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竜炎の騎士と機械人形の少女~待機モーションがうるさいとパーティーを追放された竜騎士は背水火力で無双する~

作者: サターン



「うおおおおおおっドラゴンダンスだ! みんな盛り上がってイクぜッ!! イエエエエアッ!!!」


 静まり返ったうす暗いダンジョンに俺の絶叫が響く。


 俺は激しく体を回転させながら跳躍し、着地と同時に決めポーズをとると、何処からともなく派手な効果音が鳴り響いて紙吹雪が辺りに舞い散った。


 そばにいた俺のパーティーの仲間たちは一瞬だけ視線を俺に向けるが、特に気にすることもない。

 すぐにまた今まで見ていた地図に視線を戻すと何事もなかったようにダンジョン探索の相談に戻る。


 そう。これは俺、レクス・グロウがリーダーを務めるパーティー【炎竜の刃】のいつもの光景なのだ。


 この世界には待機モーションというものがある。


 俺たち人間は15歳になると教会で祝福を受けて、様々なクラスを与えられる。

 クラスとは、か弱い人類が強大なモンスターに抗えるよう神々が授けてくれる特別な力だ。

 クラスには剣士や魔法使いなど種類があって、どんなクラスを得られたかで使えるスキルや能力の成長傾向が決まる。


 そしてクラスと共にもたらされるものがもう一つあった。

 それが待機モーションだ。

 待機モーションは待機ボイスとも呼ばれている。

 どういう仕組みか全くわかっていないのだが、俺たちクラスの加護を受けた人間は普通に過ごしていると、突然自分の意志とは全く関係なく決めセリフを喋ったり、なにか特徴的な動作をするのだ。


 たとえば騎士のクラスの人なら「ふっ……俺もまだまだだな」と言ったり、大柄な戦士だったら「あーあ、腹減ったなあ」だったり、器用な盗賊だったらナイフでジャグリングを始めたりといった具合だ。

 待機モーションはみんな別々で決まっていて1人につき2、3パターンくらいあるようで、大体の場合、その人のクラスや性格を反映している感じがする。


 間隔はまちまちだが、体感だと1時間に一度くらいのペースでやってくる。

 ちょうど大きなくしゃみがくるような感じをイメージしてもらえばわかりやすい。

 待機モーションの発作がくると数秒なら我慢ができるがそれ以上は無理で、身体が勝手に動いてしまう。

 睡眠中と、戦闘中はなぜか待機モーションは発生しないがそれ以外だと止める術はない。

 

 俺の待機モーションは周りの人からは通称【ドラゴンダンス】と呼ばれている。

 普通、待機モーションはそんなに声は大きくない。

 ちょっとしたことを軽く呟くくらいなので、気にする人もほとんどいない。

 だが俺に与えられた待機モーションは全くの規格外で、ひとたび始まると俺は激しいシャウトをあげながら絶叫して踊り狂い、派手な爆音の音楽が鳴り響くとんでもないものだった。

 

 誤解の無いよう言っておくが別に俺はダンスや音楽に、特に思い入れがあるわけではない。

 ああ、クラスの神様。

 なんで俺だけこんな珍妙な待機モーションなのか……


 とはいえモンスターには人間の待機モーションの声や音は全く聞こえていないようで、ダンジョンの中で絶叫してもそのことが原因で見つかって襲われるようなことはなかった。

 理由は全くわからないが、とりあえずその点はありがたい。

 俺は仲間たちの所に戻り、作戦会議に参加する。


「リーダー、どうやらこの先の広間に敵の集団の気配ありだ。足あとから言ってホブゴブリンの群れだろう。それとかなりのデカブツもいるようだ。おそらく奴らの首領だろうな。どうする?」


 俺に話すのは風のスキルを使い高速の剣戟を誇る剣士の男、ゼノだ。

 

「迂回する余裕はないな。その程度の相手なら突破するぞ。ミリアとアリシアは魔力の残量はどうだ?」


「ふふふ、余裕よ、余裕。私を誰だと思ってるの?」


「ええ、私も大丈夫です。まだまだいけますよ?」


 強力な雷魔法を操る魔法使いのミリアと、回復スキルと水魔法を併せ持つ僧侶のアリシアが答えた。

 

「よし、ではミリアとアリシアの魔法で敵を殲滅する! デカブツは俺が仕留める。ゼノ、援護を頼む」

 

「「「了解!!」」」


 俺とゼノが前衛、ミリアとアリシアが後衛の陣形を組み広間に突入する。

 俺たちに気づいたホブゴブリンが雄叫びを上げると、棍棒を構えた群れが一斉に襲い掛かってくる。

 筋肉質で大柄なホブゴブリンは身長2メートル近くあり、数は10匹以上いる。

 広間が狭く見えるほどの圧迫感だ。

 その背後に控えるのはホブゴブリンの2倍もの身長をもつ巨大な体躯の魔物、ミノタウロス。

 丸太のように太い腕に鉄の大斧を構える。


「主よ、力を与えたまえ! ウォーターランス!!」

 

 アリシアが詠唱すると、水でできた無数の槍がホブゴブリンの群れに放たれる。

 直撃したホブゴブリンが衝撃で吹き飛び、ひっくり返る。後ろのホブゴブリンがその下敷きになった。

 次々に炸裂する水の槍が辺りの床を水浸しにして、ホブゴブリンたちは滑って転ぶ。

 奴らの突撃の勢いは完全に失われた。


 ミノタウロスは雄叫びを上げて激昂すると、ホブゴブリンたちを蹴り飛ばしながら向かってくる。


「ふふ、これで逝っちゃいなさい! サンダーストーム!!」


 ミリアが杖を振り上げると広間の天井に黒雲が現れ、そこから轟く電撃が降り注ぐ。

 すでにびしょ濡れになっていたホブゴブリンたちは激しく感電して、ビクビクと悶えながら黒焦げになって絶命した。

 辺りに肉の焼ける匂いと煙が立ち込める。

 電撃がミノタウロスの表皮を容赦なく焼き、奴は苦しそうな声を上げる。


 俺は大剣を構えるとミノタウロスめがけて駆け出した。

 床を強く踏みつけ跳躍する。


「リーダー、任せるぞ! フォローウィンド!!」


 俺が跳躍すると同時にゼノの支援魔法が唱えられる。

 風の加護を得た俺は急加速して、放たれた矢のような速度で空中を駆けた。


「うおおっトドメだ!! ドラゴンストライク!!!」


 刹那、俺の大剣が激しい炎に包まれる。

 放たれた横薙ぎの一撃はミノタウロスの胴を両断した。

 炎と雷がバチバチと混ざり合い爆発を起こすとミノタウロスの身体は爆発四散し辺りに肉片が散らばる。

 俺たちの勝利だ!


「やったぜ!」

「ふふん、まあ悪くなかったわ」

「さすがです、リーダー」


 仲間たちが俺のもとに集まってくる。

 俺たちの連携は完璧だ!

 

「ゼノ、俺の動きに完璧なタイミングで合わせてくれたな。ありがとう!」


「へへッ、これくらいなんてことないぜ!」


「ミリアも、また魔法の威力を上げたんじゃないか? まったく末恐ろしいな」


「ええ、これぐらい当然よ。もっと褒めてくれてもいいんだから」


「アリシア、いいタイミングだったよ。あれだけのホブゴブリンを一瞬で無力化できるなんてね」


「うふふ、ありがとうございます。でも、リーダーも凄くカッコよかったです。あんな大きなモンスターを一撃で倒すなんて」


「ああ、そうだな。俺たちのリーダーは最強さ! 頼りにしてるぜ!」


「ね、ねえ。それよりリーダー、私の事もっと褒めてよ? 私の頭撫でて。頑張ったねって言って欲しいんだけど!」


「ああ。ミリアありがとう、頑張ってくれたね」


 俺は顔を赤くしてうつむくミリアの髪を優しく撫でてやるのだった。


「ああ!? ずるいです! 私もリーダーに撫でて欲しいのに、ミリアさんばっかり。私の方が身体は成長してるんです。独り占めは許しませんからね!」


 アリシアはそう言って俺に抱き着いてきた。

 普段は僧衣を着ていて分かりにくいが、アリシアの身体は女性らしく出るところが出ており、柔らかなものが俺の腕に押し当てられる。


「ああ、逞しい腕……。ねえリーダーもっと私を乱暴に抱きしめてください」


「おいおい、二人ともまだダンジョンの攻略中だ油断してはいけない。そういうのは帰ってから、な?」


「はっはっは、これはリーダーも大変だ。二人はリーダーにベタ惚れみたいだな!」


「べ、ベタ惚れって何よ!? 私の魔法が優秀だから褒められるのは当然ってだけなんだから」


「あらあら、ミリアさんはリーダーを狙ってたんじゃなかったんですか? それなら私が狙ってしまっても構わないでしょうか?」


「やれやれ、二人ともそんなに抱き着かれたら動きづらいぞ。さあ、戦利品を回収して進もうか」


 俺たちはモンスターの亡骸から魔石を回収して、先に進む。

 この世界ではモンスターは死ぬと身体が分解されて消えてしまうが、魔力を秘めた結晶を残す。

 これは魔石と呼ばれていて、様々な用途に用いられる大変便利なものだ。

 強力なモンスターほど大きな魔石を持っていて、冒険者ギルドに持ち帰れば相当な金額になるのだ。


「へへッ、しかし今回も楽勝だったな。帰って戦利品の換金をするのが楽しみだぜ!」


「見てよこの魔石の大きさ。持って帰ったらきっとみんな驚くわよ」


「うふふ、帰ったらお祝いしないと、ですね」


 俺たち【炎竜の刃】は、ダンジョン【ファフニールの大断層】の第11階層を進んでいるところだ。


 今回の目的は第10階層のボス【エビルキマイラ】の討伐だった。


 当初の目的は果たしたが、俺たちは被害も少なく魔力の残量も余裕があった。

 とはいえ、最深部である第12階層に眠るこのダンジョンの主【邪龍ファフニール】は別格に強力な存在で、討伐するとなれば入念な準備と対策が必要になるので勢いに任せて挑むことはできない。


 そこでゼノの提案で第12階層の手前まで魔石の稼ぎを兼ねて進み、次回ここを訪れた時のために地図を作っておくことにしたのだった。


 あせって無理をすることはない。

 第10階層で【エビルキマイラ】を倒し手に入れたこの特大の魔石をギルドに提出すれば、これまでの実績と合わせ【炎竜の刃】はSランクに確実に昇格するだろう。


「今回の成果をギルドに報告すれば【炎竜の刃】はいよいよ念願のSランクに昇格だ! やったな、皆!」


「うおお、すげえ! 俺たちがSランク、たまらないぜ!」


「私たちの優秀さにやっと周りの評価が追いついたってわけね。最高の気分だわ!」


「な、なんだか凄すぎて夢みたいです。ううっ、リーダー……これは夢じゃないんですよね?」


 歓喜に沸き立つ仲間たち。

 アリシアは、その青色の瞳を潤ませる。

 そう、夢ではない。

 冒険者の最高位Sランクパーティー、俺たちは遂にここまで来たんだ!


 俺は感慨に浸りながら、ゼノたち3人と出会う前の事を思い返していた……






 ――5年前。

 

 ミッドランド王国、西方の都市ユエリアは今日も多くの冒険者で賑わっていた。

 

 

 その年、15歳の誕生日を迎えた俺は、ある日街の教会に呼び集められた。

 冒険者に憧れ、一人田舎を飛び出した俺は街で日雇いの仕事をこなしながらこの日を待ちわびていた。

 教会の中には俺と同じ15歳を迎えた少年、少女たちが集う。

 

「いよいよだぜ、緊張するな。俺は剣士になって活躍するんだ!」


「私は魔法が使ってみたいわ! 神さまどうかお願いします……」


 皆、緊張した面持ちでそれぞれの希望のクラスを語る。

 いよいよ今日、神々よりクラスの力が俺たちに与えられるのだ。

 

「では次の者、こちらに」


 神官に促され、少年が前に出る。

 祭壇には水晶が置かれていて少年がそこに手をかざすと、神官は祈りを捧げる。


「大いなる我らが主よ。新たなる汝の子らに祝福をお与えください!」

 

 神官が朗々と語ると、水晶が青白く光り輝く。


「ふむ、そなたのクラスは【剣士】。Cランクじゃ。与えられた力を大切にするのじゃぞ」


 クラスを得た少年は満足そうな表情で皆の所に戻ってきた。

 次の少女が呼ばれて壇上に上がる。


 儀式は次々に進んでいく。

 皆、誰がどんなクラスを得るかに夢中になって注目している。

 水晶が強い光を放つほど、強力なスキルがもたらされたという事である。

 誰もが望み通りのクラスを得られるわけではない、結果が出て戻ってくる子供たちの顔は喜びも悲しみも様々だ。


 壇上の水晶がより強い光を放ち、辺りがにわかにざわめく。


「おおっ! これは……【聖騎士(パラディン)】!! Aランクじゃ。おめでとう!」


 幸運に恵まれた少女は大きな歓声を浴びながら戻ってくる。

 Aランクのクラスとなれば冒険者として彼女の成功は約束されたようなものだろう。


 俺はあんなクラスをもらえるだろうか……手に汗を握りながら順番を待つ。


「次、レクス・グロウ。こちらに来なさい」


 いよいよ俺の番だ!

 俺は壇上に上がり水晶に両手をかざす。

 心臓の音が忙しく響く。


「大いなる我らが主よ。新たなる汝の子らに祝福をお与えください!」


 神官が祈りを捧げた次の瞬間、俺の視界はまばゆいばかりの光に包まれた!

 水晶がまるで太陽のように明るく輝き、虹色に発光しながら俺を照らす。

 突然の事態に皆、大騒ぎだ。


「うわあっなんだ!?」


「凄い! こんなの見たことないわ!」


 神官は大変驚いた様子で、結果を告げる。


「こ、これは……!? おおお、凄い! レクス・グロウ、そなたのクラスは【竜騎士】。最高位のSランクじゃ!! しかもこれは他の者に与えられることのない、そなただけの特別なクラス【ユニーククラス】のようじゃ。何と素晴らしい! これほどまでの加護を頂けるとは……」


 教会の中が一斉に沸き立つ。


「Sランクだって!? すっげえ! 伝説の勇者や賢者と同じランクじゃないか!!」


「なんて逞しいお方なんでしょう! 是非同じパーティーになりたいわ!」


 俺が皆の所に戻ってくると盛大な拍手で迎えられ、「やったな!」「おめでとう!」と祝福する声がかけられるのだった。


 皆の儀式がすべて終わり神官が退席すると、俺の周りに大勢が集まる。


「なあっオレをあんたのパーティーに入れてくれよ! オレはジャック。【魔法剣士】のクラスをもらったんだ。ランクはBだぜ。この中じゃかなり強い方だ。いいだろう?」


「ねえねえわたしもあなたと冒険したい! わたしはレナよ。クラスは【弓戦士】後方支援はまかせて!」


「それなら回復役もいるんじゃないかしら。ふふふ、私はソフィア。【精霊使い】よ。ああっなんて逞しい方……ぜひ私もご一緒したいわ」


 皆に注目されて俺はまんざらでもない気分だった。

 持て囃されるままジャック、レナ、ソフィアの3人と冒険者ギルドに向かい、そのままパーティー結成の申請を出したのだ。


「よっしゃあいよいよ冒険だッ! ワクワクしてきたぜ! リーダーはレクス、あんたがやってくれよな」


「うんうん、レナも賛成。当然リーダーはレクスだよね!」


「ふふふ、決まりですね。そうなるとパーティーの名前どうしましょうか? リーダー決めていただけますか?」


 俺は少し考えて答えた。

 

「そうだな【炎竜の刃】というのはどうだろうか?」


「おおっカッコいいな、それ。よっし俺たちは今日から【炎竜の刃】だッ!」


「ここからわたしたち【炎竜の刃】の伝説が始まるんだね! うーん楽しみだよ!」


「いい名前ですね、精霊たちも祝福していますわ。リーダー、私たちどこまでもお供いたします」


 申請の書類を受け取るとギルドの受付嬢はにっこりとほほ笑んだ。


「はいっ! ではこれで新たなパーティー【炎竜の刃】は承認されました。最初は皆さんFランクからのスタートになります。パーティーの活躍が認められればランクが上がって受けられるクエストの種類や報酬の額も良くなっていきますから頑張ってくださいね!」


 パーティーを作った俺たちはまずは装備を整えるため武器屋を訪れた。

 今日は教会でクラスの儀式があった当日だ。

 店内は新人の冒険者達でごった返している。

 自身のクラスが決まってからそれに合わせて装備を揃えた方が無駄がないので、皆がこの日に店に殺到するのだ。


「さあ、安いよ安いよ!! どれも最高の逸品だよ! 今日はスペシャルサービスだ、武器を買ったお客さんには薬草を一袋無料で付けちゃうよ!!」


 ここぞとばかりの稼ぎ時に武器屋の親父が声を張り上げる。

 俺もこの日のために多くはないが貯金をしてきた。

 ピカピカに磨かれた剣を手に取って会計の列に並ぼうとした時だった……


 体の奥から何かの衝動が沸き上がる。

 強烈なその何かは俺に抗う暇を与えなかった。


「ヒョオオオオオオーーーッ!! ドラゴンダンスだ!! 皆、盛り上がってるかい? 俺のダンスに惚れちゃ駄目だぜ?」


 俺は自分の意志とは無関係に、激しく体をよじりながら踊り狂い、絶叫しながらポーズを決めてウィンクを飛ばす。


 あれほどざわついていた店内が一瞬の内に静まり返る。

 店中の人間の視線が一斉に俺に向けられた。


 俺はあまりの突然の出来事に何が起きたのか全く理解できない。

 生暖かい嫌な汗が全身から噴き出てきた。


「ぶっふぉ!? 何よあれ、マジでヤバいんじゃないの?」


「おいおい、何だ? アレ。くくく……変なのがいるぞ?」


「あ、あのー、ぷっ……クス、ふふ。お客さま困りますよ!? 店内はお静かに、ね。」


 仲間たちが慌てて俺のもとにやってくる。

 その顔は、皆一様に引き攣っていた。


「お、おいおい、おいおいおい! あんた一体どうしたんだよ!?」


「ちょっと!? 何なの? ホントやめてよッ! こんな所で」


「な、何なんですか急に。どういうつもりですか!?」


 仲間たちは信じられない。といった表情で俺を見るが、俺も自分に何が起きたのか全く分からない。


「あ、ああ……すまない。良いクラスをもらってちょっと俺も興奮しすぎたみたいだ。あっははは」


 俺の言葉にひとまず仲間たちは納得をする。

 クラスを貰ったばかりの新人の冒険者がたまたま興奮していただけ。

 そういうことでなんとかこの場は収まった。

 だが、これは俺の苦難の始まりに過ぎなかったのだ。


 装備を揃えた俺たちは冒険者ギルドに戻りさっそくクエストを受注する。


「よし、それじゃあこのゴブリン討伐の依頼にしようか。俺たち【炎竜の刃】の初陣だ!」


「よっしゃあ、早くこの新しい剣で戦ってみたいぜ!」


「相手はゴブリンね。油断すると危ないって言うし気を引き締めないと」


「ふふふ、では出発しましょうか」

 

 【炎竜の刃】は意気揚々と街の門をくぐり、初めてのクエストに出発した。

 

 町の外、広々とした草原を心地よい風が撫でる。

 空は快晴。絶好の冒険日和に俺の心は興奮で高鳴った。


 先ほどの武器屋での一件もすっかり忘れ、俺は仲間たちと談笑しながら草原を歩く。

 

 しかし、楽しい気分はここまでだった。

 

 ゴブリンの巣穴までの道中で俺は何度も【ドラゴンダンス】を踊りまくった。

 説明のつかない謎の現象、俺の体はどうなってしまったのか。

 それまでのいい気分はすっかり吹き飛び、俺は恐怖に青ざめる。


 俺の奇行を見た仲間たちは最初こそフォローをしてくれていた。

 だが、繰り返す俺の【ドラゴンダンス】に段々といら立ち始め、舌打ちしながら露骨に嫌な態度をとるのを隠さなくなった。


 ゴブリンの巣穴に着く頃にはパーティーの雰囲気はもう最悪で、誰も俺と目を合わせようとしない。

 

「……ちっ、さっさと片付けて帰ろうぜ」


「ええ、そうね」


「はあ……早く帰りたいわ」


 剣を構えるジャックを先頭に、【炎竜の刃】はゴブリンの巣穴に突入するのだった。

 

 窪んだ岩肌の崖に空いた大きめの洞穴にいたのは5匹のゴブリンだ。

 奴らは薄汚れた格好で雑なつくりの武器を構え、俺たち侵入者を威嚇する。

 巣穴は人里から盗んできた物であろう野菜や家畜の食べかすが散乱し、奴らの汚物の匂いと混ざってひどく臭い。

 

 ゴブリンとの戦いは一方的なもので、決着はすぐについた。


 最後に残ったゴブリンが逃げようとするが、転んで地面に倒れる。

 転がるゴブリンの脳天にジャックが無言で剣を叩きつけるとゴブリンは動かなくなった。


 これでクエストは達成だ。

 だが誰も声一つ上げる者はいない。

 冷めた表情でゴブリンから魔石を拾い上げる仲間たち。



 俺は沈黙を破った。


「皆……今日は道中、すまない。信じてもらえないかもしれないが、武器屋に行ったあたりからなんだか体が変なんだ。自分では踊りたくないのにどうしても止められないんだ……!」


「はあ? なんだよそれ。そんなことあるわけないだろ!」


「ああいうの面白いと思ってやってるんだったら、つまんないからやめたほうがいいよ」


「そういうの、もういいですから……ホントに気持ち悪いです」


 

 辛い沈黙に耐えながら俺は冒険者ギルドに帰ってきた。

 

 事情を知らない受付嬢は、「初めての依頼達成おめでとうございます!」と派手に祝福してくれたがその笑顔が今の俺には痛々しい。

 受付で報告を済ませて報酬を受け取ると仲間たちに分配して渡した。

 

 仲間たちと別れ、いつもの安宿に向かおうとして夜の街を歩く俺は重大なことに気づいてしまう。


 今日の帰り道でもあの【ドラゴンダンス】は止まることはなかった。

 おそらく宿の部屋でもそれは同じなんじゃないだろうか。

 壁の薄いあの宿であんな大声を出したらたちまち追い出されるのは目に見えている。


「くそっ、泊まるところもないじゃないか」


 やむなく、俺は街の外で野宿をすることにした。

 幸い季節はまだ暖かな時期なので外で寝ていても凍死する心配はない。


 適当な穴ぐらを見つけて身を横たえる。

 土の匂いが鼻につき、これじゃあ自分がゴブリンになったような気分だ。

 惨めさに耐えながら俺は今後の事を考えていた。


 この【ドラゴンダンス】は一体何なのだろう。

 何か呪いでも受けたのだろうか……


 今後も野宿を続けるわけにはいかない。

 金があれば家も借りられるだろうからそうすればだいぶマシになる。

 冒険者も上位の者になれば危険が伴う分、相当な稼ぎになるので無理な話じゃない。


 それに今日ゴブリンと戦って思ったがあいつら全く大したことはなかった。

 初心者でも油断すると危ない、とか色々言われるがそうは思えない。

 ゴブリンの攻撃はのろくてかすりもしなかったし、こっちが剣を振るえば容易く真っ二つになった。

 

 【竜騎士】は相当強力なクラスなのかもしれない。

 これを活かせれば活路は開けるだろうか……


 一日の疲れもあった俺はそのまま眠りに落ちていくのだった。



 翌日の昼、俺は冒険者ギルドに向かった。


 ギルドに入るとなんだかざわざわと騒々しい。

 なんとなくまわりに見られているような感じもする。


「……あっ、レクスさん。お、おはようございます」


 受付嬢はなんだか様子がおかしい。

 何か俺に言いにくい事でもあるようだ。


 ジャック、レナ、ソフィアの3人の姿はギルドになかった。

 俺はなんとなくだが察してしまう。


「実は……レクスさんに伝言を頼まれていまして。ジャックさん達、パーティーの3人なんですが【炎竜の刃】を抜けるとのことです。あの、ごめんなさいこんな事私も伝えるの辛いんですけど……。気を悪くしないでください、私でよかったらいつでも相談に乗りますから!」


 彼女は何も悪くないのに、余計な心配させてしまったな。

 俺は笑顔を作って答える。

 

「ありがとう。すみません、ちょっとパーティーの活動方針で相違があったみたいで。全然気にしていないんで大丈夫ですよ」


「そ、そうですか。私なんだか心配しちゃって。まだパーティーを組んでいない方もギルドにたくさんいますから、レクスさんよかったら誘ってあげてくださいね」


 俺は受付嬢にお礼を言うと、昼飯を取るためギルドの酒場に向かった。


 今日も新人からベテランまで大勢で賑わっている。

 昼間から酒を飲んでいる連中がいるのもいつものことだ。


 俺は食事を受け取ると隅の席に腰かけた。

 周りの連中がちらちらとこちらを見る。

 

「おい見ろよ、例の奴だ。ドラゴン野郎がいるぞ」


「え?あの糞ユニーククラスのあいつか?」


 やれやれ……うわさ話の好きな奴らだ。まいったな。


「おいおい、誰かと思えば。噂のぼうやじゃねえの。へっへっへ、俺たちと一杯やろうじゃねえか?」


「げへへ。そんな隅で食べててもつまらんだろ? こっちに来いよ」

 

 俺が食事を続けていると酔っぱらった中年の冒険者たちに絡まれてしまった。

 

「悪いが一人で食べたい気分でね。ほかをあたってくれないか?」


 大柄な男が、酒臭い息を吐きかけながら俺の肩を掴む。


「おい、つれないことを言うんじゃねえよ、ぼうや。俺はバーレル、Cランクパーティー【鋼鉄の腕】のリーダーをやってる。クラスは【重戦士】だ。ここじゃあベテランだぜ?」


「ふふふ、俺はゲイズだ。おいガキ、このギルドでは【鋼鉄の腕】は相当に顔が利くんだ。悪いことは言わねえ。俺たちの機嫌を損ねない方が身のためだぜ……? 昨日はお手柄だったそうじゃないか。ゴブリンどもを蹴散らしたんだって?」


「お前のパーティーの奴に聞いたぜ。くく、何でも【竜騎士】ってのはダンスでゴブリンを殺すんだってな?」


「ぷぷ、すげえじゃねえか。流石【ユニーククラス】様だ、羨ましいねえ!」


「おいおいその【ユニーククラス】って何だ?」


「さあな? 踊りがユニークって事なんじゃねえか」


「ひひ、凄いクラスもあったもんだ。クラスの神様も粋なことをするんだな」


「それにな、こいつのパーティーに入れば道中で歌が聴き放題って話だ。まったく素晴らしいパーティーだよ」


「お前のパーティー【炎竜の刃】って言ったか? 皆、入りたがるだろうぜ。ぷ……くくく。それで、今日はパーティーの連中はどうしたおい。休みか?」



 ……この後もバーレルとゲイズは馬鹿みたいに笑いながら大騒ぎを続けた。


 まったく暇な奴らだどうしようもないな。

 こっちは無駄話に付き合ってる暇はないんだ。さっさと失礼するとしよう。


 もう俺は食事を食べきって随分と経つ。

 やれやれ……とんだ時間の無駄だったな。


 席を立とうとする俺。

 だが二人は口角を釣り上げてにやにやと笑う。

 まるで何かを期待しているかのように……

 

「おい、待ちなよぼうや。どうだい? そろそろ踊りたくなってきたんじゃないのか? 俺たちにも見せてくれよ。お前のダンスをよ」


「そろそろ時間だな。くくく、まさか俺たちがただバカ騒ぎをしているだけと思っていたのか? まったくおめでたい奴だ」


 ゲイズがパチン! と指を鳴らすとたむろしていた何人かの冒険者たちが一斉に動き出し酒場の出入り口を塞いでしまったのだ。


「……ぼうや、言っておくがギルドの中で暴力行為はご法度だぜ。冒険者ならルールは守らねえとなあ?」


「くくくっ、顔色が変わったな。ようやく何が起きたのか理解できたってわけかい?」


 奴ら俺に大勢の前で【ドラゴンダンス】を踊らせて恥をかかせるつもりらしい。

 つまらないことに随分と手間をかけるんだな……よほど暇なんだろうか。


 俺は二人を無視して酒場の出口に向かう。

 よく見ると出口の前に密集するのは年若い、いずれも新人の冒険者たちだった。

 昨日の儀式で見かけた顔もある。


「俺はもう帰る。君たちそこをどいてくれ」


 新人の冒険者たちは怯え切った顔で言う。


「駄目だ……バーレルたちに言われたんだ。ここは通せない」


 こうなれば実力行使だ。

 最上位クラスである【竜騎士】の俺の腕力は常人とは比較にならないのだ。

 暴力など振るう必要もない。

 群がる冒険者たちをかき分けながら前に進むと簡単に俺の前に道ができる。


 邪魔な荷物をどかすように俺は前に進む。

 俺の前に立ちふさがる冒険者も、もう何人もいない。

 脱出は目前だ。

 新人の冒険者たちは必死に俺の手足にしがみつきながら涙を流して懇願する。


「頼むよ! お願いだ! どうか出ていかないでくれ! 俺たちバーレルに脅されてるんだ! あんたをここに引き止めろって」


「あなたにここでダンスをさせて恥をかかせろって……! そうじゃないと私たちが代わりにバーレルに教育(・・)されるのよ。嫌あッ! もうあんな目に会うのはイヤなのっ!」



 ……………。


 俺は進むのを止めて向き直る。

 そして酒場の中央に歩み出た。

 その場にいる全員の視線が俺に集中する……


「おいおいもう少しで出られそうだったのにな。諦めちまったか」


「くくくっ残念、ゲームオーバー! ショータイムだ」


 バーレルとゲイズが勝ち誇った笑みを浮かべる。

 異様な雰囲気に静まり返る酒場。


 体の奥から強烈な衝動が沸き上がってくる……!

 俺は燃え上がるような衝動を抑えることなく解放させた。


「うおおおおおっ!! ドラゴンダンス! みんな聴いてくれ! この沸き上がる魂の鼓動を!! 盛り上げてイクぜイエアアアア!!!」


 高らかに俺の叫びが響き渡る。

 皆の注目を一身に受け跳躍すると軽やかに体を回転させ、着地と同時にポーズを決めた。


「はっははは、素晴らしいダンスだな! これはお礼だぜ!」

 

 ドゴオッ!!


 バーレルはそう言うと、着地した俺の横腹を思い切り蹴り飛ばす。

 大きく吹っ飛ばされた俺は酒場のテーブルに叩きつけられる。

 受け止めたテーブルが大きな音を立てて真っ二つに割れて壊れた。


 周りの冒険者たちは皆、顔を背け目を伏せて俯いた。

 誰も固く口を閉ざし押し黙る。


 そこに騒ぎを聞きつけた受付嬢が慌てた様子で酒場に駆けつけてきた。


「レクスさん!? ああっ、そんな……。何でこんな事に。バーレルさん! ここは暴力行為は厳禁なんですよ。何でこんなひどい事するんですか!」


「おいおい暴力行為だって? まったく心外ですね……これは教育なんです、お嬢さん。ほら、この酒場の張り紙にも書いてあるでしょう? 大声で騒いではいけないってね。あのぼうやはそのルールを破って、あろうことか酒場で踊るという蛮行を犯したんです。残念だが先輩の冒険者として彼には更に徹底して教育が必要だとね、そう思っていたところだったんですよ」


「や、やめてください! そんなひどい事……」


 巨体のバーレルに気圧(けお)されて受付嬢は哀れにもガタガタと震えている。


 やれやれ……見ていられないな。

 俺は壊れたテーブルの残骸をどかしながらゆっくりと立ち上がる。


「おいおい、ずいぶんと軽いんだな? Cランクの蹴りというのは」


 バーレルは驚いた表情で俺にふり返る。


「ほお……まだ動けるとは驚いたな。だがなぼうや、無理をする必要はないんだぜ。あんな恥ずかしいダンスを披露した後なんだ、今更カッコつける必要もないだろう? ゴミはゴミらしく、床を舐めて寝ていた方がいいんじゃないのか」


「勘違いしてもらっちゃ困るな。これはあんたから仕掛けてきたことだぜ、決着をつけなくていいのかよ。まさかFランクパーティーの俺にビビっているわけでもあるまい?」

 

「て、てめえ!! まさかこのバーレルさまとやろうってのかよ!?」


 バーレルは顔を真っ赤にして激昂する。

 その姿はまるで膨れ上がった豚のようだ。

 バーレルと対峙する俺を囲む冒険者たちは騒然となる。


「あの怪力のバーレルにかなうはずがない!」


「今の蹴りを見たか、5メートルは飛んだぜ!? あれで起き上がれるなんて普通じゃねえよ」


「CランクとFランクじゃ勝負になるわけねえ! 可哀そうに。あいつ、なぶり殺しにされるぞ……」


 バーレルは腕をゴキゴキと鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。

 

 次の瞬間、床を強く蹴ったバーレルは一気に俺との間合いを詰めると構えたこぶしを振り下ろした。


「オラアッ!!」


「遅いな」


 俺は、バーレルの大振りなパンチを躱す。

 勢い余ったバーレルの拳が、俺の後ろにあった柱に大穴を穿つ。

 

「ちっ! すばしこいガキだ。なら、こいつはどうだ!!」


 バーレルは左右の腕で高速の連撃を繰り出してきた。

 俺は腕を上げて防御を固める。

 撃ち込まれるすばやい連撃。

 だが、しっかりと守りを固めた俺の上体は揺らがない。


「こ、こいつの体どうなってやがる、まるで岩みてえだ!?」


 バーレルはこぶしを赤く腫らして連打が止まる。


 なるほど確かにバーレルは強い。

 速さもパワーもゴブリンとは全く別次元だ。

 だてにCランクパーティーのリーダーを務めているわけではないらしい。

 だが、それでも……


 俺はにやりと笑う。


「どうやら……勝てないってわけじゃなさそうだ」


「なんだと!?」


 ズドン!!


 鈍い音を響かせてバーレルの腹に俺のパンチが突き刺さった。

 バーレルの顔が苦悶に歪む。


 すかさず俺は奴の顔面に左右の連打を叩きこんだ……!


 ドカ! バキ!! グシャッ!!!


「っぐぼ!? がああッ!?!?」


 あわれにも顔面を連打でぼこぼこにされたバーレルの体はたちまち平衡を失い、力なく床に叩きつけられたのだった。


 周りの冒険者たちは何が起きたのか信じられない、といった様子だ。

 

「嘘だろ……!? あの【鋼鉄の腕】のバーレルを倒しちまったぞ」


「ありえねえ! あいつ一体何者だ!? Fランクパーティーの新人じゃなかったのかよ」


 残ったゲイズはしばらく呆然とした様子だった。

 だが、目の前で起きたことをようやく理解したようだ。

 

「こ、このガキぃ!!」


 酒場のイスを振り上げて俺に襲い掛かるゲイズ。

 だが、明らかに動揺しているのがまるわかりの芸のない攻撃だ。


 もう少し頭のまわる奴かと思ったが、こうなってしまうと脆いものだ。


 ズドンッ!!


 なりふり構わずイスを振り回すゲイズの、みぞおちに俺の肘が撃ち込まれた。


 ゲイズは目を白黒させ、口から泡を吹きながら気絶した。


「やれやれ……何なんだこの情けない連中は。おい、お前、バーレルとかいったか。まだ寝るには早いだろう?」


 ズン!


「ぐほぁッ!!?」


 俺は、床に倒れるバーレルの――樽のような膨れた腹を踏みつけた。

 目を飛び出させて意識が戻ったバーレルはたまらず咳き込んでいる。


「なあ、俺のダンスが見たいんだろ? いいぜ? お前の腹の上でたっぷり踊ってやってもな」


「ヒイイイィッ! か、勘弁してくださいッ! すみませんでした……!」


「雑魚どもが……! くだらない冗談を言ってる暇があるなら力量の差を考えるべきだったな。二度と俺の前でふざけた真似をするなよ」



 俺は床に転がる二人に吐き捨てるとそのまま酒場を後にするのだった。


 本当はクエストを一人で受注して金を稼ごうと思っていたのだが、なんだかあの後周りが大騒ぎだったので日を改めたほうが良さそうだ。まったく本当に迷惑な連中だったな。


 俺がギルドから出ようとすると後ろから追いかけてくる影があった。


「おーい、待ってくれよ! さっきの見たぜ、凄いじゃないか。まさかあのバーレルを倒してしまうなんてな! なあ、今日はもう帰ってしまうのか? 俺はゼノっていうんだ。よかったら君の名前を教えてくれよ」


「俺はレクス・グロウ、クラスは【竜騎士】。昨日、教会でクラスをもらったばかりさ。でも、俺にはあんまりかかわらない方がいい。さっきのを見ただろ? 理由はわからないが自分でもああやって踊るのが止められないんだ。俺と一緒にいたら君まで変な目で見られてしまう」


「ああ、話は聞いているよ。レクス、その症状なんだが俺に心当たりがあるんだ。ダンスをするようになったのは昨日クラスをもらった後からじゃないか? それと踊りたくなるのは1時間に1回くらいだろう?」


「驚いたな……なんで知っているんだ」


「うわさ話さ。バーレルたちも話しているのを聞いたよ。レクスは待機モーションって知ってるかい?」


「待機モーション?」


 それからゼノは俺に待機モーションの事を教えてくれた。

 待機モーションはベテランの冒険者の間ではよく知られているらしい。



「……っていう訳さ。バーレルもこの事を知っていてレクスにちょっかいをかけようとしたんだろうな。まったく陰険なやろうだぜ」


「なるほどな。俺の【ドラゴンダンス】は待機モーションだった、という訳か。原因が知れたのはありがたい、感謝するよ。だが、それだと結局止める方法はなさそうだな……待機モーションっていうのは止めたりできるものじゃないんだろう?」


「ああ、待機モーションを止めたり消したりする方法っていうのは残念だが聞いたことがないな。だけどさ、少なくとも俺は知ってるぜ。レクスが悪ふざけで踊ったり騒いだりするような非常識な奴じゃないってことをさ。それに、バーレルみたいな横暴な奴に立ち向かえる度胸を持ってるってこともだ。なあレクス、頼みがあるんだ。俺を君のパーティーに入れてくれないか?」


「そうだな、一緒に来てくれるなら俺はとても嬉しいよ。だがゼノ、君はいいのか? 皆が君のように理解のある奴ばかりってわけじゃない。これからも俺の【ドラゴンダンス】を白い目で見られることもあるだろうな。同じパーティーに居れば君まで迷惑をかけてしまう」


「はっはっは! 何言ってんだよ、そんなのなんでもないって。待機モーションくらい誰でも持っているんだ、全然変な事じゃないさ。レクスがそんなことを気にする必要はないんだぜ? それに冒険者として活躍すれば周りの評価も変わるものさ。俺たちで目指そうじゃないか、冒険者の最高位Sランクパーティーを!」


 ゼノは自信に満ちた表情で手を出した。

 その手をとり、俺たちは固く握手をかわす。


 新たなる【炎竜の刃】の始まりだ。






 ――こうして俺はゼノと出会ったのだった。


 宿に泊まれない俺のためにゼノはあちこち手を尽くしてくれて、街のはずれにある使われていない小屋を俺の住居として用意してくれた。


「悪いな、リーダー。こんな不便なところしかなくてさ。でも俺たち【炎竜の刃】がもっと稼げるようになれば、壁が厚くて防音性の高い、この街の高級宿の部屋も借りられるようになるからそれまで我慢してくれよな」


 用意された家は街の中心からは離れていたが、しっかり屋根と壁があって全然住むことができるものだった。 

 野宿を覚悟していた俺には何より嬉しいもので、俺はゼノに感謝をしながら眠るのだった。


 それから、ゼノの紹介で新人の冒険者だったミリアとアリシアが【炎竜の刃】に加入した。

 二人ともクラスの加護を得たばかりの初心者だったが、最初のクエストから活躍して周りを驚かせた。

 

 4人となった【炎竜の刃】は次々とクエストを達成して、パーティーのランクは異例の速さで上がっていった。

 俺たちは息の合った連携で立ちはだかるモンスターたちをなぎ倒していく。



 それでもやはり、俺の【ドラゴンダンス】を周りに馬鹿にされることはあった。


「俺たちのリーダーを馬鹿にするやつは前に出やがれ! このゼノが相手になってやる!」

 

「リーダー、あんなやつらのいう事なんて気にするだけ損よ。私たちが強くなってパーティーのランクが上がれば、自然とああいう連中ってのはむこうから尻尾を振って来るに決まってるんだからね」


「まったく……許せませんね。人の事を傷つけてなんとも思っていないような輩をみると反吐がでます」



 俺を信じて付いてきてくれる大切な仲間たち。

 その信頼に応えるため俺は労苦を惜しまなかった。


 冒険者の最高位Sランクパーティーになる事、それは冒険者の最高の栄誉であって成功だった。


 Sランクとなれば受けられるクエストの種類には制限がなくなり、王族や貴族からの指名の依頼も入ってくる。

 冒険者ギルドから与えられる報酬の額も跳ね上がり、誰もが羨み、賞賛を惜しまない至高の存在。

 それがSランクパーティーだ。


 俺はこの【炎竜の刃】の仲間たちとその栄光を掴みたかったのだ。



 そして今日に話は戻る。これまでの努力が遂に実を結ぶ時がきたのである。




「ここが第12階層の入り口か。ようやくたどり着いたな」


 長い通路を歩き終えた先、ダンジョンの地の底に驚くほど広大な空間があった。

 この場所こそダンジョン【ファフニールの大断層】――その第11階層の最奥だ。

 巨大な大穴が下に向けて口を開けていて、風の音が響く。その底は暗くて見通せない。


 いよいよこの穴を下りた先が【邪龍ファフニール】が眠る第12階層なのだ。

 

 とはいえ、今回の目的はここまでの地図を作っておくこと。

 ここまでくれば目的は達成だ。

 あとは帰還のクリスタルで帰るだけである。


 脱出の前に俺たちはここまで歩いた休憩のため、それぞれ荷物を下ろし一息つくことにした。

 皆は、作った地図の出来栄えを確認したり、水筒から水を飲んだりしている。


 この穴を下りるとすれば長く頑丈なロープが必要になるだろう。

 次回来るときには忘れないようにしなければな。


 俺がそんな事を考えていると、ゼノが話しかけてきた。


「リーダー、ちょっといいか? ミリアがリーダーに渡したい物があるらしいんだが」


 ゼノに連れられてきたのは顔を赤らめたミリアだ。

 なにやら恥ずかしそうな様子で、俺となかなか目を合わせようとしない。


「ほら、ミリア。そんなに恥ずかしがっていたらリーダーに渡せないだろ?」


「う、うん……ねえ、リーダー。両手を前に出して、目をつぶっていてね。私がいいって言うまで絶対に目を開けちゃダメよ?」


「ああ。これでいいかな?」


 俺は両方の手のひらを前に出して目をつむった。

 いったいなんだろう。Sランクに昇格した記念のサプライズかな?


 


 …………カチャリ。


 何かの金属音と共に俺の手首に冷たくて硬い物の感触。

 

「え……!?」


 俺は思わず目を開けてしまう。

 前に突き出した俺の手首には鈍く光る金属の手錠がかけられていた。


 俺を見るミリアは口角を釣り上げてニヤニヤと笑う。


「オラアッ!!」


 ドンッ!!


「ぐはっ!?」 


 いきなりゼノが背後から俺を突き飛ばした。

 倒された俺は、受け身が取れず地面に叩きつけられる。


「えい……!」


 カチャリ。


 倒れた俺の足にアリシアが飛びつくと、同じ手錠を足首に付けられた。


 ゼノたち3人は俺を見下ろしながら笑っている。

 突然の出来事に思考がまるで追いつかない。

 

「な、何だよこれ!? どういうつもりだよ!?!?」


「くくくっ、ははははは!! 馬鹿だなあリーダー。お前は騙されたんだよ」


「ふふっ、最高にマヌケね」


「あらあら、うふふっ。本当に察しが悪いんですね」


 まるで悪い夢でも見ているみたいだ……ゼノたちはなんでこんな事を!?



「……リーダー、いやレクス・グロウ。お前をこの【炎竜の刃】から追放する!」


「レクス。あなたはもう用済みってわけよ」


「あなたはSランクパーティーにふさわしくありません」


「俺を追放するだって? な、なんでそんなことをするんだ。俺が一体何をしたっていうんだよ」


「くくく、そんなのお前の【ドラゴンダンス】がうるさいからに決まっているだろ」


「レクスが街中で踊るたびにこっちまで変な目で見られるの。本当に迷惑だわ」


「あんな下品な踊りをする人間が同じパーティーに居るなんて……普通に考えたらこんな苦痛なことはありませんよね?」


「な、何言ってるんだ。俺が待機モーションで【ドラゴンダンス】を踊るってことは皆、知ってて【炎竜の刃】に入ったんだろ!? 今更なんでそんなことになるんだよ」


「はっはっは。そりゃあ、知っていたとも。レクスが最高位の【ユニーククラス】持ちで強いって事もな。だからさ、利用させてもらうことにしたのさ。パーティーがSランクに上がるまでな」


「Sランクに昇格すればあなたは不要ってわけよ。そうとも知れず必死に頑張ってるあなたの姿は滑稽だったわ」


「自分で墓穴を掘ってることに気づかないなんて。はあ……愚かですね。馬鹿の相手をしていると疲れます」


 ……こいつら今まで俺をだましてたのか。許せない!


「俺は……【竜騎士】の力は、【炎竜の刃】の重要な戦力だろうが。今までだって最前線で戦ってきたんだぞ? 俺を追放したら困るのはお前らの方じゃないのかよ」


「確かにそうさ。今までは、な。だがこれからはそうじゃないぜ。何でかわかるか?」


「答えは簡単。【炎竜の刃】がSランクに昇格したからよ。Sランクになれば報酬は増えるし、クエストも選び放題なんだから。皆、【炎竜の刃】に入りたがるって訳よ。それこそ上級職のクラス持ちも例外じゃないわ」


「はっきりいいましょうか。これからはあなたの替えはいくらでもいるってことです。下品なダンスを踊らない替えが、ね」


「ふざけるな! 大体そんなのは無効だろうが。冒険者ギルドの規約にもあるじゃないか。パーティーのリーダーの途中変更は認められないって」


 そう、冒険者のパーティーはそのリーダーに帰属する。途中での変更は認められない。


 もし、リーダーが自分の意志でパーティーから抜けるならそのパーティーは解散される。

 残ったメンバーで再びパーティーを結成しても、それは別のパーティーという扱いになり、Fランクからの再スタートとなるのだ。

 以前にパーティーの名前だけを他人に転売する冒険者がいて、有名無実なパーティーが乱造されたため採られた措置であるのだが……


「ははは、お前は本当に馬鹿だなあ。ちゃんと規約を最後まで読んだのかよ?」

 

「そうよ。規約の最後にはこうあるわ。『*ただし、リーダーがダンジョン内で死亡した場合には残されたメンバーの中からリーダーを選び直し、パーティーを継続することができる』ってね」


「規約を最後まで読まないなんて……愚か者には当然の報いですね」


 こ、こいつら俺を殺すつもりか? 正気じゃないぞ!


「……だったら何で俺をリーダーにしたんだよ!? 最初にゼノあたりがリーダーになればよかったんじゃないのか。それなら俺を正式に辞めさせても問題ないだろ? なんで俺が殺されなきゃならない」


「お前なあ、少しは世間体を考えろよ。Sランクに上がった途端に俺がメンバーを解雇したらまわりに印象が悪いじゃないか」


「そうよ。安心しなさい、リーダーはモンスターから私たちを守って勇敢に戦って死んだ。そういう事でギルドには報告しておいてあげるわ」


「リーダーはギルドの書類の上では勇敢に戦い天国に召された……そういうことになるのです。もちろん個人的には地獄に落ちてほしいですが」


 くそっ! こいつら狂ってやがる!!


 俺は、腕に力を込めて手錠を外そうとするが硬くてびくともしない。


「くくく、暴れてもムダだぜ。その手錠はミスリル合金製の特別な物さ。トロルの馬鹿力でも外れねえ。まあ諦めるんだな」


 ちくしょう! こんな奴らを仲間だと思っていた俺が馬鹿だった。


 【炎竜の刃】で5年間も一緒にいたのに、こいつらの狙いに気づけなかった。


 これまでいくつもの冒険をして、仲間たちと助け合ってきた日々。

 楽しく笑った、数々の思い出。

 仲間たちから向けられる信頼。

 

 そのすべてが偽りだった。

 俺の努力は全部、無駄だった。

 俺はこれまで積み上げてきた物がガラガラと音をたてて崩れていく絶望を感じていた。


 見下すゼノは嘲り笑う。

 

「レクス。お前まだミリアとアリシアを抱いてなかったのかよ? せっかく俺がわかりやすいほどお膳立てしてやったのになあ……」


「な、何だよそれ? どういうことだ」


「どういうって……察しが悪いな。つまり、だ。こういうことだよ」


 ゼノはアリシアの腰に手をまわして抱き寄せるとその尻を掴んだ。

 アリシアは惚けたような表情で甘い嬌声をあげ、ゼノに媚びるように身体を密着させる。


「ああん、ゼノ……もっと乱暴にしてえ……」


「なあレクス、知ってたか? こいつはこうやって強引にしてやると喜ぶ変態なんだぜ」


「アリシアばっかりずるーい。ねーえゼノ、私が上手く演技してあいつに手錠を掛けたんだからね? 私もご褒美が欲しいよお……」


「やれやれ……しょうがねえなあ」


 ゼノは片手でアリシアの肢体を楽しみながら、もう一方の手でミリアを抱きしめるとその唇を奪う。


 洞窟に、湿った淫靡な水音が響く。


「ぷはあ……」と息をするミリアの顔は、熱をおびて真っ赤になっていた。


「よしよし、よくやったな。ミリア、偉いぞ」


 ミリアの髪をゼノが撫でてやると、ミリアはとても気持ちよさそうにしてゼノの胸に顔を押し付けるのだった。


「おっと……話がそれたな、レクス。ともかく【炎竜の刃】がSランクに上がるまではお前にやる気を出してもらわないといけなかったからな。今までミリアとアリシアには、お前の女になるように言いつけていたんだぜ? お前に気持ちよく頑張ってもらうための、俺からの気の利いたプレゼントさ。気に入ってくれたならいいんだが……」


「本当はあなたみたいな男に触られるのは嫌だったけど、そうしないとゼノが抱いてくれないっていうから仕方なく相手してやったのよ。感謝しなさいよね」


「ベッドの上のゼノは凄いんですよ……私たちが泣いて懇願しても気絶するまでやめてくれないんです。一度でもあれを体験したらやめられなくなってしまいます」


「はははっ、そういうことさ。それにしてもレクスは真面目だよなあ。二人にはお前に迫られたら、ちゃんとお前に媚びて抱かれるように言っておいたんだぜ? もったいないことをしたかな、ははは!!」


 くそっ! こいつらデキてやがったのか! 吐き気を催すような光景だ。


「ねえ、ゼノ。私もう我慢できないよお。早くこいつを始末して、帰って宿で楽しみたいなあ」


 ミリアが舌なめずりをしながら言う。


「くくく、まあ待てよ焦るなって。なあレクス、せっかくだから最後に見せてくれよ。お前の【ドラゴンダンス】をさ。その縛られた状態でなあ」


「そういえばそろそろ1時間くらい経つわね。ほら、見ててあげるからさっさと踊りなさいよ」


「うふふっ、面白そうですねえ。どんな無様な踊りになるんでしょうか」


 なんて悪趣味な連中だ。俺をいたぶる事しか頭にないらしい。

 俺は無理やり立たされ、早く踊れと急かされる。


 程なくして、俺の内側から強烈な衝動が沸き上がってきた!


「ヒョオオオオオオオッーーーー!! ドラゴンダンスだ! みんなノッてるか? 最高のテンショ……うぐ!?!? がッ!?」


 ドシャ!!


 【ドラゴンダンス】を踊ろうとした俺は、手錠が邪魔で派手に転ぶと顔面から地面に打ち付けた。

 

 倒れてもなお踊ろうと、地面で手足をバタバタさせる俺の姿は、かつての仲間たちを笑わせるのに充分だったらしい。

 

 激しい感情と怒りが抑えようもなく沸き上がる!

 なんでこんな目に合わないといけないのか。

 俺がやったことはここまでの仕打ちを受けなければならないのか。

 許せない……許せない……許せない!


「あばよ、レクス。【邪龍ファフニール】と仲良くやってくれ」


「あなたの役割はこれで終わり。いい夢は見れたかしら」


「さようなら。二度と会うこともないでしょう」


 三人は、地面に転がる俺を蹴っ飛ばす。

 その先には第12階層へと続く大穴が口を開けていた。


「お前ら……後悔させてやる! 俺は必ず戻ってくるぞ!!」


 俺は叫びながら大穴の中に落ちていった。






「……くっ、ここは?」


 俺は体を持ち上げると辺りを見渡す。


 うす暗い大穴の底の地面は、焼け焦げた煤や灰が覆っている。

 何かが焦げたような匂いが鼻をつく。

 あたりの岩壁は黒ずんで変色していた。


 ズウン……ズウン……!


 何か大きな物が動くような音が響く。

 地面が振動して何かの気配が近づいてくる!

 

 金色に輝く二つの目玉が侵入者をにらみつける。

 暗闇から現れたのは黒色の巨大なドラゴンだった!


「なんてデカさだ、こいつが【邪龍ファフニール】!」


 地面から頭の先まで軽く20メートルはあるだろうか。

 体を支える4本の足は太く、全身を覆う堅牢なうろこは鋼のようだ。

 【ファフニールの大断層】

 ――その怒れる主が姿をあらわしたのだ。


 ……ヒュン! という風切り音がしたかと思うと、たちまち俺は洞窟の岩壁に叩きつけられた。


「ぐはっ!?」


 叩きつけられた壁が砕けてひびが入り、俺は背中からめり込む。

 今の一撃は奴の尻尾に跳ね飛ばされたらしい。

 俺は両手、両足をゼノたちの手錠で拘束されていてなすすべなしだ。

 

 ファフニールは動けない俺に狙いを定めると、奴の口の奥から赤黒く燃え盛る炎があふれ出す。

 炎のブレスで俺にとどめを刺すつもりだ!


 くそっ! ここまでか……


 ゴオオオッ!!

 放たれた漆黒の火炎のブレスが俺の体を飲み込んだ!


 全身を焼かれる耐え難い苦痛が襲う。

 時間がとても長く感じられた。

 やがて痛みすら感じなくなり、全身の感覚が何もなくなる。

 そのまま、俺の意識は失われていったのだった。


 これが……死か……






「……はっ!? 俺は、いったいどうしたんだ!?」


 死んだ、と思った次の瞬間、俺の意識は突然戻った。


 目覚めたのは灰に覆われた地面の上だ。

 目の前には巨大なドラゴン、ファフニールが唸りをあげる。

 全身が激しく痛むがまだ俺は死んでいないらしい。



 しかし、次の瞬間。俺の体に驚くべき変化が起こった。


「うっ! な、なんだこの力は!? 全身からとんでもない力が沸き上がってくる!!」


 まるで生まれ変わったかのような変化だった。

 

 全身に力がみなぎり、恐ろしいほどに体が軽い。

 心が澄み渡り、強敵を前にしても恐怖を感じない。どこまでも落ち着いた気分だ。


 今の俺には手足のミスリルの手錠がひどく脆い物のように見えた。

 俺は両腕に力を込める。


 バキィ!!


 あれほど硬くびくともしなかった手錠が、ぐにゃりと変形し容易くねじ切られた。

 凄いパワーだ! 続けて足首の手錠も引きちぎる。


 俺は背中の大剣を抜き放ち、邪龍を正面に見据える。

 ファフニールはブレスを吐いた反動で口から煙を吐き、硬直していた。

 

 攻めるなら今だ!


 俺は素早く地面を蹴って駆ける。

 奴のふところに入ると、そのまま勢いを乗せた一撃を放った。


 驚くべき高速の一閃! 大剣が風を切って唸りを上げる!


 ドゴオオオッーーーー!!!


 破裂するような爆発音を伴って、奴の鋼のようなうろこがはじけ飛ぶ。

 斬撃の衝撃が邪龍の前足の肉をえぐり取り、その奥の骨までを穿った。


 俺の手に残る確かな感覚。

 間違いない。今の一撃は【クリティカル】だ!


 クリティカルとは冒険者が戦いの中で稀に繰り出すことのある強力な攻撃だ。


 人間の強い意志に呼応した、神々の加護がその一撃に乗ることで起きると言われている。

 極めて幸運に恵まれた時に起きる、その一撃は強力な威力を持ち格上の敵にすら致命打を与えうるのだ。



 この局面で、そのクリティカルを引き当てたのは何より大きい。

 なんて素晴らしい幸運だ!


 ファフニールのおびただしい返り血を浴びながら、続けざまにもう一本の足に切りかかる。


「うおおおおっ!!」


 ズガアアアッーーーー!!!


 轟音とともにファフニールの肉片がはじけ飛ぶ。


 なんとこれもクリティカル! とんでもない強運である。


 俺は、さらに返す刃で同じ足を切りつけた!


「やああああっ!!」


 ズバアアアッーーーー!!!


 大木のごとき太さの、ファフニールの堅牢な前足は大剣の二振りで両断された!


 この一撃もクリティカルだ! 今日の俺はあまりに運が良すぎないだろうか……



 大穴に邪龍ファフニールの絶叫が響く。

 全身を頑丈な甲殻で覆われ、天敵のいないドラゴン種である。痛みには慣れていないのかもしれない。


 支えを失った邪龍が体勢を崩し、その長い首を垂れる。


 チャンスだ!


 俺は邪龍の首めがけて疾走する。


 地面を蹴った俺は、奴の首よりもさらに高く飛び上がった。

 天高く振り上げた大剣を輝く炎が包む。


 そして、落下する勢いのまま大剣が振り下ろされる。


「終わりだ!! ドラゴンストライク!!!」


 流星の如き一撃に、邪龍ファフニールの首は音もなく断ち切られた。

 【竜騎士】の剣に宿る炎は、強大なドラゴン種の肉体すら一瞬で焼き切るのだ。

 

 そして最後の一撃もクリティカルだ。

 ――俺の運命は何かが決定的に変わりつつあった。






 大穴の底に再び静寂が戻る。


「終わった……か」


 俺は大剣を背に戻した。



 首から先を失った邪龍ファフニールの体は崩壊して光となって消えていく。

 その中に赤く光る物があった。


 俺は爛々と輝く赤い魔石を持ち上げた。

 それは脇に抱えるほどの大きさで、これまで見たどの魔石よりも大きい。

 これほどの魔石、ギルドに持ち帰ればどれほどの値が付くのか……


 おそらく、贅沢しなければ一生働かなくてもよくなるくらいの金が手に入るハズだ。

 それに強大なモンスターを討伐した証として、最高の名誉になるだろう。

 赤く燃えるような特大サイズの魔石を覗くと、まるで吸い込まれそうな魅力がある。



 しかし、それだけではなかった。


「あ、あれは!? まさか!」


 光の粒となって消えていくファフニールの体。

 突然、その光の粒が渦巻いて一か所に集まりだした。


 俺はこの現象を知っている。


 モンスターを倒した後に起きる、ある現象。それが起こっているのだ。

 しかし、まさかこのボスモンスターでこれが起きるとは。この意味はあまりにも大きい。


 光の粒が空中の一か所に集まると、ボンッ!! という音とともに煙が出て、豪奢な装飾の施された魔法の宝箱があらわれた。宝箱は空中でクルリンと一回転すると着地して、開けられるのを待っている。


「うおおおっ!! 凄い! 【ドロップアイテム】だ!」


 モンスターは死ぬと魔石を残すが、稀に魔法の宝箱も出現することがあった。


 これがドロップアイテムだ。

 宝箱からは様々なアイテムが入手でき、この方法でしか入手できない物もある。


 ダンジョンの奥に潜むボスモンスターもドロップアイテムを残すことはあるが、その確率は通常のモンスターよりもむしろ低い。そして討伐の難しさ、個体数の少なさもあり、あまりに貴重なのだ。


 ボスモンスターのドロップアイテムを取り合ったパーティーが喧嘩して、解散した。なんてのもよくある話だ。


 俺は宝箱に駆け寄った。近くで見るとかなりデカい。

 これは中身も期待ができる。ドクン……ドクン……と高鳴る心臓の鼓動をおさえつつ俺は宝箱を開けた。


 ギイイイ……



 箱を開けた俺の目にまぶしい光が飛び込んで来た。


 箱から現れたのは剣先から柄まですべてが黄金に輝く、堂々たる大剣だ。


 その重厚な力強い姿から強力な武器であることが疑いようもない。

 しかし、その装飾の精緻さと美しさはまったく人間の業とは思えなかった。


 その力と美が完全に調和した様は、まさしくこれが神話の世界から現世にもたらされた【伝説級(レジェンドクラス)】の武器であることを示していたのだ。



「す、凄い! これが、俺のものに……!?!?」


 俺はゴクリと唾を飲みながら柄に手を伸ばす。


 持ってみてわかる確かな感覚。自分が何者かに変わるような衝撃。ただの勘違いではない。実際に、形容しがたい力が身体に満ちていく……


 抱え上げた黄金の大剣は、この光のない大穴の底でも星のように煌めく。どれだけ高度な技術によって作られたのか想像もつかない。 

 

 この武器の情報(ステータス)が剣を通して流れ込んでくる……



―――――――― 

 【ソード・オブ・ファフニール】


 種別:大剣

 希少度:★★★★★ 【伝説級(レジェンドクラス)

 説明:強大な攻撃力を誇る大剣。邪龍の憤怒と復讐の力を使用者に(もたら)す。

 武器スキル:【縛りなき暴龍の牙】

 ・装備している者の体力(HP)が半分以下の場合攻撃力を上昇させる。

 ・【クリティカルヒット】の発生時に与えるダメージを大幅に増加させる。


――――――――






 岩が崩れるようなガラガラといった音が大穴の底に響いた。

 岩壁の一部が崩れ落ちて穴が開き、壁の中から通路があらわれた。


 どうやら俺は、嬉しさのあまり長いこと黄金の剣に見入ってしまったようだ。

 

 あらわれた通路は揃った形の石で舗装された人工的なもので、左右の壁に設置された松明の灯りがそれを照らしている。まるで俺をこの奥にいざなっているようだ。


「驚いたな。まだ先があったのか」


 俺は警戒しつつ通路を進む。

 通路はかなり広く、あたりに罠の気配はない。


 しばらく進むと見上げるほど大きな赤い扉があった。

 扉は両開きになっていて、金色に縁どられた豪華な装飾が付いていた。


 俺は扉に手をあてて力を込める。


 ギギギ……と音をたててゆっくりと扉が開いていく。


 扉を開けた先、そこは天井の高い広間になっていた。

 その広間の光景に俺は思わず息をのむ。


「な、何だこれは!?!? とんでもない財宝の山だ!!」


 床を埋め尽くすほどの黄金や宝石が山のように積みあがっている。


「凄い! ここはファフニールの宝物庫に違いない」


 数万年を生きるドラゴン種は財宝をため込む習性があるものもいるという。

 きっとこの財宝がそれなのだ。俺はなんて運がいいんだろう!



 そして、広間の中央。そこには不思議な物があった。

 金属製の巨大な鳥かごが天井から吊り下げられている。


 俺は鳥かごの近くに寄ってその中を見た。


「あれは女の子……?」


 鳥かごの中にとらわれた少女は眠ったように動かない。


 かごを開けて俺は少女を近くで観察する。

 流れるような金色の髪。人形のように整った顔立ち。

 だが寝息一つたてることなく、近くでも体温が感じられない。

 芸術品のような美を保ったまま、まるで少女の時間は止まってしまったみたいだ。

 

 少女はずっとこのような状態なのだろうか。普通の人間ならありえない。

 何かの魔法で眠っているだけか?

 

 そして少女を閉じ込めた鳥かごは広間の中央に配置され、一番目を引く存在だ。

 まるで、山のような財宝の中でこれこそが最高の宝なのだとでもいうように……



 人形……宝……


 そういえば聞いたことがある。俺は、ある一つの可能性に思い当たった。

 だが、もしそうだとすればとんでもないことだ。


「ま、まさか【機械人形(オートマタ)】か!?!?」


 機械人形

 ――それはうわさ話の中だけの存在。実在するのかも不明なおとぎ話。

 

 魔法で土から作られた【ゴーレム】とは似て非なるもの。

 ゴーレムより遥かに軽く、頑丈で人間の言葉を話すらしい。

 その極めて精巧な作りは、生きている人間と見分けがつかないほどだ。

 魔力を使って動いていること以外、一切の仕組みがわからないという。


 誰が何のために作ったのかもわからない。あまりに希少で値段が付けられない。そんな人間のようで人間でない何かが存在すると、冒険者のあいだで語られることがあったが、まさかあれは本当だったのか?



「たしか、機械人形は魔力で動いてるって聞いたな。なにか魔力のある物を持ってないか」

 

 俺は自分の持ち物を確認する。

 今回の探索で稼いだ魔石はゼノたちに持っていかれてしまったので俺の手元には残っていない。


 俺はアイテムポーチに手を突っ込む。

 アイテムポーチは入れた物の重さを感じることなく相当量の荷物を持ち運ぶことができるのだ。

 

 指に当たる硬く滑らかな感覚。


「そうだ、これがあった!」


 取り出したのは【邪龍ファフニール】の魔石だ。

 特大の魔力の結晶を人形の少女に近づけてみる。


「なあ、君。魔力がないのか? この魔石を使っていいぞ」


 俺がそう言うと、まるでそれが合図だったかのようにファフニールの魔石が輝きだした。

 魔石から大量の魔力の光が放出されて、それが少女の中に吸収されていく。



 ――そして、ファフニールの魔石はすべての魔力を出し終え光の粒となって消えていった。


 少女の白い指先がぴくりと動いた。

 そしてゆっくりと目が開かれ、宝石のような碧色の瞳が覗く。

 少女は猫のように背伸びをする。


「ふわ~あ、よく寝た。こんにちわ。私はアリス。お兄さんはだあれ?」


「俺はレクス・グロウ。冒険者さ。君はどうしてこんなところに? 誰かに閉じ込められていたのか」


 俺がそう言うとアリスは泣きそうな顔になる。


「うううっ、そうなの……。悪いドラゴンに捕まっちゃって、ずっとここから出られないの。魔力も切れて動けなくなっちゃうし、もうおしまいだわ!」


 そういう事だったのか。ずっとこんな所で一人閉じ込められていたなんて……

 

 俺は笑顔を作ってアリスに見せる。


「それならもう心配ないさ! その悪いドラゴンならさっき俺がやっつけたから安心して。アリスをここから出してあげるよ」


「ええっ、本当!? そっか、この部屋に人がいるってことは悪いドラゴンはもういないんだね! わあい、やったあ!! お兄さんスゴイよ!!」


 アリスは花のような笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねる。


「あれっ、なんだか体がすごく軽いよ!? うわあっ、すごいっ! 私の魔力が一杯になってる! お兄さんが魔力をくれたの?」


「ああ。あいにくあのドラゴンの魔石しかなくてね。魔力が大きすぎなかったかな、体は大丈夫? 変な所はない?」


「全然大丈夫! あのドラゴンの魔石ならきっとすごい値段が付いたのに、私のために……ううっ、本当にありがとう。全部お兄さんのおかげだよ! 私、お兄さんのこと大好き!!」


 アリスは俺に抱き着くと、ぎゅうっと身体を押し付けた。

 ふわふわした衣装を着ていて分かりにくいがアリスはなかなか発育がいいらしく、柔らかなものが俺の胸に押し当てられるのだった。






「私、決めたっ、お兄さんのことサポートするの! えいっ【分析(アナライズ)】!」 


 アリスが【分析(アナライズ)】の魔法を唱えた。

 対象の相手の情報(ステータス)をある程度見られる魔法だ。


 そういえばさっきの戦いから俺は自分のステータスを確認してないな……


 アリスは俺のステータスを見てなにやら気づいたようで得意げに報告してくる。



「聞いて! どうやらお兄さんは【アチーブメント】を達成しているみたいだわ!」


「アチーブメント? 知らない単語だな……」


「クラスの加護を受けた人にはそれぞれ何か果たすべき目標みたいなものがあるの。それが【アチーブメント】よ。【アチーブメント】を達成したら何か特別な能力がもらえるの! 中にはかなり強力なものもあるのよ」


「へえ、そんなのがあるのか! アリスに教えてもらわなかったら気づかなかったよ。それで、俺のはどんな能力なんだ?」


「待ってね、今見てみるわ! ……あっ!?」


 途端、アリスの表情が曇った。一体どんな能力なんだろう。

 ……まさかマイナスになるような効果か!?


「ア、アリス……どうだ? その、あんまり……良くないのか」


「ご、ゴメンね。私、期待させるようなこと言っちゃって。うーん、そのあんまりよくないみたい……」


 アリスは申し訳なさそうに肩を落とす。


「だ、大丈夫だよ。俺、こういうのは案外慣れているんだぜ。アリスが気にすることないさ。さあ、ドーンと教えてくれよ!」


「わかったわ! じゃあ見やすいように映してあげるね。それっ!」


 アリスの瞳が光ると空中に、俺の【アチーブメント】の詳細が映し出された!



――――――――

 クラス:【竜騎士】

 アチーブメント:【龍殺し(ドラゴンスレイヤー)】


 条件:ドラゴン種のモンスターを1体討伐する。 ※達成済み(1/1)

 達成効果:【待機モーション】が自動発動ではなくなり、任意のタイミングで使用可能になる。なお、効果に変更はない。


――――――――



 ――俺はあまりのショックに目が飛び出そうになった。

 待て、落ち着け。冷静に確認するんだ、俺。


「あ、ああ……アリス。これって、つまり【待機モーション】をまったくしないって事もできるってことか!?」


「そうね。任意のタイミングだから自分でしようと思わない限り一切【待機モーション】は発生しない。それで間違いないわ。うーん、残念だけどやっぱり微妙な効果ね。待機モーションが好きなタイミングで出来ても特にいいことが思い浮かばないわ……」



 ――解放された。

 アリスの声が遠くでぼんやりと聞こえる。

 

 俺は喜びの中にあった。


 15歳でクラスと待機モーションを授かり今日まで何度踊ってきただろう。


 俺の心にこれまでの思い出が走馬灯のように流れる。

 俺を罵倒する声……向けられる白い目の数々……

 ジャック……バーレル……、そしてゼノ、ミリア、アリシア。


 俺の目から熱いものが流れるのを感じた。



「……お兄さん! お兄さん! 大丈夫!? 泣いているの? ううっごめんね。私が余計なことしたからだよね……。私はいつでも傍にいるよ! お兄さんがどんな能力でも大好きだよ! 私がずっと一緒だから。だからそんなに悲しまないで」


 俺を抱きしめるアリスのぬくもりが、俺を現実に引き戻した。


「アリス、すまない。俺は大丈夫だ。今日は、俺がいままで生きてきた中で最高の日だ。アチーブメントのこと、教えてくれて感謝するよ。これは俺が一番欲しかった能力だ」




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