〜シシリムカ流域〜
ゴロロ…
雨も無く、雷の音が小さく小さく鳴り響く。
「フチ、怖いよぉー」
「ふふっ。この音はね。雷の神様が怒りに身を任せて鳴らしているが…
時折、雲から足を踏み外し光と共に地上に落ちる事もあるそうだよ」
お婆さんは、怖がらせまいと微笑みながら子供達に話した。
子供達はキョトンとした様子で
「…。カミナリのカミサマって間抜けなんだね」
ねぇーと顔を見合わせた。
ピシャッ!!!
瞬い光と共に轟音が鳴り響いた。
子供達は慌ててお婆さんにしがみついた。
「フチ!すまない。しばらくこの人をここに置いてやっても良いか?」
大きな声を上げて家に入って来た男性に、子供達は駆け寄った。
「ミチーーっ」
「…それだぁれ?」
ミチと呼ばれた男性は、気を失っている男を担いでいた。
ゆっくりと男を下ろすと子供達は不思議そうに顔を覗き込みに来た。
「狩場の近くで雷が落ちたから、付近を歩いていたらこの男が倒れていたんだ。」
「他に怪我はなさそうかい?」
「見たところ、怪我らしい怪我は無さそうだが。あの落雷があって生きている事自体が奇跡だよ」
俺は今でも耳が変だ、と、耳をポンポン叩きながらお婆さんに説明していた。
雷が落ちた所に居たって〜
フチが教えてくれたあの間抜けなカミサマかな?
子供達がヒソヒソと話していると
「水と布を取って来ておくれ」と、お婆さんは子供達にお願いをした。
「ここらで見ないアイヌ紋様だねぇ。それにその髪の色…。」
「そうなんだよ。もし、この人が可愛いうちの子を連れて行こうとする神だったら!なんて、一瞬考えちまったりもしたんだけども…」
顔立ちは中性的ではあるが服装は大きさから男性物。
アイヌの衣装の着物と似ていたが、材質や紋様の違いがあった。
何より驚いたのは黒髪に金色のメッシュの入った髪色だった。
パタパタパタ…っと子供達が水の入った器と布を持って駆け寄って来た。
「持って来たよー!」
「あっ…!」
水の入った器を持った子供が躓き前のめりに転んだ。
器は中を舞い、中の水が溢れ出た。
その水の行先は横たわっている男の顔へと向かった。
「…ぁ。」
バシャっ
「あ…」
男の顔はずぶ濡れだ。
子どもの1人は泣き出し、他の人たちはただただ気まずい空気を出していた。
暗い中に一つの人影が浮かぶ。
《兄上は甘すぎる》
ぼんやりとした人影が話す。
誰かは解らない。
何か言い返そうとするが、言葉がうまく発せない。
足元が急に無くなり
落ちていくーーー
バシャッーーーと。
顔がずぶ濡れになった。
重たい目と身体をゆっくりと動かして辺りを確認すると、子供の泣き声の先には身構える男性が居た。
「あんた…カムイか…?」
「あ。いや。どこのコタンのアイヌだ?」
男性は咄嗟に子供を庇いながら言葉を投げかけたが、風貌的にもあり得ない。そう思い、質問をすぐに変えた。
「コタン…?アイヌ…?…ここは……?」
「シシリムカ流域のコタンだ。」
いつの間にか子どもは泣き止んでいた。
(この地域の言葉が通じないと言うことは…)
「ねーねー!カミサマなのー?」
静寂を切ったのは泣いていた方の子どもだった。呆気らかんとした子供の質問に子供の父親は慌てた。
もう1人の子供は、目をキラキラさせ好奇心旺盛な様子で男の下へと駆け寄って戯れる。
男は躊躇いながらも、無邪気にはしゃぐ子供の頭を撫でてやっていた。
記憶を失っているだけーーーなのか。
「アンタ、名前は何て言うんだ?」
「名前……」
思い出せない。
何か色々な事を忘れている様な気がする。
頭を抱え込んでいると
「俺はウタリテ。こっちがフチで、子供達は少し大きい方がルテルケと小さい方がウンマシだ」
「ウンマシは嫌ーだぁー」
小さい子供が名前を呼ばれた途端に泣き出した。
まぁまぁ、と父親は子供をなだめた。
その様子に男はフッと笑みを浮かべたのを見た父親は、この人は悪い人では無いと感じ取った。
「名付けには全て意味と由来がある。俺の名のウタリテは、仲間を意味している。色々なコタンを行き来する事が多いから仲間も多いんだ。ルテルケは見ての通り飛び跳ねる様に走り回るから。ウンマシは…そのうち改名するから割愛な」
後に意味を教えてもらった。
ウンマシは馬の糞。何故そんな名前を付けるのかと聞いたら、古くからの習わしで美しい子供に嫉妬する神に連れて行かれない様にだとか。
ウンマシはシタクタク!と言っているが、その意味もまた糞の塊。
……何とも言い難い。
「名前が無いのも不便だよなー…。」
「そうだ。カンナにしよう」
ウタリテはしばらく考えた後に、こっちを向いて閃いた様に話した。
カンナはこの地方の言葉で【雷】と言う意味だそうだ。




