第18話・ホーリージャベリン!
「スゴミ君、なにかあったら言ってね!私達はもうお友達だよ!」
――ヒメガミさんがそう言った。僕は真に受けた。優しいな。
「お前にリスク背負わせようって話なんだ、それなら私もリスク背負って当然だろ。」
――ネオンさんがそう言った。僕は真に受けた。心強いな。
そして今、野球部一同の中でヒメガミさんにプレゼントを渡し、踏みにじられて、全員が敵となっている。
ヒメガミさんは困惑、ネオンさんは沈黙。味方なんて誰一人としていなかった。
「あの...もう帰っていいっすか?」
僕が立ち去ろうとすると、ネオンさんがうつむいたまま睨み上げ、ヒメガミさんは驚きの表情でこちらを見る。
二人ともそれでいい。それが正常だ。僕は今日たまたま一日登校しただけの部外者だ。ヒメガミさんは明日も明後日も野球部があるし。ネオンさんだって同じで居場所がある。僕なんかの為にリスクを取るべきじゃない。
僕だってずっと、嫌なことからは目をそらして、逃げてきた。
帰ろう。プレゼントを買ったのは気の迷いだ。静かな孤独の部屋へ、僕の居場所に帰ろう。後ずさりすると、ネオンさんが頭の前で組んだ手を解除して体を起こした。
「あのさコイツ、ヒサヅカってさ、うちのクラスメイトなんだよ」
部員に説明するように、真面目なトーンで冷静だった。
小柄な野球部員が出てきて、ネオンさんに振り返る。
「マジで? 姫も同じクラスだろ?」
ヒメガミさんは不安そうな顔で、発言者の顔を順番に見てるだけ。代わりにネオンさんが答える。
「ああ、そうなんだけど、ちょっと空気読めないだけで、そんな悪いやつじゃないんだよ」
流れを止めるネオンさんに、周囲が食ってかかる。
「マリアンを安い女扱いするようなやつが?」
「姫にアタックして玉砕した奴、何人いると思ってんだよ」
そしてその空気を切り裂くように、ヒメガミさんが急に明るい声をあげた。
「そうだっけー!? あんまし覚えてないなあ!!」
その瞬間、パッと空気が変わった。場違いなほど無邪気な声は、まるで一筋の光だった。まさしく、女神の神技『ホーリージャベリン』それは暗闇を貫く光の槍。
小柄の男子部員が、演技気味に割り込んだ。
「おーい! 姫ー! 俺があげた指輪も覚えてねぇのかよー!」
「うーん、そうだっけ? 私記憶力悪くって! ごめんね!」
「そ、そ、そんなぁ!! マリアーン!!」
「アハハハハ!」部員たちが一気に明るく笑いだした。
僕にはその後継の何が面白いのか理解出来なかったが、さっきまで僕に向いていた視線は、少しだけズレた。そのスキに、僕は無言で横を向き、そのまま立ち去ろうとした。
しかしネオンさんが呼び止める。
「まてよヒサヅカ」
「まだ、なにか?」
もういい、ほっといてくれ。と思ったが、人が集まってる手前、悪態をつくことは出来なかった。ネオンさんはすぐに提案してきた。
「今日さ、この後、肝試し大会があんだよ」
ネオンさんは額に片手を当てながら、こちらを睨んでいる。肝試し、知らない、関わりたくない、それが先だった。
「そうなんすね、どうぞ頑張って……」
「お前も来いよ」
ネオンさんの新しい誘い。それにさっきの小柄の部員が反応した。
「正気じゃないっしょ、こいつ、連れてくの?」
これはこのチビ部員が正しい。連れて行かないで欲しい。
「いや、いいっすよ。僕が行っても空気悪くなりますし」
ネオンさんは、額の手を外し、周りに言い聞かせるように語り始めた。
「みんな、こいつは今日転校してきたんだよ。そそっかしいけど、友達は必要だと思うんだ」
転校と言った。本当は不登校なのに。それはネオンさんなりに、気を使ってくれているのだとわかった。ただ、この集団にこれ以上関わりたくない。その気持ちが圧倒的だった。
「自分は一人でも楽しめるタイプなんで、大丈夫っすよ。」
それに脇の女子が入ってくる。
「ほら、一人が好きなんだって! やめときなってばー!」
「お前は肝試し来ないだろ、口出しすんな」
ネオンの強い口調に、女子はピシャリと口を閉じる。
「メンバーは、私、マリアン、黒野、春原、それから後で合流する川田だ」
その場にいる人たちを指さしながら、ネオンさんが名前を挙げていく。それにヒメガミさんが乗って来る。
「いいね! ヒサヅカ君も、肝試しおいでよ!!」
とても綺麗で可愛い笑顔だった。それを見て僕の顔が歪んでいく。さっきプレゼントを中身も見ずに『いらない』と言い放ったクセに、何事もなかったような笑顔。そんなに速攻で忘れる程頭が悪いのか? この人は……
ネオンさんが指さしていた内の一人、目つきの悪いチビ部員、クロノが露骨に不機嫌な顔になる。
「マジかよ……野郎はもういらねえっしょ。」
「でもシバが言うなら、もう決まりじゃね?」
低めの声、細い目、全体的に長いといった印象。コイツもさっき紹介にあった。ハルハラだ。こっちはネオンさんに流されるタイプのようだった。
それでも僕は、この輪に入りたくない。
「ホント、すみません、自分無理なんで……」
「ヒサヅカ、来い」
ネオンさんの短い一言、断るのを許さない。高圧的な一言が場の空気を止めた。
ハルハラが遠慮気味に僕に声をかける。
「シバが言ってるんだからさ、もう諦めろって、来るしかないよ」
全員の注目が僕に集まった時、ネオンさんは少し体を傾け、髪を軽く揺らし、僕にだけわかる角度でウィンクを飛ばした。その笑顔は『任せろ』と語っていた。
「……はい」
断るという選択肢は無いみたいだ、仕方なく参加を受けた。肝試しへの参加、不穏な人間関係、怖い目にあうのも、恥をかくのも、うんざりだけど……あの暴力天使や、密室殺人鬼のアルハよりは、きっとマシだろう。
その後、男子部員が全員出て来て、女子部員たちが部室に入った。
交替で着替える流れのようだった。男子部員がそれぞれ解散していく中、ネオンさんはクロノとハルハラにジュースを買いに行かせた。
そして……
「ちょっと来い、話がある。」
僕の腕を引っ張って、部室から離れ、校舎の非常階段の下の扉を開いた。中は狭くて暗い倉庫、バットやボールが押し込まれ、ホコリの匂いのする野球部の倉庫だ。そこに僕の肩を引っ張って押し込んでくる。
「ちょっとお前、この中入れよ。」
「な、なんすかここ、イジメですか!? 狭…っ!!」
「ちょっとつめろよ、私も入るんだから」
「この狭い中に、二人で入るんすか……!?」
僕が野球ボールの入ったカゴに腰をかけると、ネオンさんは倉庫の低い入り口をくぐり、僕の腰を跨ぐようにして中に入ってきた。
ネオンさんの太ももがスカートがえぐいくらいにはみ出し、頭がクラクラしてきた。
そして、ネオンさんは内側から倉庫の扉を閉じ、超過密の接近密室が完成した。