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火種

1501年(文亀元年) 7月 楠城 菊水忠宗






「それで、疑問とはなんだ忠宗?」



「はっ、されば当家最大の功労者たる鷹司殿が役についておらぬのは何故で御座るのか…少々気になりまして、お尋ねしたのに御座いまする」



「ああ、その事か」



(そうだ、普通に考えれば可笑しいはずだ。殿が大義名分を得られた裏には朝廷を動かす中継ぎ役として大いに働いていた鷹司殿が評価され、新体制下でそれなりの役につくというもの。それが、今のままを側からみれば…建武の中興の「大樹公なし」とも言えるような状況になっておる。それに、鷹司ほどの名家に家にそれをするのは得策ではなかろう。そう考えれば、殿に何らかの考えがあるはずで御座ろう)



「実はな、門下給事には特別な任を与えているのだ」



(やはりか…!しかし、特別な任とは?)



「それはな、門下給事に今後食う領主の土地を商人を装って調べさせるという事だ。勿論、貴様にも命じている事と多少命令が被るのは分かっている。ただ、大きな違いとしては…貴様らには主に地形情報やその土地の政治などの情報を集めてもらい、門下給事にはその土地の税に関する事や民から見た当主の印象…つまり、民の忠誠心がどれほどかを調べてもらっている」



(なるほど、それほどまでに違うのか。そう考えれば、確かに今直ぐに吸収したい勢力の戦略的情報は抑えておきたいものであろうな。確かに、民の忠誠心が低ければ低いほど反乱を煽りやすくなる。それに、敵を煽りやすくもなる)



「そうなると、鷹司殿がいらっしゃるところが目前の標的という事に御座いまするな」



「まぁ、そういう事だな。しかし、標的とは言っても戦をする訳ではないがな」



「そうなので御座りまするか?では、どのような方法で?」



「そうだな、簡単に言えば…此方の財力を増やして標的の財政状況を相対的に落とす。それによって、民に不満を持たせる。その後、民に反乱させその後に…城を急襲しその後に城と農民で挟撃する」



「なるほど、そういう事に御座いまするな。つまり、民の忠誠心を極限まですり減らして反乱させた上で乗っ取る。しかし、それだけでなく当家に吸収されるのだから相対的に財政も潤う。そうなれば民の忠誠心も獲得が容易である。そうやって、民の不安を取り除いた上で更に民から刀等の反乱に必要なものを奪えば反乱すら起こせなくなる。確かにこれは完璧で御座いまする」



「お、おう。貴様の言う通りだ」



「おお、初めて殿のお考えと同じところに行き着けたように感じまする」



「そ、そうか。ならば良かった」



(この調子で、殿のお役に立てるようにせねばならんな)





1501年(文亀元年) 7月 采女城下 鷹司忠尊






鷹司門下給事こと、鷹司忠尊は主人の命を受けて、楠木家の西に位置する後藤氏の居城である采女城の城下町に来ていた。


「なるほど、後藤家の領内では米が取れにくいのじゃな」



「そうなんですわ、菊水屋さん。だから、揃ってここには寄らずに桑名の長島辺りを目指すんですわ」



「そうなると、ここの地の住民は豊かな生活を余り送れていないというようにも取れるの」



「そうですな、菊水屋さんはどこに拠を構えてるんですかいな?」



「そうですな、わてのところは暖簾分けをしてもらって堺と京ですな。元は備前や備中でしたな」



「なるほど、では…本願寺さんや公方様にお会いした事も?」



「いえいえ、わてはまだまだでおじゃるので……まだお会いした事はごじゃりませぬな」



「ごじゃ?おじゃ…?それはなんで御座いまするか?」



「ああ、京で公家様方とお話していると移ってしまうのですよ。ホホホ」



「なるほど、京には言った事が御座いまするゆえ分かりませんでしたぞ」



「最近、伊勢国に来ると良く言われるのでおじゃる」



「そうなのですな……では、そろそろ桑名に行きますゆえこれにて」



「わての方も色々教えてもらって有難う御じゃりまする」



「うむ、ではまたの」



(さて、言ったようじゃな。殿に言われた通り商人のふりをしてみてはいるものの、これは中々難しいでおじゃるな。いかんせん、都に居た時の口調が抜けきれぬの。なんとか、今回は切り抜けられたが…。慣れなければいけぬの)



「さて、次は農民達に話を聞くかの」



_________________________________________________



(誰かいるかの)



「すまぬの、少し話を聞いても良いかの?」



「んだ?なんだべ、あんさんは」



「わては最近伊勢国に来たばかりの商人じゃ。」



「そうだべか。それでどっから来たんだべ?」



「ここ伊勢国で、商売を出来ぬか考えておりましてな。南の志摩国から北の桑名に向かって来てここに居るのじゃ。それで、ここでなにか出来ぬかと考えていての。ここの話を聞きたくての」



「そうなんだべか。それで何を聞きたいんだべ?」



(そうじゃな、領主との関係性や税については聞きたいところじゃな。まずは、税について聞くとするかの」



「では、税について聞いても良いかの?」



「良いべ。税はの、ここだけの話ちと厳しいべ。年貢は五公五民だべ、それに関税も高いらしくて商人も全然来ないんだべ」



(なるほど、税はかなり高いのか。それに口振りからして不満もあるのじゃろうな。そう考えれば、一突きでもされれば直ぐに崩れそうじゃな。これは殿の見立て通り、当家の領内の財政を潤す事で相対的に不満が増大するでおじゃるの。そうなれば、ここの住民を煽る事さえ出来れば乗っ取る事も可能でおじゃるな)



「年貢以外の税金はないのでごじゃるか?」



「特にはないんだべが、他所の村にはある入会地ってのが今の当主様になってからお武家様のものなってしまってて…生活が安定しないんだべさ」



「入会地というのはなんでおじゃりましょうか?」



「ん?ああ、入会地というのは、村で共同利用出来る場所の事なんだべさ。山とか川とかが特にそう呼ばれる事が多いんだべさ」



(なるほど、入会地というのは初めて聞いたでおじゃるな。それがあると、どうやら農民達の生活は安定するらしいでおじゃるが…はて、何故なのじゃろうか?共同で、利用する……つまり分配するという事でおじゃろうか?しかし、それだけで果たして安定するのでおじゃるか?もしや、入会地というのは年貢等の税の徴収の対象外なのではおじゃらぬか?もしそうならば、安定という言葉が出てくるのに多少は合点が行くの)



「そう言えば、商人が来ないというのは本当でおじゃれば、物品は何処から得ているのでおじゃるか?」



「商人の事だべか?そうじゃな、儂は、この土地で長い事村長をしてるが…商人が通るのは月に一回あるかどうかじゃが、取引となると……半年に一回くらいだべ。大体は隣の領地に商人が流れていっちまうだべさから、隣の領地に近い村を経由して村同士でやり取りしてものは得てるんだべさ」



(なるほど、となれば…かなり、人や物の流通状況は悪いようでおじゃるの。そうなれば、余計に当家が儲ければ儲かる程領主への不満は増大するでおじゃるの。これは、良い事を聞いたの。早速、報告書を書かねばの。それに、当家に逃亡する農民が出て来たらこれに後藤家が不満を持つのは必須でおじゃるの。そのような時に、一揆を起こさせて後藤家を混乱させれば一気に崩れるの。後は、ここの農民達をどうやって焚き付けて吸収するかじゃが……これは忠宗殿の仕事でおじゃるの)



「さて、面白い話が聞けたの。村長殿、これは僅かばかりじゃが礼じゃ。麿は、隣の領内に当分は居るので何かあった時は良しなに頼むでおじゃるぞ?」

そう言って、村長に500文程の銭を手渡した。



「おお、これは…悪いべっちゃな。では、儂も何かあった時に力になるべっちゃ」



(これで、一つ目の任は終わったでおじゃるな。次は北の浜田家を調べるかの。それにしても、思ったより早く崩れそうじゃが…その辺りも含め、色々殿に聞いてみるかの)







1501年(文亀元年) 8月上旬 楠木多聞丸






(新体制が始まってからかれこれ1ヶ月と言ったところか。今のところは順調に事が進んでいるな。京ではかなりの品が売れていると聞く。それに今は堺で争っているともな。しかし、堺か…。あそこは既存の商人が大き過ぎて厳しいのではないか?一度引いて敦賀で力を蓄える事を考えた方が良さそうだな)



「それで、領内に蔓延る不満とはなんだ。忠宗」



「はっ、領内に蔓延るほどでも御座いませぬが…当家の一部の者が殿に対して不満を持っているように御座いまする」



(我に不満か…。考えられるとすれば、統治者側が儲かっているのに税が安くならない事か?いやしかし、そこまで考える事が出来るのか?領内の識字率は高くはないはずだ。そうかんがえれば、そこまでの知性を持つ者はこちら側の人間か、商人であろう。いや、そもそも、そう言った不満なのか?)



「不満というのは、どのようなもので主にどの人間が感じているのだ?」



「はっ、されば侍大将配下の者達が中心となって不満を申しておりまする。そして、その内容は主に殿が独断で当主の存在を無視している事や自分達が必要とされていない事への憤りかと思いまする」



(呆れた。言葉にならん。今の体制下で兵士が必要ないのは一目瞭然であろう。今は国を富まし、来るべき決戦に備える時であろう。統治者というのは戦だけが仕事ではないのだ。領内をしっかりと治め、民の平穏のために動く。戦とはそれや政治的外交手段の一つにしか過ぎんのだ。そして、今の我らにはその両方のりゆうがない。よって、我らには貴様らが必要ないのは事実。そもそも、本来ならば侍大将なんぞの役賞は置かずに全て根切りにする予定だったのだ。それを、関氏の奴めが極端な政変を勘付きやがったからこれ以上の介入を抑えるために残しただけだ。逆に延命したのだから喜んで欲しいくらいだがな。まぁ、こちら側の常備軍が一千を超えた時点で廃すのは確定だがな)



「それで、如何致しまするか?」



「適当に煽て、悪口合戦でもさせておけ。その間に時間を稼ぐのだ」



「はっ、ではそのように仕向けまする。して、それが叶わぬ場合は根切りまするか?」



「……最悪な」

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@Akitusima_1547

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