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けものみち  作者: rival
アイヌモシリ
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〜けものの小道《イペタム》〜


川を下って行くのかと思ったが雑木林を通る。



地面は踏み固められて、低木の小枝は獣によって折られ、足下の下草は喰われて短くなったり、踏みつけられて枯れた道。



この道は、鹿やキツネ、狼などが通ったけもの道だそうだ。




いくつも分かれ道があるが、ウタリテは方向感覚に長けている様で迷う事なく歩みを進める。


まだ日は残っているのというのに薄暗く、鬱蒼とした森の中を歩く。



「なぁ、そのイペタムを持ってて何ともないのか?」


「何ともない…とは?」

不意に投げかけられた言葉。

疑問に疑問で返してしまったが、率直な疑問だった。


「フチは、カンナがイペタムに選ばれたみたいに言ったものの、仮にもソレは妖刀だ。その…気持ち悪い感じとか」


「無いな。」


刀を手に取っての即答に、ウタリテは思わず苦笑いを浮かべた後、徐に話を始めた。




イペタムはその昔

海の向こうに住む和人シャモが仕立てた刀で、アイヌとの和平の貢物の一つとしてこの地に贈られた。

アイヌの長は、刀の見事な美しさと切れ味にえらく感動し、和人を和睦の使者として大層もてなした。


賊はどこでこの刀の話を耳にしたのだろうか。


この土地唯一の【宝】を手にしようと、襲撃し、和人シャモたちと長をあろう事かその刀で殺してしまった。

そして、そのコタンの住人にも手をかけ皆殺しにしてしまったんだ。


【宝】を手に入れて喜んだのも束の間。

刀はカタカタと音を立て、ひとりでに鞘から抜け出し賊を次々と斬り殺してしまった。


コタンに誰一人として生きている者は居なくなると、刀は人を求めて宙を舞い、別の近くのコタンに転がり落ちた。



珍しい刀を見て拾い上げる者も多かったが


手にした者は


悪夢に魘され精神を病んだり

不慮の事故に遭ったり

原因不明の病に侵されたりと言う不吉な事が続いた。

その度に刀は捨てられるが、川に捨てても、山に捨てても、捨てに行った人が村に帰り着く前に村へと戻ってきてしまうのだと。



「そして、ソレを手にしたのが俺の妻だった。」


あれ…っと思った。

そう言われれば、ウタリテの家族にはフチ以外の女の人は見当たらなかった。


「ウンマシが生まれてすぐに病に伏せて亡くなったんだ。」


すっごい美人さんでさぁー

裁縫も上手くてさー

ウタリテが無理をして笑っているのを感じた。

気づくと辺りは暗くなっていたので、獣よけを兼ねた暖を取る準備を始める。



『私の名前を呼んでいたの。そして気がついたら拾ってしまった』


「何か…分かんねぇけど、刀が妻を呼んだんだと。イペタムの悪い噂話は聞いてたから、直ぐに俺が捨てに行ったんだけども。何がどうなってんのか分からないが、噂通り、いつの間にかチセに戻っていた。そして、妻の具合は徐々に悪くなっていった」


『私…いつも同じ夢を見るの。このコタンがとても大きなウェンカムイに襲われる夢…。“今は”誰も敵わなくて、皆んな死んでしまうの…。』

窶れて衰弱していく妻が教えてくれた。

思わずギュッと抱き寄せた。



『これをイペタムに…』

手渡されたのは、綺麗な刺繍が施された布だった。

この布でイペタムを隠して子供達が誤って触れない様にしてほしい…と。



『貴方は私にたくさんの幸せをくれたわ。イヤイライケレ《ありがとう》』



そうして息を引き取った。



渡された布を握りしめて、刀へと向かった。

刀を取り出して地面に叩きつけようともしたが、それは出来なかった。


ウタリテは妻に言われた通り刀を布で包み隠し、更に木箱に入れて家の隅に隠しておいたーーー。




「…悪夢でもいい。またその姿を見られたら…」


ウタリテは涙を溜めながら空を見上げた。


空には無数の星たちが瞬いていた。

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