皇大神宮
1501年(明応10年) 2月中旬 皇大神宮の境内 沢田充親
《明日、童子 現れたり》《童子に勾玉を渡すべし》
「_______っ!」
「はぁ…はぁ……はぁ……」
「これは…夢?それとも……天照大御神様より賜りし神託?」
(何方にせよ…私の元に現れる童子に、勾玉を渡さねばならん気がする。夢の中では…童子としか分からなかったが…果たしてどのような童子なのだろうか?)
「まぁ、良いわ…なるようになれじゃ」
「誰かあるか?」
廊下を蹴る音が聴こえる。
「父上、ここに」
「親正、居ったか」
「はっ!」
(この者は沢田親正……この皇大神宮の16代目宮司で儂の子じゃ。改めて見ると…宮司に似合わぬ巨漢じゃのう……。武士や僧兵の格好をしても誰も気付かんじゃろうなぁ)
「代々の勾玉の家宝…勾玉を持ってくるのじゃ」
「は…?しかし、それは……門外不出だった筈では……?」
「神託があったのじゃ…それを、儂の元に来る童子に渡せというな」
「成程…天照大御神様が……」
「神託とは…久方振りに無かったものを……天照大御神様も気まぐれじゃのう」
カラカラと笑い声が漏れた。
(そう言えば、今日明日で孫が来るとか雪が言っておったな。はて、何時来るのじゃろうか?思えば、孫と会うのは初めてじゃな…。どんな孫か楽しみじゃ)
1501年(明応10年) 2月中旬 伊勢参道 川俣楠十郎
(さて、そろそろ…祖父の居る皇大神宮に着くな)
「母上、河内丸は未だ寝ておりますか?」
「ええ、ぐっすりと…。何て可愛い子なのかしら。赤子というのはどの子も可愛いものですね」
「そうでしょうか?某は…昨日の夜泣きで参ってしまいましたぞ?」
「あら、元気な証拠ではありませぬか。楠十郎にも…こんな時があったのですよ?」
「そうなのですか?記憶に御座いませぬ」
(母上とて赤子が厄介なのは譲れぬ。アレは何も見えぬ上にろくに声を発せられぬのだ。あんなものは…二度と経験したくないな)
「まぁ、今はしっかりと食べて寝て…将来 俺の家来として育ってくれれば某は良いのですが」
「それは随分と先の事ですね」
「そうで御座いましょうか?意外と早く来るやもしれませぬぞ。某もうかうかとしては居られませぬ。そうであろう?権丸」
「はっ…殿が為、懸命に努めまする」
「うむ、励めよ」
(権丸は将来、俺の有能な手足となるのだ。よく学び、よく動いて貰わねばな)
「そうだ…楓、幸。これを持っておけ」
「これは…木刀で御座いますか?」
「そうだ、貴様らには未だ刀は渡せぬが護身用に持っておくといい。いざという時に、無いよりはマシだろう?」
「はっ…ご配慮有難う御座いまする」
「兄様、私も貰って良いの?」
「あぁ、持っておけ」
「嬉しい。有難う、兄様」
(幸を見てると…犬と戯れている気分になるな。これは…懐かれていると見て良いのだろうか?)
「権丸…俺も馬に乗る故、乗せよ」
「はっ!」
(さて、皇大神宮に着くまでに今日やる事を少し整理しておこう。先ず、祖父に会う事が最優先だな。元宮司の祖父ならば…どうして俺がこの世に生まれ変わったのかを知っているやも知れぬからな。次に、雪と権丸に命じて俺の手足足る人間を探させるか。そして、先ずは幸と話したり、見世棚を見て回って何に興味があって何の才能があるのかを知らねばなるまい。常勝軍の将は常に家来の得意、不得意を知り…的確な位置に配置する。軍が恣意的出ない失敗をする時、その大半は将に原因があるのだ。家来の能力を生かしてこそ将が将足り得るのだ)
「……」
(時間が余ったら、商人の元に行って話を聞くか。今の時代にどんな産物があり、どんなものがあるのかをな。知っているとは、武器なのだ。相手よりも知っている事が多い程…それが自分の有効な手札と成り得る。知っていると言えば…ふと思い出したが、俺が生まれる前…鎌倉の公儀を元なる国が襲ったと聞いたな。確か、その時に銅鑼なるもので兵を指揮していたと聞くが…それは手に入れられたりするのだろうか?あの湊川の敗戦、工夫すれば勝算は僅かながらもあったはずだ。それを圧倒的な兵力差を理由に敗戦すると決め付けていたのが…今思えば、最大の敗因なのでは無いだろうか?先入観は良くも悪くも自分の行動の結果に伴う事が多い。情報が多ければ、その分だけ先入観に囚われなくて済むのだ。そうすれば、負ける事は少なかろう)
「ふむ…見えて来たな。あの山を越えれば…伊勢神宮が見える」
「誠に御座いますか?ようやく、この長い道程が終わるのですなぁ…」
「流石に、疲れたか?」
「はい。流石に」
権丸が苦笑した。
「それは、そうだろう」
(さぁ、ようやく目的地だ。確かめるとするか…己を)
1501年(明応10年) 2月 中旬 皇大神宮 下浦幸
「お初にお目にかかりまする、叔父上…宮丸殿。某は、川俣楠十郎に御座います」
「丁寧な挨拶、有難う。良くできた子では無いか、雪」
(この、大柄な男の人が…兄様の叔父…。怖い。兄様の後ろに隠れていよう)
「そして、後ろに控えるのは、右から順に…権丸、幸、楓に御座います。どの者も…某自慢の家臣に御座る」
「成程、若いのに立派な家来をお持ちなようで」
兄様の叔父が笑っている。
「それで、爺様は何処に?」
「奥の部屋でお休みになっておりまするぞ」
「では、案内頂けませぬか?」
「楠十郎殿は余程父に興味があるらしい」
(兄様の爺様…どんなお方なのだろう?)
「その前に…権丸、楓。来る前に命じていた事をやって来い。日が陰るまで時間をやる」
「「はっ!」」
「母上、河内丸を宜しくお頼み申しますぞ?」
「はい、分かりましたよ」
「では、幸…ついて参れ」
「分かりました、兄様」
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「父上、楠十郎殿を連れて参りました」
「そうか、はい_______親正、席を外せ」
「はっ…では、某は隣の部屋に居ります故…何か御座いましたらお呼び下され」
「…うむ」
戸が閉まる音がした。
「……主が、楠十郎か?」
「はっ、某が川俣楠十郎に御座いま_______あぁ…度会殿」
兄様が突然涙を流した。
「に、兄様…?」
(どうしたのだろう?兄様の爺様を見た瞬間に…泣き出すなんて)
「度会殿…お久しゅう御座いまする。豊受大神宮でお会いし、伊勢神道のご師事を受けて以来に御座いまする」
「……」
「懐かしゅう御座いました…また、生きてお会い出来るなど……」
「……楠十郎、儂の顔をよく見よ」
「……あ」
「あぁ……」
兄様が嗚咽を漏らしている。何時になく寂しげに…それでもって苦しそうに。
「楠十郎…気が済むまで吐き出すといい。楠十郎が何を背負って生まれ、生きたのかは知らぬ。じゃが…苦しかったのだろうな。それだけは分かる」
「う、うぅ…某は……某にはもう……。誰も居らぬのです。帝も…友も……弟も、息子達も……」
「そうか…そうじゃったか」
「……ひ、一人でした。某の傍には……」
「そうか、しかし…楠十郎の隣にいる女子はどうなのじゃ?それ以外にも……ここに来るまでに付き添った者達はどうなのじゃ?」
「それは……」
ハッとした様に兄様が此方を見る。
「楠十郎が失ったものが何かは知らぬ。じゃが、今の楠十郎にあるのはなんだ?人形か?」
「いえ…大切な家臣に御座いまする」
「楠十郎…主は本当に全て失ったのか?」
「某が失わなかったもの……」
(兄様…)
「心が…皆が居りまする。某には…まだ、帝のご意志が燻っておりまする…。未だ、消えてはおりませぬ」
「ならば…それを大切にする事じゃ。楠十郎が楠十郎足り得るもの…それを忘れる事が無ければ、道に迷う事はない。何の為に生きるのか…何をしたいのか。語らなくてもよい。だが、揺れてはならん。武士ならば…決して揺れるな。揺れてはならぬのだ」
「はい。揺れませぬ。某は某の使命を全うしまする」
「良くぞ申した。それでこそ、儂の孫じゃ」
(何も分からなかった…けど、兄様が元気になったなら良い。元気な兄様を見てる方が好きだから。けど…)
「良いなぁ…」
思わずボソッと呟いてしまった。
今日中に次の話も投稿しますので、良ければ是非。
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