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ショキナが口を大きく開けると、たくさんの丸木船は引き寄せられる。
しかし、それを飲み込む訳ではない様だ。
口に入る直前で口を閉じれば、また勢いよく海水を噴き上げる。
まるで挑発しているかの様に……。
「カンナ…!」
ウタリテの期待する様な眼差し。
いや、どう見ても無理だろう。今までの大熊や蛇とは違って相手は海の中に居るのだから。
それでも
どうにかしないと…。
ショキナの周囲を見渡すと、丸木船が平坦な陸まで道の様に続いて浮いている。
しかし、波に揺さぶられて安定していない。
「…行けるかーーー」
カンナはずぶ濡れになったルウンペ【着物】を脱ぎ捨て、イペタム【妖刀】を手にした。
お椀をうっかり燃やしてしまった人物は、カンナの見事な紋様の入った服を徐に拾い上げては驚いていたが、誰もそれを知らない。
カンナは力強く砂浜を駆けた。
丸木船に上手く乗ることは出来たが、やはり波に揺られて足元が安定せず体勢を崩してしまう。
それでも少しづつ、前へ前へと進んだ。
ショキナは、そんなカンナを見ると再び海へとゆっくり沈んだ。
「まずい…カンナーーーっ!波が来るぞ!!」
ウタリテは大声を上げた。
足元ばかりに気を取られていたカンナは、その声を聞いてハッとした。
周囲の波も落ち着き静まり返っている。
イペタムをギュッと握りしめて身構えた。
ザバァァーーー…
大きな波音を立てて、海中から飛び出して来た。
そのタイミングに合わせてカンナは雷をショキナに向けた。
『熱雷』
イペタムを通じて、真っ直ぐに一瞬の稲光が走る。
周囲を眩く照らした事で、あまりの眩しさに見ていた者は目を覆った。
雷は確かに当たった。
だが、効いているのか、効いていないのかは分からない。
ショキナは飛び出した勢いのまま、また海中へと潜った。
ドドドド……っと、大波が押し寄せ、足元の丸木船は暴れ出し、カンナも海中へと投げ出されてしまった。
浜からそんなに距離は離れていないのだが、海中はとても深かった。
荒ぶる波の中で慌てて海上に出ようともがいた。
海中で見たショキナは、魚とは似つかない姿をしていた。
そして、目が合った。
先ほど放った雷はどうやら効いていない様子。
海上に顔を出すと、平坦な陸地…と思われていた岩場が目の前にあった。
ずいぶん沖へと引き込まれてしまった様だ。
海上に浮いていても身動きが取れないため、取り敢えず岩場に上がる。
後ろの方からは、ウタリテが何かを叫んでいるが波音が荒くて聞こえない。
『発雷』
無数の電撃を放つ。
しかし、それも効いている感じがしない。
ショキナは、目を細めて再び海中へと沈んだ。
波が静かになった。
三度、大波が押し寄せれば、浜で待つウタリテ達もただでは済まないだろう。
『どうすれば……。』
気ばかりが焦ってしまう。
「カンナーーー!」
そんな中でウタリテの叫ぶ声が聞こえた。
ウタリテの声を耳を澄ませて聞き取る。
「イペタムを使え!!!」
イペタムをーーー…?
相手の体格に比べてあまりにも小さすぎるこの刀をどう使えと言うのか…。
ふと思い出したのは、大熊を倒した時のイペタムだ。
分厚い毛皮もものともせず、髪の毛に櫛を通す様に軽い刺さり心地だったのを思い出した。
イペタムも血肉に飢え、動き出したそうにカタカタカタ…っと音を立てていた。
力いっぱい握りしめ身構える。
ザバァーーーー…
大きな波音と共にショキナは姿を現した。
カンナは波に飲まれる前に、イペタムを力一杯投げつけた。
カンナの手から離れた瞬間、稲妻を伴ってイペタムは物凄い速さでショキナへ真っ直ぐに向かった。
案の定、ショキナの分厚い身体をものともせず、閃光はその巨体を貫いた。
ショキナは体内からの電流によって苦しそうに唸りをあげた。
電撃で痺れたのか動きは止まり、ぐったりした様子で海上に浮いた。
カンナはショキナが倒れ込む際に起きた大波に押されて岩場から落とされてしまうが、急いで海上に上がる。
波の勢いは一度目ほどではなかったが、沖へと流されていた丸木船は一気に浜辺に押し寄せた。
ウタリテ達は押し寄せられた丸木船に巻き込まれない様にと距離を取ったため無事だった。
ショキナが動かないのを見ると他の人物達は驚き、言葉を発する。
「や…やった……」
「あんな大きなショキナを倒せるなんて…」
それと同時に、人間業ではない出来事にも驚きを隠せなかった。
「旅の人、あの方は一体何なんだ…?」
ウタリテは泳いで向かってくるカンナに手を振り、やっぱ。すげぇな…と、呟いては笑顔で答えた。
「カンナは他のコタンも救ってくれた、カンナカムイ【雷神】の力を持ったアイヌラックル【人の姿をした神】なんだ。」
…と、俺は思っている。
誇らしげに話していたウタリテだが、最後に付け加えた言葉によって周囲をきょとんとさせた。




