〜モルラン海岸〜
ヌプルペッ流域から少し進んだところで、浜で焚き火をしている人の姿があった。
周囲には沢山の丸木船がある。
漁をしていたのだろうかーーー?
「この辺で海坊主…あ。いや、フンペ【鯨】を見てないか?」
カンナはうっかり安曇の言葉通りに話してしまいそうになり、すぐに気づいて訂正した。
「ーーあぁ。フンペなら…」
「ほら、あそこに居るだろ?あのフンペ【寄り鯨】を待ってるんだが、中々浜の方へと来ないんだ。」
指をさした先には何やら平坦な陸の様な物が見える。
「フンペは泳いで逃げたりしないのか?」
「あぁ。弱っていたり、死んだりすると波に押されて浜に上がるんだ。」
と、言うことは。
あのフンペは動きがない所を見ると死んでいるのだろう。
「だったら、船を出して引っ張れば良いんじゃねぇのか?」
ウタリテが首を傾げて問いかけた。
フンペを待つ人物は、はぁ〜っと深いため息を吐いて船を見た。
「それが、船を出そうとすると波が高くなり転覆させられちまうんだ。だからこうして待ってるしか無くてな」
そう話すと頭を抱えてしまった。
「旅の人ぉ〜聞いてくれよぉ〜。何日も待っているお陰で、火を焚べるための木材が底を尽いちまって…うっかり大切な椀まで焼いてしまったところなんだ。。」
一人は情けない声をあげながら話した。
もう一人はその話で大笑いをした。
どちらのリアクションが正しいのか、カンナは反応に困ってウタリテを見ると…笑いを堪えるのに必死だった。
「山の様に大きなフンペを見たと他のコタン【村】で話があったんだが見た事はーー?」
「フンペは元々大きな生き物だ。見たこともない奴が初めて目にして話してるんじゃないのかい?」
ウタリテはその説明を聞くと、確かに…と小さく呟き納得した。
「俺は山側に住んでいるから海に出向くことはほとんど無くて、その姿を見る事がない。海側のコタンからは“切り身”の状態で分けてもらっていた。だからどんな生き物なのかもよく分からないんだ」
カンナもまた、話を聞く限りではシコッペッ流域での伝承にある大きな魚?なのかと考えていた。
…安曇の説明不足の所為もあるが…。
「ここから見れば小さく見えるが、あれも相当な大きさだぞ?」
「そうなのか…」
「ん?あんな形だったか?」
再度、平坦な陸の様な物に目をやると、更に近くに山が出来ている。
ウタリテは首を捻った。
「な…なんだアレは!」
一瞬見間違いなのかと思ったが、周囲の人物も思わず声を上げていた。
山と言っても木々が生えているわけでも無く、ゴツゴツした岩山と言うよりは、ツヤツヤした黒曜石を綺麗に丸くした様な質感に見える。
「あんなの…無かったよな?」
ウタリテが周囲に問いかけた。
周囲の人物はあんぐりと口を開けて動けずに居た。
フンペだと思われていた平坦な陸地は山が出現した際の荒ぶる波にも動じない事から、ただの岩場なのだとカンナは察した。
「もしかして、あの山が海坊主なんじゃないのかーー?」
カンナがそう言った途端に、その山は少し下に沈み、声とは言えない大きな音と共に暴れ回り水飛沫を上げた。
その水飛沫は大粒の雨の様に辺りに降り注いだ。
「あ…あれはショキナ【怪物】だ……!!」
「フンペじゃない!」
「ショキナ?」
「あぁ。この海域での伝説にある。フンペに似た巨大な怪物で、舟でもフンペでも丸呑みにすると言う…」
一人は腰を抜かし、震える声で話した。
もう一人も、あんなの俺も初めてだ…と身震いした。
ショキナは、ゆっくりと海に身体を沈めたかと思うと勢いよく姿を現した。
その巨体に驚くが、そんな余裕を与えてはくれなかった。
巨体が海に打ち付けられると、波飛沫だけではなく大波が襲って来た。
「まずいまずいまずいまずい…!」
皆んな大慌てで逃げ出した。
波の勢いは早く、あっという間に全身ずぶ濡れになってしまった。
幸いだったのは波にさらわれなかったこと。
周囲の浜にあった丸木船は波に飲まれて徐々に海へと流されてしまった。




