南朝の亡霊SS-詔勅の裏では①-
家督継承騒動の裏話を数話使ってお届けします。父、母、兄、姉、家臣(大人)の視点から実はあの時裏でどんな事が起きていたのかをお楽しみ下さい。
1501年(文亀元年) 7月上旬 川俣正充
文亀元年 7月、川俣氏の居城である楠城は騒然としていた。決して来るはずのない、朝廷より使者が来たからである。
「と、殿…!朝廷より、使者が……」
「は……?」
(朝廷より、使者だと?何故?いや、そもそも朝廷が田舎の小さな国人に使者?他家の謀か?そうであるならば、後藤の馬鹿殿か?いや…あの馬鹿共にそんな事出来る訳がない。では、浜田の奴らか?浜田は…あり得る。奴は最近も、領内に間者を潜ませていた事がある。それを考えれば……。いや、まさか関氏達か?そんな話があるか?あの家は北畠や長野と殴り合いをしているはず…まさか、和睦でもしたか?しかし、そんな情報は入って来ては…いない。分からん、何が何だか分からない……あー頭痛がして来たな…。)
「殿!?な、何をしておられまするか!朝廷の使者を待たせてはなりませぬぞ!」
「し、しかし…関氏や浜田氏の策謀ではないのか?でなければ、当家に朝廷の使者が来ると言うのは些か可笑しいというものよ」
「殿!お急ぎ下され!これ以上待たせれば問題となりますぞ!」
「わ、分かった…行けばいいのだろう、全くせっかちな」
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「武家伝奏 甘露寺黄門元長でおじゃる」
「ははっ…」
(おい、嘘だろ…甘露寺だと!?あの公儀お付きの公家衆と呼ばれる昵懇衆の一員の…。本当に公家が来るとは思わなんだ…)
「して、此度は何様に御座いまするか?」
「ホホホ、そなたの次男…楠十郎が朝廷では大層聞こえが良くてのう」
そう言って、甘露寺黄門様が扇子を口元に当てる。
「な…!?楠十郎が…!?」
(どういう事だ?あの楠十郎が朝廷で評判が良い?いや、そもそも何故楠十郎が朝廷の人間に知られている?楠十郎が朝廷と繋がっている素振りは全くと言って良いほど無かったはずだ。それがどうして……あ、まさか…自室に篭って何時も何かをしているとは聞いていたが…!そこでやり取りをしていたのか!)
「ホホホ、楠十郎はの朝廷を良く良く助けてくれての。それで、最近は特に懇意にしておるのじゃ」
「それは、誠の話に御座いましょうや?楠十郎は未だ3歳の童子ゆえ…俄かに信じ難きことに御座いまするな」
「ホホホ、無理もないの。麿も、気を抜くと楠十郎が未だ3歳の童子に過ぎぬ事を忘れてしまうわ」
「なるほど…それで、此度はその童子について語り合うという事に御座いまするかな?」
「それも、良いでおじゃるの。されど、此度は別件じゃ」
「と、申されますと?」
「帝より詔勅を賜っておる。内容を簡単に申せば、3年後に家督を楠十郎に譲れという事じゃ。それと、向こう3年の一家の全権を代行という形式で全権を楠十郎に譲るという事もな」
「は?」
「ホホホ、聞こえなかったでおじゃるか?主は、隠遁せよという事じゃ」
そう言いながら、口元を扇子で隠す。
「し、しかし…恐れながら!当家には長男が居りますれば…長男の力量が見えてから決めても遅くは御座いませぬ」
「うむうむ、そうじゃな。一家の主として、父としてそう考えるのは無理もない事よ。それで?結局、時が経っても楠十郎の方が良かったとなればどう責任を取るのじゃ?悪いでおじゃるが、主とその長男の命だけでは足りぬでおじゃるぞ?」
もう、目が完全に笑っていなかった。先程までの、のほほんとした雰囲気は既になくなっていた。
1501年(文亀元年) 7月上旬 川俣正充
あの会見の翌日。川俣正充は甘露寺黄門元長に即断は出来ない旨を伝えた上で数日の猶予を貰っていた。
(どうしたらよいのだ…。家督相続については、内丸の事もあり二人が少なくとも10歳になるまで伏せるべきだと思っていたのだが…。それに、楠十郎がどうして朝廷と誼を通じているのかという疑問もある。クソ、色々と分からない事が多過ぎる。どうしてこうなった?俺の計画ではこの10年は家督相続に関する話を伏せた上で楠十郎に政を肩代わりして貰う代わりに内丸と共に戦をする。そして、その流れで戦は内丸が担い、政は楠十郎が担うと分担するように仕向けて隠遁する心積もりだったのだ。なのに、何処で狂った?)
「はぁ…」
(いや、俺の考えが甘かったのか?やはり、家督を実質二分するというのは現実的ではなかったのだろうか?いや、しかし…そうでもしなければ内丸が居場所を失ったと感じて、何時か反乱を起こしかねぬ。かと言って、少なくとも楠十郎に家督や当主の権限の半分を譲っておかねば何をするか分からん。最悪、自分に従わなかった者を粛清と称して虐殺しかねぬ。それほど、楠十郎の腹は見えぬのだ)
「しかし、全ては後の祭り…か」
「殿、大丈夫で御座いまするか?お顔が優れぬようですが…」
「気にするな。少し、一人にさせてくれ」
そう言って、俺は自室に篭った。
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あれから、何時間経っただろうか、ずっと俺は自室で篭って甘露寺黄門様から言われた事と詔勅を見て考え続けていた。自分の決断をどうするべきかを。
(俺は、詔勅を呑む事が出来ない…。それをするという事は内丸が居場所を失う事、そして我が子が最悪反乱によって死ぬ事を…楠十郎に殺される事を容認する事になる。親として、そんな判断が出来ぬ。かと言って、詔勅を呑まねば朝敵の烙印を押され四方から攻められ…家を滅ぼしかねない。どう転んでも、俺にとっては不利しかないな。なんだ、この茶番は)
「はぁ…」
(子供か、家か……何方も取れる選択肢は無いのか?よく考え直せ、何処かに転がっているはずだ。では、内丸を養子として他家に送るか?いや、今から急にそれをやっては足下を見られぬか?それに、そもそもそんな事を今やって何になるんだ?成功するのか?そんな事にいたずらに時間を割いて結局出来ませんでしたでは時間と労力の無駄だ。そうなると、この手も使えぬか…)
「はぁ…胃が痛い上に頭も痛い。今日はもうこれ以上考えても無意味であろう。寝るとするか」
そう言って、翌朝ストレスから寝込む事となった。
1501年(文亀元年) 7月上旬 野田充俊
「聞いたか?殿が朝廷からの使者との話の後に寝込んでしまっているという話を」
そう言って、俺が安房介に話しかけた。
「ああ、右馬助殿。このような時に大変な事になった」
「それに、会見に臨席した佐渡守殿の話では楠十郎様が朝廷の詔勅で3年後に家督を相続なさるとか」
「なんと…ご無体な。我らに兄弟相剋の芽を産めと申すか!朝廷は!」
「分からん。ただ、朝廷が何故…伊勢国の国人に過ぎない当家にそんな事を突き付けたのか、佐渡守殿も分からぬと…」
そう、歯切れ悪そうに安房守が喋る。
(もし、朝廷の話が通れば…内丸様がお怒りになられるのは必須。ただでさえ、内丸様と楠十郎様は不仲なのに…これ以上その溝に亀裂を入れては最早お家騒動は時間の問題。何としてでも、殿には早期に回復なさって頂き…朝廷の詔勅を回避して頂かねば)
「しかし、仮に詔勅を断れば…我が家は二重で朝敵にされかねませんぞ」
「ッ〜!それは…」
絶句した。それは、楠木家から名を変えて何とか家名を保った我らを完全に滅ぼすのと同義であったからだ。由緒ある家を、これ以上衰退させては武士として父祖に面目が立たない。
「しかし、朝敵を恐れて呑めばお家は分裂しますぞ!」
「ならば、ここは内丸様に譲って貰うしか他にありませぬぞ」
「馬鹿を申すな!内丸様は長男であるぞ!その上、楠十郎様と同母。されば、何の落ち度もなく内丸様に有無を言わさずに廃嫡するとは如何なものか!」
その怒りは恐らく傅役ゆえに解せぬ事だったのだろう。10数年来、自らの心血を注いで我が子のように育てた人が全否定されるのと等しいからであった。
「阿呆、そもそも何時内丸様が嫡男と認められた?10年後までは嫡男を付けぬと殿が申さなかったか?今、本音で怒ったところで何になる?それに、長男というだけで家督を選んでいたらこの乱世は生き残れぬ。我ら家臣は乱世で、自分達が国人の家だからこそ強き主君を選ばねばならんのだ」
「ぐっ…」
ぐうの音もでない。
「右馬助殿の言いたい事も分かる。されど、我らは家臣なのだ。この家の最善となる事を考えられよ」
一人の人間の価値を残すか、家を残すか。どのような家もこの選択肢を常に迫られている。そして、この川俣家も例外ではないのだ。
ちなみに、正充にはどう転んでも詔勅が来た時点で本編以外の結末には行き着けません。彼の性格上政治的に考えて切り捨てるという事を声に出して言えませんから。勿論、言えないだけであって行動自体は彼の無意識的な思惑通りに進んでいます。
そういう声に出して決断を出来ない辺りが、本編の惨劇の要因にもなったんですよね。
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