後藤城の根切り
遅くなりました。
1501年(文亀元年) 9月下旬 楠城 楠木多聞丸
1501年9月下旬、夜。ついに歴史が大きく動き出す。
「殿、報告致しまする。後藤の根切りをする用意が整ったで御座る。一揆勢、総員に武器が行き渡りましたでございまする。また、後藤家より兵糧を買い占め、敵の行動を大幅に制限する事も叶いました」
「良くやった、評定衆を呼べ」
「はっ」
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「揃ったな。では、予てより伝えてあった軍議を開く」
「殿、遂に全てが完了したのでおじゃるな?」
西園寺公連が食い入るように聞く。
(そう、遂にこの時が来たのだ。長かった、この家の内部を掌握し…粛清の上で実権を握るまでの道程は。始まりの地に立つまでにこれ程待たされるとは…この事を構想し始めた頃は思いもしなかったな。しかし、ようやくこの焦ったい気持ちも終わる。全ては今日一日で)
「これより、兵部方が兵を率いて、当家に下った領民保護の名目で後藤城に向けて進軍させる。その際に不埒な輩と接敵した際の指揮権は忠宗に代理で行使させるものとする」
「ははっ」
「また、兵部方が出立した際にこの楠城が手薄になる事を考慮し、楠城の警戒を最大限に引き上げよ。そして、文官共も最悪は槍を振るう覚悟はしておけ」
「殿、そのような可能性がおありなので御座いましょうか?」
東条坊城長淳が不安そうにそう聞く。
(まぁ、元公家の人間からすれば戦に巻き込まれる可能性があると聞いただけで少し怯えるのは致し方あるまい。しかし、貴様等は…もう公家ではなくそれぞれが一国の末端を担う文官なのだ。そして、今は乱世なのだ。戦一つで一々怯えてては話にならん。これを機に、是が非でも慣れて貰わねば困るのだ)
「貴様もこの国を動かす人間だと思うならば、戦如きで動揺するな。戦とは、今現在我々が唯一使える外交の札であり切り札なのだ。それをよくよく覚えておくが良い。いいな?」
「ははっ」
それぞれが、深く頭を垂れる。しかし、その手は微かに震えている。
「では、これより忠宗を派兵するにあたり作戦の流れを伝える。忠宗、頼めるな?」
「はっ、それでは___________」
そう言って、忠宗が説明を始める。
(先ずは、一揆勢にそれぞれ、各村々に配置されている簡易的な代官所の一部を明朝に急襲させる。そして、その後、敢えて一部の代官を逃し城にその事を伝えさせる。そして、襲撃していない代官所には女子に武器を持たせて包囲させる。最悪焼き討ちにする事は覚悟だな。そして、男衆は後藤城城下の郊外にて集結し後藤氏と決戦をさせる。その隙に、忠宗率いる300人の兵は後藤城を襲撃して城内に居る者を根切りにした後に交戦中の後藤氏の軍勢の背後を突く)
(その後、報告を待って楓率いる100人の兵を向かわせ事後処理を行わせる。忠宗達はそれと引き換えに楠城へ帰還する手筈となっている。大まかにはこの流れだな。後は、1ヶ月後に控えた浜田の根切りをして年内は終わりだな)
「殿、以上で説明は終わりましたで御座りまする」
「そうか、では…これより戦の時間だ。我ら楠木家の荒廃この一戦にあり、皆…一層奮励し各々の任を全うせよ」
「ははっ」
1501年(文亀元年) 9月下旬 後藤城 後藤正真
「申し上げまする!領内の一部にて一揆と叫ぶ土民が反乱致しました!」
「なに?あの恩知らず共が!今すぐ兵を差し向けて潰せ!父上の慈悲を忘れて反抗する領民など要らぬわ!」
「し、しかし殿…」
「なんじゃ?俺は眠りを妨げられて機嫌が悪いのだ。要らぬ事申すならば叩っ切るぞ?!」
「兵糧が…兵糧が足りませぬ!これでは、兵を出せませぬ!」
「そんな事、一日で解決すれば問題無かろう?その後の米が足りぬなら借金でもして買えば良かろう」
「ッ!しかし…」
「口答えするな!良いから兵を率いて潰して来い!」
「ははっ!」
(ったく、一揆如きで起こすなど馬鹿馬鹿しい。第一、あれだけ搾り取った貧乏人共がまともな武器を手に入れられる訳無かろう。そんな人間共が反旗を翻したところで目に見えている。直ぐに無理だと思って平伏すに違いない。今度は奴等から何を奪ってやろうか?女も良いな。幾らあっても足りん)
「まぁ、目も覚めてしまったし…朝食にでもするか。今日は甘いものを食べたい気分じゃな。菓子なんかも良いな」
(そうだ、どうせ勝つのだから今ここに居る者で宴でも開くかな。父上の代に多く蓄えた銭もあるし、商人達から買い占めさせるか。これで、口煩い家臣に朝から酒を飲むなと言われぬ口実を作れるな)
「おい、そこの女。小姓に酒と食い物を商人から買って来るように伝えろ。ついでに宴を開くから踊る準備を他の女にもさせておけ」
「は、はい…」
(ふふふ、父上が居た頃は貧しい者達ばかりに銭を使われていたから宴もまともに開けなかったが…あの煩わしい父上ももうこの世にはいない。出しゃばりな弟達も殺した。もうこの地に、俺に贅を尽くさせぬ者は居らん)
「フフ、フフフフフ…フハハハハハ!」
1501年(文亀元年) 9月下旬 後藤氏領内 菊水忠宗
「聞け、菊水衆。これより、我らが殿の命により戦を開始する」
菊水衆が俺の紡ぐ言葉一つ一つを噛み締めるようにじっと此方を見つめる。
「皆、俺は戦が好きだ。
皆…俺は戦が大好きだ。
皆……俺は戦を愛している。
野戦が好きだ。
奇襲が好きだ。
強襲が好きだ。
守城戦がすきだ。
攻城戦が好きだ。
焼き討ちが好きだ。
兵糧攻めが好きだ。
根切りが好きだ。
野で 道で
山で 川で
海で 湖で
空で 泥で
浜で 雪で
この世で行われるありとあらゆる戦を愛している。
戦列を並べた兵達が一度の法螺の音と共に敵に突撃するのが好きだ。
地面を蹴り猛然と敵に襲いかかる騎馬達が敵を翻弄し蹂躙する様は心が高揚する気さえしていしまう。
弓兵の扱う弓が規則正しく矢を放ち敵陣に射かけるのが好きだ。
悲鳴を上げ、白旗を上げた惨めな敵を弓で掃除する様は胸が高鳴る。
槍の穂先を揃えた足軽が横並びに戦列を組み、敵の頭を叩き割り足を払うのが好きだ。
長期間に渡る城の包囲の中で恐慌に陥った愚かな農民共が涙を流して友を食らう姿には想像するだけで感動を覚える。
愚かにも敗戦だと決めつけた兵の首を道に晒して街道沿いを首で埋め尽くさせんとする様はもうたまらぬ。
泣き叫ぶ愚かな武士達が我らの刀で金切り声を上げながら絶命すると思うと最高だ。
哀れにも主君の為に粗末な刀を持って立ち上がってきたところを弓で安全地帯から射殺すのは快感すら覚える。
騎馬で兵が滅茶苦茶にされるのが好きだ。
決死の覚悟で守るはずの村々が滅ぼされ、無様にもその様を目の当たりにした挙句…女子供が犯され、泣き叫びながら殺される様はとても悲しものがある。
大国の自力で何もせずに滅亡を待って、ゆっくりと滅ぼされるのが好きだ。
大国から無数に湧き出る兵に、小国の兵が鷹狩りの獲物のように追い回され…最後には地べたを這いずり回りながら絶命するのは恥辱の極み以外の何者でもない。
皆、俺は戦を獄のような戦を望んでいる。
皆、俺に従う貴様達。
貴様達は一体何を望んでいるのだ?
戦の先に待つ次の戦か?
情け容赦ない地獄のような戦を望むのか?
疾風迅雷の如く敵地を駆け、仏すら止めに入るような闘争を望むのか?」
「戦だ!」「戦だ!」「大戦だ!」
「そうか、ならば戦の時だ
我々は渾身の力を込めて今まさに敵を殺さんとしている。
だが、暗い陰で凡そ百年間もの間主の姓すら語れぬ日々を繰り返してきた我々には最早尋常の戦では事足りぬ!
大戦を!
誰もが狂気に満ち溢れる大戦を!
我らは僅かに300人、500にも満たず敗残兵にすらなりきれぬ半端者だ。
だが、貴様達は一騎当千の古兵と信じている。
ならば、我等は貴様達と俺で総勢30万と1人の大軍となる。
我々南朝を、楠木を…あの大楠公様を記憶の彼方へ追いやって肥えた豚に成り下がったあの家畜共を叩き殺そうではないか。
髪を引き摺り、四肢を捥ぎ取り、瞼を掻っ切って思い出させてやろうではないか。
あの愚かな公儀とそれに加担した全ての人間に思い出させてやろう。
奴等に菊水の旗印が揺らめく音を思い出させてやれ。
愚かにも、土民から搾る事が楽園とほざき、力も持たぬのに君主顔する馬鹿な家畜にでも分かりやすく教えてやろうではないか。
この世の頂きに君臨するのは誰であるかを。
全軍、轡を並べよ!我が欲すは後藤氏領内に生ける武士達の阿鼻叫喚の断末魔だ!
男達よ、叫べ!怒れ!これが、南朝最後の…楠木最後の反抗の始まりだ!
全軍、前進せよ!」
その掛け声と共に木々が揺れんとする程の鬨の声と共に、大地を踏み鳴らす蹄鉄の音が楠城に響き渡った。
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「攻めかかれ!一気に城門を超えて城内を蹂躙せよ!この地から、男も女も子供も老人も…誰一人として生きて返すな!」
「オオォッ!」
味方の鬨の声と共に、それを相殺するが如く城内で金切り声が上がった。
(殺す、殺す!あの日、初めて知った強い男の姿を。我等の父祖が平伏した偉大な御方を。俺が憧れ、今の君に生まれ変わった楠木正成という男を朝敵とした公儀とそれに組みして来た武士など生かしておけぬ。徹底的に根絶やしにしてやる。そして、ただでは殺さん。四肢を切り取り、先祖の罪を償わせてから殺してやる)
「殿、城主とその家族を見つけましたぞ!」
「その者達以外を全員殺せ!その人間達はここに連れて来い!」
「ははっ!」
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「くっ!何者じゃ、貴様は!」
「黙れ、家畜風情が。貴様は特別に畑の肥やしになる前に生かしてやったというのになんだその態度は」
そう言って、草鞋を蹴り上げて後藤氏領主の口に突っ込んで前歯を圧し折る。堪らず、前歯が折れた痛みに絶叫する。
「煩い家畜だ。黙らないなら、関節一本毎に切り刻むぞ?」
「や、止め…」
「誰が喋る事を許可した?小指を詰めろ」
その合図に、配下の者が小指の第一関節を手で折った上で斬り取った事でまた悲鳴を上げる。
「煩くて叶わん。殿からは好きにせよと言われているが…鼓膜が破れてでも殺し続ける価値はないな。もう良い、首を斬って殿にお届けしろ」
「はっ」
「待っ…待って「攻めかかれ!一気に城門を超えて城内を蹂躙せよ!この地から、男も女も子供も老人も…誰一人として生きて返すな!」
「オオォッ!」
味方の鬨の声と共に、それを相殺するが如く城内で金切り声が上がった。
(殺す、殺す!あの日、初めて知った強い男の姿を。我等の父祖が平伏した偉大な御方を。俺が憧れ、今の君に生まれ変わった楠木正成という男を朝敵とした公儀とそれに組みして来た武士など生かしておけぬ。徹底的に根絶やしにしてやる。そして、ただでは殺さん。四肢を切り取り、先祖の罪を償わせてから殺してやる)
「殿、城主とその家族を見つけましたぞ!」
「その者達以外を全員殺せ!その人間達はここに連れて来い!」
「ははっ!」
「待っ…待って__________」
ボキッという音と共に鮮血が血の主の家族に降り注ぐ。
「いや…いやぁぁ!」
「黙れ、売女の末裔が」
そう言って、当主の妻と言われる女の腹を蹴り上げる。
「貴様らは女子供には特別に殿の格別なる御慈悲で罪は今の蹴りで済ませてやろう」
「うぅ…で、では……」
「あぁ、喜べ。苦しませずに殺してやる」
「え?で、でも!今、お慈悲って!」
「ん?何を勘違いしているのか分からぬが…貴様等に与えられる最大の慈悲は苦しませずに逝かせる事だろう?それ以外にあるとでも?」
「あ、ああ…あああぁぁぁ!」
その言葉を聞いた女は絶叫したが、直ぐに意識は暗転してしまった。
「漸く黙ったか。では、死人を畑に埋めた後に…残った者達を根切りに行くぞ」
「ははっ!」
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