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懸念

1501年(文亀元年) 7月 鷹司忠尊






(多聞丸様はああ言ったが、宮様のご子息を迎え入れるというのは誠に大丈夫でおじゃるか?確かに、宮様方をはじめ公家達の次男、三男達を仕えさせる形で引き取るというのは良き事案じゃとは思う。されど、宮様のご子息を迎え入れてはもしもの時に守れるのでおじゃろうか?伊勢について詳しい訳ではおじゃらぬが、少なくともこの楠木家周辺の話ならば多少は知っておる。北は浜田家という家が居り、西は後藤家という家にそれぞれ二方面を挟まれておじゃるが…その家は当家とさして力は変わらぬでおじゃるから、朝廷の威も届くでおじゃろうの。しかし、問題は関氏でおじゃるの。南の関氏は当家の何倍も大きいでおじゃる。そして、そういう家は朝廷の威よりも最悪公議に縋って公儀の威を背に反発する事があるでおじゃるの。そうなれば、戦になった際…幾ら多聞丸様とて、今のままでは厳しかろう。多聞丸様が勤王家なのは良い事でおじゃるが、勤王家と若さゆえに己の力量以上の事を行おうとする節が多々あるの。普段の冷静な時でおじゃれば決してしない事も…。何が多聞丸様の感情を昂らせているのかは分からぬ。ただ、少なくとも朝廷の…それも皇族の問題に関わる事が引き金になっている事は確かでおじゃるの。ここはなんとかして、多聞丸様に冷静になって貰わねばならんの)



「では、皆様方に伺ってまいりましょうや」



「殿、麿と忠宗殿を席から暫し外させてもらっても構わぬでおじゃりましょうか?」



「それは何故か。今行っている儀よりも優先すべき事か?」



「如何にも」



「されば、この場で述べよ」



「そうしたいのは山々にごじゃりまするが、さすれば場が混乱致しまする。お話をこの席が終わった後に先ずは3人でしたく存じまする。そして、皆様方へは混乱を避ける為にその後とさせて頂きたく」

その言葉を聞いて、殿が暫し目を逸らして口元に手を当てて沈黙していた。



「良い、許す。されど、半刻以内で終わらせよ」

そう言って少しの間続いていた沈黙を解いた。



「有難き幸せにおじゃりまする」



_________________________________________________



「して、話とはなんぞ?門下給事殿」

部屋に移動すると、開口一番に忠宗殿がそう言った。



「されば、伏見宮様についてでおじゃる」



「伏見宮様?詳しく頼めまするか?」

怪訝そうに忠宗殿がそう答える。



「殿が最も重きを置いているのは皇の御一族にごじゃりまする。そして、伏見宮様は皇の御一族におじゃりまする。皇の御一族とは、殿にとって重きものにおじゃる。それは、殿だけでなく公家や武家にとっても…。さればこそ、皇の御一族に何かあってはいけないのでおじゃる。それをすれば特に、この畿内では面倒な事になるでおじゃろうな」



「…?すまぬ、話が見えぬのだが…要するに殿に皇族をどうせよと?」

少し遠回しな言い回しに痺れを切らすようにそう答えた。



「……そうでおじゃるな。単刀直入に申せば宮様の一家を我が領内に滞在させるなとは申さぬが、今のままで迎え入れる事は愚策でおじゃると申しておるのじゃ」

そう、一呼吸置いて答えた。



「つまり、殿が間違っていると?」

そう、静かに忠宗殿が返答する。



「誤解しないで頂きたいのは、今のままでは麿は反対でおじゃるという事じゃ」

慌ててそう補足する。



「今のままでは?では、何時なら良いのだ」



「そうでおじゃるな…。せめて、伊勢一国……いや、麿としては志摩と伊賀まで欲しいのでおじゃるが…早くと申されるならば最低は伊勢一国じゃな」

忠宗殿の鋭い目つきに気圧されながらもそう答える。



「……」

それを聞くと、忠宗殿が瞼を閉じて額に指を抑え口を閉じた。



暫し、部屋の中に蝉の声や葉が揺れる音が聞こえた。その間は、実際は少しの間でも体感では半刻にも及ぶ程長いとさえ感じた。夏の暑さなのか額から目に汗が滴り、目でそれを拭おうとした時…虫の音を遮る音が部屋からした。



「一理ある…か。確かに、宮様を迎えた状態で交戦する事は短長双方を含む。そして、絶対数の力が弱ければ短所が浮き彫りになりやすい。最も最悪な状況は、宮様が敵の手に落ちる事であろう。それも、殿が交戦していたり、撤退していたり、領内不在の際は特に……。そうなれば、殿のご性格からしてどのような恥辱も呑まねばならなくなる。それこそ、避けねばならぬ…か」



「そういう事じゃの。確かに、宮様のご子息を担ぐという意味では強力な護符じゃろうし…宮様のご子息が亡命以外の理由で長期に渡り滞在するというのは、それだけ宮様や間接的に帝が認めておじゃるという事になるの」



「さればこそ…か」



「忠宗殿とて、そのような展開はお望みではおじゃらぬであろう?そして、その危惧を最大化させる者が当家の南におるの」



「関氏…。確かに、関氏は当家独力では戦に勝てても統治出来ませぬな」

忠宗殿が少し溜息混じりにそう答えた。



「左様、そして…独力で当たらねば分配の利率が低くなるの」



「当家最大の利は、伊勢一国を独力で獲る事…。しかし、そのような時に宮様のご子息を迎え入れては返って枷となるかもしれぬ。確かに、その通りであるな。それに、最初から関氏を攻める事は叶わぬ…。さればこそ…か」



「北伊勢四十八家でおじゃるの」



「正しく、その通りに御座いまする。先ずは北伊勢を制すだけの力が御座いませぬと…これは中々…」



「そして、忠宗殿にこれを伝えたかったのは、この楠木家が持つ危険性を公家様方に気取られたくなかったのじゃ。ただでさえ、先の一件で人材が不足しておじゃり…公家の次男三男などから迎え入れて立て直すという時に、楠木家の欠点を話せば……折角の良い流れに水を差しかねんの。そうしていれば、今頃当家は大変な行動制限を余儀なくされたに違いなかろうの」



「成程、そのような意図が……」



「いや、それだけではおじゃらぬの。殿は勤王家でおじゃるが、帝の御一族の話…特に問題ともなれば度々昂られてお話になられるでおじゃろう?そうなられては、冷静な判断が出来ぬというものでおじゃる。まだ、齢3歳ばかりの童子とは言え…そうしてもらはねば、問題が起きかねぬのでおじゃる」



「確かに、殿にはそのようなところがありますな」



「忠宗殿も、かなりの忠義をお持ちでおじゃるが、家臣とは時に主の行動を止め…主が望んでも、それが為にならぬなら止める事も忠義でおじゃろう?」



「殿の栄光の為になるのせあれば…か。心得た」



「うむうむ、では…話もそろそろにして、殿の下に参ろうかの」



(忠宗殿も前と比べて格段に良くなったの。余り長い付き合いではおじゃらぬが、会った当初は忠臣というより最早信者でおじゃったの。民ならばそれは許されるでおじゃろうが、臣ではいけぬの。最も、今ではなんとか良くなってきておじゃるが……。この調子でなんとか変わって欲しいものよ。さて、殿にこの事をどう伝えるか…でおじゃるな問題は。慎重に、極力刺激を与えぬようにせねばなるまい)






1501年(文亀元年) 7月 楠木多聞丸






「殿、進言したき儀が御座いまする」

部屋に戻って来て、そう開口一番に言ったのは目の前に居る巨漢だった。



「申せ、何事か」



「はっ、されば宮様のご子息様方を領内に入れる事はお待ちくだされ」



(何を言っている?この男は…。馬鹿なのか?宮様のご子息様方を手元に置いておけば、いざという時に守る事が可能なのであるぞ?そのような状況を、それも宮様自ら望まれている事を拒めと申すか!ふざけるな!何を持ってそのような事が言える?」



「貴様…!」



「暫く、殿。麿に発言の御許可を賜りたく存じまする」

そう言って、我の言葉を遮った。



「申してみよ。されど、適当な物言いであらば斬る」



「されば、宮様のご子息を領内に置く事には短所と長所がごじゃりまする。短所は、宮様を奪われれば…当家がどのような状況であっても奪った者と交渉せざる負えぬという事におじゃりまする。確かに宮様のご子息を預かるというのは我らの旗印になって頂ける可能性や宮様のご子息様をお守りしやすいという殿の言い分もありまする。されど、我が領内がある北伊勢には少なくとも…これから四十八家を超える敵が現れるのでおじゃりまする。そして、その家と戦えば戦う程…宮様のご子息から離れまする。そうなった時に、背後の…それも、南の関氏に奪われでもすれば如何致しまする。我らが奪い返そうとすれば、逆に危害が及びかねませぬ。そのような危険を承知でお迎えするおつもりか!それとも、その欠点を必ず克服出来てかつ…今の難点を皆様方に理解して頂けるような説明を出来るのでおじゃりましょうや?」

段々と強くなる語気に思わず気圧される。


(確かに、冷静に考えれば……そのような問題が孕んでおったか。道を平す事が唯一の対抗策で、他は兵の増強で国境を固め、時間を稼がせるだが……。根本的な解決にはなりえぬであろうな。先ず、攻める理由や利点を見せさせぬようにする。そして、そうなって初めて安全にお迎え出来るというものだ。それに良く考えれば、今回は偶々無傷でここまで来れたものの…ここからの帰りや次来る時に問題があるとは言えぬ。それを踏まえても、ここ最近の我は視界が狭まっていたかもしれぬな。やはり、領土で言えば最低伊勢一国だが、交通の便を踏まえての安全さで言えば近江国や大和国辺りまで獲らねばいかんな。父母様方が様子見の為にこれから来ないとも限らんのだ。そんな時に何かあってみよ。対処も出来ぬ。そんなようでは行けぬな)



「しかし、どうするのだ?宮様には了承の意を伝え申したぞ」



「されば、宮様だけをお呼びし、先の事を申すのが良策におじゃりまする」



「分かった、宮様を自室にお招きし…説得を試みよう。お前達は、迎え入れるご子息達と交流して来い。どうせ、これから同僚になるのだからな」



「はっ」「承知致しました」



(さて、宮様を説得せねばならんな。しかし…帝の御一族の問題となるとつい興奮してしまう癖をなんとか直さねばなるまい…。こんな事で一々、小事に躓いては話にならん。冷静でいる事は誠に難しいな。寧ろ、前世の方が冷静だったのではないか?退化しているとは思いたくないな…。いや、これは一時的な下落であろう。とにかく、今は宮様の事に集中せねばな)

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@Akitusima_1547

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