寅に選ばれた少年
十二支の虎を司る町虎ノ門。
この國最大の人口を誇り、住んでいる動物の種類も國一番である。
「もう朝かよ…」
本当に朝なんて来なければいい。そう何度思ったかわからない。
虎ノ門を治める虎ノ門家の当主の父と虎ノ門に仕えていた母との間に生まれた妾の子。
不自由に暮らしては居ないものの、本家の奴らはいい顔をするはずもなく、こうして本家から相当離れているところに暮らしている。
ここ2年、親父は顔を見せに来ない。見捨てられたとわかっていても、母親はきっと迎えに来てくれると信じて疑わない。
本当にこんな世界なんて滅亡してしまえばいい。
そう思うけど変わらず明日はやってくる。
「それじゃ、暗くなるまでには戻るよ」
準備してあった朝ごはんを食べて、山へ木を刈りに向かう。
「さてと、作業始めるか」
斧を何回も打ち付けて木を切り倒していく。
『威斗』
名前を呼ばれた気がしてあたりを見回す。
気の所為か…?
作業の続きをするために新しい木に斧を打ち付けた瞬間、バキッという音を立てて木が倒れた。
「え…」
いやいやいや。ありえないでしょ。まだ1回も切り込み入れてないんだけど…
『威斗』
「!!?!?」
姿が見えないやつから名前を呼ばれるのと一発で木が切れたことにびっくりして、木と斧を交互に見る。
『威斗』
3度目に名前を呼んだ時にやっとそいつは現れた。
「は?」
現れたのは立派な寅だった。
明らかに獣人じゃないんですけど。なんか神々しい光放ってるし…
『威斗、お前に私の力を与えた』
「要らな」
『要らないとか言うな。拒否はできん。私は威斗を選んだ』
「他のやつにしてくれ。適任は俺以外にたくさん居るだろ」
『お前しかいないのだ威斗。お前にはこの
國を救ってもらう』
「この國を救う?滅亡するのか?やっとこの世界から解放されるのか…」
『残念だがお前を解放することはできない』
「はぁ!?」
『お前は選ばれた。私が選んだ。もし、この國の滅亡を防ぐことができたのなら、褒美に何でも一つ願いを叶えてやろう』
「俺の望みはこの國が滅亡して俺もこの世界から綺麗さっぱり居なくなることだ!」
『だから、できないと言ってるだろう。私が威斗に憑いている限り』
「俺から離れてくれ!!」
寅に向かって突進する。
その突進も虚しく寅の体をすり抜け、無様な姿で着地した。
『無駄だ。諦めろ。この國を救え』
「もし、この國を救えたとして俺の願いがこの國の滅亡でもいいのかよ」
『あぁいいさ。威斗達が滅亡を救うことに意味がある』
「てかお前って何者?あと達って何?俺以外にも居るっていうのか」
寅はやれやれといった風に話し出す。
『威斗は十二支を知っているか?』
「知ってるけど。この國には十二支を司る町があるんだろ。この町も寅を司ってるし」
『私がその寅だ』
「え…?」
この寅が?確かに普通の獣人ではないだろうけど。
『そうなるとお前が選ばれた心当たりがあるのではないか?』
心当たりがあるとすれば血の濃さぐらいかな。
当主の正妻は寅の純血ではなかった。寅の父と猫の母を持つハーフ。血の濃さで言えば、本家に居る正妻の子供よりも、俺の方が寅の血は濃い。
「つまり俺は血が濃いので滅亡の危機にあるこの國を救わなきゃいけないと…。そんな理不尽あってたまるかよー!!本家のあいつらと俺、そんなに血の濃さ変わらないだろ!!」
『それが変わるのだよ。私以外の十二支もそうだ。同じ種族の純血でなければ力を譲渡できないのだ。もう一度言うぞ。この國を救ってくれ。この虎ノ門で純血なのは威斗しか居ない』
「分かった。その代わり、サポートはしてくれよ?」
『約束しよう』
「はぁ」
話が終わると寅は俺の体の中に吸い込まれていった。
これからどうなるんだか…
まぁ、了承しちゃったしやるしか無いか。
「この國滅亡するみたいなので救ってみます」
十二支の寅(?)が俺に取り憑いたあと、町へ戻ると何やら騒がしかった。
なんか騒がしくないか?
この町はいつも騒がしいが、全員何かに怯えたような顔をして走り去っていく。
『どうやら予言が伝わってようだな』
「予言が伝わった?」
『この國が滅亡すると神から予言があった』
「さっき言ってたやつか」
『あぁ』
神様からの予言ね。いつ来るかもわからないものからこの國を守れと。
翌々考えたら曖昧過ぎない?
本当に滅亡すんの?
そんなにポンポン神に近い力与えちゃって大丈夫なの?
「にしても、そんなすぐに滅亡するわけじゃないだろ。何でこんなに焦ってるんだ?」
『さぁな』
母親に頼まれていた買い物を済まして家に帰宅すると家の前に見覚えのある人物が立っていた。
「久しいな威斗」
「何でここに居んだよクソ親父!!」
「虎ノ門家の当主に向かってクソ呼ばわりか?まぁ良い。今日は威斗、お前に話があって来た」
「俺はお前と話すことはない」
「俺はある。お邪魔させてもらうぞ」
親父はズカズカと家の中に入って行った。
「ただいま母さん」
「お、お帰りなさい威斗。お父様が来るって電話したのだけれど繋がらなくて…」
母さんが眉間に眉を寄せて苦笑いする。
「別にいいよ。で、何の用だよ」
「予言の話は聞いているか?」
「まぁ…」
「本家の子ども達には寅の力は見られなかった。そうなると純血のお前が一番力を授かった可能性が高いと踏んだ」
「それで本家から放り出した挙げ句、2年も顔を見なかった息子のところに来たのかよ」
「そうだ。お前が力を授かってないとなると、この町中で寅探しを行わなくてはならなくてな。それで、どうなんだ?」
親父が俺を試すように見る。
どうすんだよこの状況!!俺からは言えないぞ!!
『やれやれ…』
寅は深く溜息をつくと親父と俺の前に現れた。
「やはり選ばれたのは威斗。お前だったか。本家へ帰るぞ」
親父が立ち上がって俺の腕を掴んだ。
『威斗の意思を尊重しろ。この条件が呑めないなら私は力を貸さない』
「いいだろう。威斗、お前はどうしたい?」
「國は救ってみる。でも、本家へは戻らない絶対に」
「やる気があるのはいいことだ。この國の英雄となれ。俺が協力できる事は何でも協力しよう。遠慮なく言うといい」
その言葉を残して親父は家を出ていった。
「威斗、本当にやる気なの!?お願いだから危ないことはしないで…」
母さんが俺にしがみついて懇願してくる。
「やらなきゃいつまでも俺は自由になれない。この面倒な寅の所為でな」
『神に向かって面倒とは。呆れて笑いが込み上げてくるわ』
「と、寅様。威斗は、威斗は死なないですよね!?」
『わからない』
「わからないってどういうことですか?あなた神様何でしょう!!」
『私は神様に力を与えられただけだ。未来を読めるのも神しかおらん』
「そんな…」
母さんが膝から崩れ落ちた。
「随分と意地悪な言い方するんだな。死にはしないだろ。仮にも神様が憑いてくれてるんだからよ。あまり気は進まないけど、やってみるよ」
「わかったわ…。お願いだから怪我には気をつけてね」
「うん。頑張ってくる」
旅の支度を整えて玄関を出ようとした時、母さんが走ってきた。
「これ、お父様が威斗にって」
母さんが細長い封筒を手渡してきた。
封筒の中を見てみると、11枚の紙と金が入っていた。
「他の町へ行くための許可証と旅費だそうよ。無事に帰ってきてね」
「うん。必ず帰る」
封筒を鞄に入れて家を出た。
「んで?これからどこへ向かうんだ?」
『そうだな、兎の所はどうだ?』
「わかった。なら、卯月へ出発だな。あと名前呼びにくいんだけど、名前とかあるの?」
『特に無いが…』
「なら彪牙でどうだ?」
『その名前気に入った。私は今から彪牙と名乗ることとしよう』
「気に入ってくれたみたいで良かったよ」
まじでこれからどうなっちまうんだ?
俺の十二支集めの旅はこれから始まる。