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けものみち  作者: rival
アイヌモシリ
30/38

「……。」



小さめとは言え、体長は自分カンナと同じほどの熊を吹き飛ばすなんて…。



「あら。大丈夫?」



鳥の羽飾りを身につけた体の大きな人物は、男であるにも関わらず口調が女性の様だった。


ちょっとした仕草も女性らしさがある…が。


明らかに男の人だ。




助けてくれたお礼を言うのも忘れ呆気に取られているカンナを横目に、男は二人の無事を確認すると熊を軽々と担いだ。


「行く宛がないのなら、アタシの仮小屋クチャへ いらっしゃい♪」



いらっしゃい♪と、優しい言葉を投げかけられたが、あの見た目でこの力を持つ彼に着いて行って大丈夫かと…相当悩んだ。


見た目と言葉のギャップが更に思考を狂わせる。



一方のシュマリは、人見知りしつつも怖がる素振りも無く、物珍しそうに見ては後を追いかけていたので……仕方なく付いて行く事にした。



仮小屋クチャと呼ばれた場所には、小さな小川が流れ、大きな岩の穴場にたくさんの木が立てかけられている。


中は寝床と思われる場所があり、人が数人入れる程の広さだ。


外には煮炊きした様な跡もあり、調理道具が置かれている。



男は仮小屋クチャから少し離れた場所に熊をゆっくりと置いて、飾り切りされた木の枝を数本集めて熊の前に置いた。



「別に取って食おうなんてしないわよ。好きなところに座って♪」


ただ立ち尽くす二人を見て、男はそう声をかけた。

カンナは辺りを見回しながら、腰をかけられそうな岩に座った。

シュマリはと言うと調理道具を持って遊んでいる。


男はふふっと笑みを浮かべた後に、火を起こし、簡単ではあるがイオマンテ【熊の霊送り】を始めた。




その後の事は少し見るに耐えなかった。



熊の毛皮を剥がし、血抜きをしながら骨から肉を削いでいた。

綺麗な小川の水で肉、内臓を洗うと、余分な血が洗い流されて綺麗な肉色へと変わる。


「初めて見たって顔をしてるわね」

「……。」


カンナはその問いかけに小さく頷いた。

シシリムカのコタンでも、イオマンテまでしか見たことがなかった。

こうして食用肉が作られるなんて…。


「肉は肉の姿で歩くモノじゃないのよ。しっかり見ておきなさい。これが命を頂くという事だから。」


男はそう述べると淡々と手を動かしていた。

そうしているうちに、肉や毛皮の質を見てニッコリと笑みを浮かべる。


「この熊は良い山菜を食べていたのね。脂も乗っているから、このまま焼いても美味しいわ。この胆のうは干して薬にするの。毛皮は衣類に。その他にも爪や牙も。余すとこなく使ってあげないとね。」



カンナに向かって丁寧に説明してくれた。


そんな様子が気になったのか、シュマリも途中から一緒に混ざって見ていた。“アレは熊だったモノのか?”と、言いたげに、指を刺してはカンナに話しかけた。


正直、自分も見るに耐えない事を見せるべきかとも考えたが、イアンパナの言葉を思い出し抱き寄せながら様子を見守る。



二人の様子を見て尚、楽しげに微笑んでいたかと思えば、シュマリに向かって「手伝ってくれる?」と、声をかけた。

シュマリも目をキラキラさせながら応える。


「そこにあるハイカンヌス…。器、取ってくれる?」

「ー?」


何のことかと首を傾げるシュマリに、これくらいの大きさの。と、身振り手振りを交えながら伝えたので、シュマリはすんなりと煮炊きしていた跡から、器を取ってくる。


「ありがとう。」


男は聞きなれない言葉をシュマリに伝えた。

鍋には小川の水と熊の肉、山菜を入れて火にかけた。


その他にも、小枝に肉を刺し、焚き火の側に立てた。


そのうちに何やら小さな包みを出し、白い粉を取り出した。


「これはね、魔法の粉♪」

「……?」

「マのコナ?」


んふ♡と笑みを浮かべた男は鍋に粉を入れかき混ぜた。


ほどなくして、器には鍋料理が入れられる。



「さぁ、食べてみて」


香り、見た目共に食欲を唆る物だった。

汁を口にするとある事に気がついた。


「海の味がする…。」


海水など無いこの山道。

使った物も真水のはずなのにと、驚きのあまり思わず言葉を口にした。


「コレは塩。海の水を凝縮させたモノと言ったら分かるかしら?」


アイヌモシリでは少し珍しい物かもしれないわね♪と、手に持つ粉を見せ、枝に刺した肉にもサラサラと振りかけて渡してくれた。

その肉も程よい塩味が肉を一層美味しくさせた。


「ケアラン【美味しい】」

「けあらん♪けあらん♪」


シュマリはまるで、懐いた子犬の様に獣耳を垂らしながら喜んで肉を頬張っている。

この料理のお陰で二人は一気に警戒心を解いた。



「言ったでしょ?別に取って食おうなんてしないって。」


その言葉を聞いてカンナは食事の手を止め、小さく謝った。



「アタシ、こんな見た目だから誤解されやすくてね…。この土地の生まれじゃないから尚更、たくさんの偏見や差別を受けてきたわ。こんなアタシでも、この辺のアイヌの人たちは、家族と迎えてくれる、そんな優しさに救われたの。」


自分の身の上を話す男は、寂しそうな目で遠くを見つめなが語ってくれた。


そう。人は見かけによらないものなのだと、シュマリの一件といい、改めて感じる事になった。


「ま。それはさておき。アナタ達が何処へ向かっているのかは知らないけれど、こんな所で熊に襲われている様じゃこの先思いやられるわね。」



それについては返す言葉もない。



「そうだわ!アナタ達。旅慣れしてないみたいだから、暫くアタシと一緒に来ない?」


「え?」


とんとん拍子に話が進み、どう返事をして良いのか分からず戸惑っていた。

そんなカンナを他所に、シュマリはすっかり懐いてしまっている。

…食事に怪しい効果でも付いていたのだろうかと思う程に。


オォーーーーン…

遠くから、狼の遠吠えが聞こえる。


二人では、熊だけでなく狼や他の野生動物に襲われても上手く対処する自信がない。


そう思えばこそ、この出会いもまた縁なのだろう。



「お願いします。」


カンナは自分の心のままに素直に返事をする事にした。

その返事を聞いて、男はニッコリと笑みを浮かべた。

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