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漁や狩りが上手くいかなくなってしまったのは、御神木への祈りが出来なくなってからの事で
御神木から神が去り、黒蛇の呪いだと騒ぐコタンの仲間も少なくないそうだ。
アシカエッテの話を聞いた後、村長へ挨拶がてら話を聞いた。
とても立派な髭を蓄えた人物だ。
「申し訳ないが、今渡せるものは何も残っておらん…。狩りも漁も出来ず、ここのコタンの者は少量の山菜しか口に出来ておらんのだ」
困り果てた様子で話していた。
「数日分にしかならないと思うが、干し肉やもろもろ持って来たんでコタンの皆んなで分けてくれ。困った時は助け合い。だろ?」
ウタリテはそう話すと、持って来た荷物の全てを村長へと渡した。
村長はイヤイライケレ《ありがとう》と何度もお礼を口にした。
「た…たいへんだ!!」
矢を持った男が大声を上げて村長のチセへと駆け込んできた。
「どうした?客人の前だぞ、もう少し静かにーー」
「黒蛇が…コタンに!」
息を切らせながら、指をさして騒動の場所を示した。
その言葉を聞いて村長は青ざめた。
「いかん…!斬り殺すでないぞ」
「何故ダメなんだ?」
疑問を投げかけるが、村長はバタバタと準備をしていてまるで聞こえていない。
代わりに、矢を持った男が応えてくれた。
「黒蛇の切り口から溢れ出る血に触れると、皮膚が腫れたり全身の毛が抜け落ち、燃える様な痛みで焼け死んでしまう。更には、斬った箇所から頭や尾が生えてきて蛇は増えるんだ」
そんなバカな話が…とも思ったが、見れば分かるだろうと急いで駆けつけた。
ヨモギの葉の付いた矢で串刺しにされた黒蛇が二匹もがき苦しんでいた。
その傍らでは、女性が蹲り仲間が背中を摩ったりしていた。
「突然現れた黒蛇に驚いて妻が思わず黒曜の刃で斬ってしまったんだ。斬った拍子に返り血が目に……!」
妻と呼ばれた女性はアシカエッテだった。
アシカエッテは右手に持っていた黒曜石で出来たナイフを握りしめたまま、片目を抑えていた。
その手を外すと、片目周辺の皮膚は赤く爛れている。
ガタガタと震えながら、うわごとを繰り返していた。
「…テ…エシテ…」
ウタリテは、肩を掴んで揺さぶるが反応は変わらず。
正気を取り戻さない姿に慌てふためいた。
「な、なんでこんな事に…!何があった!!」
ウタリテの怒り狂った声色に、コタンの仲間は萎縮した。
「イヨノ…!お前が居ながらなんで!!」
ウタリテは矢を持っているイヨノに掴み掛かった。
カンナは慌てて引き離そうとして三人で組み合いになる。
「俺だってどうにかできるならしたいさ…っ!」
「色々と手を考えた。考えて手を尽くし、その度に犠牲者が増える!!」
イヨノの言葉に、二人はピタリと動きを止めた。
「コタンの者も、増えに増えた無数の黒蛇に噛み殺されたり、アシカエッテの様に返り血を浴び、病に苦しんでいる者も少なくない…」
コタンコロクルが続けた言葉を聞いて、ウタリテはイヨノから手を離した。
「じゃぁ、どうすんだよ。アシカエッテはずっとこのままなのか!!」
ウタリテは行き場のない怒りをぶつけた。
その中で、カンナは腰に下げる刀から何かを感じた。
スルッと刀を抜き黒蛇に向ける。
刀からはパチパチッと静電気の様な不思議な音がした。
「止めろ!斬るな!」
イヨノはカンナの行動を見て止めに入るが、カンナは構わず刀を振り下ろした。
すると、黒蛇は斬られた箇所からサラサラと砂の様に消えていった。
「ぇ。」
「黒蛇が…」
イヨノは目を丸くし事態が飲み込めずにいた。ウタリテもまた蛇がその様な状態で消える事に驚きを隠せなかった。
どうしたことか…と、コタンコロクルも呆気に取られていた。
「あれは儀式用の刀じゃないのね」
「もしかしてあの噂の刀じゃないのか…」
「イペタム!?殺されるぞ」
等々、周囲からはざわついた声が聞こえる。
中には、この場から逃げ出した者もいた。
「皆の者、静まれ!」
静止させたのはコタンコロクルだった。
その一言に皆んなが押し黙った。
「さっきまでそこに居た黒蛇を見よ。イペタムとて、このコタンを救ってくれるやもしれん。」
矢に刺されていた蛇は小さな砂山となっていた。
『我々だけでは、黒蛇を薬矢で抑えておく事しか出来なかったが、コレなら…』
コタンコロクルはカンナの持つ刀に一筋の希望を見出した。
そして幻覚を見ていたアシカエッテは、気を失う様にして倒れ込むのを慌ててイヨノが支えた。
「ウタリテ、旅の方よ。どうか黒蛇を退治してくれぬだろうか?」
「分かりました」
カンナは一つ返事で応えた。




