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日本夢

1501年(文亀元年) 7月 川俣楠十郎






「誠に、揃ったのだな?」



「はっ、ここに…」



(これが、尉繚子、六韜、三略、司馬法、李衛公問対か…。孫子と呉子は既に手の内にあるゆえ読んだ事は、この五冊の書は未だ読んだ事は無いな。さて、どのような内容が記されているのか、楽しみではあるな。しかし、原本となる本が手に入れば…後は写しさえすれば良いのだから、急いで読まずとも良かろうか。優先すべきは、これらの本を写して人を育てる上での教本とする事であろう。そう、この本は何を隠そう、軍事戦略・戦術の本なのだ。この本で一定戦を任せられる者を幾人か育てておく事で、戦線が増えた際に有意な結果を生み出すであろう。最も、好んで戦線を増やしたいかと聞かれれば首を横に振るがな)



「うむ。よく、集めてくれた。これでまた一つ、我が夢に近付く事が出来た。感謝する」


「殿、我らの心は常に殿に御座いますれば…感謝など不要に御座いまする。我らが望むは楠家復興…そして、大楠公の夢を果たす事に御座いまする。さればこそ、自らの命を賭してでも主の命に違うは必定に御座いまする」



(この男は相変わらずだな。だが、少しは丸くなったか?そうであるならば良い調子だ。忠誠心が高いのは良いが、それが理由で部下同士が争うなど目も当てられん。そうならない為にも、せめて見てくれは常識人にせねばなるまい。そして、それが出来るのは常識があり主である我にしか出来ぬ事よな)



「それで?闘戦経はどうなった?」



「闘戦経に御座いますれば、写しは終わっておりまする。されど、紙に写しただけに御座いますれば書としてお渡しするには数日かかるかと」



「上々の出来であろう。では、8、9番隊が自由になったという事か?」



「はっ、その通りに御座いまする」



「されば、我が手にある札を一度見直すとするか。まず、1から7番隊は情報収集の任に就いている。そして、それ以外…つまり8から10番隊の計60名が常備だな。そして、予備役としての子供と老人達、それに訓練中の家来合わせておよそ80人ほどか。では、8から10番隊総員に命ずる。3年だ。3年内に全国より人を1500人近く集めよ。そして、その人間達を養えるだけの財も増やすのだ」



「はっ」



「そして、次に軍事に投入出来る人員も3年で800人増員する。また、これは性格に難がない穢多及び非人で構成せよ。政の実動を担う者の規模は政と商売の規模に応じて増やすものとする。また、先に述べた人を1500人ほど増やすというのは先に命じている職人の誘致に関する事に関係しておる。職人を集めた後に1年ほど研究期間をおくが、それが終わり次第量産体制に移らせるつもりだ。したがって、その移行を円滑に進めるためにも生産人員の絶対数確保は早期に整える必要がある」



「なるほど、されど…その下準備の長さと財を増やす事が噛み合わねば、打撃を受けまするぞ」



「それは、承知の上だ。多少の損害は考慮してでも進めよ。良いか、覚えておけ。成長、進化を欲するのならば己の何かを捨てる覚悟を持て。その覚悟なき者に成長や進化などありはしないのだ」



「物事を成長、進化、維持が出来る枠には限りがあり、いつかは成長と維持の枠が埋まってしまう。さればこそ、枠が埋まった後に次の成長のためにどれかを捨てる覚悟が必要…そういう事で御座るな?」



「そうだ。そして、それは政にも言える話じゃ。我が望む帝による王道の政には武家の政という要素を捨てねば実現出来ぬのだ。だからこそ、未だこの小さな世界であっても来るべき世界のために慣れておかねばならん。そこで、親兄弟…そして旧き家臣達には死あるいは俗世から切り離される事が必定と言われるならば、我は喜んで切り捨てよう。全ては、あの御方との契りを…夢を果たすためゆえ。それが出来るならば、我は何も要らぬ」



「殿、某…感服致しましたぞ。それ程までのお覚悟があれば、必ずや果たせましょうぞ」



「ああ、そうでなくては困る」



(さて、これで政の前提条件を整える事が出来そうだな。後は…彼の者が直に来るのを待つだけか)






1501年(文亀元年) 7月 鷹司忠尊






「お久しゅうごじゃりまする。鷹司忠尊改め、朝廷より官位と位階を賜りました従五位下鷹司権少納言忠尊におじゃりまする」



「うむ。我こそは、川俣楠十郎改め、楠木廷尉多聞丸こと楠木楠十郎である。よくぞ、参られた」



「はっ、これからは楠十郎様を主と仰ぎ…粉骨砕身して参りまする」



「うむ。期待しておる」



「時に殿、朝廷内での一件は小耳に挟んでおりましょうか?」



「ああ、昨今稀に見る朝廷内某重大事件であるとかないとか…。結果のみしか知らぬゆえ、中身がどうであるかは分からぬがの」



「されば、この書に事の顛末及び先のご支援に関する返礼等についてを記しておりまする」



「返礼は要らぬと申したであろうに…。我は、朝廷からの返礼目的で主に使いを出したのではないというのに全く」



「ですが、その書を見てくだされれば…ご納得と今回限りは麿の独断も楠十郎様のお役に立てるかと…」

そう言って、書状を読む事を勧めると主が少し気怠げに読み始めた。



(そう、その書には朝廷内での人事変更が行われた事。そして、その理由が関白の不祥事と不信任であるという事が書かれておじゃる。関白の不祥事については耳聡い楠十郎様の事じゃ、きっとお気付きでおじゃろうな。それにしても、帝も思い切りが良いの近衛殿に従一位を昇叙し、関白へ昇任し、兄上には従二位への昇叙と内大臣への昇任か…。これだけでも、驚いたのじゃが…右大臣には近衛殿と最近親しいと聞く久我殿が右大臣への再任したという話を聞いた時には耳を疑ったでおじゃるの。何せ、近衛一派は専ら反公儀と裏で言われておるのじゃからな。そして、重臣の殆どを反公儀派の頭領と目される近衛殿と近しい者達で構成されておる…。これでは、あからさまに公儀とは反目…少なくとも距離を置くと公言しているようなものじゃ…。しかし、これに気付かぬ程公儀も衰えてはおらぬはずじゃが…どうも反応がないのでおじゃる。これを嵐の前の静けさと受け取るか、公儀も一枚岩で無いと受け取るか…見極めねばならんの)



「…ふむ」



(そう言えば、今出川殿は左大臣留任と聞いたが…やはり信頼されておるの。今出川家は最近優秀な当主に恵まれて羨ましいの。優秀な当主と言えば、一条殿の引き際も見事でごじゃった。身命を賭してでも奸臣を引き摺り下ろすあの気迫…まさに、あれがあったからこそ近年稀に見る養子縁組が成立したのでおじゃろうな。しかし、兄上が最後のいい部分だけを…そう、あの一件の落とし所を的確に射抜いた時は驚いたの。麿は九条家と二条家の継嗣問題で必ず揉めると睨んでおったのじゃが、兄上は中々の策士であるの。何せ、九条家の養子縁組が成った事で事実上の九条家正室の座を手札に加えたのじゃからな。誠に、上手くやりおるの。九条家と二条家、そして臣籍降下に箔を付けるための親王宣言とそれに先駆け立太子の礼など…銭はかかれどそれを出したという事で朝廷内に楠木の名を刻もうとするとはの。これは、殿にとってはより多くの公家に顔を売る良い機会でおじゃるの)



「先ず、幾つか言いたい事もあるが…叙位と叙任の件については丁重にお断りせよ」



「は?な、何故にごじゃりまするか!位階と官位があれば殿の政権獲得も円滑に進むのではごじゃらぬか?!」



「戯け、逆じゃ。我には今、己の力で成した事が幾つある?朝廷への支援?そんなものは、配下が自ら自力で貯めた銭をそのまま流したに過ぎぬ。このような状態で自らの功労などとほざいてみよ。楠木の名に傷がつくわ。位階、官位とは自力で掴んだ成功を帝に認めてもらい初めて意味があるのだ。他に寄生して得た功労など恥以外の何ものでもないわ」



「し、しかし…!」



「良いか、武家とは力なき者が驕る姿を最も忌み嫌う。そして、力なく自力での成功が一度もない者を認める者はおらん。最も、それ以前に血統を重視する生き物でもある。さればこそ、今は官位を貰っても余計に仕事を増やすだけだ。しかし、位階と官位は我が楠木を制した際に必ず必要になるであろう」



「では!」



「今は、しばし据え置くのだ。そして、時が満ちれば迅速に対応して貰いたい。それと、もし代わりが効くのならば我が家中の全権を制するまでは他家がこちら側に攻めた際には仲裁し、此方が他家を攻める折には大義を頂きたい。それこそが、今最も我にとって意味のあるものである」



「されば、一度書にてそのように取り計らってみまする」



「ああ、頼む。もし、それが叶わぬのなら一度報告せよ。叶うならば報告は要らぬ。ただし、期限は一月以内とする。それまでに返答が無いならば出来ると見做す」



「ははっ、お任せあれ」






1501年(文亀元年) 7月 九条尚経






(朝廷憎し。誰も彼も、麿の言う言葉を信じぬ。相手にせぬ…。これは、不当でおじゃろう!唐橋の一件は、貸し与えた麿のものを勝手に担保に借りた事を麿の責任に転嫁して責め…殺したのはやり過ぎでおじゃったかもしれぬ。しかし!主のものを借りておいてそれを借金の担保にするのは可笑しかろう!そして、それを理由に勅勘しるのはやり過ぎであろう!同情ならば、麿に少しは来ても良いではないか!なのに何故、一人…また一人と麿の手を離すのじゃ…)



「……」



(そこまでして、麿を虐めたいのか?麿はただ、一度で良かったのじゃ。ただの一度でも麿の話を聞いてくれれば…自ら手を引いたでおじゃるのに…。誰も麿など相手にせぬ。じゃから、麿は時を待ち…その間にひたすら気を伺った。時には耐え難き難題に膝を折りながら向き合った事もごじゃった。それなのに、麿のした事など褒められず…見られず、いつも麿の耳には唐橋の名ばかりが聞こえてくる…)



「どうしてじゃ…」

口惜しさを堪え切れず、ポツポツと零れ落ちてしまった。



(誰でも良かったのでおじゃる…。一度でも、一度でも良いのじゃ。麿は一人でも立てると彼の者が認めてくれれば、麿はしなかったでおじゃるのに……)



「……」



(麿は、この先…身に余る着せられた罪を背負うしかないのでおじゃろうか?麿は嫌じゃ。何故、一度贖った罪を蒸し返されてもう一度着せられねばならんのじゃ。何故、足を引っ張るのじゃ。それならば、関心を向けられぬ方が余程マシでおじゃった…。麿は、もう……嫌じゃ…何もかもが。麿を冷ややかな目でしか見ぬ朝廷も受け入れぬ今世も…。そして、友だと想い…交友を深めた者に裏切られるのも、何もかも……。ならば、麿はどうするのじゃ?どうしたいのじゃ?麿は____)

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@Akitusima_1547

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