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第14話・魔窟の初戦、涙の別れ。

【ダンジョン名・ガッコウ】


 僕スゴミ【凡人・レベル1 ・装備無し】

 ヒメガミ【女神・レベル99・精神回復】


 ボスがあらわれた!


 ネオン【首領・レベル99・同調圧力】



 ここは普通の学校で、普通の学校で全員人間なんですが、通学9年ぶりの僕にとって、ここは確実に異世界と言っていい空間だった。昨日都会に遠出してきてフィギュアを買ったけど、確実にその一人旅よりも居心地が悪かった。


 ネオンさんが僕のうつむく顔を覗き込んで質問してくる。


「お前さ、願い事ってある?」


 ええ、願い事はあります。僕の願いは『帰りたい』この空間から、いなくなりたい。それだけなんだけど、それを今言うべきでない事くらいは分かってる。ヒメガミさんが横で大きな目をパチパチさせながら僕を見つめている。


 僕は息を飲んで聞き返した。


「願い事……っすか?」




 ネオンさんは僕の反応を見るなり、ニヤリと笑って肩をすくめる。


「ヒサヅカ、せっかく学校来たんだからさ、短冊書いてけよ」


「短冊……っすか?」




 顔をあげて視界の端の緑色の空間に視線を送ると、教室の入口には竹飾りが吊るされていた。そうだ七夕シーズンだった。リアルに友達がおらず、学校にも祭にも行かない僕にとっては、あまりに馴染みのないイベントだった。



 呆然をする僕を前に、ヒメガミさんが両手を合わせて、にっこりと笑う。


「いいね! ネオンちゃんナイスだよ! ヒサヅカ君、せっかくだから願い書こうよ!」


「うっ……」


 ヒメガミさんの無邪気な誘いが僕の逃げ場を即座に塞いだ。優しさという名の圧倒的な強制力に、僕の頭の中でヒメガミさんはパーティから離脱して仲間ではなくなった。



 構図は 【Lv99.ネオン】対【 Lv1.スゴミ】……ガイド役・ヒメガミ



 僕は後頭部を片手でかきながら、首を曲げて話し始めた。

「あの、自分は今日からですし、クラスの催しにいきなり入っても輪、を乱すというか……」


「そんな事無いって! やろやろ!  私もヒサヅカ君のこと、もっと知りたいし!」



 ヒメガミの笑顔の誘い、これは『はい』を選択するまで終わらない会話だと感じた。僕は知られるのが嫌なんすよ……


 ヒメガミさんは既に短冊コーナーへと歩き出していた。立ち止まる僕に、ネオンさんの追加攻撃スキルが発動する。



「乗っといた方がいいぞ、こういうのはな」


 言い出したのお前だろ!!と心の中でツッコミを入れつつも、この強制イベントは黙って従うしかなかったようだ。せめてこのバトルの前に武器くらいください。できれば最強職イケメン、聖剣的トーク力に、各種チート能力のフル装備でお願いします。


 そんな妄想をしていると、ヒメガミさんがニッコリと振り返って、両手を前に出した。



「はい、ヒサヅカ君!これで頑張ってね!」


 彼女の両手には、ペンと短冊。


【女神様のオススメ装備をGETした。】テッテレー


【剣・油性ペンを装備。】テッテレー

【盾・短冊を装備。】テッテレー


 まるで、しょぼいファンファーレと天の声が聞こえたようだった。


【 スゴミよ、願いを一つだけ書かせてやろう 】ピロピロリーン




 書くだけかよ、やかましすぎる。


 ヒメガミさんは廊下に出された机に短冊をおいて、ペンをあごに当てて書く願いを考えているようだった。ネオンさんはスマホと僕を交互に観察して、ずっと半ニヤケ状態だ。



 この戦いでは【にげる】は押せない。

 レベル1で【たたかう】しか選べない絶望的状況だ。


 願い事を書くなんて、絶対その内容次第でいじられる、しょぼすぎてもいじられる、どう転んでも地獄しか無いんだ。


 願い事として描く事を考えていると、ヒメガミさんの周りに別の女子二人が寄って来ていた。そして目の前で会話を始める。その会話の内容は僕の耳にも飛び込んできた。



「ねえ、見た? ジラ・トゥエルフの新作!」

「クトゥルフモチーフのやつでしょ? やばいよね」

「絶望の華ってやつ! あれほんとエグ可愛い!」



 楽しそうな、でもどこか見栄っ張りな女子トークの笑い声。ジラ・トゥエルフ、知らないブランド名だ。しかしヒメガミさんはすかさず振り向いて話題に乗っかった。



「あれ良いよね! 私も気になってるのよ! そうだ!」


 そう思いついたように、短冊を抑えて、勢いよくペンを走らせたヒメガミさん。その短冊に書かれたものは……



 『ジラ・トゥエルフの絶望の華が欲しいです!

  姫神ヒメガミ 真理愛マリア



 今決めただろう願いを、迷いもなく書き込んでいた。それを見て周りの女子の群れが湧いた。



「ちょっとそれ、マリアン現金すぎでしょー!」

「マリアンが書くなら、私もそれ書こー!」

「マジで!? じゃあ私もー!」



 女子がわらわらとひしめいて、机で願い事を書き出す光景を、ヒメガミさんは後ろでニコやかに、嬉しそうに眺めていた。



 その光景はまさに『魅了チャーム



 ヒメガミさんが動くと、全員がそれに味方して追順する。


「それはチート能力なんすよ……」



 ぽかんと口を開け、僕は短冊を持ったまま硬直していた。気づけば七夕の竹飾りは『絶望の華』まみれになっていた、絶望的な欲望の華だ。僕は願い事も決まらないまま、ヒメガミさんに声をかけた。



「すごいっすね、ヒメガミさん、人気者で……」

「えっ、そうかな?ヒサヅカ君は、なにを書くの?」



「えっと、じゃあ…… クラスに馴染めますように。とか……」


 僕はそう言ってヒメガミさんに対し、にやけるように軽く笑って見せた。




 その時だった。


 冷たい声が、柔らかかったその場の空気を切り裂いた。



「アホくさ」



 廊下という一本道の空間、竹飾りの隣にヒメガミさんがいて、僕がいて、その反対側にネオンさん。そのさらに向こうの廊下の真ん中に、アルハが立っていた。彼女は元から不愛想だけど、さらに酷く不機嫌そうな顔で、遠慮なく言い放っている。



「女子に囲まれてニヤニヤしちゃって、気持ち悪いわよ」


「アルハさん……」


 なんだ、嫉妬か? 確かにアルハとは昨日キスして付き合う事になった。しかしアルハは僕を逃げさせない為に彼女になっただけだ、とても恋愛感情があるとは感じない。そして、彼女を見てつい反応して出てしまった声を、ネオンさんが聞き逃さなかった。



「なんだ、知り合いか?」


「まあ……僕はアルハさんに来いって言われて、学校来たんです」



「ふーん。親戚とか?」


 ネオンさんは至って普通のトーンで、単純な疑問を投げかけている。アルハとの関係、昨日初めて会って、殺されかけて彼女になっただけだ。会ってた時間は一時間にも満たない。どう説明するかがまとまらないでいると、思考を切り裂くように、アルハが冷淡に告げる。



「私は彼の彼女ですけど」


「ちょ、待っ……」



 周りの女子たちが、ザワつき始めた。廊下中の視線が僕とアルハに集まった。突如始まってしまった公開羞恥、公開処刑。ここはまさに、罪人の無様を見世物にする残酷な娯楽フィールド、コロッセオと化していた。



「マジか……」


 冷淡気味だったネオンさんですら、引き気味に眉をひそめている、あんなにボス感が満載だったのに。このままでは、僕の学校生活は破壊される。思わずアルハを止めようとする。


「ちょっと! やめてくださいっすよ! こんなところで!」


「はあ? 事実でしょ」




 アルハは顔をしかめるが、ヒメガミさんは楽しそうに食いついてくる。


「ねぇねぇ! いつから付き合ってるの!? どうやって告白したの!?」


「いや、その、昨日ってか、成り行きと言うか……」



 僕が話を誤魔化そうとしてると、アルハがさらに深く突っ込んできた。


「成り行きって、ふざけてるの? キスまでさせたくせに?」




 観客たちが騒めいてスマホを取り出し始めた。

「ええ!?」 「うそ!」 「意外ー!」



「アルハさん、それって今言う事じゃ無いですよね……!!」


 僕の声は大きくなっていた、コイツをこのまま喋らせるのはまずい。なんとかしゃべりを止めさせないといけないと思いつつも、そんな事はお構い無しに、ヒメガミさんはグイグイ迫って目を輝かせている。


「ねえ二人はどこまでいったの!? ねえねえ!」


「いや、本当に何も無いんですって! ほら、見た通りなんですから!」




 僕の焦ったようなその一言に、アルハの耳がピクリと動いた。


「何も無いって、それって服を破いて胸を見た時の話してるの? その感想を今更になって言ってるの? 」

「ちょ!」



 野次馬の湧き上がりが止まらない。そんな中、ネオンさんだけは僕を冷静に見ていた。


「お前……見た目によらず、やるな……」

「違いますって!本当にいい加減にしてくださいっすよ!!」



 ダメだっ! 帰りたい……完全に余裕が無くなってきた。


「違うんですって、こいつがね!  勝手に僕の部屋に乗り込んで来たんすよ! それでベッドで……」

「ちょっと!その話を今するの!?」


 僕の弁明のターンだと思ったら、中途半端な所でアルハの大声が入り、カットされる。一拍おいて、ここ一番の湧き上がり。


「えええ───っ!!」 「彼の部屋よ!」 「ベッドだって、なになに!?」


「おい、最後まで言わせろっ!!」



 ヒメガミさんまでもが両手を口に当てて、瞳孔を震わせながら僕から一歩遠ざかった。


「すごいわ、そんな、そこまで……」



 ヒメガミさんのその反応を見て、僕の熱は暴走してしまった。九年ぶりに出てきた学校、馴染めるだろうか、恐怖、不安、その全てを救ってくれていたのが、ヒメガミさんの丁寧な案内と親切だった。それに距離を取られるのが、どうしても耐えられなかった。




「違うんですって!! アルハが僕に付きまとってるだけで、別にコイツのことなんか、なんとも思ってないんすよ! 彼女だってのも勢いなんです!  好きでも何でもないんすよ!!」



 また、口が先走っていた。怒鳴っていた。僕は何に怒っていたんだろうか。アルハと付き合ってる事を発表するハメになった事、それは恥ずかしいけど、怒る内容ではない。不登校を決めた時から敗北への執着など捨てている。


 僕は何を守ろうとして必死になったんだろうか、昨日みたいに命を狙われてるワケでは無い。


 それでも、僕の必死の声に辺りは騒然としていた。


 そして……






「……は?」


 アルハの重い一声に、空間は完全に静まり返り、時間が凍った。


「ああ、そうなのね。いきたくて必死だったから、それで都合よく彼女って言っただけね」



 その時、アルハの鉄仮面が崩れた。終始怒りと無感情に支配されてるように思えたアルハ。その目元が歪みきり、確かに涙が浮かんでいるのが見えた。




「……え」


 その初めて見る顔に心臓が軋んだ。呆気に取られていた。そしてアルハはゆっくりと僕に背を向けた。




「最低……スゴミ、あなたは最低よ」


 その一言は僕の深層に深く突き刺さる。キリキリと僕を包み込む様な憎悪の影が、血管を凍り付かせていく。


 ひとつを守ってはひとつを失う。僕は僕の失言を取り戻す言葉を知らなかった。




「アルハさん……?」


 名前を呼んで一歩踏み出す、それで限界、上履き越しに足に釘を打ち込まれたように、僕の動きの限界は一歩だけだった。


 そしてアルハは、悲しみに染まった顔を半分だけ振り向き、冷たく、ハッキリと告げた







「スゴミ、別れるわよ」


 僕の凍った精神は、粉々に砕かれて、コロシアムの土になり果てた。

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