気象の神様
高円寺にある氷川神社は、日本で唯一、気象の神様を祭る神社として知られていた。その神通力は、八つの気象条件、『晴』『曇』『雨』『雪』『雷』『風』『霜』『霧』を司っていた。
「ちょッ。え!? ……なに? どう……して、――よ!!」
神殿の中は騒然としていた。と言うのも、先代から引き継いだばかりの『八意思兼命』だったが、神様の力……所謂、神通力を制御できずに下界では災いと成っていたからである。
神殿の中には、神の使いである狛犬……普段は二頭身半の人型をとっているコマが居たが、右へ左への大慌てであった。
儀式場では、命……栗毛色の髪をサイドに三つ編みハーフアップにした神様が、気象の力を制御できずに、孤軍奮闘していた。
「命様――ッ。もっと、力を抑えてくださいッ。げ、下界が……大変なことに、なっておりますッ。」
コマが、下界の様子を見て命との間で、右往左往していた。
「わ、――わかってるわ、よ!」
命は正直焦っていた。
夏。命が晴天をもたらせば……猛暑となり、雨を降らせば……豪雨となった。それらの雨は、川を決壊させ……洪水となっていたからだった。
「はぁー」
溜息を吐くと、命は半ば諦め部屋を出ていってしまった……。
……とある日常。
あの世には、天国と地獄がある。天国は平和で落ち着いていたが、地獄は罪を犯したものが集められるためか、忙しかった。
ここ、気象の神様の日常はのんびりとしていた。
命は、手にグラスを持ちお酒を飲みながら、安楽椅子に座り寛いでいた。
そんな姿を見てコマは、何気に話しかけた。
「地獄では、閻魔様の裁きを待つ行列が出来ているそうですよ」
「そうなの……」と命。
「はい。何でも……閻魔様が優柔不断で、補佐官がいないと仕事が進まないのだそうです」
「ふーん。優秀なのね、その補佐官……」
「はい。何でも……棘の付いた金棒で、閻魔様を〝グリグリ〟しながら、仕事をテキパキと処理しているそうです。私も、補佐官様のように、早くお仕事が出来るようになりたいです」とコマが言うと、
命は、
「そう……、頼もしいわね。ははははー」
と顔が引き攣るのを抑えながら笑ったが、上手く笑えたかどうか自信がなかった。
神無月。
――『かみなづき』もしくは、『かんなづき』と読む。旧暦の十月を表す異称であるが……今日では、新暦でも使われる言葉である。――留意すべきは、本来は旧暦であるということである。
『神無月』をザックリ説明すると、全国に散らばる八百万の神様が出雲に集まり、来年のことについて、『……あれや、……これや』話し合う会議のことである。いわゆる――『神様サミット』とでも言うべきか……ものである。
逆に出雲では、神在月。
――『かみありづき』と呼ばれ……神様を迎入れるための行事が行われる。それが、旧暦の十月十日――、国譲りが行われた稲佐浜で行う『神迎祭』である。
一方、天上界では、その翌日――、十一日から十七日迄、早速、各地より集まった神様により出雲大社で会議が行われる。
……はや、一週間に及ぶ会議の翌日――、十八日には、神様を各地へと見送るため『神等去出祭』が出雲大社拝殿で行われる。
気象の神様、八意思兼命がいる神殿では、神様の使いであるコマが……会議を前にソワソワと落ち着かない様子をしていた……。
「命様。会議の準備は、もう宜しいのですか?」
「……ええ、いつも通りよ。留守番、頼んだわよ、――コマ」
「はい。神殿のことはお任せくださいませ」コマは、胸に手を当てると……誇らしげに言った。「命様は……お仕事、頑張ってくださいませ」
「ええ」と言いかけて、命はコマの言った言葉が引っかかり、首を傾げながら言った。「……お仕事? ……何……!? ……しないわよ」
「……えッ!?」
コマはポカンと、命と同じように首を傾げた。
刹那、見つめ合っていた二人だったが、気を取り直したコマが訊いた。
「会議へ、行くんですよね」
「ええ、会議――!? ……あ、あぁ」――何かに気が付いた命が言葉を続ける。
「神様が寄り集まるのよ、お酒を飲むに決まってるじゃない。酒盛りよ……さ・か・も・り」
「ええーッ!? ……酒盛り。か、……会議じゃないんですか!?」コマは、目をパチクリさせて、オーバーに両手を振り上げながら言った。
「口実よ。……こ・う・じ・つ」命は、顔の前で人差し指を立てると……言葉に会わせて、指を左右に動かしながら言った。「神様なんてねー、……みんな集まったら……お酒飲むに決まってるじゃない。――それしか想像できないわ」
「…………」
命がコマを見ると……コマは、ポカンと理解できないような表情をしていた。
「神様はねー、お酒が好きなのよ。」命は、どうでも良さげにハラリと、コマに向かって掌を降る。「神様への御供え物と言えば……御神酒があるでしょ、神様はねー、お酒が好きなのよ。暇さえあれば、飲んでばかりいるわよ」
「――!」
コマはポンッと、手を打つと納得ができた。命様は暇さえあれば、昼間っからお酒を飲んでいたからだ……。
命は、コマを見ると……理解して貰えたと思い話を続けた。
「会議なんて、名ばかりなのよ。神在祭の間は……グデングデンに酔っ払ってるわよ――」
「ぐ、グデングデンですか……」
コマは、驚いたとも……呆れたとも取れる表情を浮かべた。
「まぁ……、神在祭の時は、願い事なんてしないことね。――するだけ無駄よ」
「神様が集まるのにですか? 参拝する人も、たくさん来ますよ」
「やめた方がいいわね。神様がたくさん居たって……あれじゃ、誰も覚えてやしないわよ」
命は肩をすぼめて、首を振りながら応える。
「はぁ……」
コマは、呆れた様に溜息を吐いた。
命はそんなコマを見ると、参集しない神様のことを思い出して言った。
「でも、まぁ……、出雲大社に顔を出さない神様もいるから……そういう神様にお願いすればいいんじゃない?」
「参集しない神様ですか……?」
コマは、目をパチクリさせる。
「志乎神社の神様と諏訪大社の神様は来ないわねー」命は口元に人差し指を当てながら話した。「志乎神社の理由は知らないけれど、諏訪大社は……諏訪明神が龍の姿で出雲大社に来たのが原因らしいわよ」
「龍……ですか?」
「そう、何でも……その姿が余りにも巨大だったために、他の神様達が驚き、『諏訪明神に限っては、出雲にわざわざ出向かなくても良い』と言うことになったらしいわよ」
「巨大、……ですか?」
コマは驚きと感心した様に、溜息を吐いた。
「凄いわよねー。私も、大雨降らせたら――来なくていいって言われるかしら?」
「――み、命様!! いくら何でも、不謹慎すぎます」
「じょ、冗談よ……冗談……」
命は、手をパタパタと振りながら言ったが……コマは、胡乱な目で命を見ていた。
それから数日後。――命は、化け猫のタクシー『ねこタク』に乗って出雲へと旅だった……。