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始まりのアルハ

物語が始まる前の、昔々の物語。

 青い海が広がっている。


 黒い海が広がっている。



 遠く一直線に走る水平線が、どこまでもその黒い帯に侵食されて、海と空との境界をハッキリと分断していた。


「軍艦ですよ! あの黒いの全部……!」


「いやぁすごい!! アルハさんは驚きです!! あんなのに一斉に砲撃されたら、我が国は一夜で水没しちゃいますよ!!」


 金髪の少女アルハは、額に手を当てて口をあけて笑い、その光景を眺めていた。



「シグマ隊長、あれって何隻あるんですかね?」



 青い空と積もるような入道雲、潮風に撫でられた若草が揺れる、見晴らしのいい断崖の上に、三人の若者が立っていた。その中の一人、白い布を腰に巻き付けただけの衣装の白髪の青年が、冷静に海を見つめてつぶやいた。


「長旅ご苦労様だな、今更、海に小舟をどれだけ浮かべた所で、無意味だと言うのに……」



 哀愁を漂わせるシグマのすぐ手前で、質素な軽装鎧の男が、半ニヤケになりながらシグマへと振り返り、懐からメモ帳を取り出していた。


「小舟って、シグマ隊長、アレ全部 ホエール級ですよ?」



「関係ない、偉大な海からしたら小舟だろう。」


 シグマはそう言うと、細く引き締まって筋肉の筋が浮いた腕で、手にしていた槍を海に向けて語り始めた。


「こんな『物語』はどうだろうか、ある国で数万の奴隷が自由を求めて一斉に逃亡した。捕まれば処刑、軍隊が追ってきている。奴隷は逃げつづけたが海にたどり着き、逃げ場が無くなった」



「やばい! それってピンチじゃん!? アルハさんは泳げませーん!」


 アルハは白い布を際どく巻いただけの姿で、踊るように揺れてシグマを挑発している。シグマはそれに目もくれず、真っすぐに海を見つめて続きを語る。


「そこで逃亡の首謀者に『 ()() 』が下る、海が割れて海底に道が開いた。奴隷達は割れた海を走って逃げ、軍隊は後ろからついてくる」



 アルハは頭に巻いた、葉の冠を整えて、ふんぞり返ってはやし立てる。

「出たー! シグマ名物、天啓だ! 便利なやつー!」



「奴隷が渡りきった所で、海は元に戻り、軍隊は大水に飲まれた。」

 シグマは目を閉じ、静かに物語の終わりを示した。


 軽装の男は羽根ペンでセカセカと書き込む。

「ああ、そこで()()は終わりなんですね。」


 すると、シグマの槍が光り出した。海から断崖に吹き付けていた風が逆流しだし、三人の髪と巻いただけの布が風に揺れ始めた。





「ドグマ解放───ディバイド・ジ・エクソダス」


 シグマが呪文を唱えると共に海が手前からざわめき始め、断崖のふもとから青い海を真っ二つに切り裂きはじめる。一直線に茶色の海底が姿を現し、その断裂は黒い海まで一気に駆け抜けた。水平線の一直線を埋めていた黒い帯は途切れ、海水を割った淵の谷底に、海底の地平線を晒けだしていった。


 アルハは白い垂れ幕のような衣装をはためかせ、背伸びして眺める。


「うおお! これはお魚拾い放題ですねー!」


「容赦無いですね、シグマ隊長……」


 軽装男はメモを書き終わり、割れた海を眺めながら目を細めていた。


 海の割れ目が内側に動きだし、海面の軍艦はライン工場のベルトコンベアで流れる玩具のように、次々と運ばれて、海底にゴミのように叩きつけられていった。遠くの海底に黒い山が折り重なり、立ちのぼる黒煙が、入道雲の白の中に混じって広がっていく。



「アトランティスに、船なんかで攻めてくる計画を出した間抜けの落ち度だ、俺のせいじゃない。」


 そう言うとシグマは赤いマントをはためかせ、海を背にして去っていった。アルハはその背中をすぐさま追いかけ、跳ねるようにシグマの周りに付きまとって行った。


「待ってよシグマー! 今朝ちょっと珍しいカフェ見つけたのよ! 一緒に行こうよー!」


「ちょ、待ってくださいよ、シグマ隊長、アルハちゃん、まだ記録終わって無いんですから!!」


 残された軽装の男は再びペンを走らせながら、焦った声で呼びかけていた。アルハは振り返って舌を出した。


「あんたは来なくていいのよー! あんたは戦果を王様に報告しに行きなさい!」


 その頃、海の断裂は既に閉じて、美しく広がる青だけが空と海の境界を曖昧にしていた。


 三人が歩き出す先には、クリスタル球に覆われた幻想的な都市、空を自由に行き来するカプセルの様な乗り物と、羽の生えた人間が飛び交っている。


 ここは紀元の起こるより遥かの昔のアトランティス帝国。この事件から程なくして、この帝国はこの世から消滅する。


 神話とは、事実の記録か、個人の創作か。


 この事件を記した『物語』が口伝され、再度記録、改変されるうち『 モーセの奇跡 』として人類が知るのは、まだまだ数千年先の話だった。





 ───そして、記録は錆びつき、歴史は忘れ去られた。



 ───数千年の時が流れた現代で、物語が動き出す。


 どことも分からぬ暗闇の中で、シグマの声だけが重く響いた。


「アルハ……物語が始まった。走者キュリオスの名は、久塚ヒサヅカ 凄巳スゴミ




 それを黒髪の女子高生がうなだれて聞いている。


「はあ……だるいわね」


 そう呟いて彼女はプリーツスカートを揺らしながら立ち上がり、光に向かって歩き始めた。



 ある高校の校舎の裏道りで、ただ帰りたいだけな平凡な少年の『物語』が始まろうとしていた。





『あの……天使さん、もう帰って良いっすか?』

 第一話「始まりの光」へ

長めのプロローグ、ご拝読頂きありがとうございます。


本編は、主人公がパニックしながら巻き込まれていく、ダークファンタジー系の作品です。

元々の第1話を7話に分割したため、第7話までで一区切りとなります。

よろしければそこまでお付き合いください。

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