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外に出ると、真っ白な雪が太陽の光に照らされてキラキラと輝き、眩しい程の銀世界が広がっていた。
そして
近くにある他のチセ【家】は放置されているにも関わらず、人が住んでいないと言うだけで、朽ちた様子もなくとても綺麗な状態で残っている。
カンナは一歩踏み出すも、振り返って二人を見た。
「あの…」
「私はサウランケ。そして、妻のイアンパナだ。」
「必ずお返ししに戻って来ます。」
防寒具を身に付けたカンナは、胸に手を当てて話をした。
その姿を見た二人はニコッと微笑んで見送ってくれた。
氷った湖は透き通り、表面は鏡の様になっていて自身の姿を写し出していた。
そんな氷上は、雪の上とまた違った歩きにくさがあった。
イアンパナがそれについて教えてくれたのだが…
『氷上はとても滑りやすくて、転んだら硬い岩に身体を打ちつけた時と同じ様な大怪我をする事もあるの。歩き方については…慣れよ。』
大層な話にも関わらずざっくりとした対処法だった事に、思わず言葉を失ってしまったのを思い出す。
足を前に横にと滑らせながらも少しづつコツを掴んできた。
そして、ユクケリ【鹿の毛皮の靴】は自身の履いていたチェプケリ【鮭皮の靴】とは段違いで氷の冷たさを感じない。
鹿皮の上着もとても暖かい。
「イヤイライケレ」
カンナは毛皮を撫でながら小さく呟いた。
ようやっとの思いで中島に着いた。
鹿の足跡があちこちに有るのが見えるが、鹿の姿は無い。
辺りをぐるっと見回していると、白い影がフワッと動いたのに気がついた。
その影は中島の山奥の方へと向かった。
慌てて追いかけて、それに向かって手を伸ばす。
白い影を掴んだかと思うと、掴んだモノは小さな女の子の腕だった。
小さな少女は振り返り、怯えた表情を浮かべる。
その容姿は、雪と同じで真っ白な着物と真っ白な髪色
そして
獣の耳が頭に付いているという特異な所があり驚いた。
「あっ…。え……と。」
何て言葉をかけて良いか分からず、戸惑い、掴んだ手をそっと離した。
少女は掴まれていた腕を撫でるように身を小さくすると、フワッと雪が舞い上がり、太陽の光を受けた粉雪はそこに何かが居る様な幻影を映し出した。
少女を抱き抱えるようにして現れたのは、真っ白な大きな狐。
『雪を纏った白い獣……。』
サウランケの話していた“獣”だとすぐに察しがついた。
そして次第に女性の姿へと変わった。
その表情は怒りに満ちた様な表情だった。
白い影がカンナへ手のひらを向けると、パリパリっと空気が凍てつくのを感じた。
吐く息は白く、すぐに細やかな氷の粒となって砂の様に消えていく。
あまりの寒さで肺がやられたのか、呼吸も痛く苦しい。
咄嗟に防寒具の毛皮で口元を覆い、呼吸を整える。
たくし上げた毛皮の上着によって、胸元にある小さな袋の存在を思い出した。
勾玉を取り出し、手に乗せて白い影へと差し出した。
それは、ほんのりと優しい光を放っている。
「“ナラは今でも貴女を想っている”そう伝えて欲しいと託けされた。」
白い影はジッと勾玉を見つめていた。
そして、そっと勾玉に触れると、その影は涙を含んだ笑みを浮かべた感じがした。
視線をカンナへと向き直すと、言葉では無い想いが伝わって来た。
《娘を…シュマリを……この小さな世界から連れ出してくれませんか…?》
その想いを聞いて、元々、宛のない一人旅。
断る理由はあるのだろうか…?と自問した。
カンナが小さく頷くと、影は粉雪を散らして消えていった。
先程まで凍てついた空気が一変し、辺りには暖かさが戻り雪も溶け始めた。
湖の氷もゆっくりと溶け、蒸気霧を上げている。
残された少女は上目がちで少し寂しそうな表情を浮かべ、獣耳を垂らしながら反応を探るようにカンナの顔をのぞき込んでくる。
そこで、勾玉を首にかけてあげると満遍の笑みで喜んでくれた。
何かを言いたそうに口をパクパクしていたが、結局、何を伝えたのかったのかは分からないが、多分お礼を言いたかったのだろうと思う事にした。
手を差し伸べると、少女は応えるようにゆっくりと手を握って返してくれた。




