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目一杯ご飯を食べたシュマリは、コロン寝転がりと小さく丸まった。
「アナタ達の服、上等な絹を使っているのね。」
「絹?」
男はシュマリの服を見てそう話した。
「近くの村…アイヌの服はオヒョウ【樹皮】を使っているのよ。アタシの服は麻だけど、アナタ達のは蚕と言われる虫から採れる糸を紡いで作られるの。海の向こうの大地のモノよ。」
広い海原を指差す。
和人の事を言っているのだろうか。
モルランの海岸で出会った和人《安曇》達は自分とは違う服だった…。
むしろ、この目の前にいる男と似た服だった気がする。それが麻なのだろう。
カンナは一人考え込んでいると
「これは高く売れるのよね……」
男は目を細めて不適な笑みを浮かべながらそう呟いたが、意味がよく分からず聞き流した。
そんな男は、パッと表情を切り替えたかと思うと、こちらに向き直した。
「アナタ達の旅の目的地が何処かはしらないけれど、少し問答しても良いかしら?」
「…?」
突然、楽しげに話し出す男のテンションに付いて行けず、戸惑いを隠せなかった。
問答。どんな事を聞かれるのだろうかと、半ば不安もあった。
「アナタは貴重な食料を持っています。村は食べ物が無く困っていて、物々交換もできません。」
「アナタならどうする?」
「私…なら、食料を渡す。」
考えていたほど難しい内容では無かった。
単純なことではないかと、さして悩まずに答えた。
「無償で?」
小さく頷く。
この旅路の中で似た様なことがあった。
あの時もウタリテは『困ったときはお互い様』と言って渡していた。
…でも、これはウタリテの答えであって。
自分の本当の考えではないのではないのだろうか?
ふと、そんな事も考えた。
「アナタ、甘いわね」
《兄上は甘すぎる。何故そこまでして守る必要があるのですか!》
男の言葉と重なる様に、自分の中に残る記憶を思い出す。
でも、それ以上の事は思い出せなかった。
「貴重な食料だって言ったでしょ?それを渡してしまったら、飢え死にするのは自分なのよ?」
パチパチと音を立てる焚き火を見つめながら黙り込んでいると、男は少し呆れた様に話した。
「でも、良かった。私が同伴するから一先ずは安心ね♡」
同伴。。。
カンナに絡んでキャッキャとはしゃぐ男に、色々とツッコミたい所もあるが、キリがないのでスルー…しようとも思ったがこのイチャつき具合は止めた方が良いのでは。。でも…
頭の中は堂々巡りで、つい難しい表情が顔に出てしまっていた。
「一つ、面白い話をしてあげる。」
男は、そんなカンナを楽しそうに見ながら話を始めた。
「とあるお偉いさんは言った。食料をくれてやる代わりに、死ぬ気で働け!って。食料を貰った彼らは、奴隷の様に身を粉にして働いたわ。時には、捨て駒となり身一つで戦場に送られたの。」
この話をしている男の表情は先ほどとは打って変わって、暗く、苛立つ様に握り拳を作っていた。
しかし、その表情はつぎの話をする時には少し和らいでいた。
「また、ある人はこう言った。今、この食料を渡しても一時凌ぎにしかならない。ならば、食料を取る術を教えよう。そうして、彼らは教えてもらったお礼にと、その人が困った時には手助けする事にしたの。」
その話を聞いて、後者の返答が正しいと思った。
自分の回答とも違う答えが他にも有るんだとカンナは考えていると、小さく男はため息を付いた。
「でも、アタシはどっちの話とも違う。『コレはアタシのモノよ。困ってんのはアンタ達なんだから、アンタ達でどうにかしなさいよ。』って言ったの。アタシはいつでも一人だった。でも彼らは仲間達がいるのに考える事もしなかった」
「困った時に擦り寄ってくる。それが許せなかったのよね」
ふふっと、笑みを浮かべながら、意地悪でしょう?なんて付け加えて話した。
これは何かの例え話ではなく、この男が体験した事なのだろう。
自身の話をする男に対して、少しづつ警戒心が解けていくのをカンナは感じた。
ーーーその夜。
寝入ってしまったカンナは、話し声で目が覚めた。
「ーー…そう。分かったわ。ちゃんと捕まえ……。大丈夫、……から安心して。ただ、少し、時間はかかるかもしれない。そう伝えて。」
寝ぼけ眼を開けて見ると、男は何かに向かって話しかけていた。
焚き火の先は暗く、その正体は分からないが…。
男は話終わると、焚き火のあるコチラに向かって来た。
カンナは動かず、終始寝たふりをする。
「時間がないわね…」
男は座り込むと、小さく呟いた。
一体、どう言う事だろうか。




