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けものみち  作者: rival
アイヌモシリ
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「ふむ。後にも先にも、事はカムイノミ【神々への祈り】を行わなかった事も大きい。」


コタンコロクルは長い髭を撫でながら話をした。




「何事にも畏れ敬って接しなければならない。それを怠れば、人間が太刀打ちできない恐ろしい力をもって我らに立ちはだかる」


この度の騒ぎの様にな。と、付け加えた。

それを聞いたコタンの仲間はみんな俯いて聞いていた。


皆んなは分かっていたはずだった。

だが、今回ばかりは“忘れてしまっていた”

先に岩穴に居た者はカムイノミをせず去ってしまった様だが、後から来た者もきちんとカムイノミをすべきだったーーと。




《自然にも道具にも神が宿ると伝えられている》



「全ては神々から与えられているものーー感謝を怠ったがための報いか…」

シシリムカ流域で教わったアイヌの風習を一つ思い出してカンナはポツリと呟いた。




「この白蛇の棲家としていた岩穴は何処に?」

カンナはコタンの仲間に聞いたが、彼女たちは小さく首を振った。


「覚えてないの…」

「雨で視界も悪かったし、岩穴からも慌てて逃げてきたから」

申し訳なさそうに話していた。

白蛇もまた、困った様子でカンナを見つめている。

どうやら白蛇も棲家までの帰り道を覚えていない様だ。



そんな中、コタンコロクルはゆっくりとカンナの方へと歩み寄った。



「彼のホヤウカムイ【蛇神】とは別の神とお見受けいたします。コタンの人間に危害を加えないのならば、この御神木を棲家とし、祀らせてはいただけないだろうか?」



コタンコロクルによる低姿勢の言葉に、白蛇は小さく頷いた。



それを見たイヨノは、慌てて言葉を出した。


「アシカエッテの…いや、コタンの仲間の幻覚は解いてはもらえないだろうか?」

イヨノは縋るようにカンナの手元の白蛇に問いかける。

周囲に居たコタンの仲間も白蛇に向かって頭を下げた。



白蛇は人間一人一人をジッと見つめた後にカンナを見つめた。



【ワタシは静かに過ごシタイ。カエシマス】



そう伝えると、カンナの手からスルッと降りて御神木の木の(うろ)へと去っていった。




カエシマスーーーとはどういう事だろう…



「聞き間違い…か?」


その言葉の意味を考えながら、けもの道を辿ってコタンに戻ると、寝込んでいたはずの人たちがそこに集まっていた。



その中に、アシカエッテの姿があった。



イヨノは嬉しさのあまり涙を溜めて向かおうとするが、それを邪魔する様にウタリテが走り寄った。


「アシカエッテーーーー!!」


抱きついて大声を上げるウタリテに、アシカエッテは迷惑そうにしていた。


「身体は大丈夫か?」

イヨノは気遣って声をかけた。

アシカエッテの目元には返り血を受けた際の皮膚の爛れは落ち着いた様だが、痣になってしまっている。

歯をグッと食いしばりながら、イヨノはそっと痣を優しく撫でた。



当のアシカエッテは何も覚えていない様子。


そこで、何があったかを話す事にした。


黒蛇騒動の結末を知ったアシカエッテはカンナを見ながら

「まっさか〜、カムイの昔話じゃあるまいし〜」と、いくら二人が説明しても本気にはしていなかった。




「まぁ。お兄ちゃんの名前の付け方が全然ダメなのは分かったわ!だから、この子の名前は私たちで決めるね」



そう話してお腹をさすった。





ウタリテはこの時、今までに考えた事が無いくらい、瞬時にたくさんの事を考えていた。


そして結論に至る。


「おおぉ!おおおおぉお!?」

言葉にならない気持ちが溢れたのが分かった。

カンナはそんな様子を微笑ましく見ていた。





しばらくすると、落ち着いた様子のウタリテが話しかけてきた。

「悪いカンナ、ちょっと色々と盛り上がっちまった!」


「いいよ。見ててこっちが嬉しくなるくらい楽しかったよ」

ウタリテの無邪気さに、思わず笑みが湧いてくる。



「カンナの事を知ってる人もいるかと思ったんだけども…」

他のコタンの仲間にも色々と声をかけてくれていた様だ。




ここのコタンにはカンナを知る人は居なかった。






ーーー次の日。




『それ、フチが模様付けした布でしょう?狩りが終わるまで借りても良いかしら?』と、アシカエッテが言うので左腕に結んでいた布を渡し、カンナとイヨノは一緒に狩りに出た。



ウタリテはと言うと…

シコッペッ流域の川で魚をたんまり捕ると躍起になっていた。


「俺ぁ、弓は苦手だが、魚捕りは上手いんだぜ!(…このコタンの魚捕り名人と行くんだから間違いない!)うんまぃチェプオハウを期待しとけよー」

何やら内なる言葉も漏れ聞こえた気もしたが…ウタリテは自負しながら話していた。




イヨノは今までと変わらず御神木へと向かう。

木の空から白蛇の眠たそうな姿が見えた。

お祈りをした後にけもの道を進む。


つい先日まで、鹿やキツネ、ウサギなどコタンの周囲には全く居なかったというのに、たくさんの姿が見てとれる。

また、この日は森の空気が澄んで、木漏れ日がキラキラ輝いている様にも見え、イヨノは驚きを隠しながら狩りをしていた。




カンナも上手く罠を仕掛けた甲斐もあって、鹿一頭とウサギ、リスが獲れた。



仕留めた獲物を運びやすい様に縄で結んでいく。

イヨノはとても手際が良い。



「イヨノはウタリテの事が嫌いなのか?」


「え?」


突飛な質問にイヨノは驚いた。

少し考えながら


「俺は義兄を尊敬してるよ。いくら妹が居るとはいえ遠く離れたコタンに足を運び、困り事があれば助けになる。あんなに仲間想いな人は他に見た事が無い。」


関心も束の間、イヨノの表情が一気に曇りを見せる。



「時折、妙な対抗意識を向けてくるのは分かってる。…その時は全力で潰してやるんだ」


妙な対抗意識。黒蛇退治の時と言い、今朝方の魚の話と言い。

何となくウタリテからは“お前に負けない”オーラが出ていた。

イヨノは軽くあしらってはいたが、内心は穏やかではなかった様だ。変な笑みを浮かべながら縄を結ぶ手に力が入る。




「だが、何より…」



「お互いがアシカエッテを好きすぎるんだろうな」


照れくさそうに笑った。



チセに戻ると、大船に乗ったウタリテが誇らしげに帰りを待っていた。

そして、見ろ!と言わんばかりにチセには干し魚にするための魚がぶら下がっている。


「もぅ!お兄ちゃん、ほとんどイコエフエカシのお陰じゃない」


ウタリテは慌ててアシカエッテの口を塞ぐが遅かった。

イヨノはウタリテを打ち負かさんと、持っていた鹿をドサッと置く。


すると、大きな鹿を見たウタリテは何も言えなくなった。



そんなやり取りを楽しそうにカンナは見ていた。

そこにアシカエッテが来て「はい、コレ!」と、見せてくれたのは

フチの刺繍に合わせてアシカエッテの模様も描かれていた。


「綺麗だ…」

息を飲む様な美しい模様に感嘆した。

そして、それをまた左腕に結んでくれた。




皆んなで食べたチェプオハウは本当に美味しかった。


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