女戦闘員に堕ちたヒーロー
ヒーローが無個性な女戦闘員になる話です。
第一章 女戦闘員に堕ちたヒーロー
――この都市には、二つの巨大な勢力が存在していた。
一つは、市民の平和と安全を守るために結成されたヒーロー組織『レギオン』。志を同じくする者たちが集い、悪に立ち向かっていた。
もう一つは、人類支配を目論む悪の秘密結社『ノワール』。徹底的な改造と洗脳によって兵士を量産し、着々とその勢力を拡大している狂気の組織だった。
渋谷真は、レギオンの中でもエリートと呼ばれる存在だった。
強い正義感と実力を持ち、後輩たちからも一目置かれていた。
作戦前、後輩の斎藤光が無邪気に笑った。
「ノワールの女戦闘員なんて、結局はただの雑魚ですよね、先輩!」
真も苦笑しながら答える。
「ああ、あんな無個性な連中、俺たちの敵じゃないさ」
黒の全身タイツに身を包み、無表情で動く女戦闘員たち。確かに数は多いが、一人一人の戦闘能力は高くない。そう信じて疑わなかった。
だが――その油断こそが、破滅への第一歩だった。
作戦中、ノワールの罠にはまり、一般市民が多数人質に取られた。
責任を感じた真は、交渉の場にただ一人赴いた。
冷たい空気が支配する巨大なホール。
人質たちは拘束され、目を潤ませて震えていた。
その中心に立つノワールの幹部。白銀の仮面をつけた男が、悠然と告げる。
「条件は一つ。お前がこちらに投降し、我々のために働くことだ」
言葉が鋭く突き刺さる。
真は無言で拳を握りしめた。
(俺だけが屈辱に耐えれば……この人たちは助かる……)
だが、心は葛藤で引き裂かれていた。
ヒーローとしての誇りを捨てるなど、本来ならあり得ない。
幹部はさらに追い打ちをかけるように言う。
「拒めば……彼ら全員、今ここで処刑する」
周囲の女戦闘員たちが、無機質に銃を構える。
(そんなこと……絶対にさせない!)
決意を固め、真は頭を下げた。
「……わかった。俺は、投降する……」
声が震えていた。屈辱に唇を噛み、膝を折る。
幹部は満足げに笑った。
「賢明だ。連れて行け」
無言の命令と共に、女戦闘員たちが真を取り囲み、暗い施設の中へと連行していった。
⸻
薄暗い改造施設。
金属製の椅子に手足を拘束され、真は動けなかった。
白衣を着た男たちが、無感情に準備を進めている。
「これより、適合処置を施す」
淡々とした声。
(適合……処置?)
胸の奥に、不吉な予感が渦巻く。
助手が無言で近づき、太い注射器を真の腕に突き立てた。
「う……っ!」
灼けつくような薬液が、血管を駆け巡る。
身体中に激痛が走った。
筋肉が痙攣し、骨格が軋みを上げる。
「ぐあああああッ!!」
叫び声が響き渡る。
(な、なんだこれ……!俺は……どうなる!?)
胸が膨らみ、腰が細く括れ、指先がしなやかに変化していく。
「あ……あぁ……っ!」
喉から漏れた声は、甲高く女のものだった。
(そんな、馬鹿な……!)
必死に自分を保とうとするが、身体は裏切るように変貌していく。
真は恐怖に震えた。
まさか、女にされるとは想像もしていなかった。
ただの服従、ただの戦闘訓練――そんな甘い考えは、跡形もなく砕かれた。
数分後。
そこにいたのは、ヒーロー・渋谷真ではなかった。
女の肉体を持つ、改造戦闘員428号だった。
⸻
「制服を着ろ」
冷たい命令が飛んだ。
テーブルには、黒の全身タイツ、紋章入りバックル、アームカバー、ブーツが無造作に置かれている。
真は、ただ呆然と立ち尽くした。
(俺が……これを……?)
惨めさと羞恥で、頭が真っ白になる。
女戦闘員二人が無言で近づき、肩を掴んだ。
「さっさと着ろ」
鋭く叱責され、真は震える手でタイツを手に取った。
つるりと冷たい、肌に吸い付くような素材。
その感触だけで、全身が粟立った。
(嫌だ……こんな格好……)
それでも、命令に逆らえば人質が危ない。
歯を食いしばり、片足をタイツに通す。
ひやりとした感触が、敏感になった素肌を這った。
もう片足も通し、腰まで引き上げる。
女のように丸みを帯びたヒップラインが、タイツに包まれていく。
(やめろ……やめろ……!)
叫びたい衝動を必死で押し殺しながら、上半身へタイツを引き上げる。
バストの膨らみをタイツが締め付け、呼吸が苦しくなる。
最後に、頭部をタイツで覆う。
目だけが開いた不気味な仮面の完成。
アームカバーを通し、ブーツを履き、腰にバックルを巻き、カチリと締めた。
鏡に映ったのは――黒一色の女戦闘員、428号だった。
「忠誠を誓え」
命令が飛ぶ。
(できるわけない……!)
口が動かない。
だが、ためらった刹那、タイツ越しにビンタが飛んだ。
「私は……ノワールに……忠誠を……誓います……」
か細い声。
すぐに、叱責が飛ぶ。
「声が小さい!」
再び平手打ち。
必死に声を張り上げた。
「私はノワールに忠誠を誓います!!」
その叫びと共に、真の最後の誇りは砕けた。
女戦闘員として忠誠を誓わされた直後――
真の前に、新たな地獄が広がった。
薄暗い施設の中央に、次々と人質たちが引きずり出されてきた。
男女合わせて十名ほど。
彼らもまた、手足を縛られ、絶望に打ちひしがれていた。
幹部が冷たく告げる。
「これより、彼らにも適合処置を施す。貴様も見届けろ」
(そんな……!俺が身を差し出したのに……!)
目の前で起きる惨劇に、真はただ立ち尽くすしかなかった。
医療班が手際よく、人質たちに注射を打ち始める。
悲鳴と嗚咽が飛び交う中、彼らの身体がみるみるうちに変化していった。
男性も女性も関係なく、全員が統一された女体へと変えられていく。
胸が膨らみ、腰が括れ、肌は滑らかになり、髪が伸びる。
そして――無機質な黒い制服を着せられ、目元だけを残して覆われる。
「これより、順に番号を付与する」
幹部が淡々と宣言した。
「428号」
呼ばれたのは、真だ。
「429号、430号……」
次々と番号が与えられ、かつての人質たちは、無個性な女戦闘員へと堕ちていった。
彼らもまた、制服を着せられる苦痛と屈辱に震えながら、忠誠を誓わされた。
「私はノワールに忠誠を誓います!!」
次々と上がる声。
かつて市民だった彼らが、完全に敵の一員として生まれ変わる姿。
真はその光景を、ただ呆然と見つめていた。
(俺は……何のために……)
喉の奥から、呻き声が漏れた。
人質たちは解放されるどころか、永遠に敵の道具として生きることになったのだ。
真は絶望した。
自分の行動が、誰一人救えなかった現実に。
⸻
数時間後。
ノワールの拠点、地下演習場。
「初任務だ」
幹部の冷徹な声が響く。
黒い制服に身を包んだ女戦闘員たち――428号(真)を含む十数人が整列していた。
任務内容は、レギオンの偵察小隊を迎撃すること。
(まさか……レギオンを、俺たちが……!?)
心が凍りつく。
かつての仲間たちに、刃を向けることになるなど――
「出撃」
短い号令とともに、全員が一斉に駆け出した。
⸻
目的地は、廃工場跡。
薄暗い空間に、レギオンの若きヒーローたちが集結していた。
その中には、見覚えのある顔があった。
(……斎藤……!)
かつて、共に笑い合った後輩、斎藤光。
無邪気な笑顔で「女戦闘員なんて雑魚ですよね」と言っていた彼が、真剣な顔で立っていた。
女戦闘員部隊が一斉に襲いかかる。
真も、命令に逆らえず、斎藤たちに向かって飛び出した。
(嫌だ、やめろ……!こんなこと……!)
叫びたい気持ちを押し殺し、拳を振るう。
斎藤は一瞬たじろいだが、すぐに反撃してきた。
「うおっ、動き速いな……!」
互いに拳と蹴りを交錯させる。
しかし、真の動きには迷いがあった。
力を入れきれず、攻撃は空を切る。
(斎藤……こんなに、成長してたのか……)
油断した隙に、斎藤の拳が真の腹部を捉えた。
「ぐっ……!」
思わず後退する。
さらに追撃。
斎藤の蹴りが、真の側頭部を打ち抜いた。
「はあっ!」
強烈な衝撃。
黒タイツ越しに全身がしなり、真は地面に転がった。
視界がぐるぐると回る。
(俺……負けた……)
立ち上がれない。
全身が痺れる。
斎藤は深く息を吐きながら、目の前の女戦闘員(=真)を警戒していたが――
正体には気付く様子はなかった。
「何か……この戦闘員だけ、妙に動きが違ったな」
呟きながら、斎藤は去っていった。
残された真は、ただ黙って、薄汚れた床を見つめていた。
(こんな……こんなはずじゃ……)
胸の奥が張り裂けそうだった。
⸻
任務終了後。
ノワールの拠点に帰還した428号たちを、幹部たちは冷たい眼差しで迎えた。
「お前たちは道具だ。無駄な感情は必要ない」
命令が突き刺さる。
真はただ、頭を垂れるしかなかった。
(俺は……もう、ヒーローじゃない……)
胸に空いた大きな穴は、二度と埋まることはなかった。