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「私の所為で悲惨な事になってしまって申し訳なかった…」
俯きながら世話をするカンナに向かって、男は申し訳なさそうに話した。
そう話すのも、すぐ近くにはあの赤土色の顔をした男たちが倒れ込んでいる。
そのうち、親分は息絶えている様だ。
カンナの右手も真っ赤に染まっている。
それは、イペタムによって付けられた切り傷だった。
カンナが空を舞うイペタムを素手で止めなければ犠牲者はもっと出ていただろう。
イペタムは何事も無かったかの様に、カンナの腰で大人しくしていた。
男は、辺りをキョロキョロと見回し、自分の朝服の紐を解いてカンナの傷口に巻いた。
「本当に……申し訳なかった」
男は手当をする度に何度も謝った。
「彼らの悪事は決して許される事は出来ない。
だが
彼らを理解ってやってほしい……」
私は、海の向こうのある地方で、豪族として名を馳せていた。
しかし、その暮らしも長く持たなかった。
人民が辛苦しているのをただ黙って見ている事ができず、行動を起こそうとした。
『今の政治が無道だから皆で兵を起こし、その上で陳情すれば良い!』
当時の私が周囲に言った言葉だ。
今思えば謀反ではなく、もっと違うやり方があったんじゃないかと…思っている。
何とか死一等を減じて流罪に処され
流れ歩くうちに、この者たちと共に大船に乗って生きる事となった。
各々が、何ら事情のある者たちばかりだったが、狭い船の上ではそれを感じさせず、協調の取れた空間だった。
しかし、この地に着く間際、荒々しい波と大岩に船を壊されてしまった。
この地に住む者たちには世話になったが、文化や言語、信仰の違いなどにより仲違いをして村と喧嘩別れする事になる。
指揮をとっていたあの男は保輔と言った。
船の仲間だけでなく、そこの村に居た溢れ者を連れて『俺たちで、自由を創るんだ!』と話し、山へと向かった。
しかし…だ。
私たちは海以外での食べ物を取る術を知らない。
真似事で狩りもやってみたが、上手くいかない。
食う事が出来なければ、人はいずれ死んでしまう。
だから
初めは山を往路する者から奪った。
仲間が多い分、それだけでは足りず、村まで押し掛け、食べ物だけでなく欲望のままに奪っていった。
そんな日々が続いた。
私は最後まで襲撃に加担する事はなかったが
生きる為に…と、仲間が村から盗ってきた物を口にしていたんだ。
私の持つ正義との矛盾に耐え切れず
当てもなく山を放浪していると、ある時、この土地の者たちが山神と崇める場所にたどり着いた。
そこで出会ったのが白の君だ。
彼女は、自身の事を多く語らなかったが私の中にあった混沌とした感情を和らげてくれる
そんな存在だった。
何度も逢瀬を重ねた。
事態に気づいた仲間が、私を連れ戻そうと後を付け、そして彼女との仲を裂いた。
私は身を挺し何とか彼女を逃す事が出来た。
彼女は…私との子を孕っていたんだ。
風の噂では、トヤと呼ばれる綺麗な湖の中島まで逃げる事が出来たと聞いた。
…連れ戻された私は、木に縛りつけられ
『海鼠武士風情が!』
『お前が仲間を捨てるなんてな。惑わされて気でも触れたか』
『弱い奴はすぐ縋る。』
そんな罵声を日々浴びせられ、食べ物も与えられず無の存在となっていった。
そして息絶えたんだーーー。
「…え?」
最後の言葉に驚くカンナの手を取って、男は憂いを帯びた顔つきで話した。
『どうか彼女を…娘を探して欲しい…』
『そして、伝えて欲しい。“ナラは今でも貴女を想っているーー”と。』
男の姿はスッと消えた。
握られた手に残るのは、傾けると虹が浮かぶ綺麗な水晶の勾玉だった。




