第19話 水の聖霊の儀式
「……君は不思議な子だね、」
「クレイン団長! 水の聖霊の儀式の準備が整いました!」
クレイン王子が何か言いかけたが、隊員が報告する声に遮られてしまった。どうやら儀式の準備が完了したようだ。王子は隊員が声を掛けるとすぐに、いつもの笑顔に戻ってしまった。何を言いかけたのだろうか。
「さあ、板川様こちらへ。マリーとサリーも折角だから一緒に見るといい」
最も大きい祭壇が見える位置へ案内してもらう。マルタ副団長が1番前で跪いているのが見える。ついに儀式が始まるのだ。私にも聖霊の姿を見る事ができるだろうか? 私はとても楽しみで、周りを見回しそわそわと落ち着きなく待ち構えていた。そうだった! と急にクレイン王子から声を掛けられる。絶対に私だけは祝詞を唱えてはいけないと、強く念押しされた。どうやら、聖女が祝詞を唱えると何が起こるか予想がつかず危険らしい。事前に言ってもらえてよかった。今後覚えなきゃいけないことだと思って、ちょうど祝詞を覚えようと考えていた。私は声に出しながら覚えるタイプなのだ。
ちょうど話が終わる頃、マルタ副団長が持っている杖を地面に打ち付け始めた。周りが静まり、しゃらしゃらと杖についた金属が音を奏でる。杖を打つ度に段々大きくなっていく音は、不自然なほど中庭に響いた。
「天にまします神聖なる聖霊王よ。王に遣われ我らに力を与えし慈悲深き王の子らよ。力強く清らかなる水の流れで悪しきものを戒めたまえ。我らが糧と栄を御身に捧げん。王の天におわす御心のまま、世界を安寧に導きたまえ。我らが心は限りなく汝のもとにあり!」
マルタ副団長の声が、金属の心地よい音と共に響き渡った。祝詞を唱え終わるや否や、噴水の水がぐわっと立ち昇る。飛び散る水飛沫に、太陽が反射してきらきらと輝く。上空に水の塊ができたかと思うと、噴水を囲む祭壇を滝のように飲み込んだ。祭壇の前にいるマルタ副団長が巻き込まれてしまう!? 私は思わず前に行こうと足を踏み出すが、横にいたクレイン王子に止められた。よく見ると、祭壇の外に透明の壁があるかのように水を弾いていた。祭壇を囲む騎士達の方には、一滴の水も溢れていなかった。段々と水の勢いが弱まり、ついに全ての水が噴水の中に収まった時、祭壇にたくさん並んでいたお供え物は全て姿を消していた。
「儀式は無事に終わったようです。板川様、いかがでしたか?」
「すごかったです! 水がぐわぁーって! すごい迫力でした!」
「水の聖霊の儀式は1番見応えがありますから。楽しんで頂けて何よりです」
私は興奮が収まらず、そのままの勢いで王子に答えてしまった。いや、だって! すごかった! 私はようやく、魔法や聖霊のいる世界に来ちゃったのだと実感が湧いた。前にクレイン王子が見せてくれた魔法もすごかったけど、正直、指に火を付ける程度ならマジックでもできそうだ。しかし、今回のような神の御業を見させられたなら、有無を言わさず聖霊はいると信じざるを得なかった。
儀式を終えたマルタ副団長がこちらに来てくれた。私は自分の語彙力を尽くして、副団長にすごかったと伝えた。副団長は恥ずかしそうにはにかむと、お礼です、と私の前に両手を出した。空間を持たせて手を上下に重ね合わせている。何か捕まえているようだ。
「板川様は、水の聖霊を初めてご覧になられますか?」
マルタ副団長がぱっと手を開くと、青い光が飛び出てきた。青いホタルのようで綺麗だ。昼間で明るい中でも淡く光っている。
「すごい! これが水の聖霊なんですね!」
「やはり板川様には見えるのですね。珍しい……水の聖霊の方から挨拶してくれています」
「挨拶してくれているんですか? わあ、ありがとうございます! はじめまして!」
「……あれ?」