ー
鹿や熊の毛皮、そして肉の塊と荷物は多かったが、男は軽々とそれを持ち運んだ。
次の村まで向かう道中は、仮小屋を何度か立てて過ごした。
食料の熊肉は十分過ぎるほどあったが、それももう尽きようとしている。
保存方法は、生肉では傷んでしまうので燻製にしたり
時には『この肉、美味しく食べるためにアナタの力で冷やす事はできる?』
男はそう言ってシュマリに話しかけると、シュマリは難なく熊肉の塊を凍らせていた。
『…言葉が通じている…?』
カンナの疑問を他所に、二人は楽しげにしていた。
「そうそう、次の村に着く前に、その耳をしっかり隠した方が良いわね。」
シュマリの頭巾をしっかりと被せてあげていた。
「アタシも、受け入れてもらうのに時間がかかったの。」
そうして辿り着いた場所がシャマンベ流域だったーーー
「英雄様!」
一緒に歩く男の姿を見た村の人たちは、ガヤガヤと騒ぎ出した。
「んふ♪アタシ、こう見えてもココでは英雄なのよ」
男は嬉しそうに話した。
そして、その理由もすぐに分かる事となる。
「また困った事が有って…」
「あら、そうなの?」
男は声をかけて来た村人と軽く話をすると、カンナ達を置いて海の方へと向かって行った。
残った村人達に見つめられ、シュマリはササっとカンナの後ろに隠れた。
「貴方は英雄様のお供ですか?」
「お供と言うか…この村に来る前に熊に襲われた所を彼に助けられて……。」
「さすが英雄様だ!」
そう言って、村人達は彼のことを囃し立てた。
「彼が英雄?」
カンナの質問に、ええ!そうですとも!と、声高らかに村人は答えた。
「英雄様はこのコタンに悪さをする、大蜘蛛を退治してくださったんだ」
その蜘蛛は家を壊す程の大きな体で、村人を連れ去っていった。
そんな蜘蛛になす術がなく、我々は怯える日々を暮らしていた。
そんな時に現れたのが、あの英雄様でした。
英雄様は身体が大きく、力強い事もさることながら聡明で、蜘蛛への対処方法を教えてくださったんだ。
「あの時村中の人々を集めて、どう対処するかを考えてな!」
「そうそう。みんな賢い頭を何故使わないのかとお怒りになられて、それから蜘蛛を捕まえるのに網を使ったら良いのではとなってな!」
《困ってんのはアンタ達なんだから、アンタ達でどうにかしなさいよ。》
『それって、教えてくれたんじゃ無くて、皆んなで考えたんじゃ……』
ふと脳裏に思い出される言葉があった。
それは彼がアプタペツの山道で教えてくれた話と合点がいった。
カンナは難しい表情を浮かべながら、村人達の話を聞いていた。
「皆で協力し、蜘蛛を捕えるまでは良かったんだが、その後の事まで考えていなくて。」
我々が捕まえた蜘蛛を、英雄様が海へと放り投げ、それからと言うもの村は平穏を取り戻す事ができたんだ。
ただ、最近になって少し困った事が。
漁に出ると採れる魚は少なくなり
代わりに海にも蜘蛛が現れる様になって…
「網には海蜘蛛がかかるようになった。あまりにも気味が悪いので、その海蜘蛛が獲れたときには網を切り海へと返していたんだがーーー」
「その海蜘蛛がどんどん大きくなってきているんだ。」
「アナタ達〜見てみて〜♪」
遠くから声が聞こえた方を見ると、大柄の男は何かを持って楽しげに走って来た。
そして、遠くからコチラに向かってそれを投げ渡して来たのだが…
あまりの大きさに受け取れる筈もなく、ベシャっと地面に着地する。
その網の中から現れたのは軟体な謎の生き物だった。
ウネウネと奇怪な動きをする、それを見た村人達はヒイィっと悲鳴を上げて逃げ出す始末。
「何もそこまで驚かなくても〜。コレは蜘蛛じゃなくてタコよ♡」
茹でて赤くなれば食べ時。
噛みきれなくて食べにくいけど、とても美味しいのよ〜
そんな事を言いながら、近くに用意されていた煮立った鍋の中へと、蛸を雑に入れた。
ウネウネと動いていたが、次第に色は真っ赤になっていく。
皆が興味津々に見ていると、頃合いを見て蛸を鍋から出し始めた。
先ほどの姿とは違って小ぶりに丸まっている。
男は丸まっている足にかぶりついた。
周囲の村人は得体の知れない生き物にかぶりつく彼の姿を見てドン引きだった。
それでも、彼が美味しく食しているのを見て、子供達は「英雄様が食べるなら食べてみたい!」と話し出したので、男はタコを薄く切ってあげた。
子供達は初めは慣れない味と食感に、嫌な顔をしていたが、何故かそれが病みつきになってしまう。
次から次へと、もう一つ食べたい!の声が上がった事で、周囲の大人達も興味を持ち、食べ始める者が増えていく。
「不思議でしょ?食がこんなにも人を変えるんだから。」
男は、蛸を食す周りの人々を見て笑みを浮かべながらカンナに話した。
しかし、カンナはピンと来てない様子。
「美味しい物を食べると、満腹になるだけでなく幸せな気分になるでしょ?」
その言葉を聞いて、何かを思い出して感じた。
『“食が人を変える”その意味がわかった気がする。』




