第1話 ここはどこ
生温い空気の中を早足で歩く。21時を過ぎているのに、まだ昼間の熱が残っていた。居酒屋から出てきた人たちは、この気だるい熱を纏ってゆっくりと歩いているが、私は違う。一刻も早く家に帰りたい。昨日も残業、今日も残業だ。コンビニで買った夕食が足に当たってガサガサと音を立てる。あと少しで家に着く。
なんだろう。――見られている?
自分の危険察知センサーに、自宅近くになったからか、何かが引っかかった。コンビニの袋が煩くて気が付かなかったが、変な音がする。コツコツといった人の足音ではなく、形容し難いデュルデュル、ゴゥゴゥみたいな音が聞こえる。
なんか音が大きくなっていってない?
あれ? と後ろを見ると、目の前には黒いドロドロとした大きな塊がいて、私は立ち止まる間もなく、それが開けた大きな口に飲み込まれていった。
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目の前に強烈な光を感じて、意識が覚醒する。反射的に目を開けてしまい視覚が死んだ。
目が! 目がぁー!!
1人悶えていると、上からざわざわとたくさんの人の気配があることに気がつく。地面に手を付き、冷たくて固い感触を感じながら、うつぶせの状態から起き上がる。
何? 誰? 囲まれている?? え。こわ。
片手で目を押さえながらずりずりと後ずさると、何かがおしりに当たった。なんだかやわらかいし、ぬくい。
「あのぅ、大丈夫ですか?」
人がいる! 女の人だ!
「はい、すみません! あの! ちょっと今、目が眩んでいて、よく見えなくて! あの、どういう状況ですか? 私、交通事故にでも巻き込まれたんですかね? ちょっと分からなくて――――「聖女様! お二人とも目覚められましたか!」
バタバタと足音がした後、男の人に声を掛けられる。救急隊の人かな? 幸い、私は打ちどころが良かったのか痛いところは特に無い。目も少しずつ見えるようになってきた。
「はい! 大丈夫です! どこも痛くないし、身体は問題ないと思います。ありがとうございま……」
答えながら顔を上げる。私の目の前には、白くて長い服と白くて長い帽子を纏った外国の人がいた。優しそうで爽やかな見た目をしている。誰が見ても、この人を救急隊員だという人はいないだろう。
後ろには、先ほど声をかけてくれたであろう女の子がいた。その子は驚いた様子で、全身白色の外国人を見ている。女の子を眺めていると、彼女の目が輝きだし、頬は紅潮してきゅーっと上がっていった。
さらに、私はできるだけ多くの情報を得ようと、必死に辺りを見まわした。まず分かったことは、私たちは包囲されているということだ。私と女の子を中心にして、帽子はかぶっていない白い服の人たちが輪になっていた。人の隙間から救急車やパトカーのライトは見つけられなかった。
次に気がついたことは、私は今、知らない場所にいるということだ。頭上のはるか上には石柱で支えられている天井があった。石柱の間に窓ガラスは無く、外は暗かった。先程まで蒸し暑かったはずなのに、今は空気が乾いてとても涼しい。
そして、なにより不思議なのは、地面が光っていることである。私と女の子が座っている場所が、まるく光っている。上から光が当たっているのではなく、地面の模様が強烈に光っている。私の目はきっとこいつに潰された!
私は焦ってキョロキョロと見回していたが、女の子は私よりも先に起きていたためか、すでに落ち着いていた。私がずーっと起きないから、みなさんをお待たせしていたようだ。私が周りを一通り見終わると、白い男はゆっくりと話し始めた。
「聖女様、私は聖エルハンブル教会の最高司祭を務めておりますイズラエル・二ファーと申します。此度の召喚は、聖女様からすれば急なことで、大変驚かれましたことと存じます。しかし、我々には貴方の力がどうしても必要なのでございます。どうか我々の世界を救ってくださいませ!」
白い外国人、イズラエルさんはとても流暢に、丁寧な日本語を話していたが、私には全く内容が理解ができなかった。一体何を言ってるんだコイツは…? と私が失礼なことを考えていると、後ろにいた女の子がハキハキと喋り出した。
「分かりました! 私にできることがあるなら、喜んで協力します!」