がんばり屋なピンクのうさぎ
見た目はピンクのうさぎのように可愛いのに、頑固でがんばり屋な友達をモデルにしました。闘病中の彼女の笑顔にちょっとだけお手伝い、出来たらいいな。
《がんばり屋なピンクのうさぎ》
口をぐわっと開きビカビカと鋭い牙を見せつけるようにニヤニヤと笑った狼を真っ向から見据え、ピンクのうさぎはダムダムと足を踏み鳴らした。
「もっぺん言ったんさいよッ!」
ピンクのうさぎの問いかけに狼の五ロウはますますニヤニヤ笑いを大きくして、
「おまえ肉喰えねえんだってなぁ。弱っちいくせに偏食とか。終わってんな、おまえ」
ふふんと鼻で笑う。
「はあっ?!」
五ロウ(狼五頭兄弟の末っ子)はピンクのうさぎ(二羽姉妹のしっかり者の長女)の周りを回っては『偏食女! 偏食女!』と囃し立てている。ウザいことこの上ない―――そして、おつむの出来はお察しである。
「うっさいわね。あんな不味いもん喜んで食べてるあんたたち(肉食獣)の方がどうかしてんじゃないの?!」
「はぁ? テキトー言ってんじゃねえ! 食ったこともねーくせになに不味いとか言ってんの? バカじゃね」
「ぐ…」
ピンクのうさぎは言葉をつまらせた。
「いーけないんだ、いけないんだ。食ったこともないくせに不味いとかッ、言っていいと思ってんのかよ! 全世界の肉食獣と雑食獣に謝れよ」
五ロウ(肉食)は腕を組み、上から目線で抜かしてくる。
「うっさいわね! 食べたことあるし! 食べれるし!」
ピンクのうさぎは苦し紛れに言った。バカにバカにされるのは思ったよりもダメージが強いものである。
「言ったな?! じゃあ、食べて見せろよ! 一週間後、みんなの見てる前でだかんな!」
「食べてやろうじゃないの! 一週間後、見てなさいよー!」
がんばり屋なピンクのうさぎはビシィィィッー!っとモフモフの前足を五ロウの顔に突き立てた。
お手本にしたいくらいの《売り言葉に買い言葉》であった―――そして、おつむの方はお察しである。
さてそれから、引っ込みのつかなくなったピンクのうさぎ(草食)は肉を食べるための努力を始めた。努力は得意である。
まず肉(霜降)を買ってきた。焼いた。火を止め肉を眺める。
「………」
火をつけ再び焼いた。
「………」
火を止め、肉をもう一度焼いてみた。
皿に乗せてみる。
「………」
ナイフで肉(消し炭)をガリゴリと切り分ける。眺めてみる。上から、横から、ガラステーブルの下からも眺めた(皿しか見えなかった)。
切り分けた肉(消し炭)をさらに半分に切った。フォークで刺す。ガスッ
「………」
フォークを持ち上げ、口を開け―――そして、
ピンクのうさぎはフォークをぶん投げた。
「だぁーーーーっ! やっぱ無理ィィ!!!」
ハアハアと息を荒げて、ピンクのうさぎはダムダムと床を蹴った。
次の日もピンクのうさぎはとてつもなく頑張り屋さんであった。
昨日から絶食をしていて口の端からヨダレを垂らしながら肉を前にしていた。空腹は最高の調味料、というのを実践してみているのだ。
ピンクのうさぎ(草食)は何度も何度も肉(消し炭)にガスッとフォークを突き立てた。あーんと口を開く動作が五度目を数えたあたりで、
ピーンポーン♪
呼び鈴がなった。
友達の鹿のシカ子(草食)である。陣中見舞いに来てくれたようだ。
「あの、あのね、あのさ、無理しない方がいいと思うんだ。絶対、ぜーったい、肉なんか食べれっこないし、五ロウくんには…一緒に謝って、こわ、怖いけど、だけど、あの、謝っちゃった方が、その……」
追い返されたシカ子は最後まで心配そうに何度も振り返って帰っていった。その後ろ姿を見ながら、ピンクのうさぎはダムダムと足を踏み鳴らした。
次の日もピンクのうさぎは超絶負けず嫌いであった。
当然、絶食は続けている。新しい肉(A5ランク)を形がなくなるまでグツグツと煮込み、それを一度茹でこぼし(スープは廃棄)、サラダに和えてみた。
肉をスプーンですくい口に、は…、はこ…、はこb―――
ピーンポーン♪
開いたドアの外にいたのは犬のイヌ美(雑食)だった。玄関マットの上で腕を組み仁王立ちしている。毛量の多いご自慢のモフモフとピカピカに磨いた牙と爪、一応友達ではあるが世界高額ランキング一位の犬種・サモエドの雑種であるということを鼻にかけた少々めんどくさい奴である。無言でドアを閉めようとしたピンクのうさぎだったが、イヌ美はずかずかと断りもなしに上がり込んでくる。
「あんた、五ロウに楯突いたんだって?!」
開口一番にそう言ってきたイヌ美にピンクのうさぎは鼻の頭にシワを寄せた。
「マジ、バッカじゃないの? はあ? あんたみたいなちっさい奴が五ロウに勝てるとでも思ってんの?―――はっきり言って迷惑なんよ。あんたみたいな『私、頑張ってます』『私、理不尽には屈しません』みたいな勘違い女子が一人でもいるとさぁ、うちらみたいな素直可愛い女子(*個人の感想です)まで色眼鏡で見られて、迷惑なの! わかる? とにかくさっさと五ロウに土下座して謝ってくれないっ―――って、ちょっと?! 私まだしゃべってんだけど?!」
「………」
無言でぐいぐいとイヌ美の身体をドアの外に押し出した。追い返されたイヌ美が不満そうにぶちぶちと文句を言って帰っていく姿を見ながら、ピンクのうさぎはダムダムと足を踏み鳴らした。
次の日もピンクのうさぎは尋常ではないくらいに頑固だった。
そして、頑張りの方向性が迷走していた。
薄暗い部屋、実験道具が乱雑におかれた机。ビーカーやフラスコの中には得たいの知れない液体が入っている。ハイライトの消えた目をしたピンクのうさぎがフラスコの中に入った薄緑色の液体を薄紫色の液体の入ったビーカーに注ぎ入れていた。
ボフンッ!
小さな爆発と共に薄く上がる煙。
「………」
ピンクのうさぎは丸眼鏡の縁をカチャリと持ち上げてニィッと唇をいびつな形に変えた。
ピーンポーン♪
まったくもってこの場にそぐわない軽快な呼び鈴と共に現れたのは熊のクマ吉(雑食)。やって来るなり、ピンクのうさぎの顔から眼鏡を外すと、ぽふぽふとその頭を撫でた。
「ちゃんと休んでるか? ほんとにおまえってやつはは無茶ばっかりして」
「クマ吉…」
クマ吉の圧倒的な父性(パパ味)にほろりときてしまうピンクのうさぎだった。
「あーあー、こんなに痩せちまって。しょーがねえなぁ」
クマ吉の指が頬をこする。
「…あ、っだ、大丈夫だってば。もうちょっとで、なんとかなりそうなんだ。うん、もうちょっとで。うん、なんとか…」
ピンクのうさぎの言葉にクマ吉は困ったようにポリッと自分の頬を掻いた。
「―――それなんだがよぉ、なあ? もう止めちまわねえか? 五ロウのことなら俺が何とかしてやるから。な? 大丈夫だ。なんも心配するこたぁねえよ」
「………」
『な?』と言いながらクマ吉はピンクのうさぎの顔を覗き込んだ。熊と狼なら熊の方が断然強い。五ロウはただただひたすら(草食動物に対してだけ)偉そうなだけである。
ピンクのうさぎはクマ吉に撫でられるそのままに頭を下げた。
「今日はありがとう。うん、考えてみる。大丈夫、心配しないで」
クマ吉を見送りながら、ピンクのうさぎは タムタム と小さく足を鳴らした。その頭にある両耳はしょんもりと垂れ下がっている(ロップイヤーラビットではないのに)。
クマ吉はとても優しくって頼もしい友達だが、どうやらピンクのうさぎの試みが成功するとはチリほども信じていないようだった。
まあ、そんなこんな、てんやわんや、あれやこれやと色々あったが、ともあれ約束の一週間が経った。
「さあさあさあ! 食ってもらおうじゃねえの、肉をよ。言ったよな? 食ったことあるって、食えるんだって。だったら食ってみてもらおうじゃねえの! ま、謝るってんなら今のうちだけどな。俺だって鬼じゃねえ。地面に頭擦り付けて『私が悪ぅございました』って言うなら?許してやらねえこともねえぜっ」
五ロウの言葉にシカ子は顔を青ざめさせ、イヌ美は『ふふん♪』と笑い、クマ吉はぐっと拳を握った。
ピンクのうさぎは平静を装い、淡々と準備を進める。
そして今。ピンクのうさぎは優雅な手つきでナイフとフォークを手に―――
《いざッ、実食!》
目の前の皿には肉(A5、霜降、レア)が乗せられていた。外はカリッと中は柔らか。ハーブバターがステーキの熱で少し溶けているのがまた食欲をそそる。皿に敷いたクレソンの緑が実によくマッチしている。香ばしいガーリックバターの香りと焦がし醤油の組み合わせはある意味、卑怯である。
丁寧に切り分けたそれを上品に口に運ぶ。
「―――」
結論から言うと、その日、ピンクのうさぎは居並ぶギャラリーの面々を、
「「「「ギャフン!」」」」
と言わせることに成功した。
ピンクのうさぎのスーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス(意味:とにかくとんでもなくもんのすげーってこと)な努力と根性と情熱と執念が勝利したのだった。
それから世の中はほんの少しだけ変わった。
具体的にどう変わったかのかと言うと……
そう例えば、テレビやラジオからこんなCMが流れるようになっていた。
―――長雨や干ばつで牧草が少なくてももう大丈夫。年を取って牙が抜けてしまってももう大丈夫。草食さんにも肉食さんにも朗報です。あなたにも肉(草)が食べられる! その名も《うさぎ印の元気サプリ》! 今から30分間、送料無料の上、同じ商品をもう一箱お付けします。皆さん、お急ぎください!―――
ピンクのうさぎが開発した画期的なサプリのお陰で、肉食のライオンも草食のモルモットもみんなみんな仲良く同じレストランで同じメニューが食べられるようになったのだった。めでたし、めでたし。
え? その立役者であるピンクのうさぎは今どうしてるのかって?
そりゃもちろん、サプリの莫大な特許使用料で悠々自適。今日も高級牧草のチモリー(絹糸草)をたーくさん買いこんで巣穴生活を満喫していた。
だってやっぱり牧草の方が美味しいしね。
おしまい
というわけで、みんなみんなガンバロー! エイエイオー!
がんばり屋なウサギのモデルになってくれた友人が旅立ちました。このお話が掲載された同人誌の刊行は間に合いまして、何度も何度も読んでくれていたそうです。この冊子は彼女の応援号として企画され、昔の友人たちがそれぞれ詩やエッセイ、小説を書きました。
少しは彼女の力になれたのでしょうか。そうだといいなぁ。