表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/62

第17話・絶望の華。

「一、十、百、千、万、十万……無理っすよ……」


 時刻は16時、僕は駅前のジュエリーショップに来ていた。


 プレゼントはヒメガミさんが部活から帰るまでに間に合わせなければならない。短冊に書かれた願いは


『ジラ・トゥエルフの絶望の華が欲しいです。』



 そのアクセサリーはネックレスだった。グロテスクなアバラ骨のような触手が薔薇のツボミのように絡み合い、目玉のようなダイアモンドが散りばめられており、確かに悪魔的な魅力があって存在感が強い。



 僕はそれを見て、魂を抜かれたような顔をしていた。


【 ジラ・トゥエルフ 絶望の華 ¥350,000】

 *所持金が足りません。



 財布を覗けば千円札4枚。昨日買ったフィギュア代の2万と交通費はキッチリ無くなっていた。これは今月の生活費が残り4000円である事を意味している。


「35万円の願いって、これは確かに、現金な願い事っすね……」



 眺めているとショップ店員に声をかけられた。


「お客様、ジラ・トゥエルフでございますか?」

「えっ! 違いますっ!!」


 逃げるようにウィンドウを離れる。そして今後の動きを考える。するとチラッと目に止まる、別メーカーの棚。そこに並んでいたネックレスに、一発で目を奪われた。


 それはピンクゴールドの細いチェーンに、ウサギをイメージしたリングがついている品物だ。


 それを見て今日のヒメガミさんを思い出していた。彼女のカバンにはウサギのマスコットがついており、スマホのケースにもウサギの耳。



「もしかして、ヒメガミさんって、ウサギ好きなんじゃ?」


 ウサギのネックレスの値段は3500円、何とか足りる。ウサギのネックレスがヒメガミさんのフワフワの縦ロールの間で光る、そんな姿を妄想してみる。豊満な胸の上に浮き出た鎖骨、滑らかな白い肌、その中心にちょこんと煌めくウサギちゃん。



「これ、絶対似合うじゃないっすか!!」


 女神のように優しいヒメガミさんに、グロテスクな地獄の華は似合わない。ヒメガミさんとは出会って2日、いきなり35万のプレゼントを受け取れるか?


 重いだろう? そんなのを貰っても、きっとヒメガミさんだって困る!! 僕だって、ウサギのネックレスを付けたヒメガミさんの方が見たい!!


 僕の中で完璧な理論が完成していた。


 ウサギのネックレスを購入して、白い袋に包んでもらった。まだ七月序盤だが、僕の生活費をほぼ全てここに投入、僕なりの全力投球で、学校へと駆け出す。



「間に合ってくれ……!」


 ヒメガミさんは野球部マネージャー。野球部なら18時頃まではいるだろうという、ほとんど願いに近い推理だった。




 *

 18時半、高校校舎の南側グラウンド端。


 夏の日は長く、空はダークブルーに明るかった。


 体育会部活の部室の立ち並ぶ小屋、その前のベンチにネオンさんと、体操着のヒメガミさん、他二名の女子が座って談笑していた。



「間に合った……!」


 走り続けて息も切れている、しかしヒメガミさんがいつ帰るかは分からない。



ここは【戦闘開始エンカウント】だ!


 震える足で、僕は女子たちの前に駆け寄った。まず僕に気づいたのはネオンさんだった。マリアンの肩を揺らして声をかける。


「お、おい」

「ん……?」


 言われてようやく気付くヒメガミさん。その顔の前に不意打ちを入れるかのように、先制攻撃で紙袋を差し出す。



「あ、あのっ、これ……マリアンにと思って……!」


 一斉に集まる視線。ヒメガミさんは驚いた顔をしながらも袋を受け取る。



「えっと……なになに? くれるの?」


 その光景を見て、ネオンさんが僕に視線を向けてくる。それに気づいて、僕も流し目で視線を合わせた。僕はその時、やり切った自分の誇りを見せつけるような目を向けていた。


 しかし、ネオンさんの目は違った。


 忌々しいバケモノを見たような、怒りと困惑の混じったような睨みつけが返ってくる。


「え……」


 この時の僕には、ネオンさんの睨みの意味を理解できなかった。


 一方でヒメガミさんが袋の中身の白い箱を取り出していた。それとともに脇に居た女子から、くすくすと悪辣な笑い声がこぼれてくる。



「ってかコレ、ジラじゃなくね?」

「マリアンが欲しいの、絶望の華じゃん? なにこの安っぽいの」


 ヒメガミさんは箱を見たり左右を見たりして、こっちには目もくれない。



「あの……でも、それは……」


 今の僕が持てる全てを賭けたプレゼントだった。ヒメガミさんにきっと似合う、可愛いネックレスだと……僕がそう説明しようとした。


その時だった。


 ネオンさんの左側の扉が開き、部室の中から丸刈りのサイクロプスのようなガタイの男が出てきた。見るからに野球部の部員。その男は当然のように会話に入ってくる。



「なにしてんの、誰コイツ?」


 気まずい空気にさし込んだ不穏な空気。身がすくんで何も言えなかった。すると取り巻きの女子が代わりに答える。



「こいつがマリアンに告ろうってさ、なんか安もんのアクセ持って来てんのよー」

「ウケる通り越して、キモいよね」



 女子たちの無慈悲な言葉に、野球部員の顔が歪んでいく。


「やべえな、ストーカーじゃん。姫、大丈夫?」

「ま、まあ……大丈夫……かな?」


 ヒメガミさんは、こちらも見ずに縮こまりながら、小さく回答だけをしている。大丈夫ってなんだ? 僕はストーカーでは無い、ちゃんとお友達になってくれて、まずそれを否定してくれないと立場が無い。


 しかし無情にも事態は進行する。サイクロプス男がおもむろに、ヒメガミさんから紙袋を箱ごと取り上げ、その動きに全員が注目する。



「これ渡されたの?」


 そして中身の白い箱を乱暴に取り出し、眺めはじめた。

「ピュア ステート……?マジでなんのブランド?」




 知らない。


僕はピュアステートなんてブランドを知らない。ブランドだからとかじゃなくて、ただそのウサギのデザインが可愛くて、マリアンに似合うと思って、それで選んだんだ。本当にそれだけだった。



 サイクロプスがヒメガミさんに質問する。

「でさあ、こんなもの、要るの?」



 ヒメガミさんは部員とネオンさんの顔を往復している。彼女がしばらく考えると、脇の女子がさし込んだ。



「いるわけないっしょ! マジでどこのよー」



 それを聞いてようやくヒメガミさんが回答した


「んんっ、いらない……のかなぁ?」

 脇の女子を見ながら、ニヤけながら、確かにそう言った。


 僕は信じられなかった『 いらない? 』中身を見てもいないのに?


 そして、それはサイクロプスが欲していた正解だった。それと共に嘲るように笑いだす。



「だよなぁー!!」


 そのまま箱ごとヒザと肘で挟んで叩き潰した、そして部室の奥の後輩部員らしき男へと投げつけていた。


「おい、これ捨てとけ〜!」




 僕の心は、その箱と同じように潰れ、ぐちゃぐちゃになっていた。


「ちょっと! いらないなら返してくださいよ! なんで潰す必要があるんすか!」



 そう言って部室の奥を眺めていると、サイクロプスが威圧的に前に出る。


「は? もう渡し済みなんだろ、だったらどうしようと勝手だろ。」


それに続いて、女子たちを見ながら威圧的に続けた。


「でさあ、コイツどうすんの?」




 脇の女子がスマホを耳に当てながら調子に乗り出した。


「ストーカーだよ! きゃあー !警察呼ぼうか! もしもーし、おまわりさーん!」


 それに乗って部員たちがゲラゲラと笑い出す。


「だよなー! 迷惑行為だもんなー!」

「姫は迷惑だってよ! 多いんだよ、お前みたいなの!」



 僕は目尻がヒクついていた。怒り、屈辱、羞恥、集団の正義、正当化される悪意。なんだよこの状況。


でも僕は最初から知っていた。出過ぎた真似は怪我の元だ、何かを成そうと頑張って、そして認められずに『最低』と罵られるんだ。


僕は震える声で抵抗した。



「そもそも、それ……渡しただけっすよ」


「その後、告ろうとしてたんじゃないのー?」




 ああ……なんで今日、僕は帰らなかったんだ。


 ネオンさんは額の前で指を組んで、うつむいている。こっちを見ていない『あんたは味方じゃねえのかよ!!』そう思ったが納得した。


 この集団に対して、敵は僕一人だ。出過ぎた真似をしないのが安全なんだ。正解ですよネオンさん。それが正常な判断。ネオンさんには関係ないし。僕もそうしてきた。




「あの…もう帰っていいっすか?」


 僕がそう切り出すと、ヒメガミさんが驚いた顔で、はじめてこちらに振り向いた。彼女と目が合うと、怯えたような困惑するような顔だった。何を驚いているんだこの人は……



 ああ、なんて美しく、おぞましい……絶望の華だろうか。


僕はヒメガミさんから目を逸らし、俯いたネオンさんの頭頂部の、つむじから見える、頭皮だけを眺めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ