なかったことにする
「昨日、ごめんな」
壮絶な夫婦ゲンカを繰り広げた昨夜。
先に謝ろうと思っていた恵子は夫の方から先に謝られてしまった。
「なんのこと?」
にっこり。
台所へ行って朝食の用意を始める。
夫はバツが悪そうに頭をぽりぽりかいた。
「俺も大人げなかったよ」
「なんのこと?」
フライパンから卵焼きをお皿に盛り付ける。
「なんのこと、って、お前がいいんなら俺もそれでいいけどさ」
イライライライラ。
いつまで引きずってるの?
恵子は夫が朝食をとって会社に出かけると、タンスの引き出しから、何かあった時のために2人で書いていた離婚届を取り出した。
役所まで30分。
「はい、確かに不備はありません」
受け付けてもらって、帰って荷物をまとめる。
結婚していたこと自体、なかったことにしてやる。
我慢してたんだ。いつも些細なことで言いがかりつけてくる夫。そして、謝りさえすればいいと思ってる夫。
子どももできないし、早くこうすればよかった。
がた、ばたん。
玄関の開く音。
「恵子!やっぱり気になって帰ってみれば!なんだよその荷物」
「なんで帰ってくるの!」
タンスの引き出しを確認する夫だった男。
「もう離婚届は受理されました」
「じゃあさ、婚姻届出しに行こう」
「ふぁっ!?」
「離婚、なかったことにしよう」
「そんなんできるんですか?!」
「できるんですねぇ。ちなみに婚姻届のスペア、無限にあるから」
「えーん」
ま、いいか。