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新体制

1501年(文亀元年) 7月 伏見宮邦高親王






「どうしたのでおじゃるか、多聞丸?」



「されば、重要な事を宮様にお伝えし忘れていました故…少々お時間を頂けまするか?」



「良いのじゃが…どうしたのじゃ?何か問題でおじゃるか?」



「問題と言えば…まぁ、問題と言えまする」



_________________________________________________



「さて、話に御座いますれば…先程、宮様のご子息方を迎えるに辺り一つ大きな問題が発覚しましたゆえ、今一度宮様と話し合いたく」



「では、麿に聞かせてみせるの」



「ははっ、されば…宮様や宮様のご子息を戦乱や畿内の痴れ者から守りたく当家にお呼びしたのにも関わらず、現状では返って危険に晒す可能性さえある事が発覚致したのに御座いまする。そして、その懸念とは伊勢国の情勢に関係がありまする。伊勢国とは、北と南で大きく勢力分布が分かれておりますれば、北は北伊勢四十八家なる四十八の小領主が群雄割拠しており勢力が均衡しておりまするが…南では北から関氏、長野氏、北畠氏と三巴の様相を呈しておりまする。最も、その中でも北畠氏が優勢に御座る。そして、当家にとって一番の難点とはその関氏と領が接しており…先程、再度配下に関氏の情勢を調べさせましたところ…近頃、関氏が当家の内紛に気付き介入の機を伺っているような動きがあるとの事に御座いまする。そして、当家はこの5年から6年内に桑名を含めた北伊勢の統一を望んでおりまする。そうなると、当家の方針上…ご子息様には南端の楠城にてご滞在になるか、北上と同時にその都度領内の中央に引っ越してもらう事になりまする。さすれば、前者を選んだ場合、北上中に関氏が攻め寄せた場合…逃げる事が困難になるかもしれせぬ。また、後者を選んだとて…伊勢は南北に伸びている為、西から攻められれば、場合によっては宮様のご子息様に危害が及ぶやもしれませぬ」



(成程の…そのような問題があったとは…。しかし、困ったものじゃな…今の宮家に下二人を養うだけの財はおらぬ。かと言って、危険を承知で我が子を放り込むというのは論外でおじゃる。しかし、奥にああ言った手前…手ぶらで帰る訳にも行かんのじゃ。年経つ毎に子息が俗世を離れてしまう悲しみに身を削られる姿など見ておられぬのじゃ…。息子の危険か、妻の憂か……選ばねば後者しかないの)



「では、出来ぬのか?」

縋るように大の大人が童にそう言った。いや、そうなるほど答えを決めかねている。考えれば考えるほど、妻と子供の板挟みになって苦しんでしまう。ならばいっそ、判断を他人に譲ってしまおう。それはそう言った心境から起きた無意識的な行動とも言える。



「……出来ぬ事は御座りませぬが、時間がかかりまする。それに幾つか実現する上での前提条件が御座いまする」

目の前の童はそう渋々答えた。


「申してみよ」



「されば、先ずは伊勢一国の統一が肝要に御座いまする。伊勢一国なくば、周辺の大きい勢力…たとえば、細川や六角などに強く出れませぬ。守る事は易きとて、攻めるには難く…これでは武力制裁という外交手段が失われかねませぬ。それに、外交とはほとんどの場合向き合うべき相手と同等数の札、あるいはそれに匹敵するくらいの札を持ち合わせていねば話になりませぬ。今のままでは相手の出す札次第では譲歩せざるを得なくなりまする」



「……それほどまでに、武家渡り歩くとは苦しき事なのか?」

声が震えた。息子二人を俗世に留める事がこれほど難しいとは…改めて、現実の厳しさを思い知らされた。



「はっ、そして…今の話はあくまで当家の立場を守る事のみを想定した条件に御座いますれば、宮様のご子息様方を仮にお迎えする場合は更に条件が必要になりまする」



「まだ…おじゃるのか?……多聞丸、麿の子を守るというのはそこまで難しいのでおじゃるか?」

声が震えた。武家に銭を工面して貰い、多少の軍事力で守って貰うという自らの淡い期待が完全に打ち砕かれた気がした。



「皇族を…武家の食い物にせぬ為には、守る側は攻める側よりも優位でなければならぬのに御座いまする。さればこそ…真の意味で守ると言えるようになりまするには伊勢一国に加え、伊賀や志摩…そして、応仁文明の乱のような事が京で起こった際に守れるように大和が必要に御座いまする」



「どれほど待てば…麿達朝廷の者共は何からも怯えずに済むのじゃ?麿達は…朝廷は駄目なのでおじゃろうか?」



「…ッ〜!!そんな事はありませぬ!10年、いや…某が10歳になるまでに朝廷をお守りするだけの力を得てみせまする!それまでは、暫し…耐えて下され、7年後に必ずや…!」



(朝廷は、応仁文明の乱以後…武家に良いように扱われ公家は公儀に尻尾を振らねば明日をも生きていけないまで落ちぶれたのじゃ…。麿達はどこで間違えたのじゃ?どこで、朝廷を…帝をここまで苦しい立場に追い込んだのでおじゃるか?麿は明日を考えるのが嫌じゃ。明日を考えれば、どうやって銭を得るか…食を得るか……そして、父祖代々の伝統を守るか…。何を考えても苦しいのでおじゃる。じゃからこそ、昨日が…過去が羨ましく思うのじゃ。昔の……そう、たとえば御堂関白殿の頃なんぞはさぞ様々な催しができて楽しかったのでおじゃろうな。そう、懐古せずには自分を保てる気がしないのじゃ。じゃが、そうやって今や明日から逃避すればするほど自分の首を苦しめる。息子達や妻の事も大事じゃ…じゃが、それよりも……こんなかたちで終わりとうない。父祖の教えを伝えられるか不安に思いながら日々を過ごし、逝くのだけはしとうない…)



「多聞丸、麿を…麿達を救ってくれぬか?」

気付いたら、涙を流していた。



「必ずや、必ずや…お救い致しますゆえ……暫く、暫く」

多聞丸も泣いている。暫し、部屋には老人と童子の啜り泣く声だけが聞こえていた。






1501年(文亀元年) 7月 菊水忠宗





「では、改めて…西園寺藤丸、正親町三条尊実、冷泉歌麿、尊麿、孝麿、甘露寺空丸、時丸、竹内為治、五辻紹仲、東坊条城長淳、和丸、吉田兼賢、卜部兼永、清原宣賢ら14名当家の家臣として召し抱えるものとする。また、三条清子及び勧修寺広子は我が側仕えとして働いて貰う」



(これで、ようやく人員が揃いましたな。後は、それぞれの得意不得意などは事前に調査済みですので…その調査を纏めた報告書を見て決めれば万事滞りなく進みまするな。さて、殿はどうする事やら)



「宮様方におかれましては、先程お話ししました通り…当家が迎えられる程の格を有しました後にお迎えしますゆえ、今暫く」

そう言って殿が頭を下げられた。



「相分かったでおじゃる。何時までもそちをを待っておじゃるぞ」



「はっ、それでは当家に仕える者のみここに残って頂き…それ以外のお方は女中の指示でお泊りして頂く部屋でお休み下され」

そう言うと、ぞろぞろと退出して行った。



_________________________________________________



「では、これより当家の政治体制を決定する。先ず、現在の当家の政治機構は大きく分けて3つである。当主が家中の長となり、意思決定における最高権力を有している。それに対して、当主代理として、3年間の政治代行を我が行っている。また、当主代行の職は3年後の家督継承の折に消えるものとなっている。そして、当主の直属兵100を率いる侍大将の3つの役職が存在しており、これ以前の職に関してはつい先程の評定で廃止となった。また、評定には侍大将は出仕出来ぬ事になっておる」



(そう、3日前の評定で殿は当主である父に対し、正式に当主の持つ職掌の代行を3年後に控えた家督相続まで要求して押し通されたのだ。これによって、殿は名実共に当家の全権を握る事となったのだ)



「その上で、今の政治制度では我への負担が大きい事から、我が配下の役職を増やし負担の軽減を行おうと思っておる。そこで…忠宗、先に渡した新しい役職についてここで発表せよ」



(俺の出番が漸く来たか…!)



「ははっ、では先ず当家の最高機関から説明させて頂きまする。先ず、当家の頂点には現当主様が据えられまする。その下に当主直属の軍を統括する侍大将が置かれ、その下には凡そ100人の兵がおりまする。次に当主直轄領の凡そ一千石の統治を代行する近衛方を置きまする。そして、当主に代わって近衛方への指示を含めて当家の全権を当主に代わって掌握する執政を置きまする。そして、執政には当主代理たる楠木多聞丸様が就く事になっておりまする。近衛方におかれましては、某…菊水忠宗が就く事になっておりまする」



「うむ。そこで、当家三千石のうち凡そ二千石を我が治める為に職を作った。忠宗、発表せよ」



「はっ、先ず執政配下に中務方、式部方、治部方、刑部方、大蔵方、兵部方、宮内方、内務方、外務方を置きまする。公家様方を父に持つ者であれば大体察しがつくとは思いまするが…これは、律令制を模して作られた役職に御座いまする。では、中務方からそれぞれの職掌を順を追って説明致しまする。中務方は執政がお作りになられる様々な書である執政書の作成及び楠木家と川俣氏歴史書である大楠史の編纂が主な職掌に御座りまする。式部方は後述致しまする兵部方の警察部隊を除く全ての文官の人事や文官の育成に必要な指南書の作成等が主な職掌に御座いまする。治部方は領内の規定量の税の徴収と戸籍の編成が主な職掌に御座いまする。刑部方は刑罰を定める法の編成及び裁判の実行が主な職掌に御座いまする。大蔵方は当家の出納の記録と管理及び当家の1年間の予算案の決定と執政への提出が主な職掌に御座いまする。兵部方は当家の警察権を執政に代わって行使し、治安維持に努めまする。また、警察権行使にあたりその実行部隊である菊水近衛隊の人事などが主な職掌に御座いまする。そして、この隊には現在200人が配されておりまする。次に宮内方は朝廷との取次を担う事が主な職掌に御座いまする。内務方は執政の行政決定及び政策を実行する事が主な職掌に御座いまする。外務方は他家との外交権を当主に代わって実行する事が主な職掌に御座いまする。以上が新しく当家に設置された役職に御座いまする」



「ご苦労。そこでだ、その職に今から人事を振り分けようと思う。異論はないな?」



「はっ」

俺が反応したのに続き皆がそれに呼応するように頷く。



「では、中務方に今ここには病の為居らぬが西園寺公連を配する。式部方には正親町三条尊実を配する。治部方には下浦楓を配する。刑部方には和田権丸を配する。大蔵方には東坊条城長淳を配する。兵部方には近衛方との兼任で菊水忠宗に任じる。宮内方には竹内為治を配する。内務方には卜部兼永を配する。外務方には清原宣賢を配する」



「有難き幸せに御座いまする」「ご信任有難く存じまする」

俺の声に続き役職に列した者も御礼を言った。



「そして、政治職ではないが俺の側仕えとして、奥侍従を置く。そこには三条清子を置き、その下に御年寄を置いて勧修寺広子を配する。御年寄の下に上年寄と下年寄を置くゆえ、清子の人事で自ら補佐する者を決めよ。今のところそれら職は他家で言う小姓と同じ役回りと考えておる。そして、我の身辺警護に菊水近衛衆を設置し、その長に城門成子、南城正子、北城夏野、東城信子、西城楠子の5人を置く」



「はっ」「有難う御座じゃりまする」



「先程述べた執政配下の役職は朝議という会議の場を月に一度儲けるゆえ、その際には決められた屋敷の部屋に参じるべし。先ずは明日に今月の朝議を開くゆえ、忠宗から伝えられた場所に来い」



「ははっ」

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@Akitusima_1547

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