〜ウスケシ海岸〜
「ココはウスケシ。先住民と人ならざる者が交る場所よ。」
モレは不思議な事を話した。
その村は、今まで見て来たところとは少し違った。
村の規模は倍…いや、それ以上ではないだろうか。
村には、不思議な面を身につけている人を多々見かけた。
「面を身につけてる彼らはね、鬼と呼ばれて差別されてきた人たち。」
モレは憂いを帯びた目で見つめながら話した。
そして、そっと指差す先は海だった。
「この海を越えた先の土地では、和人…いえ、大和民族とアタシ達、人ならざる者とで日々争いが続いているの。」
モレは海の次に自分の胸に手を当ててそう話した。
「争いの原因は、大和民族による土地の侵略。
そして、彼らは普通と違う事を嫌忌してアタシ達を差別し、抑圧した。」
「でもアタシ達もただ黙って故郷を見知らぬ者に譲るほど馬鹿じゃない。
ましてや、好戦的な奴らになんて尚のこと。」
「アタシ達は自分が住んでいる土地を守る為に戦う事を選んだの。」
「ただ。仲間の中には争いを好まないヒトたちもたくさん居るわ。」
「彼らは、やむ無く故郷から海を越えてココへ逃げて来た。
そんなアタシ達をこの村の人たちは快く迎えてくれたの。ホント、ありがたいわよねー」
モレは、ぉほほっ♪と暗い雰囲気を吹き飛ばす様に笑い飛ばした。
人と違う。
それは一体どう言う意味なのか。
この海の向こうでは人と人とが《そんな事》で争っているのと言うのも哀しい事だ。
面を付けた人たちを目で追い、難しい表情を浮かべているカンナにモレは気づいた。
「少しアタシ自身の話をしても良いかしらーーー」
アタシは十月十日が過ぎても親の腹の中から出てこなかった。
親は貧血のあまり、獣の血を欲する様になったそうよ。
そして、親の腹を裂く様にしてアタシは生まれた。
その時の体の大きさも、普通の赤子の三人ほどの大きさだったとか。
気味悪がった片親は、アタシを山奥へと捨てたの。
そして、ある老夫婦に拾われた。
身体の大きさなど気にもせず、優しく、時には厳しく育ててくれた。
アタシは十歳にして六尺(180cm)の大きさにまで育ったわ。
ある時、近くの村が侍に襲われているのを見かけて、慌てて村外れの自分の家へと戻った。
ぎゃーーーー!!!っと、悲鳴が聞こえて家に入ると、見知らぬ男が刀を持って立っていた。
その男の傍には、地べたに這いつくようにアタシの両親が倒れていたの。
アイツはアタシを見るや否や
「お前、その帯…もしかしてあの時のヤヤコか…」
驚いた様子で話したわ。
アタシは見た目が大きくても、中身はまだまだ子供だった。
両親が血まみれで倒れているのを見て、腰を抜かさない子なんていないでしょ?
驚き、怯えるアタシのそんな姿を見てアイツは笑みを浮かべながら言ったの。
「お前とは親子らしい事をしてこなかったな…そうだ。」
「五つ数えるうちに逃げると良い。捕まえたらお前を殺してやる。」
そう言うと、アイツは刀を納めて目を閉じ数え始めた。
「ひとつ」
アイツが数える。
動かない父の姿を見て、どうしたら良いのかを考えた。
「ふたつ」
蹲る母は息がある様だが出血が多い。
自分だけ逃げ出す事はカンタン。でも、残った母はどうなるの?
「みっつ」
ふと、今までの事を思い返した。
何一つ悪いことはしていないのに、近くの村の人からは何故か後ろ指さされながら生きてきた。
ささやかな暮らしをしてきたアタシ達が、何故、こんな仕打ちを受けなければならなかったのか理解ができなかった。
「よっつ」
目の前のアイツは人の顔をしていなかった。
笑みを浮かべていても、まるで、昔母に聞いたお伽話に出てくる鬼の様に悍ましかったのを覚えているわ。
「いつつ」
力一杯、アイツの顔をぶん殴ってやった。
アイツは咄嗟の事に思わず、目を見開いた。
首が背の方へと捻れて倒れた。
背を向いたその首はパクパクと何かを話していた。
「お…ぉ……お…鬼め……っ」
そんな言葉を聞き流して、アタシは微かに息のある母を抱き上げた。
母は、優しい顔をしてアタシを見つめたわ。
「貴方は普通とは違う。それでも紛れもなく、アタシ達の子だよ……。独りに……すま…ないね…。」
その言葉を残して息を引き取った。
この時、アタシは思ったの。
アタシは普通とは違うんだって。
だから、村外れに住んでいたんだって。
後ろ指の意味もこの時初めて分かったわ。
でも、何故、普通と違ったら隠れて生きなければならないの?
アタシ達の普通を押し殺しながら生きてるなんて
本当に生きていると言えるのかしら?
世の中には、他にも虐げられながらひっそりと過ごしているヒトが居るんじゃないかしら。
そこでアタシは各地を巡って同じ境遇のヒト達を集めて一つの集落を作った。
力の強いヒト。
賢いヒト。
普通と違った特徴を持つヒト。
皆んなが集まってとても楽しい村が出来た。
何気兼ね無く、互いの能力を尊重し、伸び伸びした生活だったわ。
アタシ達はただ静かに暮らしたい。
「ただ、それだけの為に戦ってる。」
モレ達が戦っている理由に対して《そんな事》と思ってしまったのが申し訳なく感じた。
カンナはその話を聞きながら、寄り添うシュマリの頭を撫でた。
シュマリは獣耳を垂らして心地良さそうにしている。
そんな二人の姿を見たモレは更に話を続けた。
「アタシ達が隠れる必要なんてないの。むしろ、この姿を誇らしいと思わないと。そう、誰もが胸を張って生きられる場所を作るために、手伝ってくれないかしら?」




