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カンナは自責の念に駆られていたが、誰一人としてカンナを責める者は居なかった。
しかし、異質なモノを見る様な眼差しが突き刺さる。
その視線を振り切る様に落としたイペタムを拾い上げた。
誰もが声を出せずに、ただ波の音だけが辺りに響き渡っていた。
「やっっぱすげぇな!」
そんな静寂を打ち破ったのはウタリテだった。
カンナの両肩に手を乗せて、キラキラとした表情で讃えた。
そして思いっきり揺さぶられる。
首はブンブンするし、左腕は痛いし…何と言うか…もう……。
ウタリテの優しさに思わず涙ぐんだ。
不意にウタリテの視線はスッとカンナの真横を見た。
つられて振り返り見るとーーー…
見た事の無い女の人が岩穴の近くに佇み、そして消えて行った。
アレは何だったのだろう。
「カンナの坊ちゃんは悪くねぇ。 助けてくれてありがとな。」
安曇が静かにお礼の言葉を述べた。
襲って来た男には申し訳なかったが、その言葉に気持ちが少し救われた気がする。
他の和人達も、安曇の言葉によって少しづつではあるがカンナの存在を受け入れてくれつつあった。
そして和人達は船の上へと戻り話し合いをした。
この岩穴での一件もあり、行方不明者の捜索は断念されることになった。
「船頭ぉ。そろそろ本土に帰りたいっス」
「そうだな…」
俺も。と、深いため息を吐いた安曇。
カンナとウタリテは何故船を出さないのだろうか?と不思議そうな顔で安曇を見た。
そんな二人の表情を察して、安曇は頭を掻きながら話した。
「船を出したいのは山々だが、近くの海域に岩山みてぇなバケモンが居て出せねーん……だ?」
最後の疑問系の言葉には違和感があった。
「ん?」
思わず聞き返す。
安曇は何かを閃いた様に、表情をぱぁっと明るくした。
「そうだ!そうだよ。カンナの坊ちゃんだ!」
益々訳が分からない。
自分だけかと思いウタリテや周囲の人を見るが皆が同じく頭の上に?を浮かべる様な反応だった。
「ーーー私…か?」
カンナはキョトンとしながら自分を指差した。
「あぁ、そうだ。カンナの坊ちゃんがアイツを、その火雷神の力で倒してくれりゃ万々歳だ!」
「ん?ぇ…ホノオ…?」
何だかとっても小難しい名前を付けられてしまった。
ウタリテも何のこっちゃ?と言った様子。
そしてアイツとは…?
「なぁ、アイツってどいつだ?」
ウタリテがたまらず質問した。
「アイツってのはとんでもなくデカいバケモンで、今までも難破船にされてえらい目に遭ったんだ。」
「ソイツぁ俺たちの間で“海坊主”って呼んでんだ」
ねぇ、船頭!と、安曇の仲間達が気早に話を進めた。
とにかく“大きい何か”なのは分かった。
「アイツはこの海岸沿いを西の方へ歩いて行くと陸からも見えるハズだーー」
『俺は船から離れらんねぇんだ。後頼むわ!』
安曇に見送られて一旦コタンへ戻る事にした。
治療をしてくれたチセで少し休ませてもらう事になった。
そして、再度カンナの腕の状態を診てもらいながら、固定布の取り替えをしてもらう。
「ーー海岸でこんな事があったんだ。何か知らないか?」
ウタリテは手持ち無沙汰な為、辺りにある物を手に取りながら女の人に話しかけていた。
「そいつはフンペ【鯨】だね。」
「フンペ……?」
女の人は、治療の手を止めうーんと考えた後に話をした。
カンナは聞きなれない言葉に思わず聞き返す。
「フンペは海の恵みをもたらす者。その体一つで七浦が潤うくらい大きな生き物だ。この海岸から少し先に進み、ヌプルペッとモルランのあたりで生きている姿を見かける事があると聞いた事があるねぇ」
アンタも食べた事あるんじゃないかい?
おぉ!アレか!と、何やら二人で話して盛り上がっていた。
そんなこんなで、怪我の手当は終わった。
痛みは残っているが経過も良好らしい。
「そう言えば、アンタの名前は?」
「カンナです」
ははっ!そんなヒョロっこい身体で大層な名前だねぇ〜と、女の人は初めて会った時と同じく大笑いをした。
はー…つと一息ついて笑顔のままカンナを見る。
「カンナ、無理したら腕は使い物にならなくなるよ。気をつけて行きな」
そう言って送り出してくれた。




