〜クッタルシ海岸〜
着いたコタンの目と鼻の先にはクッタルシ海岸が広がっている。
遠くから海岸を眺めている時には大きな岩山だと思い気にも止めていなかった物は、実は見た事が無いくらい大きな船で思わず目を奪われる。
それはウタリテも同じだった様だ。
「あっちも気になるけども。まず先にコタンで怪我の手当てをしてもらわないと」
ウタリテは不思議な物を見る様な表情を浮かべながらそう話をすると、馬を柵に結び人を探した。
コタンは何やら騒々しかった。
ウタリテが近くを歩く人を捕まえて、色々聞いていた。
“海岸に和人の乗る和船が着いたが、どうやら2人行方不明になったらしい”
「和人って、イペタムの話に出てきた?」
あの時は話に聞き入って疑問にも思わなかったが、ここで改めて不思議に思った。
「あぁ、和人に会えるとしたら俺も初めて見る。 このチセ【家】に入るぞ」
ウタリテが探していたチセは他の所と比べてだいぶゴチャゴチャしている。
入り口周りには様々な種類の草花が乱雑した陶器に乗せられていた。
チセの中にはふくよかな体型の女の人が居て、何かを一生懸命潰している。
周囲は独特な薬草の香りが漂っていた。
「申し訳ないがーーー」
「今日はコレで何人目だろうねぇ!」
ウタリテが声をかけた瞬間に大きな声で返答が返ってきた。
少し不機嫌なのだろうか、すり潰していた棒をグッと握りしめてこちらを振り返った。
「あんれ?やだよぉ。アンタ…お客人かい?」
見てびっくりした様子。
どうやら誰かと間違えていた様だ。
不機嫌な返答に思わずたじろいでしまったが、後の言葉に悪意が無かった事を察する。
「ここで怪我の手当をしてくれると聞いて来たんだ。」
そう話し、カンナの怪我を見せた。
彼女は目をカッと見開いて怪我の状態を見るや否や、ブツブツ言いながらあれやこれやと用意し始めた。
そして、腕に謎の液体を塗られる。
先ほど潰していた物だろうか。
独特な匂いがする。
「コレはね、チマキナ【ウド】だよ。煎じて潰して塗ると腫れが引くんだ」
「で。アンタは一体、誰にやられたんだね?」
腕の怪我を改めて見てはカンナに言った。
「……馬です。」
カンナは言いにくそうに話した。
それもそのはず、シコッペッ流域のコタンで馬の尻(後ろ足)に付いてはいけないと、しこたま注意されていたのだから。
振り落とされて抵抗出来なかったとはいえ
この状況……
アシカエッテが見たら何というかーー。
怪我は負ったものの、命に別状も無かった事もあり、ウタリテの中で想像が膨らむと少しニヤけてしまった。
「だぁっはっは! 馬かい!アタシはてっきりーーー…」
治療をする女の人は豪快に笑った。
その声の大きさが怪我に響くのかズキズキと痛むが、痛いとも言えなかった。
はーー…っと笑いが落ち着くと、ニッコリと笑みを浮かべながら
「てっきり、和人にやられたのかと思ったよ。」そう話した。
「何かあったんですか?」
話題を変えるチャンスと言わんばかりに、カンナはすかさず質問した。
「あぁ。度々、和人は交易をしにこの海岸に船を着けるんだ。だけども、今回は《仲間が2人も居なくなった。お前達が何処かへ連れ去ったんだろう》って大事になってさ。まぁ〜殴るは蹴るはの大乱闘。で、連日ここに手当をされに来るのさ」
ため息を吐き、少し疲れた様子で話していた。
そして、左腕の治療も大方終わったのか、木の棒と布が当てられてギューっと絞められた。
……凄く痛いが我慢する。
「少し気になってたんだが、あの船のある辺りってーー」
ウタリテは船のある方を見て、顎に手を置いて考えながら話していた。
ハイ、終わり。と言う様に、治療する手が止まった。
そして女の人も同じ方を向いては、また深いため息を吐く。
「そうなんだよ。 あそこにはアフンルパロがあるんだ。」
「アフンルパロ……?」
聞き慣れない難しい言葉にカンナは首を傾げた。
「アンタ、知らないのかい?」
驚いた表情を浮かべる女の人は、改めてカンナを頭の上から下まで見やった。
変わった風貌にまた更に驚いていた。
「あー。 カンナは記憶を無くしてるんだ。だから、知ってるヤツが居ないか各地方のコタンを回ってるんだ。」
ウタリテが慌ててフォローしてくれた。
「そりゃ、気の毒に……」
話を聞いた女の人は、何とも言えない空気と表情を浮かべていた。
カンナはその空気に堪らず「イヤイライケレ《ありがとう》」
そうお礼を言ってチセを出た。
「さっき話してたアフンルパロって言うのは…?」
首を傾げてウタリテに尋ねた。
《アフンルパロ あの世の入り口》
《善人の魂の安住するたのしい世界。》
《あの世とは、死者が住む世界。》
《この世では死者は生者には見えないし
あの世のでは生者を死者は見る事は出来ない。》
ある男は家族を早くに亡くし、叔父と一緒に生活していた。
ある日の早朝、男は昆布を取りに浜へと向かった。
そこには、見覚えのある人影が見えて男は駆け寄ったが人影は岩穴へと姿を消した。
帰って叔父にその事を話しをした。
一緒にその岩穴へと行く事になった。
岩穴を前にして「お前が先に行ってみろ。俺は後から向かう」と叔父は話をした。
岩穴は狭く、暗く、孤独を感じたそうだ。
暫く進むと、岩穴に入る前は昼間だったと言うのに、開けたところは星空が輝く夜だった。
驚いた事は他にも…
死んだはずの家族がそこで普通に生活していたそうだ。
ただ、どんなに声をかけても気づいてはもらえない。
そこに居たセタ【犬】だけが、男に向かってけたたましく吠えた。
「それも伝承なのか?」
「いや、これは実話だ。 男はその後、この世に戻りコタンの皆にその事をするが、その時は誰も信じてはくれなかった。」
男の叔父と、他数名が面白半分でアフンルパロへ入って行った。
戻ったのはたった一人。
その人もまた、始めの男と同じ話をした。
死者の住む世界があった。
他の者は死者の世界の食べ物を食べた途端にその世界に馴染み始めたと言う。
自分は怖くなり、慌てて逃げ帰ってきたーーと。
その人物は数日後に亡くなった。
逆に、始めの男はとても長生きをした。
「そこに居る長老が話に出てきた始めの男なんだ」
ウタリテの指さす先には、犬と一緒に佇む年老いた男性が居た。
何歳とも解らぬくらい長生きをしている風貌だった。
「だから、あの場所はむやみに近づいてはならない場所なんだ。」




