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あの……天使さん、もう帰っていいっすか? ‐天使に主役を指名されたけど、戦いたくないので帰ります‐  作者: 清水さささ
第1章・始動編

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第9話・逃亡者の責任。

 言葉には裏に含んだ意味がある。


 アルハが投げた質問は『なんで逃げたの?』だった。



 アルハは僕を助けてくれた。

 血まみれで天使に立ち向かっていた。


 そして僕は目の前で戦うアルハを無視して逃げた。


 その行為はアルハに罵られ、天使さんには笑顔で肯定されていた。



 言葉の意味ってのは、単語は同じでも、その時の感情に沿って変わる。



 この『なんで逃げたの?』に含まれた裏の意味を感じとる。

 それは『なんで逃げたの、この腰抜け!』と怒っているのか……?

 あるいは『なんで逃げたの、私は辛かったのに』と悲しんでいるのか……?



 アルハの場合はどちらでもない。



 彼女の目は冷たくて怒りも悲しみも感じない。


 この質問の意味は極めて単純だった。


『あなたは、どうして逃げたのですか、その理由を説明してください』


 ただそれだけの、表も裏も無い質問だ。純粋に僕の意志を聞き出すためだけの、業務的な質問。



 最後まで抵抗したアルハの言葉が耳に残ってる。

『立って戦いなさいよ! 分からない……どうして逃げるの!?』



 天使さんの声が心の中で何度も繰り返される。

『天使さんはね、スゴミ君が選んだ道を信じているよ!!』



 自分が間違っていた?

 それは分かってる。でも怖かった。


 だから言葉が自分の心を追い詰める。


 理不尽な巻き込まれへの怒りもあった。

 起きてしまった非現実の中で、現実にすがろうとする理論武装もあった。


 しかし何より僕には罪悪感があった。

 だからこそ身を守る為、自分を通す為の声があらぶっていく。



「なんでって、逃げるでしょ普通!!  二人ともいきなり出てきて知人の顔してきてさ!! いきなり殺し合い始めてるし、僕には関係ないのに!!」



 肯定して正当化。


 そうしなければ、泣きそうに震えていたアルハの声の記憶に、自分自身を保てなかった。

 しかし目の前の健康な顔のアルハは鋭い睨みで僕を追い詰めてくる。



「本当に関係ないと思ってるの? あなたがドグマを掴まなければ、物語は始まっていないのよ」



「実際関係ないんすよ、本当に何も知りませんから! 物語だの、玉を出せだの、戦えだの……って、めちゃくちゃで頭おかしいんじゃないっすか!!」


「本当に玉は持ってないの?」


「何の事を言ってるのか、分からないって言ってるんすよ!!」



 僕は狭い室内で大声を出して反論していた。


 アルハの声のトーンは一切変わらず、淡々と僕の言い分を聞き流していく。

 そして次に彼女は要求をして来た。



「そう。じゃあとりあえず、済んだことは置いといて、次からは逃げないって誓ってもらえるかしら?」



 低い身長からグッと喉元に突きつけるような視線。

 今度の問いは質問の形をしているが、質問ではなかった。

 『はい』以外の回答は許さない。そう目が訴えかけている。


 僕は肩を揺らして声を震わせた。



「なんなんですか……マジで……」


 一歩踏み出し、アルハを威嚇するように叫んだ。



「逃げますよ、 何度でも!  関わらないでください。天使さんは瞬間移動ができて、剣で岩切って、トラックを軽々と投げ飛ばしてくるんですよ! 僕は喧嘩すらしたことのない丸腰の一般人。歯向かったら死ぬでしょ、死にますよね!?  命大事は当たり前、バカなんすか、勝てるんすか!  夢見すぎなんじゃないっすか、 僕がおかしいですか!?  あの場は逃げるのが最適の解答ですよね!!」



 息が上がった、怒涛の自衛だった。

 しかしそれを浴びせても、アルハの表情はぴくりとも動かなかった。


 僕が怒鳴った余韻で、小さな部屋を少しの沈黙が包み込む。


 そしてアルハが静かに口を開いた。



「そうなのね」



 彼女の落ち着き払った一言。

 一拍おいて僕の肩から力がぬけていく。



「やっと、分かってくれましたか……」



 アルハは今までものすごい集中力で僕を見ていたが、視線をそらした。


 その時確かに彼女の無表情が崩れた。


 その目はどこか悲しげで、喪失感のある儚く切ない顔だった。

 そして流れるような動きでスカートのポケットから彫刻ナイフを取り出した。


 その、悲しげな目を僕に向けた。



「ヒサヅカ スゴミ、さようなら」


「えっ?」



 アルハが彫刻ナイフの鞘を床に落とし、カランと床に木工品が落ちる音が響く。

 それを聞いたと思ったその瞬間だった。



 眼前に血のシャワーが吹き出していた。


 アルハの白いシャツが、僕から噴き出た血で真っ赤に染まっていく。



 首に激痛が走る。息ができない。


 喉をナイフで一文字に掻き切られていた。

 アルハのナイフは既に振りぬいた位置にある、速すぎる。




「え、ぐっ……!」


 声にもならない命の悲鳴が喉の奥から漏れだした。



 しかし、その感覚は一瞬だった。


 気づけば自分の首には何も起きておらず、アルハの手のナイフは下に構えたまま。これから横薙ぎの一閃入れようとしている予備動作だった。


 背筋が凍り付き、汗がブワッと背を濡らす。



「やめ……っ!」


 僕は反射的に一歩下がろうと意識していた。


 カカトを浮かそうと思ったその時。


 再び喉に激痛。

 今度は横薙ぎの一撃目を避けた直後の映像だ。

 返す刃でそのまま突きを繰り出した。

 喉に刃が深々と突き刺さっている。


 迷いの無い執拗な殺意。喉への一撃必殺狙い。


 しかし、それもまた一瞬で元に戻る。



 なにこれ……未来予知!?


 何か能力に目覚めた!?


 いや今はそんなことはどうでもいい!!



 目の前のアルハが自分を殺そうとしている。

 立っていても下がっても、アルハのナイフは避けられない。


 重要なのはその事実だった。


 天使さんとの戦闘を見ていたが、アルハは戦える人間だ。

 素人の自分が避けるのは続かない。



 止まるも死。

 引くも死。


 ならば、正解の行動は……!?



 僕は一歩踏み出していた。


 僕の自衛。命の前進。


 動き出す前のアルハの手首、腰元の左腕を両腕で掴み込んだ。


 二人の体が密着し、自分の腕がアルハの柔らかい胸を渡り腰元のナイフへ、夏服シャツの生地が僕の腕の皮膚を刺激して、綺麗な匂いが鼻をつく。


 だが、今に限ってはそんな事は関係ない。


 腕を掴んだら次は痛みが走らなかった。

 未来予知が正常ならば、これなら即死しないという事だ。


 僕はそれを確信して抗議を開始した。



「ちょっと! いきなり何するんすか。危ないじゃないっすか!!」



 アルハは少し驚いたような顔をしたが、すぐに無表情になってゼロ距離から顔を見上げた。


「まだ、何もしてませんが」


「めっちゃ切ったり刺したり、しようとしてましたよね!!」



「それはどっちでもいいわ、あなたが死んでくれれば、事故でも自殺でも」



 なんだコイツは、守ってくれるんじゃなかったのか。

 イカレてる、異常者だ。本気で殺そうとしている。



「ワケ分かんないんすよ! なんでいきなり殺そうとしてるんすか、僕がいったい何をしたって言うんすか!!」



「あなたは何もしなかった」


 そう言うと、アルハの赤い瞳の奥が、黒く淡く発光しはじめた。


「本物のゴミクズだわ、だから処理するのよ」


 そう言うと、アルハはナイフを握った拳に力を込めた。




「ドグマ解放。───オリオン・ストライド。」



 一言と共にアルハの腕が鋼鉄のように硬くなった。

 腕はジャッキのように強引に、ギチギチと上に登り始めている。



「えっ!? なんすかこれは!!」



 僕は力を入れて腕を押さえる。

 しかしまったく影響しない、動かない。


 アルハの表情も一切変わらなかった。



「あなたは関係無いんでしょ、もう殺すから説明する必要がなくなったわ」



 それは、まるでパワーショベルとの腕相撲。

 アルハのナイフは無慈悲に一定速度で上昇する。



「何もしなかったから殺すって何すか!? 関わらないでくれたら良いじゃないっすか!!」



 僕はアルハの腕が折れてもいいと思うほど、本気の力で握り込んだ。しかし何の影響もない。



「私には行くところがあるのよ。これ以上、あなたみたいなクズに構ってる時間はないから、死んでもらうの」


「はあ!? 勝手に部屋に入ってきて構ってきてるの、アルハさんの方ですよね! 行きたい所あんなら行ったら良いじゃないっすか!!」



 ナイフはピタリと止まった。

 丁度顔の高さまで登ってきている。


 アルハの表情には一切変化なく、無表情で僕を見つめている。



「えっ、もしかして......」


「行く前にあんたを殺すのは、必要な行程なのよ」



 ナイフは水平に動き始めた。

 狙いは僕の首への正確な突き刺しだ。

 一定速度で鈍い刃が命に近づいてくる。



「もう、意味わからないっすよ! 止まって、止まって下さいってば!」



 ナイフと首の距離、残り30センチ。

 それが僕の寿命だった。



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