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大叔(たいしゅく)、異世界で老後を謳歌する

作者: クロクマせんぱい

勇者といえば――若くて強くてカッコいい、そんなイメージを持つ人が多いと思います。

でも、もし「85歳のヨボヨボなおじいちゃん」が勇者に選ばれたら?


この物語は、天寿をまっとうしたはずの大叔たいしゅくが、異世界で“もうひとつの人生”を送るお話です。

魔王? 聖剣? それよりまず、膝が痛いし、腰が砕けそうやし。


「世界を救う」なんて重い話のはずが、いつの間にやら、のんびり老後ライフへ――?

笑って、ちょっとホロリとして、最後はあったかくなる。そんな物語になったらええなと思います。


それではどうぞ、ごゆるりと。

第1章:天寿をまっとうしたはずなのに

 ほどなくして、大叔を見つけたという衛兵らしき男が数名駆け寄ってきた。彼らは大叔の姿を見るなり目を丸くし、慌てふためくように何やら話し合っている。


「おい、勇者候補って……こいつなのか?」

「嘘だろ。もっと若い人が来るのでは?」

「神託があったって話だぞ。見た目はともかく、この人を連れて行かないと……」


 とんでもない会話が聞こえてくる。

「勇者候補」「神託」そんなファンタジーじみた単語を実際に耳にしようとは思わなかった。


「なんやなんや、わしはただの年寄りや。間違いちゃうんか?」


「しかし、神託では“異世界より来たりし者、魔王を討つ”と……」

「どこの神託や、それ。聞いとらんよ、わしは……」


 尋ねたところで仕方がないが、いかんせん納得がいかない。かくして、大叔は無理やり衛兵たちに連れられ、街の中央にそびえ立つ王城へと向かうことになった。腰や膝の痛みが叫ぶように訴えているが、衛兵たちには関係なさそうだ。何とか歩を進める大叔には、周りの視線が妙に集まっていた。




第2章:あかんって、ホンマに体つらいわ

 王城に到着すると、壮麗な玉座の間で王――というより、やたらと豪奢な衣装をまとった初老の男が待ち受けていた。彼がこの国の王なのかは分からないが、両脇には甲冑を着た近衛兵が控えており、背後には腰に剣をぶら下げた騎士が数人。さらに奥には白いローブをまとった魔法使い風の女性もいる。なんとも絵に描いたようなファンタジーの布陣である。


「あなたが神託の勇者ですか……?」


「いや、何度も言うけど、わしはただの年寄りや。85歳やぞ?」


「うむ……しかし、この国に伝わる神託には“遠き世界より現れし勇者、魔王を討ち滅ぼす”とあるのです。まさしくあなたこそ、そのお方であるはず」


後ろに控えていた魔法使いらしき女性が前に出てきて何やら呪文を唱えて、


「おお、勇者様は「存在するだけで味方の能力を底上げ」「絶妙なのツッコミで敵の行動阻害」「老練の勘」=トラップ感知・未来予測に強いスキルをお持ちのようです」


「絶妙なのツッコって、大阪人特有のスキルかいな」



 現実離れした光景を前に、腹を立てる気も失せてくる。どうやら、彼らは完全に“大叔が来ること”を確信していたようだ。しかも、周りの連中は「神の与えた力を扱えるかもしれない」「きっと魔王を倒せるに違いない」と口々に期待をかけてくる。


 その日のうちに、大叔は強制的に城の一室で“勇者研修”なるものを受ける羽目になった。


「勇者様には聖剣の加護がおありなので、ぜひこの剣をお納めくださいませ」


 どうやら勇者専用の聖剣を扱えるらしい。けれど、足腰が弱すぎて持つことすらできなかった。


 そもそも日常生活でさえヨボヨボしているのに、どうやって魔王などという化け物を倒すのか。鍛錬だの特訓だの、そんなものはこの歳になってからでは無理に決まっている。


 しかし周囲は容赦がない。

「歩くのが遅いですね、もっと早く動けないんですか?」

「食事だって、体力を付けるために十分な量を摂らねばなりませんよ」

と言いつつ、味も素っ気もない硬いパンや肉ばかりを差し出してくる。


「そんなん無理や、そもそも歯が弱っとんねん。入れ歯やから固いもん食べられへんわ!」


「ならばこちらのスープをどうぞ」


「これだけじゃ栄養足りひんやろが……」


 そして極めつけは“あと一クエストだけがんばりましょう”と。

どうやら、魔物を倒して依頼を達成するのが冒険者の稼ぎ方らしい。

そんなものはゲームの話だけかと思っていたが、この世界では常識だと言う。


 だが、一日に何度もクエストに出るなど若者でもないのに無理筋だ。

大叔は足腰ガクガクの状態で悲鳴を上げる。背中はバキバキ、息も切れてまともに動けない。それでも周りは「あら、まだまだ若々しいですよ」と的外れな褒め方をしてくるから困ったもんだ。


勇者研修も終わり、次は実戦でレベルを上げていくことになるらしい。


「無理や。絶対に無理や!」



第3章:勤務先は冒険者ギルド!?

 城の人間が言うには、今後大叔は“冒険者ギルド”に所属し、そこから魔王討伐への準備を始めるのだそうだ。ギルドという言葉はゲームや小説で聞いたことはあるが、この世界では“会社員のように仕事を請け負う場”だと説明された。


 朝になるとギルドへ顔を出し、掲示板で依頼を確認し、実力に見合った仕事をこなしてお金を稼ぐ。お金が貯まれば装備や食糧を揃え、いずれは魔王を倒しに行く――という流れなのだとか。そんなん、若いもんがやればいいやろうに。なにゆえ85歳の老人が。


「??わし、勇者なんやろ? なんで自分で稼がなあかんのや?国はお金出せへんのか?」


 どの依頼も受ける気がしなかったのに若い冒険者と一緒に“ゴブリン討伐”に行くことになってしまった。

数歩歩いただけで早くも膝が笑う。いや、笑っているのは膝だけじゃない。同行してくれる若い冒険者たちがクスクス笑っている気さえする。


「じいさん、大丈夫?」


「大丈夫ちゃうわい。心臓バクバクや。こんなに歩いたら死ぬわ」


「駄目ですよ、ゴブリンが出たら戦わないと」


「無理に決まっとるやろがい」


 ゴブリンが現れると、若い冒険者たちがササッと前へ出て、ものの数秒でゴブリンを斬り倒す。大叔は何もしていない。ただ必死に後ろで膝をさすっていただけだ。依頼自体は余裕の成功扱い。周囲の冒険者が「じいさんすげえな」「あのレベルで平然としてるなんて!」と言うのだが、大叔には何のことやら分からない。


 あとで聞いたところ、“パーティにいるだけで全員の能力が上昇する”というスキルのおかげで若い冒険者たちがいつも以上の活躍をしたらしい。だから周りはゴブリン程度なら一瞬で倒してしまうのだとか。だが大叔自身はとくに恩恵を感じていない。むしろ疲労がどんどん蓄積するばかり。まったく割に合わない話だ。



第4章:大叔が化ける世界

 帰還した冒険者ギルドでは、大叔の“活躍”に驚きの声が上がっていた。


「大叔すごい! まさか最初のクエストでゴブリンを連続何体も倒すなんて!」

「ものすごい加護を持っておられるらしいぞ」


 話がどんどん膨れ上がっているようだ。実際、大叔は何もしていない。けれど、彼が手にしていた杖――というか、城で無理やり持たされた木製の棒きれが、“古代の神器”だと騎士団が言い出したのだ。


「いくらなんでも嘘やろ。こんなボロい棒のどこが神器やねん?」


「しかし、英雄の武具を保管していた倉庫から出したものなので……」


「まったく実感ないわ」


 それでも周囲は勝手に感心し、大叔を称える。誰も見向きもしなかったヨボヨボの老人を、まるで英雄のように扱うのだから面白いもんだ。一方で、大叔自身は膝が痛くて座り込むばかり。スキルがあろうが神器があろうが、体力が追いつかないことにはどうしようもない。



第5章:魔王討伐の旅、始動……するが

 国王の命令により、大叔は仲間たちを引き連れ、ついに魔王討伐の旅に出ることになった。一応、パーティには剣士、弓使い、魔法使い、そして世話係兼補助ヒーラーの若い女の子などが加わっている。皆、まだ20代そこそこといったところで非常に活気がある。おそらく“勇者パーティ”の定番編成なのだろう。


 しかし問題は移動手段だ。魔王城は遠方にあり、徒歩では日数どころか月単位がかかる。一行は馬や馬車を使うことになるが、馬に乗れば大叔の腰には容赦なく負担がかかる。さりとて馬車は馬車で、長時間座っていると腰も膝も痛みが増してくる。


「ううっ、腰が……この揺れ、あかんわ……」


「大叔、大丈夫ですか? 少しペースを落としましょうか?」


「おう、助かる……けど、お前ら若いから大丈夫でも、わしは体が悲鳴上げとんねん」


 道中、魔物の襲撃や盗賊の出現もあるにはあるが、そのたびに大叔以外のメンバーが迅速に対応し、あっという間に蹴散らしてしまう。いつも大叔は馬車で座り込んだまま。まさに「足手まとい」状態だが、彼らは「大叔がいるだけで全体の能力が底上げされるんです」と意気揚々だ。


「しかし不思議よね。パーティにいるだけで力がみなぎる」

「杖の力でしょうか? それとも大叔自身のスキル……?」


「わしはめっちゃしんどいけどな」


 大叔本人の体力は一向に上がらない。むしろ、移動を続けるほど蓄積疲労は増えていくばかり。いったいいつまでこんな苦行が続くのやら……。



第6章:迷宮攻略、老人にはキツすぎる問題

 魔王城へ向かう途上、“試練の迷宮”と呼ばれるダンジョンが聳えていた。ここを突破しない限り先へ進めないという。外観は岩山の洞窟のようだが、内部には幾重もの階段やフロアが連なり、異様なほど入り組んでいるらしい。


 入ってみると、最初から階段が目に飛び込んできた。しかも昇り降りを繰り返すタイトな構造だ。大叔は一段目からしてすでに恐る恐る足を下ろす始末。手すりなどあるはずもなく、石造りの段差が延々と続いている。


「ちょ、誰か肩貸してくれー……」


「はい、私が背負います!」


「すまんな……ほんま勘弁してくれや。エレベーターはないんか、この世界……」


 結局、若い剣士や補助ヒーラーが大叔を背負って進むはめに。そんな状態では当然、戦闘に参加するどころか足を引っ張るだけだ。それでも周りの仲間は助けてくれるし、雑魚モンスターはあっという間に殲滅してしまう。このパーティ、強いのか弱いのか、よく分からない。


 途中には罠が仕掛けられていたり、宝箱があったりと、ゲーム的な要素に満ち溢れている。しかし大叔は見ているだけ。体力的に立っていられないから、仲間たちに全て任せるしかないのだ。こんな状態で本当に魔王と戦うのだろうか。本人よりも周囲の仲間の方がよほど勇者っぽく見えるのだが……。



第7章:魔王との対面、しかし魔王が困惑

 迷宮を突破し、いよいよ魔王城の門へ到達した。禍々しいオーラが漂っているとかなんとか、仲間たちは口々に言うが、大叔には実感がわかない。そもそも空腹と膝痛で死にそうだ。


 城内は広大で、どう見ても敵の巣窟に踏み込んでいるはずだが、魔物の群れが出迎えてくる気配はない。代わりに、重々しい扉が一つあるだけ。その向こうから、尋常ならざる気配――おそらく魔王――が漂っているという。


「来たか、異世界の勇者……」


 奥の玉座で待ち構えていたのは、黒い甲冑を纏い、角の生えた人型の存在だった。いかにも“魔王”らしい出で立ちだ。しかし、大叔の姿を見るなり、その声が一瞬詰まる。


「……え? おじいちゃん? なんで……?」


 その気抜けした声に、仲間たちは拍子抜けし、戦闘態勢が崩れてしまう。魔王としてはもっと凄絶なオーラを放っているはずなのに、目の前がヨボヨボの老人ではやる気が削がれるらしい。


「こっちだってやる気ないわい。ほんまは天国に行きたかっただけやのに……」


「え、天国……?」


「話せば長いわ。なんでわしが戦わなあかんねん」


 大叔は言い返すどころか、腰をさすりながら椅子を探して周囲をきょろきょろ。その姿に、魔王はいよいよ呆気に取られ、玉座からすら立ち上がれなくなっている。その姿は「これは、どうすればいいだろうか……」と困惑しているようだ。



第8章:まさかの休戦交渉!?

 仲間たちは「倒すぞ!」「魔王を滅ぼせ!」とテンションを上げようとするが、当の魔王がまったく戦う気配を見せない。むしろ「おじいさん、ほんとうに戦うんですか?」と戸惑っているようにすら見える。


「いや、ワシもできることなら帰りたいんやけど……」


「それな。こっちも王国と戦争してるけど、ぶっちゃけ疲れとんねん」


 なんと、魔王の口から“疲れとる”という言葉が飛び出す。それも大阪人みたいに。


言葉を発した魔王もびっくりした様子。


「魔王さん、あんた生まれはどこや?」


「生まれ?数百年前にこの魔王国で生まれた、、で、、」


「で、、?」


どうも魔王の口調がおかしくなってきたように感じる。


この世界では魔王は長い年月を生きるらしい。考えてみれば、そりゃいつかは疲労も蓄積するだろう。といっても大叔ほど高齢に見えはしないが。



「お前ら、ちょっと休戦でもどうや。しんどいんちゃうか?」と魔王


若い剣士が「いや、我々には魔王討伐の使命があるので休戦など……」



「なーみんな、せっかく魔王さんがゆーてくれてはるんやから。それにわし、疲れすぎて体が動かへんねん。仲間ががんばってくれたら倒せるやろけど、わしは正直、寝ていたい」


 お互いに見合わせる魔王と仲間たち。


なにやら話がまったく噛み合っていないようで、逆に妙な共通理解が生まれているようでもある。結局、魔王が声を落として言った。


「ほな、一旦戦い中断でええよな。そんな状態で挑まれても、わしも戦い甲斐がないわ」


「ええんか、それで……?」


「うーん、まぁどうにかなるやろ」



 こうしてまさかの休戦交渉があっさり成立。仲間たちは呆然としているが、もうどうしようもない。王国としては「魔王を倒せ」と命じていたはずなのに、本当にこんな決着でいいのだろうか?


魔王さん、完全に大阪人やな。。なんでや?



第9章:魔王の過去、衝撃の真実

 魔王城で一夜を過ごすことになった大叔たち。まさかの宿泊サービスまで受け、食事にありつくことになった。もちろん大叔には嬉しい申し出だが、若い冒険者たちはさすがに複雑な気分だ。なにしろ倒すはずの相手の城でくつろいでいるのだから。


 夜になり、魔王と大叔が偶然庭先で顔を合わせた。そこは小さな噴水と花壇がある、意外に綺麗な場所だ。


「じいさん、そっちは足元危ないで」


「おう、分かっとる……って、なんでこんな気遣いされなあかんねん。」


 二人きりになると、どちらからともなく過去の話を始める。大叔が日本の出身であること、ここに来る前は85歳まで生きて病院で死んだ(と思っている)こと。魔王は最初驚いた様子を見せたが、ふと何かを思い出したように問いかけた。


「……お前、タカ坊ちゃうか?」


「は? なんでお前がワシの名前知っとんねん。今さらタカ坊て……何十年も前の話や」


「いや、わしの記憶が曖昧なんやが、何百年も昔に……わしは日本からこっちに来たらしい。そん時にいろいろ失ったが、断片的に覚えてる名前の一つが“タカ坊”やった」


 大叔は耳を疑った。しかし、魔王は真剣なまなざしで大叔を見つめている。自分が何百年も前に異世界転生し、記憶を失ったまま魔王としての人生を送ってきたと。それがもし本当なら、二人はかつての“幼馴染”ということになる。


「そんなん、偶然の一致やろ」


「かもしれへん。でも心当たりがあるんや。昔、同じ町内にタカ坊っていう頑固なガキがおった。そいつは……よう叱られながらも元気に走り回っとった。わしもそいつの世話を焼いた気がする」


「ほんまかいな……でもワシは大阪の田舎暮らしで育って……」


「あんたと話しだしてから話し方が変わって来とんねん。これ、大阪弁やんな。」


「そやねん。魔王さん途中からコテコテノ大阪人になっとったから」


 言いながらも、大叔の脳裏に懐かしい記憶がよみがえる。確かに幼い頃、10歳くらい年上の兄ちゃんがいたような気がする。名前は……こうちゃん?」


「そうや!こうすけや!確かに近所の子と遊んだこと思いだしたわ」


「タカ坊よう泣いとったな」


「まさか、魔王がこうすけ兄ちゃんやったなんて」


 衝撃的な再会。魔王は魔王で、こんな形で再び会うとは思わなかったと言い、大叔は大叔で、天寿をまっとうしてからの再会など夢想だにしていなかった。二人は夜の庭先で黙り込み、ただただ遠い思い出を反芻した。



第10章:やられたフリで終わらせる作戦

 翌朝。どうやってこの状況を収めるか、パーティの仲間たちは頭を抱えていた。王国に報告せず、勝手に休戦を結んだなどと知られたら、どんな責任問題が降りかかるか分からない。ひょっとしたら処刑ものかもしれない。


 そこへすっかり転生前の記憶を取り戻した魔王が妙案を出してきた。


「ほな、わしが“やられたフリ”したらええんちゃう?」


「やられたフリ……?」


「そう。“勇者が魔王を倒した”ってことにして、そっちも国に報告すれば丸く収まるやろ」


 あまりにもバカバカしいが、逆にそれしか方法がない。実際に魔王を倒すにしても、大叔にはどうしようもできないし、また幼馴染を手にかける気にもならない。


「魔王は死んだ……ということで、一応の平和が訪れる。王国も満足やろ」


「ただ、ほんまに死んだって信じるんか?」


「わしの部下も上手く騙せたら、しばらく城を放置しとくわ。わしもここ飽きてたし」


かくして、茶番めいた計画が進行することに。


いったん魔王城を後にした勇者一行は数日かけて魔王討伐劇の準備リハーサルを終え、再び魔王城を訪れた。


「魔王!勇者の名に懸けて今日こそは倒してみせるぞ! 」

(タカ坊、セリフのイントネーション、、大阪弁になっとるで!)


「なんだと!勇者ごときがこの魔王様を倒すだと?こざかしい。ふゎっ、ふゎっ、ふゎっはーー!」

「皆のもの!手を出すのではないぞ!これは勇者一行と俺様との勝負だ!」


「勇者様お力のほど拝見させていただきます!」

「勇者様なら魔王ごとき軽く倒されることでしょう!」

(「こんな感じでいいですか?」)


「では参るぞ!」と勇者の掛け声で魔王との戦いが始まった!


魔法使いや弓使いが誇張したエフェクトを演出し、倒れ込む魔王。


最後に大叔が杖を掲げると、魔王は「ぐあああ……っ!」と大袈裟にうめいて気を失う“演技”をした。


魔王軍配下の者はまさか魔王が敗れるとは思ってもいなかったらしく、魔王の周りであたふたしている。



「よっしゃ、帰ろか……」

 大叔があっさり引き上げようとすると、仲間たちは「もう少し感動的な演説とかないんですか!?」などと言ったが、腰の痛みに耐えられない大叔は


「もう無理や、勘弁してくれ」

と言うばかり。



こうして“魔王討伐”がカタチだけ完了したのだった。



第11章:大叔の余生、静かな森の家で

 王城に戻った一行が“魔王討伐成功”を報告すると、国王は大喜び。宴が開かれ、大叔は盛大に祝われた。もっとも、大叔自身は疲労困憊で参加どころじゃなく、ベッドでぐったりしていたが。


 数日後、国王より多額の報奨金と領地の一部が与えられることが決定した。と言っても大叔はそんなものには興味がない。何よりも「静かに余生を過ごしたい」という気持ちが強かった。周囲のギルドメンバーも「大叔の功績は計り知れない」と言うが、当の本人は自分が大したことなどしていないと知っている。


「そやけど、せっかくやからこの森の片隅の家を使わせてもらうで」


「はい、国のはずれに古い家がありますから、そこを改修して住んではいかがですか?」


「そうするわ。あとはのんびり老後を楽しみたいんや」


 こうして、大叔は森の奥深くにある古びた一軒家に移り住むこととなった。そこは川や湖が近く、釣りや狩りで食料を得るには最適。ただし、初めは補助ヒーラーの子や騎士団員が同行し、家の修繕や生活の世話を手伝ってくれた。途中で彼らは「私たちも拠点は都にありますので……」と帰っていったが、大叔はようやくゆっくり休める環境を手に入れた。


 人生でここまで静かな時間を過ごせるのは初めてかもしれない。日本にいた頃は仕事だの家族の世話だの、老後もなかなか忙しかった。だが今は誰にも急かされることなく、雑事もそこそこ。腰の痛みさえ我慢すれば、畑を耕し、川で魚を釣り、焚き火で調理し、晴れた日は日向ぼっこしながらまどろむ――そんな穏やかな日々が始まった。



第12章:老後のスローライフ、でも魔王付き

 ある日の早朝、大叔が家の前のベンチでのんびり腰を下ろしていると、誰かの気配を感じた。振り向くと、そこには見慣れた角のある男が背を丸めて座り込んでいる。


「お、お前……こうすけ兄ちゃんやないか! なんでここにおんねん!?」


「いや、あれから戦いもないし、わしも自由やし……住むとこないんよ。ここの森、良さそうやん?」


 こうしてまさかの同居(?)が始まった。魔王が来ると知ったら、周囲は騒ぎになるだろうが、森の中では誰も気づかない。大叔の知る限り、王国は完全に「魔王は倒された」という認識でいるし、魔王国も別に再起しようという気もないらしい。


 最初は“大叔と魔王が同居”など悪夢のように思えたが、意外にも生活は成り立つ。魔王には魔力と長い経験値があるため、家周りの整備や雑用に関してもかなり器用にこなせる。たまに魔法で腰の痛みを和らげてもくれる。屋根の修理、狩りの補助、火起こしなど、人手の必要なことをテキパキ片付けてくれるのだ。


「お前が魔王やとバレたら大騒ぎになるやろ」


「その時はその時や。別に戦う気ないしな。気づかれんようにおとなしくしとくわ」


「そやけど、退屈とちゃうんか? 王国支配とかせんでええんか」


「そもそも王国支配なんてやりとーてやってたわけちゃうで。気づいたら魔王になっとったんや。長生きしすぎて、ワケ分からんまま部下が増えて、城ができて……もうええかなって思っとったとこやった」


 そんなわけで、二人は気づけば森での共同生活に落ち着いていった。日中は大叔が畑仕事をぼちぼちやり、腰が痛んだら魔王が代わってくれる。魔王は昼寝をすることも多いが、夜になるとテキパキ動いて、周囲の害獣を追い払ったりする。お互い無理をしないから、衝突も特にない。


 ある時、大叔が何を思ったか、「釣りでも行くか」と魔王を誘った。魔王は「ええな。退屈してたとこや」と頷き、二人して小舟で湖に出る。穏やかな水面をゆらゆら揺れながら、釣り糸を垂れる二人。会話はほとんどないが、その静寂はむしろ心地よい。


 ふと思い出したように、大叔はボソリと口を開く。


「結局、わしら、ここの世界最強の二人なんやろうな……」


「そうやな。勇者と魔王、っていう肩書はあるし」


「でも、こうして釣りしてるだけでええんやから、平和なもんやで」


「せやな……」


 釣り糸にちょんちょんと小さなアタリが来るが、二人とも慌てることなく、ゆっくりと竿を引き上げる。釣れた魚を見て、「お、いいサイズ」と笑い合う。その光景は、決して世界を救った勇者と魔王の姿には見えない。どこにでもいる、穏やかな老夫婦のようにさえ思える。


 国では“勇者が魔王を倒した”という伝説が語り継がれるだろう。その勇者がどこにいるのかは謎だとされるかもしれない。しかし実際は、森の奥で魔王と一緒にスローライフを満喫している――その事実を知る者はごくわずかだ。


「結局こうなるんかい!」


 大叔は釣り糸を垂れながら、心の中で苦笑した。天寿をまっとうしたはずなのに異世界に来てしまい、思いがけず魔王だの勇者だのと騒がれながら、結局はこの静かな生活に落ち着いた。これもまた、一つの人生かもしれない。いや、一つの“死後ライフ”か。


 澄み渡る空と、緑濃い森。その間に存在する湖面に揺れる小舟。そこに佇む二人の姿は、まるで人生のすべてを達観した老人のようでもあり、同時にどこか少年のような好奇心を秘めてもいる。そして今日も世界は静かに巡る。実に、なんとも不思議な“第二の老後”であることよ。



終わりに

 こうして勇者となった大叔は、魔王を“倒した”ということにして周囲の評価を得つつも、実際には森の一軒家でのんびりと暮らしていた。しかも、魔王本人と一緒に暮らすという、世間が知れば腰を抜かすような真実を抱えながら。――もしこの物語が冒険譚だったなら、血湧き肉躍る英雄譚が繰り広げられただろう。だが現実はそううまくいかない。老体には老体なりの限界があり、魔王には魔王なりの人生がある。それらを無理やり衝突させても、疲労を溜め込むだけだったのだ。


 時折、大叔のもとを訪ねてくる昔の仲間たちは、魔王などいるとは夢にも思わず、「大叔、元気そうで何よりです」と安心した顔をして帰っていく。大叔も笑顔で見送るが、玄関の奥では魔王が「あいつら、俺のこと知ったらどないなるんやろな」と好奇心半分に聞いてくる。もちろん大叔は「余計な波風立てたないから黙っとき」と返すだけである。


 今日も森の家には鳥のさえずりが響き、朝日に染まる樹々が輝いている。85歳で死んだはずの大叔が、ここであと何年生きるのかは分からない。だが、ひとまずの平穏が訪れていることだけは確かだ。勇者でも魔王でも、それぞれが“静かな人生”を望めば、こんな生活だってできるのだ。その事実が、この世界にどれほどの影響を与えるのかは、まだ誰も知らない。


(了)


異世界最強の二人が仲良く老後を過ごす。そんな奇妙な物語も、たまにはあっていいでしょ。

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