噂
雪那が言っていた通り、中心部とそんなに変わらない町並みをしていた。
「着いたぞ」
馬車から降りると、老舗感が漂う呉服店が建っていた。
「ここの主人が情報通でな。私も昔から世話になっている。入るぞ」
雪那に続いて店に入る。
「お久しぶりです」
「お久しぶりですね。雪那様。こちらから出向くことが出来ず申し訳ありません」
「構わない。こちらこそ無理を言ってしまった。手短に済まそう」
「そんな、卯月家の皆様にはいつもよくしていただいてますし、私の持っている情報が役に立つならいくらでもお話しますよ。どうぞこちらへ」
店主に案内された奥の客間に入る。
「それで、十二支に関する噂についてですよね」
「あぁ。特に、鼠、蛇、猿に関する噂が聞きたい」
「なるほど。そうですね…。鼠と蛇に関する情報はないですけど、猿についてならあります」
店主の顔が一気に暗くなる。
「あくまで噂ですけど、雪那様と同じように選ばれた故に猿楽町家の当主となった猿楽町燎が好き勝手に事業に手を出して町が大混乱していると聞きました。本当にあくまで噂ですので御参考程度に」
人様に迷惑かけてるのかよ。
「なら、猿楽町に向かおう。行けば事実か確認できる」
「待て。威斗。何か他に情報はあるか?」
「龍、羊、鳥、猪。この4つの十二支に関しては、名乗りを挙げた者が居ると聞きました」
「そうか。猿楽町の事は気がかりではあるが、先にこの4つのどれかに行ってみるべきだと私は思うのだが」
「確かにな…。この4つの中だったら俺は亥清会に行きたい。雪那はどうだ?」
葵偉のことも気になるし。
「猪か。今亥清会に行くのはリスクがある。卯月も亥清会とは犬猿の仲だ。虎ノ門も最近は仲が良くないと聞く。今亥清会に行ったとしても追い返されるのがオチだ。残るは、龍、羊、鳥だが、龍と鳥は当主がここ数日で代替わりしている。状況を鑑みて、十二支に選ばれたと見て間違いないだろう。なら、私は羊を探しに行くべきだと考えている」
「だな。じゃあ次の目的地は未申で決定だな」
「お役に立てた様で何よりです。お話を聞くに威斗様も虎ノ門からはるばるいらっしゃったみたいですね。この旅が終わったらまた、この店にいらっしゃってくださいね。たくさんサービスさせていただきますので!」
「あぁ。絶対来る」
その後、雪那が何着か着物を購入して屋敷へ帰ってきた。
「卯月から未申までは丸2日かかる。それでも行くか?」
「当たり前だ。卯月へ来るのに3日かかったからな。2日なんて大したことねぇよ」
「そうか。ならよかった」
帰ってきたそのままの足で夕食を食べに向かう。
「出来立てホヤホヤだな」
「店を出るタイミングで満兎に伝言を頼んで正解だったな。ありがとう。満兎」
『全然いいよー。僕も出来立てホヤホヤの美味しいご飯を食べたいからさー』
朝と同じ位置に座る。
「今日の情報はとても有益だったな。未は当主ではないようだし、名乗りを挙げていると言っても簡単には見つからないかもな」
「そうだな」
「朝一でここを立つ。それでいいな?」
「あぁ」
『楽しみだなー。僕、他の町に行くの初めてだし、雪那と一緒に遠出できてとっても嬉しー!』
「それはよかった」
食べ終わった後、各々の部屋に戻った。
「ここに来て2日しか経ってないのにもう違う違う町に向かうのか…」
本当はもうちょっとここでゆっくり
していたかったところ何だけどなー。そうもいかないのは重々承知の上だけどな。
『威斗』
「分かってる。俺の我儘でこの國が滅亡したら、この國の奴らはたまったもんじゃないからな。でもよー。居心地が良すぎていつまでもここに居たいというか…」
「ならずぅーっとここに居ればいいじゃん!」
俺の部屋の窓を盛大に開け放って入ってきた少年は、可愛い猫の面を着けていた。
「こら、祐陽。我々の目的を忘れましたか?彼にここに留まられては困ります。それこそボスに叱られてしまいますよ」
今度は長身の狐の面を着けた男が入ってきた。
「あんたたち何者だ?ここに居ればいいとか何とか。そもそもお前らどうやってこの部屋に入って来た。ここ2階だぞ?」
1階ならまだ窓から部屋に入れるのも分からなくもない。でも、ここは屋敷の2階。何かしらの力を使わなければ俺の部屋には入れない。
しかも長身の男は確かにボスって言った。何かしらの目的が合って俺に接触してきたに違いない。
「そんなに警戒しなくたって、今は何もしないよ?」
「今はって何だよ。結局何かするんじゃねぇか」
「君には何もしないから安心していいよー。自己紹介がまだだったねっ!僕の名前は猫泉祐陽だよっ!で、こっちが」
「九幻朧と言います。以後お見知り置きを」
「どうでもいいけど用がないなら出ていってもらってもいいか?」
「そんなこと言わないでよー。威斗に会いに来るのに結構時間かかったんだよっ」
「何で俺の名前を知ってるんだ?後、俺はお前らに会いに来てほしいなんて一言も言ってねぇよ」
「ボスの命令です。我々はボスに忠誠を誓っていますので命令には逆らえないのです」
『雪那!!!!』
1階から満兎が雪那を呼ぶ声が屋敷中に木霊する。
「そろそろ時間ですね」
朧はそう言って笑う。
「おい、雪那に何をした?」
「さぁ?ご自身で確かめに行ってみては?私達はここで御暇させていただきます。またいずれ会いましょう。威斗」
「またすぐ会おうねっ!」
朧と祐陽は勢いよく外へと飛び出していった。
あいつらのことも気になるけど、先に雪那だ。
満兎の方へ行くと雪那を抱きかかえて泣いていた。
「何があった?」
『急に鹿のお面を着けた女が雪那の寝室に入ってきて、切りつけてきたの…。どんだけ攻撃を防いでも全部当たっちゃって雪那がこんな風に…。僕の力でも刃が立たなかった。ごめんね、雪那…』
「早く手当するぞ。どれも致命傷にはなってないから」
『本当に?』
「あぁ」
『良かった…』
満兎の表情が明るくなる。
幸い、怪我も出血も大したことはなかった。
今は寝室に寝かせている。
『大したことなかったから良かったけど、雪那に何かあったら僕どうなってたか分からないよ』
「鹿のお面を着けた女か。俺の部屋にもそいつの仲間みたいなやつが来たぞ。狐と猫。俺は何もされなかったけど、満兎の叫び声が聞こえた瞬間帰っていきやがった」
『つまり、そいつらが雪那をこんな目に合わせたってこと?』
「多分な。ここに襲撃をかけるよう命令を下したのはそいつらを束ねているボスだ」
『次あったら八つ裂きにしてやるんだから。他に何か言ってた?』
「またすぐに会えるってよ。それに、その鹿女を含めてあいつらは俺達と同じように不思議な力を使ってた。この國が滅亡するのとあいつらは無関係じゃないかもな」
『十二支以外にも動物の神は存在する。威斗の言う通り、奴らと神、延いてはこの國にも関係がありそうだな。何故奴らが協力しているのかが気になる所ではあるな』
「人数も目的も不明だ。しかもあっちはまだ何か仕掛けてくる気だ」
『気を引き締めていこう。雪那もこのまま朝一の出発で大丈夫だって』
「じゃあ一旦解散だな」
今度こそ部屋に戻って準備を始める。
「彪牙はあいつらの事どう思ってるんだ?」
『面をしていたということは素顔は知られたくはないのだろうな。だが、その割には名を名乗っていた』
「あぁ。でも、猫泉も九幻も没落した家だったはずだ。理由は知らねぇけどよ」
『その家を調べてみれば何か分かるのではないか?』
「そうだな」
あいつらは一体何者なんだ。
簡単には辿り着けないだろうな。でも調べてみる価値はある。
簡単に荷物をまとめた後、眠りについた。
各町を治めている家は地名と同じ名前がついています。