〜ウスヌプリ〜
草原から少し山道に入ると、周りはたくさんの木々に溢れていて方向感覚を狂わされてしまう。
けもの道の無い中で鹿は時折、カンナが近くにいるのを確認するかの様に振り返りながら歩いていた。
その、鹿らしくない仕草がおかしくてたまらない。
ふふっと笑みを浮かべたのも束の間
鹿は耳を立てて立ち止まった。
カンナもまた、同じ様に立ち止まり警戒する様に周囲を見渡した。
「だ……誰か…」
自然しかないこの山の中、微かに声が聞こえた。
……気がする。
そんなハズは無いと思いながらも、耳を澄ませた。
「誰か…おらんか……」
やはり聞こえた。
弱々しい声のする方に走り出そうとすると、鹿は角を向けて止めようとした。
何となくその理由も分かる。
鹿がこんなにも人の近くにいる事は無いからだ。
他人が合流すれば、鹿は道案内をやめて逃げ出してしまうだろう。
でも……
「誰かが困っているみたいなんだ。行かせてくれるか?」
優しく問いかけた。
それを聞いて鹿は渋々頭を上げて道を通してくれた。
「イヤイライケレ」
鹿にお礼を告げて、助けを求める声の方へと向かった。
この森の中、見渡す景色が何処も同じで、走っても走っても同じ場所をグルグルしている様だった。
『あれ?弱々しい声のはずなのに、どうしていつまでも近づかないんだ?』
今一度、立ち止まって耳を澄ませた。
カチャカチャカチャ…
イペタムが小さく音を立て、微かに聞こえる声を邪魔している様だった。
イペタムの震えを抑える為に、ギュッと刀を握りしめた。
「た…助け……」
イペタムの音が途切れると、すぐ近くで声が聞こえて思わず振り返る。
木の幹に縛られてグッタリとした男の人が居た。
「大丈夫か?」
カンナは縄を解きながら声をかけた。
意識はある様だが、だいぶ衰弱している様子。
カサカサっと草木を掻き分ける音が聞こえた。
「オイオイ。お前何モンだ?何でこんなトコに居やがるんだ?」
鹿や狐の毛皮を身につけた、赤土色の顔色をした男たちが荒々しく声をかけて来た。
「貴方達はこの人をどうするつもりだ?」
カンナは縛られた人を庇う様に立って問いかけた。
荒々しい男たちは互いに顔を見合わせ、中には首を傾げる者も居たが、ニヤッと笑ってカンナを見た。
「ハッ。何言ってんだコイツ?」
「俺たちを見て臆してやがんぜ」
男たちはカンナの身なりを見るなり満遍の笑みを浮かべた。
「随分良い身なりじゃねぇか。お前、何処かの貴族だろ?」
「身包み全部よこしな」
「いや。顔立ちが綺麗だから剥いだ後に遊んでやるか…」
男がカンナの服を掴もうとすると、鳥の様なモノが音もなく目の前をスッと通った。
「あん?」
男も異変に気がついた。
そのまま動きを止めて、不思議そうな表情を浮かべていたが、徐々に焦りの表情へと変わった。
「オイオイ、何やってんだよ?」
一人が笑いながら固まる男の方に腕を乗せた。
すると、カンナを掴もうとする手は手首が斬れてズルっと落ちた。
足元にゴロっと転がったのは男の手。
その後には、ボタボタボタっと血が滴り落ちた。
「あぁぁああ!オ…俺の手が…っ!」
男は叫び声を上げ、慌てて手を拾って手首に付けようと試みた。
それを隣で見ていた男も突然の事に恐怖の表情を浮かべた。
カンナは何故こんな事になったのか分からないまま、腰に手を当てるとイペタムが無い事に気がついた。
「何モタモタやってンだよ。」
後ろの方から親分らしき人物が人を掻き分けて顔を出した。




