第16話・賢者の助言。
「僕が告白するんですか……!?」
「そうだよ! マリアン可愛いだろ!?」
それは急な提案だった。
僕の体温が上がって腰が引ける、しかし学校の椅子は硬くて狭い。ネオンさんが僕の机の上に居る事で、逃げ場無く拘束された拷問椅子のようだった。
【司馬 袮音】
ヒメガミさんが僕に教えてくれた、ネオンさんのフルネームだ。
彼女の距離感は異様に近く、机にどっかり座り、ぶっきらぼうに乗せた太ももがスカートから大きくはみ出している。スカートの垂れ幕の隙間から、何かが見えてしまいそうな暗闇が開き、視線を誘う。
姫神 真理亜はあだ名のマリアン呼びを要求したが、僕はネオンさんを名前で呼ぶ勇気は無かった。
「勘弁してくださいよシバさん! 僕とヒメガミさん、会ったの昨日っすよ!」
「大丈夫だって! あの調子のマリアンは絶対に脈アリだからさあ!」
あまりの押しの強さに、僕は視線をそらす。
「……でも、そんな事言ってダメだったら、次こそ僕の高校生活は終わりですし!!」
「お、ダメだったらって事は、その気はあるんだな?」
「な……っ!」
ネオンと会話するだけで、ボロを炙り出される。その圧の中に巧妙な罠があった。ネオンさんのニヤケ顔が加速してくる。
「マリアンはな、告られた回数は多いけど、付き合った回数はゼロなんだよ」
「そ、そんなの自分だって……」
「嘘つけ、お前さっきまでシロハネと付き合ってただろ、お前は恋の先輩なんだよ! なっ! 先輩!」
「僕は先輩なんかじゃないっすよ!シバさんの方こそ……そういうの得意そうじゃないっすか!」
僕は必死に無理やりな抵抗を続けていた。朝ので相当目立ってるし、クラスのアイドルであるヒメガミさんが毎ターン僕の机に張り付いてるのに、周囲の視線も感じていた。もう目立ちたくない。
しかしネオンさんは飄々として引き下がらない。
「私は得意じゃないって! 私も付き合った回数ゼロだし!」
「告白を断ってるんじゃないすか! 僕から見たらシバさんだって、凛々しいし……」
視線が太ももにに落ちる。
「その……セクシーさもあるし、モテそうな感じしますけど?」
それを言った瞬間、攻めるように近かったネオンさんの顔が赤くなって、声が裏返る。
「なっ!?」
ワタワタと下がって、机から降りた。スカートをパンパンはたきだした。
「私をそういう目で見るなって、めんどくせぇな!」
ネオンは前の席の椅子を出してまたがり、背もたれに肘を置いた。太ももの距離は遠くなったが、足を大きく開いており、スカートの垂れ幕がさっきより際どくなっている。
しかし、ちょっと褒めたら態度が急変だ。それを見て今日【学校ダンジョン】に来てから初めて【有効ダメージ】を与えた感覚があった。
僕は調子に乗って挑発していた。
「ははっ、もしかして、シバさんも可愛い感じでしたか」
「や、やめろって、そういうのさあ……」
目を反らし、前分けの髪をパサパサはたいている。思った以上に可愛いのかもしれない。しかし彼女はすぐに切り替えてきた。
「って、私の話はどうでもいいんだよ! マリアンの話をしてんだろ?」
「う……っ」
「マリアンはな、自分から好きにならないとダメだって言うんだよ! 放っておけないタイプってのに弱いんだ、それで近寄ったりするんだよ、まさにお前だよヒサヅカ」
「放っておけないタイプ枠を、喜んでいいんすかね……」
「でもさ、アイツそれでいて告白待ちなんだよ! 『本当に好きなら告白してくれるから』とか言ってさ、してくるワケないじゃん! そういう引っ込み思案のやつがさ!」
「なかなか、難しい話っすね……」
「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ!」
ネオンさんは人差し指で僕の胸を突き押して来る。
「お前は引っ込み思案だけど、あのシロハネを彼女にしていた実績がある! お前しかマリアンを救えないんだ、分かるだろ?」
「理屈は通ってる感ありますけど……」
「だろ! 助けてくれよ! 私はもう、あいつに恋の悩みで泣きつかれるのは嫌なんだよ、だいたい私だって彼氏なんて居ないのにさ、泣きつかれても気まずいんだわ!」
ネオンさんの相談は真に迫っていた。ヒメガミさんは優しい、その母性的な振る舞いに僕も助けられている。こんな僕が彼女の役に立てるのだろうか。
だが、僕の目立ちたくない信念は、もっと深いところにある。やはり……
「それは……なんか、可哀想ですけど……」
「そうなんだよ、だから男を見せろってヒサヅカ! 絶対成功する! 私が保証する!」
「でもやっぱり、フラれたら結局傷つくのって、僕だけじゃないっすか、そんなに急がなくても……」
ネオンさんはガックシと頭を落とした。
「この期に及んで我が身の心配かよ……マリアンの気持ちはどうすんだよ、高校は三年間しかないんだぞ」
「昔から調子に乗らないようにしてるんすよ、目立つと痛い目に合うので。せっかく学校来て今良い感じですし、ゆっくり安全に行きたいっていうか……」
ネオンさんは大きくため息をつき、椅子に乗せた手の甲に額を付けた。そして、しばらくしてから顔を上げ、凛とした決意のこもった顔で目を合わした。
「よし分かった、もしお前が告白失敗したら、私が彼女になって、お前の高校生活の安泰は保証してやる。……どうだ?」
「え……っ!? シバさんが彼女っすか!?」
「あ、タイプじゃないか」
「いえいえそんな、シバさんはめっちゃかっこいいのに、可愛いと思いますし、一緒にいてくれたら頼もしいって言うか……」
目を見つめ返して言うと、ネオンは両手で顔を覆って、首を振った。
「やめて、ホント……慣れないから……」
なんか、相当可愛いなこの人。
「いや、あの、付き合うのが自分なんかで良いんすか……」
その一言をうけると、ネオンさんは顔の手をズラし、急に真剣な目を見せる。
「お前にリスク背負わせようって話なんだ、それなら私もリスク背負って当然だろ」
完璧に不意打ちだった。僕は呆気にとられて感嘆を漏らしていた。
「か、かっけぇ……漢娘っすね。」
「いや、女だけど?」
「すみません、冗談です、分かってます。」
「じゃあ、告白するで良いな? 成功したらマリアンと付き合える、失敗しても私がついてる!」
「そこまで言われたら……はい」
完全に押し切られてしまった。と言うかココからいくら抵抗しても、ネオンさんに理屈で勝てる気はしなかった。でもヒメガミさんとネオンさんがそれで喜んでくれるなら、悪くないかとも思い始めていた。
ネオンさんは入り口の竹飾りを眺めながら言った。
「時期は七夕、またとない好機だしな。夏になれば祭りに海にイベントも色々ある」
「それは、普通に楽しそうっすね」
「あと、告白に行くときにはプレゼントを準備しとけよ、こういうのでは基本だからな」
「……了解っす!」
ネオンさんは立ち上がり、ツヤツヤのポニーテールをサラッと流した。
「いいな、本命はマリアンだ、妥協すんなよ」
そう言い残すと、あとは振り返りもせず、カバンを取りに行き、教室を出ていった。
【クエストを受注しました】
内容:女神のハートを手に入れろ! 依頼主:ネオン。
そんな脳内音声が聞こえる程に、僕は浮き足立っていた。会って初日の超展開とはいえ、押してもマリアン、転んでもネオンさん。悪い出目が無い。
教室から出る際に、七夕飾りの短冊を確認する。
『ジラ・トゥエルフの、絶望の華が欲しいです! ─姫神 《ヒメガミ》真理亜』
『もう、帰りたいです。 ─久塚 凄巳』
「やっぱり願い事、仲良くなりたいの方が良かったっすかね……」
僕は駆け出した。 今日の僕は帰らない。
「ジラ・トゥエルフ、絶望の華ね……!」
短冊の写真をスマホのカメラに納め、校舎を飛び出したのが15時付近だったら。
「ヒメガミさんは野球部のマネージャー、今から駅まで走れば、部活中には間に合うはず……!」
正門を出ると、校舎の影から例の超巨大ピラミッド、富士裏のムーが浮いてるのが見えた。それを見ると、天使さんとアルハを思いだし、首の傷が傷む。その痛みの中、肩を震わすアルハの涙が心の隅にフラッシュバックしていた。
「でも、命の危険に関わるのなんて、もうごめんっすよ、もう天使さんもアルハも居ない、ムーは九年間動いてない!」
───コレはきっと、僕が現実に帰る為の光の階段だ。それが僕の目の前に現れたというのなら。
僕は現実に帰りたい。
この最低な僕でも、そう願う事が許されると言うのなら。