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伊勢路

1501年(明応10年) 2月上旬 伊勢街道 川俣楠十郎






「これが…伊勢街道か……」



(ようやっと、計画の第一歩を踏めたというところか…。それにしても、伊勢街道は人が多いな。)



「楠十郎様!人が多いいですなぁ…」


権丸が感嘆を漏らしている。



「あぁ…全くだ」



「楠十郎、権丸…はぐれてしまいますよ?此方に来なさい」



「はい、母上。行くぞ、権丸」



「はい、楠十郎様」



(これだけの人がここを往来しているのか…幸い、俺が住んでいる楠城はこの伊勢街道のすぐ傍にある。とすれば…楠城下で商業を成功すれば、これはあるかもしれぬな)



「お爺様と会うのがそんなに楽しみなのですか、楠十郎?」



「あ、いえ…実は……そうなのです、母上」



(不味い…顔に出ていたか?これからは、商人とも戦わねばならんのだ。顔に出ないようにせねばならんな。)



「楠十郎、ここからは籠で移動しますが…良いですか?」



「分かりました、母上」



(危うく忘れるところだった…俺は3歳の童子なのだ、このまま歩き続けて倒れでもしたら大変だな)



「そろそろ関氏の領内だな…権丸」



「はっ」



「護衛に臨戦態勢を取っておけと伝えて来い」



「…御意」



(さて、ここからは敵ではないとは言え…川俣領外なのだ。警戒をしておく事にこした事は無いだろう)






1501年(明応10年) 2月上旬 伊勢街道 和田権丸






「では、者共…警戒を怠るな」



(ここからは、領外なのだ…。常に警戒の必要がある。四方に斥候を展開する必要があるな)



「まさか…父上に習った、軍略がこのようなところで使う事になるとはな」



(今のところ、問題はない。しかし…本来ならば、100人は護衛が欲しかったが…そこまで護衛を増やしてしまうと、関氏に睨まれかねん)



「……面倒な事だ。もう少し、兵が増やせれば楽だったのだがな。まぁ…仕方が無いか」



(今宵は関氏領内の宿に泊まるのだ…更に警戒をする必要はあるな)


_________________________________________________



「楠十郎様、奥方様…宿に着きました」



(さて、ここからが本番だ…しっかりと警戒せねばな)



「権丸、着いてまいれ。風呂に行く」



「はっ」



(護衛も数人連れて行くか)


護衛に合図を送る。



「護衛は要らぬ。お前だけで十分だ」



「なれど」



「良い、今夜だけだ。許せ」



「はっ」



(…不味い、これはかなり警戒しておかねば…。このお方は、偶にこういうところがあるのだ。全く、少しは警戒心というものを覚えて欲しいものよ)



「意外と風呂場が近かったな」



「左様で」



「さて、入るか」



「はっ」



「ふぅ…疲れがとれるな」



「いい湯に御座いますなぁ…」



「なぁ、権丸」



「なんで御座いましょうか、楠十郎様?」



「貴様、俺に仕えんか?」



「仕える…?」


「俺の手足として働かんかと申しておるのだ」



「そのつもりなくば…ここまで着いておりませぬぞ?」



「そうか、なら良い」



(成程、こういう事か。全く、今更何を申すかと思えば…楠十郎様程のお方に従うのは当然であろう。童のうちからこれ程までに頼もしく弁の立つお方なのだ。家中で殿の跡目を継ぐに足るのはこのお方をおいて他にはおらぬだろう。最も、他の者はそうとは思っておらぬようだがな)



「権丸、明日の朝ここを出発する際に…商人がどれ程居るのかを調べて来い」



「はっ」



「それと、穢多がどのような相場で売られているか、あるいはどれ程穢多が存在しているのかも調べよ」



「穢多…?に御座いますか?」



(妙な事を聞く人だ。商人ならば分かる…だが、穢多?あの穢れた者達を調べて何をする気なのだろうか?)



「そうだ、穢多だ。それと…若い無宿人で身体が大きそうな者が居れば連れて来い」



「はっ」



(このお方は、本当に不思議でよく分からぬお方だ。だが、なんだろう…このお方となら面白い事が起こりそうな予感がする)






1501年(明応10年) 2月上旬 伊勢街道の宿屋 川俣楠十郎






「ふぅ…いい湯だった」



(さて、これで俺の家臣が出来た。家中のこいつと同い年の者達は必ずしも俺に従順な訳では無い。むしろ、長兄派の者が多いくらいだ。こいつが例外なだけだな)



「…麓の街か」



(…綺麗だな。こういうのは本当に良いな。俺も含めて人間というのは面倒だ。だが、こういう心がないものというのは…何も語りかけず何も思わずただ見たままのありのままであり続けてくれる。本当に気が楽だ)



「人の心も…こうだったら良いのにな」



(だが、そうは行かんだろうな。人というのは天より心を授けられて以来…様々な事を考えられるようになってしまったが為に…要らぬ事も考え、人を騙し偽る者も出来てしまった。あるいは、妬い思いを抱く事もな)



「…天は万能ではないな」



(長兄派に居る俺と同年代の者達の多くが俺を毛嫌いする理由は簡単だ。我が、単に不気味なのだからだろうな。まぁ…自分より歳下が自分には分からない事ばかり言うのは流石に受け入れられんのは仕方がないな。まぁいいか。無駄口の多い阿呆と頭が回らぬ老人を降ろすいい機会だ。同じ理解出来ぬ者同士でも我が命に忠実で命令と想定通りの結果を生み出す奴を囲っていた方が気が楽だ。これまでも、そしてこれからも結局理解されないのだからな)



「にしても、嫌われたものよ…」



(といっても、本音としては後2人くらいは欲しいところであったな。まぁ残念だが、家中の者をこれ以上引き込むのは難しそうだな。ならば…人材を作る必要があるな。まぁ、これ自体は前世で悪党をしていた頃と変わらんな。それに、最初は千早城・赤坂城の2城しか持っていなかったのだ…それを思えば、我ながら良くやったな)



「権丸に命令した事…上手く行けば良いのだがな」



(穢多…この時代も存在していたとは都合がいい。穢多は皮の職人だ。それと、馬の死体処理もしていたな。死体処理はともかく、重要なのは皮だな。あれは、武具を作るのに持ってこいだ。それに、皮は工夫すれば商品になる…見世棚で使えるな。)



「最悪、手足が増えたら…穢多を持つ者のところから拐うか」



(…妙案じゃないか!交換条件に良民の地位を与える…あるいは、商業後進地域に商品を提供する代わりに銭をせしめて、その銭で穢多や兵士などの捕虜を買う。そして、同じ場所に商品を売り付ける……分かったぞ、これで財政は回るし、人も獲得出来る…いい案だ)



「後は、人を買った値段よりも商品の売上が多ければ…差額で儲かる。よし、これは帰ったら佐渡守に相談して商品を考えさせるか」



(人身売買は…反対しそうだから黙っておくか)



「しかし、問題は商品だな…」



(現在、楠城下で生産出来るものと言えば…米くらいだ。それでは、交易にはならん。地域特有のものが必要だ…。ふむ……あ!あるでは無いか、板倉関派の刀だ。そうだ…刀を朝廷に納める事で価値を高めれば良いのか!よし、朝廷に送ればなんとかなりそうだな。だが、いきなり帝とは…行かぬな。先ずは…公家からだな。)



「他にも欲しいな…」



(あるいは、他の地域で生産しているものを持ち帰り、楠城下で作って売るのもありだな。しかし、その為には信頼出来る人材が必要だ…。今のままでは無理だな。後は…何が出来るだろうか?そうだ、公家や朝廷は箔を気にする…ならば、唐土の産物を改良して献上するのは有りだな。そうなると…御用商人が欲しいな。さて、如何するか)



「そろそろ、夜も更けってきたし、寝るか…」



(残りは明日以降にしよう…時間はあるのだ。)






1501年(明応10年) 2月上旬 伊勢街道の宿屋 川俣雪






「また…」



(あの子が一人で遠くを見詰めている…あの子の考えている事が分からない。理解しようとしても…理解が及ばない。どうしたら、あの子を理解出来るのかしら?分からないわ)



「入りますよ、楠十郎」



「如何致しましたか、母上?」



「用がなければ、息子の下に来てはなりませぬか?」



「いえ、そのような訳では…」



「なら、良いですね?」



「はい」



(…たとえ、私が理解出来なくとも…母親である私が歩み寄らなければ、誰がこの子を理解してあげようとするのかしら?殿はこの子の事を面白い子だと仰る一方で、その顔にはまるで妖を見るようだった…。長男の内丸は…この子の事を話したがらない。それに、内丸と同世代の家中の者も同様…)



「楠十郎」



「なんで御座いましょうか?」


この子の事をじっと見詰めた。


(透き通った目…この子は一体何を見ているのかしら?何を考え、何をしたいのか…何者になりたいのか?未だ3歳の童子…けれども、言葉付きは凄く早い。そして、子供達の中で誰よりも大人びている…いや、大人び過ぎている。言葉遣い、話す内容…行動。どれをとっても、大人と比べて何ら遜色がない。どうして…?)



「外を見ていたようですが、何を見ていたのですか?」



「麓の街に御座います。この宿は少し高いところにありますので」



「そうでしたか」


私もこの子が見ていた景色を見詰める。



(この子はこの景色を見て、何を思ったのだろう。時々、一人で物思いにふけってはかなり寂しそうな表情をする。心配になる…でも、他人の前では決してそのような顔をしない…。分からない。子供として扱うべきなのか…大人として扱うべきなのか…)



「楠十郎は、景色を眺めるのが好きなのですか?」



「はい」



「人と喋るのは…嫌いですか?」



思わず言いたかった事をそのまま言ってしまった。



「あっ…これは……」



「いえ、良いのですよ…母上。某が長兄やその同年代の家来達に煙たがられているのは知っております」



(やはり…)



「某が、外を眺めている事が多いのは…そういう面倒に巻き込まれたくないのもあります。けれど、それだけでは御座いませぬ」



「そうなのですか?」



「はい。人とは…厄介なものなのです。人が集まれば様々な考えが生まれる。そして、考えや感じ方の違いはやがて心の距離を作る…それが、面倒なのです」



「……では、人間が心を持つのは間違いだと思うのですか?」



「…いや、それは無いでしょう。そうなれば、心を持たぬ者は蝗と同じでしょうな」



「蝗……」


「そうなった者が行き着く先は…本能だけで動く野蛮な人間に成り下がる以外に有り得ませぬ」



「……」

(…理解出来ない。話は分かる…でも、果たして…この話を3歳の童子がしていい事なのかしら?いや、して良かったとしても…果たして自らこんな事を口にするのかしら?)



「しかし、蝗の全てが駄目という訳ではありませぬ」



「……え?」



「本能でしか動けぬと申しましたが、その本能における"判断の基準"というものを…某の命令によって動くものとして、某の命令を完遂する事が当たり前させるのであれば……合理でありましょうな」



(…この子の言葉は難解、でも…それが常識であるかのように喋り、その言葉は遠い。誰も理解しえない程に…。聞けば聞く程、この子が何を考えているのかが分からなくなる。)



「如何致しましたか、母上?」



「い、いえ…聞き入っていただけです。続けてくれますか?」



「はい、母上。故に、餓鬼の様にただ情で敵対関係を作る人間と遊んでいるくらいならば、純新無垢な人間を集って育てる方が…都合も良く、合理的なのです。しかし、新しく作った家に害虫が出たなら話は別でありましょう。害虫やその寄生を許した存在も含めて滅ぼすべきでしょうなぁ」



(冷たい目…まるで、獲物選別する狼…。この子には、長兄の事など眼中にない。何が…この子をこうさせたのかしら?分からない…何一つ。母親なのに…理解してあげられない。聞く事しか出来ない。この子は、私の事をどう思っているのだろうか…?聞きたい、でも…怖くて聞けない。人を介しても聞きたくない。何を私は恐れているの?自分の息子に…)



「良いですか、母上」



「は、はい」


思わず敬語のような返事をしてしまった。



「私は、長兄を敵だとは思っておりませぬし…喧嘩をする気も無いのです。」



「そうなの?」



(…でも、この子はきっと…必要とあらば長兄を斬り殺すのも躊躇わないのでしょう…。その目はまるで…全てを見透かすようで、それでいて、全てを俯瞰している。)



「そうです。故に、母上は心配しなくても宜しいのですよ?」


目の前の童子が笑みを浮かべた。



(あぁ…分かった。私は、この子を愛している。でも、それ以上に______________この子を、恐れている)






1501年(明応10年) 2月 上旬 伊勢街道の宿屋 川俣楠十郎






「では、母はもう寝ますよ」



「はい、では…また明日」



「また来ますね」



襖同士が小さく当たる音がした。



(母上…顔が白かったけど、やはり…長兄と俺の間でずっと悩んでいたのだな。でも、最後は安心してくれたみたいだ。)



「この里帰りで整理がつくと良いのだがな…」



(母上は俺の話を聞いてくれる。欲を言えば、話し合いがしたい。でも、それは佐渡守と出来るから良いのだ。血縁者でまともに、俺の話を聞いてくれるのは母上くらいなのだから…大切にせねばな。)



「さて、先程の続きを少し行うか」



(この川俣家は約3千石程の領地を持つ…されど、伊勢街道に近いため、商業によって実際は4千石に近いだろう。しかし、その勢力のほとんどが…長兄を支持している。少なくとも、家中の者はだ。)



「状況は…四面楚歌に等しいか」



(まぁ、全てが敵対関係にある訳ではない。まだな。だが、何れは敵対関係になると言って良い。そこで、重要なのは俺が民に信頼を寄せられているかどうかなのではないか?たとえ、家中の者に反目されていようと…家臣の首は何時でも変えが聞く碁石なのだ。ならば、重要なのは民の忠誠心だ。)



「まぁ、乱世でなくとも…戦争の最終手段はゲリラ戦なのだしな。」



(とすれば、居城や城を含めた領内全域を利用しての防衛策に必須な民衆の支持が無ければ非常時に内部の事が知られる事はおろか寝首を搔かれる羽目にもなる。これは死活問題だな)



「では、どうするか?」



(方法はいくつかある。まず一つとして、積極的な見回りによって心の距離を近付けて…親しみ深さを与える。次に、貧困者に食べ物を与える事で心に余裕が無い者を助けて救う。その次は、俺の提案によって民が豊かになる事だ。友情と信仰心によって民の心に楔を巻き付けておくのだ。恐怖よりも、信仰心だ。そして、俺を絶対的な強者…支配者として認識させる。)



「これで、十分ではある」



(だが…念には念を入れておきたいな。…さて、どうするか?)



「……ふむ」



(……分かったぞ。自分の家臣団に自らで判断させ考え、結果を出させ…それによって評価する仕組みを作るのだ。そして、そこには確実な信賞必罰も組み込む。これによって、失敗した者には自己で責任を取り…自らを責めさせる。そうして、失敗すれば自ら心の余裕を失くす。成功しても、失敗出来ないというある種の恐怖心から余裕を失くす。こうなれば…何方に転ぼうとも、心の余裕を失う。そこで、俺が手助けや助言を行い…心の余裕を少し取り戻させる。そうやって、もう一度成功させ、俺への忠誠心を信仰心に変えながら…情報を俺の管轄下に置く。これにより、俺からの直接的な情報のみを拠り所にし…依存させて行く。)



「…完璧だ。合理的でかつ、効率的だ。素晴らしい……」



(こうして、俺への依存を背景に…忠実な家臣達を用いて中央集権化を推し進めれば……。帝との夢を、今一度叶えられる…!まず、案一つといったところだな。いや待て、これをした結果民が苦しめば逆効果だ。両面性を孕んでいる事は頭の片隅に入れておかねばな)



「だが…その為には、俺が武士である事を辞めねばならぬ……」



「中央集権において、武士は軍団の軍人なのだ…。政治には関与出来ぬ。するならば…辞めねばならぬ」



(そう、古代の伴氏や紀氏などがいい例だな…。だが、武士である事は…帝と歩んだ過去を否定する事にもなる)



「帝との夢か、帝との過去か…」



(何故、両方では…駄目なのだ。一つ考え、一つ意思決定を進めるごとに選択が迫られる。己が道をどうするか、どう生きるかの選択に)

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