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けものみち  作者: rival
アイヌモシリ
11/38

〜けものの小道《ホロケウ(狼)》〜



湿地や平原を超えた先には今まで見てきた大きな川とは違った物が見えた。


「カンナ、見えるか?」


カンナはあまりの壮大な景色に思わず息を飲んだ。


「クッタルシ海岸。広がるのは海だ。」


「海…」


海の流れは川と違って寄せては引いてを繰り返していた。

小高い所からは海を一望でき、雲一つない天気が海をキラキラと輝かせている。



「海岸沿いの台地はカムイエカチャシ【神の砦】と呼ばれている。その先に見える海岸沿いの丘陵に広がる平坦な広場はカムイミンタラ【神の庭】だ。月夜の晩に、神々が降りて舞い遊ぶ場所と言われてるんだ。」



「この周囲にはコタンは無いんだな」


「あぁ。ここは神聖な場だから、祈りを捧げる時にしか人は来ないんだよ。」



神聖な場所と言われるだけあって優しい草原と赤や黄色、白、紫など色鮮やかな花たちが風に揺られている。



そこから少し先に目をやると、草藪になっている場所があった。

それに気づいたウタリテが、わっと馬を走らせたので付いて行く。



先ほど見ていた生い茂った草藪は、連れている馬の背丈ほどにも育っている。


「この海岸の名前のクッタルシはイタドリの多いところと言われているだけあって、一面イタドリ畑になってるな」


ウタリテはその茎をおもむろに折って口に運ぶが、苦酸っぱい味に顔が歪んだ。

その表情に思わず笑ってしまった。


「…このままじゃ酸っぱくて食べにくいけど、海岸近くのコタンで上手く料理されたイタドリが食べれるはずだぁ〜」

苦味が残っているのか、語尾がオカシイ様な…

チェプオハウの時と言い、ウタリテは実は食いしん坊なんだなと、この時カンナは思った。



「そしてこの湾曲した海岸はオソロコツ。前に話した巨大魚退治の話のオキクルミがココで尻餅をついて出来た海岸と言われている。」



「何か…ウタリテの話す神話ってーー」



何故、どれも少し残念な神様しか出てこないのか…と言いかけた途端、馬は急に立ち上がってカンナを振り落とした。



振り落とされる瞬間、何かが見えた。





暴れる馬を見てウタリテは叫んだ。



「カンナ!早く綱を取れ!馬が居なくなっちまう!」


馬は暴れ、物凄い勢いで蹴り上げる。

カンナは不意にも馬の後ろ足辺りに振り落とされてしまったので、咄嗟に左腕で守りの態勢に入る。

腕が馬の脚に当たるとビキッと変な音と共に痛みが走った。


「…っ!」

それでも、カンナは慌てて右手で綱を手にしようとするが暴れている馬に近づくのも大変だった。



やっとの思いで綱を掴み、馬をなだめて大人しくさせる。


「大丈夫か!腕!」


ウタリテもカンナが馬に蹴られる場面を見ていた。

腕は痺れと痛みとでよく分からない状態だった。冷や汗をかきながら左腕を庇った。


「腕、見せてみろ。 何があったんだ…?」

カンナの服を捲し上げて見ると、腕は酷い色をしていた。



「あ…あっちに、見慣れない獣が…」

動く右手で指をさす。




ウォォーーーーーーン……



遠吠えを聞いてウタリテの表情は凍りついた。

「まずいな。あれはホロケウ【狼】だ…」

そう呟いたかと思うと、ウタリテは急いでカンナを馬に乗せた。



それほど遠くはない。

馬は敏感に狼の存在を察知している。




二頭の狼がこちらを警戒する様に見ていた。

うち一頭は足元の何かにかぶり付く。


間も無く先ほどの遠吠えを聞いて更に四頭が加わった。



かぶりついていたのはどうやら鹿の様だ。



鹿は内臓が剥き出しの状態で、かぶりついた狼の口元からは鹿の内臓が伸びていた。

また、喉元に喰らい付く狼からはゴリゴリと骨を噛み砕く音が聞こえる。


徐々に数を増やす獣に恐怖を覚える。

無数の狼の瞳から冷たく突き刺さる様な視線。


「ホロケウ…」

自分の痛みを忘れてしまう程の野生の恐怖を肌で感じた。



「あんな状態じゃ、迂闊に近づいたらこっちが喰われちまう…」


飢えた狼を刺激しない様に。

狼達から目を離さない様に、二頭の馬の綱を引いてゆっくりと距離を取る。



馬に揺られて痛みが増す。


「………っ。」


また落とされてはたまらないので、痛みを堪えて必死にしがみついていた。



そんな様子を見て、ウタリテが気を紛らわせようと話し始めた。




《浜に打ち上げられた鯨が居た。》



鯨の肉をくわえていた狼に、人間の子供たちが祈りながら、その肉をほんの少し分けてほしいとお願いするが、狼は意地を張ってやらなかった。



肉を欲しがっていた子供たちは、本当は名のあるカムイ【神】の子供たちだった。



カムイの子は『お前はその肉を喉に詰まらせて死ぬ事になるだろう。分けてくれれば救えた命なのに』と話した。

その予言のとおり、狼はつまらない死に方をしてしまう事になる。


狼は息を引き取る前に「この地に残る狼の仲間達よ!決して食べ物を惜しんではいけない」と言い遺した。




「それ以来、山で獲物を食べている狼に偶然出会うと、まるで肉を譲ってくれるかのように狼はその場を去ることがあった。人と狼は共存するための友好関係にあると言われているんだが…」



狼の口元は血で真っ赤に染まっていた。


バリバリと骨を砕く音と、時折、狼同士で鹿の残り肉で争いをしている。

皮一枚で繋がっていた頭も無惨に転がった。



「……どう見ればアレが友好的なんだよ」

カンナの一言にウタリテは思わず苦笑いを浮かべた。



「ウェンカムイ【悪い熊】に襲われた時、ホロケウカムイ【狼の神】に誠心誠意助けを求める事で、狼が熊を殺し人を助ける事がある」


「……それもまた神話か…?」


「いや、これは本当だ。敵の敵は味方ってヤツだな。 だから、狼は熊と同じくイオマンテ【神送り】をするんだ」



なるべく敵に回したくない相手だ。




ウタリテが上手く距離を取ったことが幸いしたのか、狼に追われる事はなかった。


馬をコタンへと走らせることが出来た。

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