桃子と姫子
秋が終わり、冬がきた。
紅葉はまだ続き、木々は赤く黄色いままだけれど、朝は吐く息が白い。
「コタロー、行くよ」
玄関を出て、飼い犬のコタローに声をかける。ブンブンと尻尾を振り回しながらワンっとコタローが一声挙げた。
我が家には、父母私コタローにインコのキジが住んでいる。
母は四十を超えて私を産んだ。私の名前は「桃子」。
桃太郎のように強く逞しく、人に優しく、困っている人を助ける人物になって欲しいらしい。人間の寿命は元々40歳だと聞いたことがある。両親の年齢は昔では爺さん婆さんと呼ばれる年代だったのだろう。そして、犬とキジという名前のインコがいる。
あとは、サルか?猿をお供に鬼退治をしろと?この時代、どこに鬼がいるんだよ…と思いながらコンビニに足を踏み入れた。温かいココアとコーンポタージュを手にレジに向かう。会計中、レジの横に置かれているみたらし団子が目に入った。
「すみません、これも下さい」
スマホをかざして支払う。そのままコンビニを出てコタローといつもの公園に向かった。
ベンチに座り、ココアで手をあたためる。コタローはお利口さんにチョコンと傍に座りこちらを見上げる。その目は何かを期待しているようだ。はいはい、わかっておりますよ…。
ポケットからおやつを取り出しコタローに差し出した。おお、尻尾がぐるんぐるんですな。
「コタロー待て」
さぁ、いつまで待てるかな?
ジッと手のひらに視線を感じていると、影がさした。
「おはよ~今日は寒いね~」
指先を擦りながら現れた彼女を見てコタローが答えた。
「ワォン」
「コタロー、よし!」
私の声に反応してバッとおやつに食らいつく。
「やぁ、姫子。元気かい?」
隣に腰かけた彼女にコーンポタージュを渡す。
「なぁに、その口調?かっこいー(笑)」
けたけた笑いながら缶を開ける彼女を横目に私もココアを開けた。
ふたりベンチに座り、ほっと一息をつく。
「ねぇ、姫子。スマホ貸して。」
「いいけど、なんで?」
「んー…、鬼退治?」
「今日も桃子は不思議ちゃんだな~」
はい。と渡されたスマホを操作する。
彼女が一番使っているだろうアプリを長押しした。
アンインストール
「はい、鬼退治完了!」
ニヤリと口の端を持ち上げて、彼女にスマホを献上する。
「え~?何したの~???」
首を傾げながら不思議そうに手を差し出す彼女は、それでも笑顔だ。
「姫子が一番有意義な時間を過ごせるようにしたよ。いつものようにネット小説読むといいよ」
得意げに話す私に彼女は
「ふ~ん、よくわかんないけど、ありがと~」
とお礼を言った。
そのままスマホに目を落とす彼女はいつものように文字を追う。たまにコーンポタージュを飲みながら。
きっと、これで通知に悩まされることなく物語を進められるだろう。
私は知っている。
彼女に友達がいっぱい、いることを。
そして、知っている。
彼女がそれを煩わしい、と感じていることを。
それから逃れるために、ここへ通うことを。
彼女はかわいくて、優しくて、楽しい人だ。「人」にモテて当たり前の子だ。
それでも彼女は、無言の時間を愛する人なんだ。
ココアを飲みながら空を眺める。
今日は晴れそうだな、と。
もちろん、姫子と別れる前にアプリはインストールしなおした。
これがないと生活できないのが現代人の辛いところですね…。
「ありがとう、桃子。また鬼退治よろしくね!」
通知に遮られることなく進めた物語は終盤までいったようだ。
「愛する彼女のためなら、なんでもするよ。みんなには、嫉妬深い恋人が履歴全部消したって伝えるんだよ?」
スマホのゲームを止めて、彼女に話かける。
「りょーかいです!マイハニー(笑)」
シュタッと手を頭に当てて敬礼をする彼女に笑みが零れた。
「これ、おやつに持って帰って。みたらし団子、好きでしょ?」
「わーい!ありがと~!!」
彼女の腕が私の背にまわる。ふわりと甘い香りが私を包んだ。
私の大好きな彼女は、今日も私を幸せにしてくれる。
大事にしたい、守りたい。そんな気持ちが湧き上がる。
みたらし団子一パックでこんなに喜んでくれるなら100個くらい買えば良かったかな?
そんな冗談みたいなことを思い浮かべながら、そういえばと考える。
人間って、もとは猿なんだっけな?