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人間が魔族を滅ぼしに来たので、魔王だけど勇者に全部擦りつけてドロンします

作者: 愚か者

「なぜ隠していた!?知っていたら私は…私たち人間はこんなことは…」

「お前たちは、知ろうとしなかっただけだ。我々は何度も使者を送った。それを無惨な姿で送り返してきたのはそちらだ。」

「しかし、これではまるで私たちが…悪者のようではないか」

「事実、そうなんだよ。だがもう起きたことは仕方がない。俺はもう疲れた。あとは任せたぞ、勇者」



ーーー



遡ること数時間前。場所は魔王城の謁見室。俺は玉座から、勇者を見下ろしていた。


「お前が魔王か」

「早いな。もうここまで来たのか」


数日前に、勇者がついに魔王城前まで辿り着いたと報告を受けていた。

ここまで来たということは、あいつらはもう先立ったか…。


仲間のことを偲び、少しの間目を瞑る。


「お前の手下は全て片付けた。あとはお前だけだ。」

「そうか…。」


今すぐにでも戦闘を開始しようと剣を構える勇者を眺めながら、玉座から立ち上がる。


「勇者、一つ取引をしないか?」


俺に忠義立てし、民を逃す時間稼ぎをしてくれた部下たちはもういない。民はもう十分安全なところまで避難できている。


王として最後にできることを、果たそう。


「取引だと?後はお前を倒せば殆ど戦争は終わったようなものだ。ここまで来て引き下がることはできない。」

「この取引が成立すれば、抵抗せず殺されてやろう。」


話しながら、階段を降りて勇者へ近づいていく。勇者は驚愕の表情を浮かべながら、油断なく剣を構える。


「これ以上の侵攻はやめてくれ。我々にも住処を残して欲しい。もちろん、それに見合ったメリットも提供しよう。我々は共存できるはずだ。」

「それは…難しいと思うが…。」


勇者は王から魔族の殲滅を命じられている。よほどの条件でなければ交渉のテーブルにすらつけないだろう。

しかし、俺には勝算があった。


「魔力過多症の治療法を提供する。」

「治療法だと!?…いや、そもそも魔力過多症の原因はお前たち魔族だろう。どの口が治療法などと言うのだ。」


魔力過多症とは、その名の通り魔力が多すぎてしまう病だ。身に収まりきらない魔力は、常に身体から放出され周囲を威圧する。これだけでも脅威だが、魔力が暴徒すれば周囲を巻き込んだ魔力事故を起こす危険性もある。

ある日突然発症するため、魔族がいたずらに人間に魔力を注入して起こると言われている。


「原因は魔族ではない。そもそも魔力を他者に譲渡することなどできない。それは人間も同じだろう?」

「それはそうだが…魔族は身体の構造が違うから…。」

「いや、魔力に関しては殆ど仕組みは同じだと言っていい。」

「魔族の言うことなど、そんなに簡単に信じられるか!ならば魔力過多症の原因はなんだというのだ?」


今代の勇者は、辺境の小さな村出身だと聞く。幼い頃に神託により勇者に任命され、それより10数年に渡り王都で教育・訓練を受けてきたそうだ。

恐らく情報は統制され、人間側に不利になるように情報は一切知らされていないはずだ。


「原因はお前たち人間にある」

「何をふざけたことを…!」

「正確に言えば、人間が魔族を虐殺したことが原因だな。」

「なぜ魔族を殺すことが、人間の魔力過多症に繋がると言うのだ!」


怒りのあまり、勇者の顔が真っ赤になっている。ブルブル震える剣先が、勢い余って届くことのないよう、間合いを保つ。


「世界の調整力って、知ってるか?」

「調整力…?」

「この世界は、人間と魔族の割合が一定のバランスを保たれている。ここ十数年で人間により魔族は大幅に数を減らした。その結果、世界の調整力が働いた」

「まさか…その調整力というのは…」

「そう、その調整力によって、無理やり魔力の強い生物を生み出そうとした結果、魔力過多症の人間が増加した」


先ほどまでは真っ赤だった勇者の顔は、今度は青白くなっている。思った通り素直な性格でよかった。これなら計画通り進められるだろう。


「魔力が増えたのは人間だけではないぞ。ここ十数年で魔獣の数も増加しただろう?あれも調整力の一環だ」

「そんなまさか…。いや、だが確かに時期は重なる…。」


ずっと修行に励んでいた勇者は、魔力過多症の人間の増加傾向ははっきり把握していなくても、戦闘訓練で繰り返し行なった魔獣討伐で、魔獣の増加傾向には思い当たる節があったようだ。


「一度国に帰って、確認を取らせてくれないか?」


思った通り、素直で生真面目なやつだ。魔族の、それも魔王の言葉を信じようとするなんて。真実ではあるが、人間にしては珍しいやつだ。


「悪いが、待つことはできない。」

「なんだと!?しかし私も確認を取らないことにはなんとも…。勇者といえども一存では決められないのだ」


やはり勇者は純粋なやつだ。頭の回転は悪くないが、人を疑うことを知らない。


「こんな重要な事実を、本当に人間の王族が知らないと思うか?」

「何!?いや、だが知っていたらこんな戦争を起こすはずがない。」

「確かに、バランスが崩れた結果どうなるかまでは、知らなかったかもしれないな。かつてここまでバランスが崩れたことはないから、それは仕方ないとしよう」


「だが、バランスを保たなければならないことは、魔王・人間の王族に代々伝えられている。当然今代の王族も知っているはずだ。」

「そんな…まさか…なぜそのようなことが…」

「もう何百年も前からの決め事だ。ただの伝承に過ぎないと、決めかかっていたのだろう。というわけで、このまま持ち替えられても王族にもみ消される可能性が高い。」


もはや勇者は剣を下げ、戦闘態勢を解除している。そんなことにも気がつかないほど、告げられた事実に愕然としているようだ。

ここで、冒頭の会話に戻るというわけだ。


「なぜ隠していた!?知っていたら私は…私たち人間はこんなことは…」

「お前たちは、知ろうとしなかっただけだ。我々は何度も使者を送った。それを無惨な姿で送り返してきたのはそちらだ。」


俺たちだって、最初は話し合おうと使者を送った。だが返ってきたのは仲間の無惨な骸だった。直接俺が出向こうとしたことだってある。だが、そのたびに部下に止められた。最後に残された機会が、勇者との直接対決の場だった。


「しかし、これではまるで私たちが…悪者のようではないか」

「事実、そうなんだよ。だがもう起きたことは仕方がない。俺はもう疲れた。あとは任せたぞ、勇者」


ようやくこれで本題に入れる。長い前置きだったが、勇者が予想通りの反応を示してくれてよかった。


「さて、長くなったが、取引の話に戻ろう。最初に言ったように、これ以上の魔族領への侵攻をやめてほしい。その代わり、魔力過多症の治療法を提供する。」

「あ、ああ…そんな話だったな。」


勇者はまだ呆然とした顔をしているが、なんとか相槌を返してきた。


「魔族の虐殺をやめたからといって、すぐにバランスが戻るわけではない。このままだと、しばらく魔力過多症の患者は増え続けるだろう。」


魔力は人より長寿で魔力を持つが、子供が産まれにくいのだ。バランスを取り戻すには数十年はかかるだろう。


「魔族は、魔力過多症を治療することができる。簡単に言うと、多すぎる魔力を結晶化し、外に出すことができるんだ。」

「なるほど。だがそれでは一度で済まないのではないか?」

「御明察。結晶化は定期的に行う必要がある。」


治療法とは言ったが、対処療法にすぎない。根本的な治療方法は、まだ魔族でも分からないのだ。まあ現時点では魔族にとっては、定期的な治療が必要なことは有意な交渉材料になる。今後共同で研究を重ねていけば、根本治療も可能になるかもしれないなが、俺はもうそこまで面倒を見切れない。


「というわけでだ、勇者、取引成立ということでよろしいか?」

「うむ。仕方あるまい。我々にとってもためになるものだからな。…王族の皆様は帰国後なんとか説得してみよう」


俺は少し肩の荷が降りた気持ちになる。反面、勇者は今後の忙しさを思ってか、既に死んだ魚の目をしている。


「よし。では誓約魔法を行わせてもらう」

「誓約魔法だと?」

「ああ。俺はこの後お前に殺されるわけだからな。約束が果たされたかどうか確認することはできない。お前のことは信用しているが、何があるかわからないからな。誓約魔法を使わせてもらう。」


勇者は「信用している」と言われたことに動揺しつつも、頷いて腕を差し出した。俺も腕を出し、勇者の腕に絡め、誓約魔法を唱える。


「…よし。これで取引は終わりだ。後は煮るなり焼くなり、好きに殺すが良い。できれば一思いにやってもらえると良いのだがな。」

「…ああ。だが、本当に良いのか?それに、魔族が減ればまたバランスが崩れる。」


なんと魔王に温情をかけるとは。バランスの問題があるとはいえども、魔王を見逃して帰ったとなれば、国中から非難の嵐に晒されるに違いない。俺は笑みが溢れるのを必死で堪えた。本当に予想通りに動いてくれる。


「ああ、構わない。俺は魔族ではないから、バランスには影響がないからな」

「何!?魔王が魔族ではないだと!?それではお前は…」


俺はポケットから懐中時計を取り出し、勇者に見せた。

勇者の顔が驚愕に染まる。


「それは…侯爵家の家紋か!?なぜそれを貴様が持っている!」

「もちろん、俺が侯爵家出身だからだ。」

「そんなはずがない!侯爵家に魔族がいるはずがない。」

「その通りだ。俺は、魔族ではない。」


俺はフードを外しながら、言った。


「俺は人間だ。」


フードを外したことで顕になった耳は、人間の丸みを帯びた耳だ。魔族特有の尖った耳ではない。


「なぜ人間のお前が、魔族側に…それも魔王になっている?」


魔王が人間だったことが、よほど衝撃的だったらしい。声が震えていた。


「俺は魔力過多症で、両親に捨てられ貧民街で生き延びていた。両親から差し向けられた暗殺者から逃げている途中、魔力暴徒を起こしかけた。ここまではよくある話さ。」


「魔力暴徒で死にかけていたときに、とある魔族に救ってもらったんだ。それで、異常に魔力量の多かった俺が、魔王の座についたというわけだ。」


「まあ、つまらない身の上話はここまでにさせてくれ。で、殺すのか?殺さないのか?」

「…私は、人間は殺せない。」


(勝った…!)

俺は勇者に見えないよう、密かに手をぐっと握りしめた。ここまで本当に長かった。あとは、避難民を率いる後継の魔王と目の前の勇者に託そう。


「ふん。お優しい勇者様だな。では、気が変わらぬうちに俺は退出させていただくとしよう。後のことは任せたぞ。」

「ああ。任せておけ。帰国後にまた連絡する。」


まさか俺が魔王を降り、代替わりするとは思っても見ない勇者は、俺のことを信頼の眼差しで見つめてきた。本当にこの勇者は大丈夫か?まあ、正義のためならなんだってやり遂げるやつだ。なんとかしてくれるだろう。


俺は遠く離れたところで、のんびりと高みの見物をさせてもらおう。

そうして俺は、勇者の脇をすり抜け、魔王城の外へと向かっていった。

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