ー
一通り村を回った先に海辺が見え、船が停泊していた。
そこには見覚えのある大きな背中。
隣に立つ女の人がとてつもなく華奢に見えるほどの体格差だ。
二人は船に乗せる荷物の指示をしている様だった。
シュマリがテテテッと駆け出し、大きな背中に飛びついた。
「あら。シュマリちゃんじゃない。ってことは、カンナも居るのかしら?」
ドッシリとした体格だが、不意を突かれるとその態勢を崩していた。
モレはシュマリを背に乗せたまま、ゆっくりとこちらを振り返る。
「何だか楽しそうな顔をしているわね」
モレの一言に、笑みが漏れている事も気づかないくらい顔が緩んでいたのか…と、思わず頬を手で覆った。
「近いようで遠い土地 モルランで会った人とここで会えるとは思わなかったーーー」
小さな思い出話しに花を咲かせたことを伝えた。
モレは、そう…と、小さく頷いて静かに聞いてくれた。
「彼なの?乗せて欲しい人さ」
話がひと段落して、声を掛けたのはモレの隣にいた女の人だった。
「そうよ。彼はカンナ。そして、この小さな可愛い子がシュマリちゃん」
シュマリの服をひょいっと持ち上げ、ゆっくりとカンナの元へと降ろした。
「カンナ、彼女はこの船を任せているエンカリベよ」
紹介された女の人は挨拶をする様に小さく手を上げた。
「少しの間、カンナと話がしたいのだけど、後の荷積みを任せて良いかしら?」
「荷積みはいつもの事だから大丈夫さ。」
申し訳なさそうに話すモレを横目に、エンカリベはサバサバとした態度で、船の方へと向かっていった。
ーーーーふと気づく。
モレの手には狐を模った半面があった。
チャペが身につけていた面と同じく、目元だけが隠れる物だ。
その視線に気がついたのか、モレが徐に説明を始めた。
「シュマリちゃんの分の面は出来たんだけど……。あの子ったら、アナタの為に面は作らないと駄々を捏ねてねーーー」
言葉を濁し、困った様に話すモレの表情は笑っているが、どこか怒っている感じがした。
そんな中、シュマリは渡された半面を身につけて楽しそうに辺りを駆け回る。
「この後の事なんだけど。この先はアナタ達二人でも大丈夫そうね。」
モレが突飛もなく話した言葉に、カンナは不安を覚えた。
「…モレは行かないのか?」
「アタシはまだこの土地でやらなきゃならない事が残ってるの。今日が丁度満月だから次の船出は潮が時化なければ、またの満月の刻になるわね。」
「心配する事は無いわ。アナタ達には色々と教えたつもりよ?生き延びるための術をね。」
次の満月という期間が、どのくらいの月日が経つと来るのか分からない。
二人だけの旅路に多少の不安を抱きながらも、モレと旅をして獣を獲ったり、調理したり、毛皮を村で交換したりと人としての基本的な生活を教わった事を思い出す。
他に、クッタルシで別れたウタリテとの旅路での知識もーーー…。
「無知は罪なり、知は空虚なり、叡智を持つもの英雄なり。なんて、どこかのお偉いさんが言っていたけれど、アタシもその通りだと思うわ」
「旅をして、たくさんの事を知って、学んで、誰かの真似じゃない自分を作りなさい。」
「ーー自分を作る…」
今はまだ分からなくて良い。
そう言いたげな優しい顔をしながらモレはカンナに説いた。
荷積みが終わった船にゆっくりと乗り込むと、モレの大きな声が聞こえた。
「カンナの面は次に会うときまでに必ず作らせておくわねーー!」
「モレ!チャペに伝えてくれないか。イヤイライケレ……アリガトウと。」
モレの声には負けるが、カンナも精一杯の声で返した。
その言葉はきちんと届いたのだろうか。
モレは一瞬目を丸くして驚くが、フッと笑みを浮かべて手を挙げた。
アナタ達はこの先、きっと良い仲になるわ。
ゆっくりと陸を離れる船を見送りながら、モレはそう心の中で思った。




