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カンナはやっとの思いで泳ぎきり、浜へとたどり着くことが出来た。
すると、足元に硬い物が当たったことに気がついて下を見ると、イペタムが転がっていた。
『イペタムの伝承は本当なんだ…』
海の沖の方へと投げ放ったハズなのに…カンナはそう思いながらも、優しく拾い上げた。
イペタムに付いた砂粒をほろっていると、ウタリテと他のアイヌの人たちも駆け寄ってきた。
「やったな!カンナ!!やっぱすげぇよ!」
ウタリテが肩を組んできては喜んでいた。
見た事もない大きな物との闘いと、泳いで戻った事による体力消費で疲労困憊だったがその笑顔を見て肩の力がスーッと抜けた。
ショキナは海上に浮かんでいたかと思うと、その身体は徐々に石化し、あっという間に大きな岩山となってしまった。
一同はその変化に唖然として眺めていた。
ショキナが完全に岩山となると、一羽の海猫が鼻先だった所に降り立った。
「旅の人、コレを…」
静寂を打ち破り、渡してきたのは自身のルウンペだった。
イヤイライケレ【ありがとう】と、お礼の言葉を言って受け取るや否やカンナの顔をじーっと見つめた。
「貴方は、彼の地のお人なのか?」
「彼の地?」
聞き慣れない言葉に、ウタリテと声を揃えて聞き返しては首を傾げた。
「一回り昔の事。俺はある和人と仲良くなり、大きな船で彼の地へと向かった。そこでは小さな虫から採れた糸を紡いで織り、反物という物を作っていた。貴方の服はソレに似ていてなーーー」
他の人のルウンペの素材は…?と、周囲を見渡し考えているとウタリテが突然、大きな声を上げた。
「そうか!俺が最初に感じた違和感の一つはソレだったんだな。俺たちが着ているルウンペは樹皮を織って仕立てたものだったり、草皮衣がほとんどだ。でも、カンナの服は虫(?)を素材にしてるから触り心地が違うのはそこだったのか!」
なるほど!と言わんばかりに声を張り上げた。しかし、そう話した後にまた、うーん…と考え始める。
「もしカンナが和人…だとしても、この紋様はアイヌのだと思うし…」
ウタリテが考え込んでいると、一人の人が小さく手を上げた。
「この紋様。この海岸沿いをずーっと進んだ先のコタンで見覚えが…」
その人は、カンナの服の裾の方にある紋様を指差して教えてくれた。
この先のーー…と、二人はコタンの名前が思い出せず、頭をトントンしながら考えていたが、もう一人の人がハッと思いついた表情を浮かべた。
「ウショロケシ!ウショロケシのコタンでこの紋様を使っているのを見た事があったな!」
コタンの名前が出た事で、もう一人も大きく頷いた。
「おぉ、そうだ。ウショロケシは丁度この対岸。この海を左手に側に置いて歩くと辿り着きますが…」
なに分、かなりの日を要することになるかとーーと、付け加えた。
その言葉を聞いて、ふとカンナはウタリテの言葉を思い出した。
《先の選択はカンナ次第だーーー》
この先を進めば、ウタリテとは別れる事になる。
戻る事を選べば、自身の事が分からないままになってしまうかもしれない。
カンナは大きく息を吸い、空を見上げると
たくさんの海猫に混じって一羽の鷹が舞っていたーーー。




