〜けものの小道《思い出》〜
クッタルシ海岸は砂浜だったが、ヌプルペッ流域へと向かうには崖になりとても歩ける場所では無いと治療をしてくれた女の人が教えてくれた。
クッタルシ海岸のコタンに馬を置いて、まっさらな草原地を歩く。
辺りは、けもの道も無く草原とイタドリ林、そして少し先には小高い山々が見える。
自身が通って来た道を振り返ると草を掻き分けた後となり薄ら道が出来ていた。
『こうして道が出来るのか…』
何故か感慨深い感じがした。
「もう少し歩けばけもの道に当たるな。」
ウタリテが言うには、この草原を進んで行くと小山を越えるためのけもの道に合流するのだとか。。
しかし、そのウタリテも初めて向かう場所だと言うのに本当に大丈夫だろうか?と少し心配になってしまう。
方向感覚に長けていると言うか、直感の鋭さと言うか…
合流できた時には驚きしかなかった。
「なぁ、カンナ。ここまで旅をして何か思い出した事はあるか?」
ウタリテの質問に、うーん…と思考を巡らせた。
様々な出来事はあったが特に思い出せる事はなかった。
自分を知っている人が居なかった事もあるのかもしれない。
「一つだけ…。 ウタリテのチセ【家】で目が覚める時に、夢を見た。」
不意に思い出した事があった。
とても端的な事で、真実か嘘か解らない情報。
「夢?」
「兄上って……言っていた。誰かは解らないけれど。」
中性的な声だったので、男か女かの区別も出来ないくらいだ。
《兄上は甘すぎるーー》
その声の主からは敵意を感じた気がする。
「相手は兄って言ったんだよな? …弟か妹が居るんじゃね?」
まぁ、単純に考えるとそう言う事だ。
平然としたウタリテの表情と返答に、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
ウタリテは頭部で腕を組みながら、少し残念そうにハー…ッとため息を吐いた。
その意味は続けられた言葉ですぐに分かった。
「俺は騒ぎになってるフンペ【鯨】を見た後、シシリムカへ戻らないと行けないんだ。 何てったって遠いからなぁ」
ウタリテも、うーん…と悩みながら話をした。
確かに、子供達をフチに預けっぱなしと言うわけにもいかないだろう。
「たださ。この先にも、まだまだたくさんのコタンがある。カンナの事を知ってるヤツが居るかもしれねぇ。俺は付いて行けねえけど、今のカンナなら一人でも大丈夫だ」
「……。」
「逆に、シシリムカコタンの仲間もカンナを仲間だと言ってた様に、戻って一緒に過ごしても良いんだ。」
俺たち、もう既に兄弟みたいなモンだろ!と言わんばかりに戯れついてきた。
あまりの雑な戯れ方に治りかけの腕が痛む。
「先の選択はカンナ次第だ。考えておいてくれな」
ウタリテの言葉は、束縛もせず突き放しもせずと言ったところがカンナを悩ませた。
自分はどうしたら良いのだろう。
いや、どうしたいのだろう。
カンナはぼんやりと海を見つめた。
「ウタリテは…あの海岸で何を見たんだ?」
「あぁ。カンナにぶっ飛ばされた時な」
「…それは申し訳なかった…」
ウタリテが“何か”を追っていた時の記憶ばかりが残り、またアフンルパロの中の出来事の印象が強すぎて、吹っ飛ばした事をすっかり忘れていた事を思い出し、苦笑いを浮かべる。
「俺にも見えたんだ。死んだ妻の姿がーーー」
シシリムカでは取ったことが無い昆布を海辺で拾い上げ、担いで岩穴へと持って行こうとしていた。
思わず追いかけた。
けれども、俺の声は聞こえていない様だった。
『ウタリテ!止まれ!!』
カンナの声に合わせ、稲光にも似た眩い光が辺りに広がった。
その光と音に反応したのか、妻は振り返り視線が合った。
《ウタリテーー…?》
『あぁ。そうだ。俺だ。。』
瞬い光の中、俺に気づいてくれた。
懐かしくて優しい声。
笑いかけてくれる姿は、病を患う前の元気な姿そのものだった。
《ルテルケとウンマシは元気ーーー?》
『あぁ。ルテルケはたくさんの山菜を覚え、今じゃ狩りも手伝ってくれる。ウンマシもフチの手伝いができる様になってきた』
ゆっくりとした時の流れの中で交わされる会話は穏やかだった。
妻は俺の話を聞いてふふっと笑みを浮かべていた。
《いつまでもウンマシではダメね。》
《あの子の名前ーーーーー…》
そして会話の終わりは一瞬だった。
光が消えた事で姿は見えなくなり、俺も吹き飛ばされた事でそのまま気を失った。
「気づいた時には、和人が銛を持って走って来てるわ、アズミニシパにもぶっ飛ばされるわ…」
夢なら覚めなきゃ良かったのにーーと、眉間をトントンと叩いた。
『そうか…あの人はウタリテのーー』
この話を聞いて、カンナが見た女の人の姿はウタリテの奥さんなんだと感じた。
でも何故自分に視えたのだろう。
アフンルパロの昔話と今回の出来事を合わせると、視えるのは亡くなった者と近しい者な気がするのだが…。
それとも、たまたま視えたのか。
「俺もカムイの力が有ればなぁ〜」
葉っぱを食べ物に変えたり、ウェンカムイを簡単に退治したり出来るのになぁ〜…
そんな話をしていた。
そんなウタリテの様子を見て、深く考えるのはやめる事にした。
ウタリテの話はふざけた事も多いが、楽しく聞いていられる。
カンナは微笑みながら聞いていた。




