、ブリアンが沈んだ方角水中へと突き刺している。


「追えないわ……何人かは、捨てるわよ」


 僕は弾むように飛び起きて、デフィーナの肩を包むように手を添えて、腰を曲げてトランクから伸びている触手を掴んだ。


「まだっすよ、まだ一人も死んでない……!!」


 エクリプスが跳ね回る水面を、睨みつけた。

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